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ヴェリタスの最終定理6:壊れた世界のやりなおしかた【2位】  作者: LIU
世迷いの嫁はサメの姫

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美食9:【今日から皆で孤児を作ろう!友の親を喰らう友!処刑!家族狩り!】

イメージソング:Cry Baby

https://youtu.be/O1bhZgkC4Gw?si=kFQ9nEJZsB2uwCZf

「ちょっと出かけてくるわ。晩飯までには戻るさかい、マオ、今日は回鍋肉にしてな!」


バタン、と引き戸が閉まる音。

すきま風が入り込み、卓上のランプの火を小さく揺らした。

リンの足音が遠ざかっていくのを、マオはちゃぶ台に肘をつきながら、ぼんやりと見送っていた。

最近のリンは、笑う回数こそ変わらないが、その奥にある瞳が時折ひどく冷たく、虚無に沈んでいるように見える。


「……リンのやつ、また無茶する気アルね。あたしがついてないと、すぐ魔法に頼るんだから」


独り言のように呟きながら、マオは冷めかけたお茶を飲み干した。

しかし、その場に立っていたノルンは、マオの言葉に頷くことはなかった。


「……マオ。フウカ」


唐突に、ノルンが口を開いた。

その声は、ひどく掠れていた。いつもの威風堂々とした響きは微塵もない。


「どうしたアルか、ノルン。そんな怖い顔して。……お茶、淹れ直すヨ?」


マオが立ち上がろうとした瞬間、ノルンはゆっくりと振り返り、首を横に振った。


「座っていてくれ。……どうか、その場から動かずに聞いてほしい。私が……魔導規制局が……何を守り、何を隠蔽し、そして、私たちが生きるこの世界がどれほどの、嘘の上に成り立っているかを」


空気が、凍りついた。

マオは中腰の姿勢のまま動きを止め、フウカは静かに目を細めた。


「魔導規制局の母体が、国連であることは知っているな。そして、王都が『魔法』という未知の技術を発見し、それを世界に広めたことで、魔導産業革命が起きた。……世界は飛躍的な進歩を遂げた。だが……その裏で、彼らは取り返しのつかない事実を知ってしまったのだ」


ノルンは一度言葉を切り、苦しげに息を吐き出した。


「魔法の使用者は、代償として、徐々に脳を変異させられる。理性を削り取られ、暴力の衝動に支配され……最終的には……化け物へと姿を変える」


「な……」


マオの喉から、間の抜けたような音が漏れた。

魔法が、脳を変異させる?


リンは知っていたのか?


自分が魔法を使うたびに、脳が焼き切れ、いずれ魔獣へと成り果てるかもしれないということを。


「うそ……嘘アル!世界中の人が使ってるヨ!? もしそれが本当なら、どうして王都は……魔導規制局は、それを黙ってるアルか!!」


マオはちゃぶ台に身を乗り出し、叫んだ。

しかし、ノルンの表情はピクリとも動かなかった。ただ、絶望を湛えた瞳で、マオを見つめ返した。


「……魔法という病を世界中に爆発的に蔓延させてしまった今となっては、事実を公表すれば、王都にも国連にも天文学的な賠償が請求される。いや、それ以前の問題だ。世界中で『魔女狩り』が始まり、暴動、暗殺、そして……戦争が勃発する。……王都の治安が荒れ果てているのは、すでに、その病……魔法が蔓延しきっているからだ」


「そんな……それじゃあ、魔法使いは……」


「あぁ。希望を与えられた者などではない。悪魔から、確定した破滅を与えられた者たちだ。……そして、規制局がこの病を禁止できない最大の理由は……」


ノルンは唇を噛み締め、拳を握り込んだ。


「……いずれ、この世界へ……『飛龍』の襲来が確定しているからだ」


「飛龍……!?」


「そうだ。そして、それに対抗する唯一の手段が……皮肉にも、魔力なのだよ。人類が魔力を所持し、世界に魔法が満ち続ける限り、悪意が蔓延し続ける。だが、悪意を防ぐために魔力を捨てれば、飛龍に滅ぼされる。……全ては、魔法という禁断の果実を口にしたあの日から……」


