再起動4:【村社会の軋轢の暗喩】
イメージソング:サスペリア2 サウンドトラック
https://youtu.be/IyKVSjZS1Kk?si=O46LzSKEGaQ3L8Ww
フウカ・ヴェリタスという名の「災厄」がもたらした地獄の余波は、ついに、王都政府の中枢を完全な精神錯乱へと追い込んだ。
深夜。緊急閣議。
魔導士エラーラと探偵ナラティブが瞬殺されたその惨劇の映像を何十回とリプレイしながら、閣僚たちは青ざめた顔で震えていた。
軍事力での対抗は不可能である。
フウカの視界に入ること、フウカの姿を見ることは、そのまま死を意味する。議論の末に、王都政府が下した決断は、人類の歴史においてもっとも異常な立法であった。
「視覚税」の制定。
何かを見る、その行為のすべてに凄まじい高額の税金が課されるという狂気の法律。
もちろん、政治家や特権階級の者たちは、その権力によって特権を得て視覚を剥奪されずに済んだ。
しかし、一般市民に対しては、事実上の「視覚剥奪」を強制するものであった。
なぜ、このような政策に至ったのか。
その詳細な経緯は定かではない。
だがそれは、フウカという底知れぬ「恐怖」から目を背けたいがために、「いっそ全員が目をつぶして盲目になってしまった方がマシだ」という、政府の、歪んだ、狂気のやさしみであった。
全市民にアイマスクが配布され、あるいは自ら針で目潰しを行う者が続出し、王都の街路は闇に閉ざされた。
しかし。
人間という生き物はどこまでも、愚かであった。
政府によって目をつぶされた盲目の民衆たちは、しかし、けして恐怖の対象を失うわけではなかった。
「あいつはきっと、フウカ様に目を吸い取られた特権階級者に違いない」
「いや、お前は悪魔・フウカから目をくり抜かれた賎民だ」
勝手にお互いの顔をまさぐりながら、勝手に疑心暗鬼に陥り、勝手に存在しない差別を作り上げ、勝手に暗闇の中で殺し合いを始めたのだ。
視力を奪われた都市は、見えない暴力が渦巻く狂気の屠殺場へと変貌した。
この「新たなる恐怖」に怯えた政府は、かつての「古き良き恐怖」の象徴である「ヤスリウサギ」と「ハンマーコアラ」を懐かしみはじめた。
そしてある日。
政府は、突如として「ウサギとコアラの養殖事業」を国策としてスタートさせたのだ。
国会議事堂の地下に巨大な繁殖施設が作られ、何千匹ものコアラとウサギが交配させられ、ドロドロの肉塊として量産されていく。当然のように、その過程でウサギとコアラの遺伝子が奇怪に混ざり合い、目と耳が無数についた不気味な融合生物「ウサギコアラ」が誕生した。
ある時、総務省の次官を務める生真面目な役人が、そのウサギコアラをうっかり素手で掴んでしまった。
すると、ウサギコアラはまるで生きている粘菌のように申し訳なさそうに溶け出し、その総務省役人の左腕の皮膚を突き破って奥深くまで完全に埋め込まれた。
役人は面白くなり、笑い声を上げながら、自分の左腕を包丁でほじくり続けた。
自然界の秩序もまた、この狂気によって根底から崩れ去っていた。
長年、王都の公園や庭園の生態系の頂点に君臨していたクワガタたちは、フウカの放つ圧倒的な不条理の波動に耐え切れなくなったのか、ついに恐怖をなした。
数千匹のクワガタがいきなり地上から羽ばたき、命を賭けて太陽に向かって直進し、熱線に焼かれてボトボトと地上に落ちて死んでいった。空は焦げたクワガタのおいしい死骸と黒煙で埋め尽くされた。
地上では、ならず者の野良猫たちが、恐怖のあまり涙を流しながら、アスファルトの隙間に潜むモグラの巣穴の前に這いつくばり、泥だらけの土下座をしていた。
モグラの機嫌を損ねればフウカに食われるという、全く辻褄の合わない妄想に取り憑かれた猫たちは、許しを乞うて頭を何度も地面に打ち付ける。
すると、どういうわけか、その上空から、王都の夜の支配者である巨大なフクロウの群れが急降下し、土下座する猫たちの頭部を容赦なくボコボコに蹴り飛ばした。
猫たちは痛みに悶えながらも、なぜかその暴力に陶酔したように、「きもちい」と、人間の言葉を流暢にしゃべりながら喘ぎ声を上げた。
