↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヴェリタスの最終定理6:壊れた世界のやりなおしかた【2位】  作者: LIU
世迷いの嫁はサメの姫

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

54/74

美食10:【悪貨は良貨を駆逐する!殺せ!新登場する偽造品たち!】

イメージソング:豹/ジャガー サウンドトラック

https://youtu.be/15PCPx2IUjs?si=UGSx6ingfNv3mpop

その日から、ノルン・クライフォルトが萬屋の敷居を跨ぐことはなくなった。

彼女は魔導規制局の猟犬として、ただひたすらに、同胞であったはずの「騎士団」を狩り立てる日々に没頭していた。

彼女の目的は、ただ一つ。

リンを守ること。


だが。


その純粋すぎる願いは、すでに、歪み果てていた。

魔導規制局の真の目的は、いずれ確実に来襲する終末の化身「飛龍」への対抗策を準備すること、そして、現在世界を蝕んでいる魔法という名の病「キングダム・ウイルス」の危険性を隠蔽し続けることである。彼らにとって、旧来の常識やモラルに縛られ、正義を声高に叫ぶ警察組織そのものが、そもそも目障りな障害物でしかった。

一方の警察機構もまた、国際的な超法規的権力を持つ魔導規制局に目をつけられ、組織全体が粛清されることを極度に恐れていた。

そこで、両者が辿り着いた最適解。

それは、警察機構の内部組織であり、最も魔導規制局の隠蔽体質に反発していた「騎士団」を、生贄に捧げることだった。

警察は、身内であるはずの騎士団を自らの手で討伐し、規制局に差し出すことで「自浄作用のある組織である」とアピールできる。

規制局からすれば、最も目の上の瘤であった騎士団を合法的に根絶やしにできる。それは、洗練された、論理的な、悪魔の契約であった。


では、一体なぜ、騎士団はそこまで虐げられねばならなかったのか。

彼らの要求は、あまりにも純粋で、正しかったからだ。


「飛龍を、呼び寄せる原因は、人類が保有する魔力そのものである。ゆえに、魔力を、段階的に削減せよ」


「魔力がもたらす精神と肉体への悪影響、その真実を世界に公表せよ」


騎士団が主張したこの二点は、真理(ヴェリタス)を正確に突いていた。


だが。


正しすぎる真理(せいろん)は、狂った世界においては常識への反逆である。旧来の騎士道精神とモラルに縛られていた彼らは、泥臭い世論工作やプロパガンダを潔しとしなかった。ただ真っ直ぐに正義を叫んだ。

その結果、どうなったか。

世間は彼らを「異常者の集まり」と嘲笑したのだ。


『自分たちよりも成果を上げる魔導規制局に嫉妬をしている』


『世界の経済発展を妨害するテロリスト集団だ』


大衆の目は完全に曇り、無知という名の暴力が騎士団を孤立させていった。警察という上部組織からも、規制局という国際組織からも、そして守るべき民衆からも石を投げられる。彼らは、正義を貫いたがゆえに、最も醜悪な悪党として歴史の表舞台から抹殺されていったのである。


そしてついに。


ノルン・クライフォルトの手によって、決定的な終局がもたらされた。

ノルンは西都のみならず、全帝都に点在する騎士団の拠点を、文字通り、打ち滅ぼしたのだ。かつて志を同じくした者たちの血で両手を赤く染め上げながら、彼女はただ、機械のように、蹂躙を続けた。

結果として、生き残った各地の騎士団は警察組織から完全にパージされ、「指定暴力団」という屈辱的なレッテルを貼られた。今や彼らは、路地裏に潜むチンピラ同然の扱いを受け、その勢力はたかが知れるほどにまで成り下がっていた。

