美食14:【大勝利!キミも今日から食人族!殺せ!奪え!全てを失ったサメの姫!】
イメージソング:八仙飯店之人肉饅頭 サウンドトラック
https://youtu.be/bGbmHFzwUIc?si=vris-42vlj8nEE68
彼らは勝利の美酒に酔いしれていた。
ジン・ヤザワ、マオ・チェンリー、そしてフウカ・アギト。
たかだか一介のくたびれた老エルフの刑事と、裏社会のアウトローの小娘、そして無邪気な町中華の看板娘が、帝都を牛耳る絶対権力である魔導規制局の幹部たちを出し抜き、自分たちの生存圏と新たな利権をもぎ取った!
と、愚かな彼らは、そう信じて疑わなかった。
西都の安酒場でグラスをぶつけ合い、笑い転げ、明日への希望に胸を膨らませた。
だが、それはあまりにも滑稽な、そして残酷な喜劇の幕開けに過ぎなかった。
権謀術数の泥海を泳ぎ続けてきたエルフの学者や政治家たちが、その程度の、思いつきの、下らない浅知恵に気付かないわけがなかったのだ。
魔導規制局の真の恐ろしさは、反逆の芽を摘み取ることそのものではない。
反逆者自身が「自らの意思で行なったと思い込んでいる」行動すらも「システムの一部」として組み込み、最も効果的に、かつ、合法的に略奪と支配を完了させることにある。
彼らにとって、ジンの提案は渡りに船、いや、時間通りに正しく実行された「機能」でしかなかった。
エルフによる完全なる医療独占の正当化と、邪魔な異種族たちを合法的に「喰い殺す」ための、完璧な着火剤だったのだ。
祝杯から数日後。
帝都の至る所に設置された巨大な魔導スクリーンが、一斉に同じ映像を映し出した。
画面の中央には、魔導規制局の最高責任者が、慈悲深く、そしてどこまでも冷酷な微笑を浮かべて立っていた。
『帝都市民よ。本日は、皆様の命に関わる重大な真実をお伝えしなければならない』
澄み切った、洗練されたエルフの声音が、街路に響き渡った。
『我々魔導規制局は、極秘研究の末、事実を突き止めた。魔力とは、魔力的高位存在のみが扱える力である。それを、耐性のない脆弱な「人間」が行使し続けた場合……脳細胞は不可逆の破壊を受け、やがて理性を失い、獣にも劣る凶暴な怪物へと変貌してしまうのだ!……だが、絶望することはない!』
長官は、芝居がかった手つきで両手を広げた。
『獣人は、そもそも魔力を行使する回路を持たないため、この恩恵に浴することも、害を受けることもない。だが、獣人の中にのみ、この恐るべき「魔力による凶暴化」を完全に中和し、浄化する特効薬を身に宿した奇跡の種族が存在することが判明したのだ。……それは、水棲型の獣人である。魚肉。とりわけ、サメ獣人がその背や腕に持つ「ヒレ」の軟骨組織には、人間の狂気を静め、永遠の健康を約束する霊薬の成分が凝縮されている!』
静寂。
そして、それは地獄の釜の蓋が開いた音だった。
それは、歴史上何度も繰り返されてきた、最もおぞましいヘイト・クライムの変形であった。
かつて、ある大陸では「その肉体を食べれば不治の病が治る」という迷信によって、色素を持たない人々が狩られ、生きたまま手足を切断された。
またある時代には、ラジオ放送が「あいつらは敵だ」と扇動しただけで、長年の隣人同士が鉈を持って殺し合った。
今、帝都で起きたのは、それらすべての狂気を煮詰め、国家という権威でコーティングした究極の食人劇であった。
「自分は狂いたくない」
「家族を救わねばならない」
恐怖に駆られた人間たちは、その免罪符を与えられた瞬間、狂気の集団と化した。
彼らはノコギリを、ナタを、そして皮肉なことにその魔力を手に、水辺の居住区へと殺到した。
標的となったのはサメ獣人だけではなかった。
集団の狂乱は、常に拡大解釈を生む。
「クジラ獣人も、魚だ!」
「イルカ獣人の魚肉も効くに違いない!」
「アザラシ獣人も、水牛獣人も、水に浸かっているのだから、魚肉のはずだ!」
大衆の目は血走り、口元からは涎が垂れていた!