猫が人語を話すという疑いが、この史上最悪のタイミングで、ただの現実であり、しかもよくある発狂行動の一部に過ぎないと証明されてしまった瞬間だった。
だが、猫たちの奇行など、これから起こる真の悪夢に比べれば可愛いものだった。
この世界で最も恐るべき、誰にも制御不可能な狂気そのものの化身。それは、リスであった。
いつの間にか王都の街にあふれかえっていたリスたちは、完全に正気を失っていた。奴らはもはや可愛い小動物などではない、純粋な破壊衝動の塊と化した異常者軍団であった。
リスたちはどこからか火種を見つけてくると、王都のあちこちで焚き火を無数に起こした。そして、狂ったように泣き叫びながら自らの毛皮にその炎を直接纏い、全身を火だるまにした状態で、一般市民の民家へと猛烈な勢いで押し入った。住民たちのベッドに飛び乗り、燃え盛る尻尾をカーテンに擦り付け、逃げ惑う子供たちの顔面に飛びついて全身を焼き尽くす。火を纏った無数のリスたちが王都の家々を次々と全焼させ、盲目の民衆を片っ端から焼き殺していった。
もはや都市の機能は完全に崩壊し、ここは地上のどの層よりも深い、底なしの地獄と化していた。
そして、この世の終わりのような惨状を目の当たりにし、王都の崩壊を自らの手で引き起こしたはずのフウカ自身が、なぜかガタガタと全身を激しく震えていた。
無敵のサメの化け物であるはずのフウカは、自分の引き起こしたあまりの混沌と、火だるまのリスたちがもたらす阿鼻叫喚の地獄に当てられ、極度のパニック発作を起こしていたのだ。
彼女は怯え切ってしまい、もはや高度な魔法の詠唱も、人間を美しく解体する処刑の儀式も、何もできなくなっていた。
恐怖に脳を焼かれたフウカが、怯えながら唯一行えた防衛本能。
それは、ひたすら、街の中心にある王都中央銀行のビルに向けて、小型の魔導爆弾をひたすら投げつけて爆撃することだけであった。
「銀行が爆発すれば、経済も吹っ飛んで、みんな止まるはずですわよね?」
フウカは涙目で絶叫しながら、銀行の堅牢な石造りの外壁に次々と爆薬を投げ込み、金庫の扉を吹き飛ばし、札束の山をただただ木端微塵に爆破し続けた。銀行の行員たちの遺体が粉々に飛び散る中、彼女の脳内は恐怖と混乱で完全にショートしていた。
その時である。
銀行の巨大なステンドグラスが、内側からの異様な光によってバキバキと音を立ててひび割れ始めた。
空間の歪みの裂け目が、まるで傷口が開くように引き裂かれた。
そこから這い出してきたのは、グリッチ・オーディナルであった。
彼女がいつから、どのような時間の概念の外にいたのかは定かではない。何世紀もの途方もない暗黒の時間を漂っていたのか、それともほんの数秒の永遠の隙間に閉じ込められていただけなのか、彼女自身にも分からなかった。かつての世界で存在そのものを完全に消滅させられてから、気の遠くなるような永劫の果てに、彼女はやっとの思いで肉体と意識を取り戻した少女であった。
しかも、その復活の背景には数奇な因果があった。
100年前、まだ新暦1年だった時代のフウカによって命を拾われ、新暦111年の現代へと蘇る運命を与えられていたのだ。100年の時を超え、歴史の狭間から舞い戻ってきた彼女は、新たな時代の空気を吸い込むはずだった。
だが、運命はあまりにも残酷で、そして底なしに不条理だった。
グリッチが転移し、現実の世界へと足を踏み入れたその場所は、あろうことか、まさに今、王都中央銀行の瓦礫の前で狂乱しているフウカ・ヴェリタスの目の前であった。
空間の裂け目から顔を覗かせた瞬間、グリッチの瞳に映ったのは、獲物を待ち構えていたサメの巨大な顎だった。
悲鳴をあげる暇すらなかった。
蘇ったその刹那、グリッチの顔面の鼻から上、額も目も脳の前頭葉に至るまでがすべて、フウカの噛み砕く巨顎に一飲みで喰い千切られた。
グリッチは物理的な肉体を持つ人間ではなく、純粋な情報と数式で構成されたデータ生命体であった。
これまでであれば、いかに肉体を粉砕されようとも、デジタルな再構築によって何度でも復元することが可能だったはずだ。しかし、フウカの牙が噛み砕いたのは肉体や物質だけではない。データの根幹、存在の基底コードそのものを胃液でドロドロに溶かすように咀嚼し尽くしたのだ。