この圧倒的な「功績」により、魔導規制局はノルンに最高の報酬を与えた。

元孤児であり、名無しの少女であった彼女に、帝都から正式な爵位が授与されたのだ。


『初代クライフォルト家』


持たざる者であったがゆえに、自らを鼓舞するために名乗っていた虚構(うそっぱち)の家名(あだな)が、数多の血肉を代償にして、現実のものとして帝都の歴史に刻まれた。

さらに、彼女に与えられたその地位は、書類上とはいえ、かつての意味における「真の騎士団」を私兵として持つことが許されるという、特例中の特例であった。

つまり、ノルンは今や、政府公認の「騎士団長」となったのである。

自らの手で真の騎士たちを虐殺し尽くした女が、世界で唯一の、最も高潔なる、偽の騎士団長を名乗る。

これほどまでに残酷な皮肉が、他にあるだろうか。


だが、この政治的、経済的、国際学的に見て「完全なる大正解」を導き出したノルンの行動は、彼女自身の最も大切な目的を、根底から破壊することになった。

ノルンが戦い、手を血に染めた理由はただ一つ、愛するリンを守るためだった。

しかし、ノルンが帝都中の騎士団を機能不全に陥らせ、崩壊させたことによって、裏社会のパワーバランスは完全に崩壊した。これまで騎士団が水際で防いでいた犯罪者たち、魔獣化の初期症状に苦しむ半狂乱の魔法使いたちが、タガが外れたように街へと溢れ出したのだ。


西都における犯罪件数は爆発的に増加した!


そして、その溢れ返った泥水をすべて呑み込まされたのは、他ならぬ萬屋であった……。

騎士団が消えた街で、暴走する犯罪を止められるのは、萬屋で裏仕事を請け負うリンしかいなかったのだ。

来る日も来る日も、リンは依頼を受け続けた。脳を焼き切る魔法の痛みに耐え、吐血し、精神の均衡を崩しながら、終わりのない暴力の連鎖に身を投じ続けた。ノルンが騎士団を滅ぼせば滅ぼすほど、リンの仕事は増え、リンの命は削られていった。


そして、ついに。


過労と魔力による脳の破壊の限界点を迎え、リンは、倒れた。

圧倒的な、取り返しのつかない皮肉。

ノルンがリンを守るために導き出した行動が、結果としてリンを殺すための処刑台を作り上げてしまったのだ。

その報せを聞き、ノルンは久しぶりに萬屋への帰路についた。

冷たい雨が降りしきる中、軋む引き戸を開けて薄暗い萬屋の土間に足を踏み入れた瞬間だった。


「!」


声を出すすきすら与えられず、暗がりから飛び出してきた影に、ノルンは喉元を鷲掴みにされた!


そのまま壁に押し付けられ、気管がひしゃげるような鈍い音が鳴る!


薄明かりの中でノルンを見下ろしていたのは……死人のように青ざめ、しかし瞳孔だけが狂気のように見開かれた、リンだった!


「……」


リンは何も言わなかった!


ただ、獣のように荒い息を吐きながら、ノルンの喉を絞め上げる手に、さらに力を込めた!


そして、もう片方の拳を握りしめ、容赦なくノルンの腹を殴りつけた!


「ガッ……!ァ……!」


内臓が破裂するかのような激痛がノルンの全身を駆け巡る!


リンは、もがき苦しむノルンの首を掴んだまま、強引に奥の自室へと引きずり込んだ!


投げ出され、咳き込むノルンの上に、リンが重くのしかかる!


そして、再び腹に、頬に、暴力が振り下ろされる!


それは、憎悪であった!


お前がすべてを壊したのだという、純粋な……憎悪!


だが、殴りつけ、ノルンの服を引き裂きながら、リンの瞳からは、ポロポロと、止めどなく涙がこぼれ落ちていた!


殴られ、首を絞められ、息も絶え絶えになりながら殴られる!


その圧倒的な暴力と略奪の最中、ノルンの脳髄を支配したのは、恐怖でも後悔でもなく、背筋が凍るほどの、奇妙で退廃的な『歓喜』であった!


腹部を殴打される激痛が、リンの苦しみの深さを教えてくれる!


首を絞め上げる指の冷たさが、リンの絶望を教えてくれる!


ノルンは、リンを守りたかった!


だが、結果としてリンを壊してしまった。その罪の意識が、今、リン自身の直接的な暴力によって裁かれている!


それは、ノルンにとって、究極の救済だった!


リンの放つ暴力は、正解になりすぎてしまったノルンの孤独な知性を、泥まみれの感情の底へと引きずり下ろしてくれたのだ!


「あ……ぁっ、リン……もっと、もっと私を……」


痛みと快楽が、脳のシナプスで溶け合い、どす黒い悦楽へと反転していく!


精神の崩壊などではない!


これは、世界が破滅へと向かう中で、互いの罪と絶望を食い合うための、極めて知的で、あまりにも悲痛な儀式だった!


ノルンは、自らの腹を殴りつけるリンの背中に腕を回した!