マオは言葉を失った。

全てが、茶番だった。

戦えば戦うほど、リンは破滅へと近づき、世界もまた滅びの運命を突き進んでいる。


「……その、破滅の病には……本来の名前がある」


ノルンが、地を這うような声で呟いた。


「『キングダム・ウイルス』だ」


その単語が萬屋の空気に触れた瞬間、重苦しい静寂が部屋を支配した。


「キングダム?……帝都……?」


「そうだ。……三十年前、帝都でばら撒かれた殺人ウイルス。それこそが、現在『魔力』と呼ばれているものの正体だ。三十年前のあの日の殺戮……あれは、帝都政府内におけるクーデターであり、生体実験だったのだ。帝都が自らウイルスをばら撒き、帝都が魔法という名の治療薬と称してそれを世界に売り捌き、帝都が栄え……そして今、帝都が自らの生み出した毒によって破滅の時を待っている。……魔導規制局とは、その、マッチポンプの火消し役に過ぎない」


ノルンの目から、一筋の涙がこぼれ落ちた。


彼女が、友から全てを奪ってまで貫こうとした正義は……正義など……初めから存在しなかったのだ!


「あぁ……」


マオは頭を抱えた。

だが。

フウカだけは、微動だにしていなかった。


「……フウカ?」


マオが顔を上げると、フウカは静かに壁に背を預けたまま、伏し目がちに己の爪先を見つめていた。その顔には、驚きも、恐怖も、混乱もなかった。

ただ、どこまでも深く、冷たい諦観だけが張り付いている。


「フウカ……どうして……驚かないアルか……?」


マオの声に、フウカはゆっくりと顔を上げた。


「……驚くわけが、ありませんわ。……わたくしたちは、知っていましたもの」


「知ってた……アルか?」


フウカは静かに歩み寄り、ちゃぶ台の横に立った。そして、己の腕を優雅に持ち上げ、そこから覗く鋭いヒレをなぞるように指を這わせた。


「人間は、魔力を使えば使うほど脳が焼き切れ、獣に堕ちる。エルフは存在そのものが魔力の核融合炉のようなものですから、そもそも病の概念から外れている。獣人は、そもそも魔力を使えない。……では、マオ。人間と同じように魔力を行使できるにもかかわらず、その悪影響を一切受けない存在がいるとしたら、なんだと思います?」


フウカの問いかけに、マオは息を呑んだ。

そして、目の前に立つ彼女の姿。

水棲生物の頂点に立つ、サメの獣人の姿を凝視した。


「……サメの獣人……アルか?」


「ご名答ですわ」


フウカは、自嘲するような笑みを浮かべた。


「わたくしたち水棲型の、特にサメ獣人の肉体は、どういうわけか、どれほど魔力という名のウイルスに侵されようとも、一切の変異を起こしませんの。完全に、無効化してしまう。……だから、わたくしには分かっていたのですわ。あの忌々しい白髪が……リンが、どれほど凄絶な地獄の淵を歩いているかが」


フウカの言葉に、マオの胸の奥で何かが弾けた。

フウカはいつも、リンのことを「【小手先の術を使う俗物】」と見下していた。

だが、それは決して軽蔑ではなかったのだ。

不治の病に脳を冒され、命を削りながら戦うリンの姿を見るのが、たまらなく痛々しかったのだ。

自分が一切の影響を受けない強靭な肉体を持っているからこそ、人間という脆い器にもかかわらず、魔法の暴走を抑え込んでいるリンの凄絶さが、誰よりも理解できていた。

だからこそ、フウカは不器用な言葉でリンを気遣い、時には強引にでも魔法の使用を止めさせようとしていた。


「フウカ……ずっと……リンのことを……」


「勘違いなさらないで。わたくしはただ、わたくしの愛するマオが悲しむ顔を見たくなかっただけですわ」


フウカは冷たく言い放ったが、その声の語尾は微かに震えていた。


「この真実を、あなたたちが知らなくていいなら、それはそれで……一生知らないままでいればいいと思っていましたわ。……ですが、ノルンさん。貴女は、なぜ今になってそれを口にしたのです?」