彼らは恐怖から逃れるため、そして何より、合法的に他者を雑に切り刻み、その肉を引き千切りながら喰らうというタブーを犯す快楽に酔いしれていた!
獣人たちもまた、人間に対抗するのではなく、彼らに迎合した!
陸生の獣人たちは、自分が人間から殺されることを恐れ、自ら進んで水棲獣人を狩る側に回った!
昨日の友が、今日の肉になる!
帝都の街角は、巨大な屠殺場と化した!
かつては美しい運河が流れていた西都の裏路地は、血と内臓の匂いでむせ返っていた!
肉屋の店先には、かつて言葉を交わし、共に笑い合った水棲獣人たちの顔が、雑に、フックに吊るされていた!
彼らのヒレは根元からえぐり取られ、高値で取引された!
「おし!おしおし!ほれ、見てごらん!イルカ獣人?あー、これはペンギン獣人の新鮮な魚肉だ!これを食えば、あと十回は魔力を使っても狂わないぞ!おし!3000クレストな!へいまいど!」
商人たちが嬉々として叫び、市民がそれを奪い合う!
帝都は、魔導規制局の用意した「薬効」という嘘の前に、狂乱の食人帝国へと堕ちていったのだ!
この惨状を前に、ジン・ヤザワは己の愚かさを呪った。
彼は自分が仕掛けたゲームが、最初からエルフたちの描いた盤面の上の出来事に過ぎなかったことを思い知らされたのだ。
「……俺のせいだ……俺が、あいつらにこんな口実を……!」
ジンは、トレンチコートを血で汚しながら、暴徒と化した群衆の前に立ちはだかった。
「やめろ!そいつらは薬なんかじゃねぇ!お前たちの隣人だろう!目を覚ませ、規制局の嘘に騙されるな!」
ジンは必死に叫んだ。だが、その声は狂騒の渦にかき消された。
「うるせぇ!お前も人肉を食いたいんだろ!嫉妬するな!」
「俺たちは生きていたいだけなのに!邪魔をするな!」
「こいつの言うことなんか聞くな!じゃあ、おまえのヒレをよこせ!耳でいい!耳!耳!耳!みみみみみみみみみみみみみみみ!食わせろ!みんな!こいつを『魚肉』にしちまおうぜ!」
魔力で凶暴化した人間たち、そして保身のために狂った獣人たちの群れが、ジンに襲い掛かった!
無限に魔力を使えるエルフであっても、多勢に無勢であり、何よりジンは彼らを本気で傷つけることができなかった!
無数の錆びついたノコギリが、ジンの身体を、適当に切り刻む!
知恵の遅れた中年が、ジンの手首を切断する!
「や!だめ!じっとちてて!だめ!だめでつよ!ちきんとじっとちてて!」
理性的な好青年の自認のある無学の男が、ジンの脇腹をほじくり返す!
「いや、魔導カイロにはレクチノースが、あれ、なんだっけ、レグナン、レグ?……あー忘れたわ。つまり、脇腹から3センチ!3センチのとこにある、レクチ……あーわかんねえ!まあいっか!」
骨が砕け、内臓が破裂し、無理やり開かれた腹に、知らない人間たちが、そのまま顔を押し付け、「生」のまま、美味しくすすり喰らう!
「フウカ……マオ……すまねぇ……逃げ、ろ……」
老いた刑事は、自らが守りたかった名もなき群集の足元で、ただの「おやつ」として、その一生を終えた!
このジンの死すらも、魔導規制局にとっては計算通りであった。
エルフたちは、この「水棲獣人狩り」を一時的な暴動で終わらせるつもりはなかった。
彼らはこの破滅を永遠のシステムとして固定化するため、魔導師を動員し、全時間軸、あらゆる並行世界に向けて、不可逆の『認識の呪い』を放った。
サメのヒレは、価値を持つ。
何の味もしない。
大した栄養もない。
単なるコラーゲンの塊に過ぎない、サメのヒレ。
だが、人々はそれを「フカヒレ」と呼び、珍重する。
高級の代名詞としてありがたがり、富の象徴として消費する。時には安価に加工してまで、誰もがそれを口にしたがる。
何故か?