グリッチのデータは完全に修復不可能なエラーとなって虚空に霧散した。
フウカから無関心に生き返らされた少女は、生き返った途端、フウカから無関心に殺された。
無関心。
彼女の復活劇は、誕生したその数秒の間に、永遠の消滅という最も悍ましい結末を迎えて終わった。
次に現れたのは、ふさふさとした耳と尾を持つ狐獣人の少女、ニーア・ヴェリタスであった。彼女が姿を現した瞬間、フウカの鋭い爪がその胸元に突き立てられた。叫び声を上げる間もなく、ニーアの四肢は引き裂かれ、肋骨を無理やりこじ開けられ、肺や心臓の肉をもぞもぞとほじくり出されながらすすり食われた。
その死体に折り重なるようにして現れたのは、深い褐色の肌を持つ魔導士、ヘレナ・ヴェリタスであった。しかし、ヘレナが呪文の詠唱を紡ぐよりも早く、フウカの腕が彼女の腹部深くまで突き刺さる。内臓の底に手首まで突っ込まれ、腸を丹念に引きちぎられた。
さらにその直後、魔法が使えないエルフの少女、アリシア・ヴェリタスが現れた。彼女はただ、恐怖に顔を歪めて後ずさった。だが、フウカはその華奢な喉元に噛り付き、頭部を胴体から引き離すように引き千切って、その場でしっかりとよく噛んで咀嚼した。
連続して現れたヴェリタスの者たちが、次々と無残に解体されていく。
その絶望的な光景の中で、殺されていった彼女たちの脳裏には、かすかな、しかし最後の希望を賭ける想いがあった。
(大丈夫だ。私たちには、あの最強の竜人であるアスナ・ヴェリタスがついている。アスナなら、きっとこの化け物をどうにかしてくれる……!)
彼女たちは死の淵で、遠く離れた戦場からアスナが駆けつけ、この地獄を覆してくれることを信じようとした。
だが、それはあまりにも無慈悲な幻想に過ぎなかった。
すでに竜人アスナ・ヴェリタスの身には、想像を絶する悪夢が完遂されていた。
アスナは強靭な竜の鱗と肉体を持ち、いかなる攻撃も通さないはずの最強の戦士だった。しかし、彼女を待ち受けていたのは物理的な斬撃や魔導の爆撃ではない、もっとおぞましく、生理嫌悪を催すような「異物の混入」だった。
アスナの身体は、突然、いきなり、内側から膨れ上がった。
何の前触れもなく、彼女の胃の腑と胸腔の隙間から、まるで内臓が破裂するかのような凄まじい爆発音が響いた。身体の内側からの破裂。
だが、真の恐怖はその直後だった。
破裂してできた肉の裂け目や、皮膚の下の皮下組織の隙間に、どこからともなく湧き出た無数の「ハト」が、生き餌をねじ込むように隙間なくぎっしりと詰め込まれていたのだ。
アスナの皮膚の裏側、筋肉と骨の間に、何十羽もの生きたハトが押し込められ、身動きすら取れない状態で閉じ込められていた。ハトたちは狭い暗闇の中で大パニックを起こし、アスナの肉の内側からくちばしで血管を啄み、羽ばたこうと狂ったように暴れ回った。
「ぐわああああっ!?なんだこれ……動く……!ヘレナの魔法か?いや、私の体の中で、何かが……っ!……おピっ!?!?!?!?」
アスナは絶叫し、自らの胸を爪でかきむしった。しかし、皮膚のすぐ下でハトたちが一斉に激しく羽ばたき、首を振り、体内で踊り続ける。
もはや彼女の肉体は、生きた鳥籠、あるいは肉の爆弾と化していた。
そして、その耐え難い苦痛の絶頂のなかで、アスナの体内の至るところに詰め込まれたハトたちが、声を合わせてやさしい鳴き声を上げた。
「ポ」
アスナの肉体が、内部から四散した。
飛び散ったのは彼女の筋肉、骨片、そして血肉のしぶきだけではない。その中から、血まみれになり、羽を赤く染めた無数のハトたちが、一斉に四方八方に飛び立ったのである。
最強の竜人アスナ・ヴェリタスは、自らの皮膚の下にハトを詰め込まれた挙句、その内側からの羽ばたきと衝撃によって跡形もなく粉々に爆散し、二度と元の形に戻ることはできなかった。
グリッチが消滅し、ニーア、ヘレナ、アリシアが次々と生きたままほじくり回されて食い殺され、そして最強のアスナすらもハトの群れとともに内側から破裂して消えた。
救いなど、なかった。