フウカの鋭い視線が、ノルンを射抜く。

ノルンは、ちゃぶ台の上に置いた拳から、血が滲むほど強く爪を立てていた。


「この破滅を回避する鍵が、一つだけある」


ノルンはゆっくりと顔を上げ、フウカを見つめた。その瞳には、かつてないほどの深い悲哀と、取り返しのつかない罪の意識が渦巻いていた。


「魔力という、ウイルスを、完全に、無効化する、サメ獣人の、存在。……王都の狂気に憑りつかれた、魔導規制局の研究者たちが、その、事実に……気づかないはずが、なかったのだ……」


フウカの表情から、すっと温度が消えた。

マオは、嫌な予感に全身の毛穴が粟立つのを感じた。


「ノルン……?なにを…………?」


ノルンの唇が震える。彼女は、吐き気を催すような真実を、血を吐くような思いで紡ぎ出した。


「告げなければ、ならない。……フウカ……。あなた以外の、アギト一族の者たちが……私たちから確保されて、その後、どこへ消えたのか……」


「……やめろ。」


フウカの声が、空気を凍らせた。

だが、ノルンは止まらなかった。ここで全てを曝け出さなければ、彼女自身の魂もまた、永遠に救われないからだ。


「魔導規制局は……抗体を、手に入れるためだった。ウイルスの進行を、止め、魔法という、奇跡だけを、人類に残すための、材料として。……フウカ。あなたの一族は、全員……規制局で、解体され……実験の果てに、殺されたのだ!!」


時が、止まった。

外を走る魔導車の音も、遠くから聞こえる人々の喧噪も、全てが、遠ざかっていった。

萬屋の居間に残されたのは、静寂だけだった。

マオは、ただ、口を半開きにしてフウカを見つめていた。

フウカの姿は、微動だにしなかった。

豪奢な毛皮を羽織り、派手なドレスに身を包んだ、西都を牛耳る若き豪族の当主。

己の牙と肉体のみで頂点に立った、気高く強いサメの獣人。

その彼女の、漆黒の瞳から。

一粒の涙が、乾いた畳の上に落ちた。


「…………ぁ…………?」


フウカの口から、声にならない音が漏れた。

彼女はゆっくりと、自分の両手を見下ろした。その手が、まるで自分の意志とは無関係に、カタカタと激しく震え始めている。


「……あ、ぁあ…………あああああああああああああああああああああああっ!!!!」


次の瞬間、フウカの喉から、獣のような、血を吐くような絶叫が迸った。

彼女は膝から崩れ落ち、両手で自らの頭を掻きむしった。綺麗に結い上げられていた黒髪が乱れ、ドレスの裾が泥のように畳に広がる。


「うああああああっ!お父様っ!お母様っ!ああ、ああああああああっ!!」


床に額を打ち付け、獣のように号泣するフウカ。

その背中は、あまりにも小さく、あまりにも惨めで、この狂った世界に踏みにじられた、ただの孤独な少女のそれだった。


「フウカ……っ!フウカァァァッ!」


マオは泣き叫びながら床に這いつくばり、狂乱するフウカの身体にすがりついた。その強靭なサメの獣人の身体を、必死に、力一杯抱きしめた。

フウカの鋭い爪がマオの背中に食い込み、血が滲んでも、マオは絶対に離さなかった。


「ごめんアル!ごめん、ごめんねフウカ!あたし、何も知らなくて……っ!何も、分かってなくてぇぇっ!!」


マオの慟哭と、フウカの絶叫が、薄暗い萬屋の部屋に響き渡る。

ノルンは目を伏せ、ただ黙って、床に額を擦り付けるように深く、深く平伏していた。

自らが犯した、決して許されることのない大罪の重さに、彼女の魂もまた、粉々に砕け散っていた。


魔法という名の禁断の果実。


人類が手にした奇跡は、その実、世界を内側から腐らせる猛毒だったのだ……!

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