それは、エルフたちが時空を超えて人々の遺伝子と魂に刻み込んだ呪いが原因だったのだ。
「サメのヒレを切り落とし、重傷を負わせて海に放置し、そのヒレを食せば、救われる」
……という、根拠のない盲信。
人類がフカヒレをありがたがるたび、彼らは無意識のうちに、かつてこの帝都でサメ獣人たちを無惨に解体し、貪り食った原罪を反復しているのである。
帝都が血と狂気に沈む中、唯一、神聖なる光に包まれた場所があった。
クライフォルト家。
ノルン・クライフォルトは、自らが属するこの世界が、もはや狂気のどん底にあることを静かに悟っていた。
守りたかったもの。
かつてリンと共に夢見た理想。
それは、すでに泥の中に沈み、二度と戻ることはない。
彼女は廃人となることを選んだのではなく、深き絶望の果てに、ただ一つの「贖罪」の道を見出したのだ。
ノルンは、もはや巨大な経済団体と化し、帝都の富を貪り尽くす豪族・ラプラス家の当主を密かに呼び出した。
「クライフォルト家が持つ、絶対的な名誉。そして、我が一族に永久に支払われる国からの莫大な利権……そのすべてを、ラプラス家に委譲しよう」
ノルンの声は、もはや生者のそれではなく、すべてを諦観した幽霊のように静かだった。
ラプラスの当主は、困惑した。
「貴様、狂ったか。……いや、その代償に何を望む?」
「たった一つだけ」
ノルンは、窓の外の淀んだ空を見上げた。
「クライフォルトの館と名を、『恵まれない子供たち、親を殺された孤児たちを育むための絶対不可侵の聖域』として永遠に残すこと。いかなる権力も、いかなる狂気も、あの館の扉を越えてはならない。それが、私の最後の願いだ」
その数日後。ノルン・クライフォルトは、静かに息を引き取った。
事故であったのか、自らの手で命を絶ったのか、真相は誰にもわからない。ただ、彼の顔には、ようやく重荷を下ろした安らかな微笑みが浮かんでいたという。
そして、帝都に奇怪にして、奇跡のような現象が起きた。
最も名高く、最も莫大な栄誉を誇る貴族、クライフォルト家。
だが、その館には、血を引く当事者は一人も存在しない。広大な庭園と豪奢な大広間にいるのは、親を食い殺された水棲獣人の子供たちや、魔力で狂った親に捨てられた人間の孤児たちだけだった。そして、ラプラス家から派遣された、欲とは無縁の心優しき召使たちが、彼らを慈しむように世話をしている。
血塗られた帝都において、そこだけはまるで切り取られた天国だった。
春の陽だまりの中、種族の壁も、憎しみも知らない無垢な子供たちが、花冠を作って笑い合っている。
ノルンという名の聖母が、己の命と引き換えに織り上げた、悲しくも美しい揺り籠。
大人が持ち込むいかなる地獄も、この館の防壁を越えることは許されない。クライフォルト家は、帝都における唯一の希望の象徴として、清らかにそこに在り続けた。
一方、フウカ・アギトは泥水の中を這いずっていた。
最高級のドレスは引き裂かれ、自慢の銀色の髪は泥と血で固まっている。彼女の隣には、マオがいなかった。マオを巻き込むまいと、フウカが無理やり彼女を安全な場所へ突き飛ばし、一人で逃亡の囮となったからだ。
「はぁっ……はぁっ……!」
フウカは、鋭い牙を食いしばりながら、暗い地下水道を駆けていた。
かつて帝都の裏社会を牛耳り、すべての物流を掌握していた「アギト一家」の威光は、今や見る影もなかった。
人間たちだけでなく、かつて彼女に頭を下げていた獣人たちまでもが、「サメ獣人のヒレ」という莫大な富に目が眩み、血眼になってフウカを追っていた!
かつて、フウカの元で幸福を享受していた商人たちが、叫ぶ!