痛みが走るたびに、愛されていると錯覚できた!


暴力で交わりながら、ノルンは悦びの涙を流し、リンもまた、嗚咽を漏らしながら彼女へと絶望を叩き込み続けた!


殺してしまいたいほどの憎しみと、どうしようもない愛情が、血と汗にまみれて一つになっていく!


ノルンが、痛みと快楽の極地で、壊れたような、悲しみの声を上げた!


それは、世界の終焉を祝ぐ、最も美しく、最も醜悪な賛美歌のようだった!


その狂気に満ちた悲鳴を、薄暗い居間の暗がりで、マオとフウカは無言のまま聞いていた。

壁一枚隔てた向こう側で繰り広げられる、血を吐くような暴力の交わり。

マオは、ちゃぶ台の下で両膝を抱えながら、ガタガタと震えていた。


(終わるんだ……)


マオは、はっきりと確信した。

リンも、ノルンも、もう限界なのだ。この萬屋という小さな家も、西都という薄汚れた街も、帝都という国も、そしていずれは、この地球という星そのものが、間違いなく終わりを迎える。

魔法という病が、愛という名の狂気が、すべてを食い尽くしていく。

壁の向こうから、喜びながら殴られる、ノルンの声が響く。

それを聞きながら、マオの胸の中に、ひどく冷たく、残酷な安堵が広がっていた。


(【……まあ、よかった】)


【マオは、心の底からそう思ってしまったのだ。リンのように、自らの脳を焼き切ってまで世界と戦う『魔力』を持っていなくてよかった。ノルンのように、自らを破滅させてでも他者を守ろうとする、狂気に満ちた『愛』を持っていなくてよかった。何も持たない無力な自分だからこそ、あの地獄のような愛の檻に入らなくて済んだのだと。】


だが。


ふと顔を上げると、フウカが冷ややかな、しかしすべてを見透かすような瞳でマオをじっと見つめていた。

暗闇の中で光るサメ獣人のその眼差しは、マオの心の奥底に隠された醜い安堵を、容赦なく暴き立てた。

マオは息を呑んだ。


【自分の『無関心』が、自分を守ったのだと悟った。深く関われば傷つく。愛すれば、リンやノルンのように狂ってしまう。だから自分は、これからも決定的な痛みを避けるために、無意識のうちに他者との距離を置き、自分が傷つかないための『孤独』を選び続けるのだろう。】


なんという、醜さ。


【マオは、狂ってしまったリンと、狂ってしまったノルンに囲まれながら、自分だけは「まともで正常な人間」だと思い上がっていた。だが、一番異常なのは、この「終わり」を前にして、愛のために狂うことすらできず、保身のために、楽な「孤独」を選ぶ……自分自身なのではないか?……ならば、なおさら。普通のふりをこれからも続けるべきだ】


「……フウカ」


マオは、這いつくばるようにしてフウカの足元にすがりついた。豪奢な毛皮に顔を埋め、まるで懺悔をするように、震える声で告げた。


「愛してる……。フウカ、愛してるアル……」


【それは、本心からの言葉だったのか。それとも、自分が孤独な怪物になってしまうことを恐れ、必死に人間としての感情を繋ぎ止めようとする哀れな嘘だったのか。マオは、どちらだったかを、はっきり自覚していた。ただ、自分が誰よりも冷酷で異常な存在であるという恐怖に耐えきれず、マオはフウカの豊かな胸に顔を押し当てて、声を殺して泣きじゃくろうとした。】


フウカは何も言わず、ただ静かに、【絶望しようとしている少女】の背中を撫でていた。


そして、翌る日の朝。

雨が上がり、白々しい虚無の光が帝都を照らし出した頃。

帝都政府の中枢において、歴史的な通達が発令された。

騎士団の定義が完全に変更され、新たな国際的治安維持組織の設立が宣言されたのだ。


『国連魔導規制局・帝都支部修道士、ノルン・クライフォルト』


彼女は本日をもって、旧時代の残滓を払拭した新組織、『クライフォルト騎士団』の初代団長に任命される。

その華々しい肩書きには、もはや何の実体も、いかなる正義の意味も残されてはいない。

あるのはただ、血塗られた権力と、愛する者を壊した代償として得た、虚構の王座だけである。

だが、歴史は彼女をこう記すだろう。

世界初の国際的な、そして、最初にして最高の騎士団長である……と。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。