「必ず捕まえて、生かしたまま喰らうぞ!皆で仲良く山分けするのだ!……あっ、スガイ!あとキムラ!四肢を全切断すんの忘れんなよ!腕とかあっても邪魔だからな!……キリク!……おい!キリク!……あ、いた。おいキリク!そっちのは切れ味悪いから、解体用出刃包丁をもってきな!」
物流の元締めが追われる身となったことで、帝都の流通網は完全に麻痺した。
そして、これこそが魔導規制局のエルフたちの「真の狙い」であった。
『市民の皆様。物流の停滞により、食糧危機が迫っております。我々魔導規制局は、市民の生活を守るため、やむを得ずアギト家の所有していたすべての物流権限を接収し、国家管理下に置くことを決定いたしました』
それは、あまりにも鮮やかな、「正しい」強奪劇だった。
エルフたちは、一切手を汚すことなく、群集心理を利用してフウカから物流の権利を毟り取ったのだ。
それだけではない。
彼らは裏で暗躍する部隊に命じ、密かに水棲獣人たちを襲わせ、半死半生にさせた。
そして、表向きは「かわいそうな獣人たちを保護する」という名目で、彼らを魔導病院へと収容したのだ。
救済者を気取りながら、その実、病室のベッドに縛り付けられた水棲獣人たちは、エルフたちの新たな魔導実験のモルモットにされていた。
マッチポンプの極み。
彼らは神のように振る舞いながら、その本性はどこまでも貪欲な悪魔であった。
「うあぁ……ああああああああああああああっ!!」
地下水道の奥深く。
追っ手の刃を受け、脇腹から大量の血を流しながら、フウカは冷たい石畳の上に崩れ落ちた。
彼女の脳裏に浮かぶのは、共に笑い合ったジンの笑顔。そして、何よりも愛おしい、マオの無邪気な顔だった。
『フウカ、お腹すいたアル! 一緒に角煮食べるヨ!』
あの温かい日常は、二度と戻ってこない!
もう、二度と戻ってこない!
戻ってこない!
サメ獣人は、もともと、海の中で人間に寄り添い、イルカのように人に懐く、心優しい生き物だった。
海に落ちた人間を背中に乗せて助け、漁師たちと共に魚を追う。
それが彼らの本来の姿だった。
だが!
そんな無垢な善意は、エルフの強欲と、人間の狂気と、獣人の裏切りによって、ついに、完膚なきまでに蹂躙された!
許せない!
保護を名目に解体され、薬効という嘘のためにヒレを切り落とされ、肉を貪り食われた同胞たち!
許せない!
フウカの胸の奥底で、何かが決定的に壊れる音がした!
悲しみではない!
絶望でもない!
それは、宇宙の理すらも焼き尽くすほどの、純粋で、絶対的な『怒り』だった。
許せない!
許「さ」ない!
「許さない!」
フウカの瞳孔が、漆黒の闇に染まる!
サメの半獣人である彼女の身体から、どす黒い魔力!
いや、魔力などというシステムを超越した、魂の呪詛が溢れ出した!
「お前たちを、絶対に、許さない……ッ!! わたくしたちを食い物にした、すべての者どもを……永遠に、永遠に呪ってやる!!」
その絶叫は、時間を超えた!
空間を歪め、因果律を破壊し、エルフがかけた「フカヒレの呪い」すらも飲み込んで、全時間軸、すべての並行世界へと伝播していった!
その瞬間、歴史が書き換わった!
人に懐き、優しかったサメという生き物は、歴史から消滅した!
代わりに海に現れたのは、血の匂いに狂い、冷酷な瞳で人間を引き裂く、恐怖の捕食者!
彼らは普段は静かに泳いでいる。
だが、突如としてスイッチが入ったかのように凄惨な事件を起こし、人間の肉を喰い千切る!
それは、けして、彼らが野蛮な獣だからではない!
帝都という名の地獄で、愛する者たちを奪われ、同胞を解体され、自らも泥の中で死んでいった、一人の気高きサメ獣人の少女が流した血の涙!
その拭い去れない「怒りの記憶」が、遺伝子の奥底で暴走しているからに他ならない!
世界は完成した!
エルフが支配し、人間と獣人が互いを貪り食い、海には人喰いの怪物が潜む世界!
ただ、果てしない地獄!
永遠に続く、ただ、果てしない、地獄!




