美食8:【自分を守る無関心!いざ!破滅の種をばら撒く者たち!】
イメージソング:遊星からの物体X サウンドトラック
https://youtu.be/meU2gAU7Xss?si=4HUq0PLRqEXNuago
ノルンは膝の上に置いた湯呑みをじっと見つめていた。
その背中はどこまでも小さく、痛々しいほど硬直している。
「何をそう、死人のような顔をしていらっしゃいますの、ノルンさん!」
静寂を破ったのは、鈴を転がすような声だった。
フウカが腕を組んで仁王立ちしている。
ノルンは力なく視線を上げ、痛切な影を宿した瞳でフウカを見つめ返した。
「……フウカ。私は……許されないことをした。正義と大義を振りかざし、あなたの家族や仲間をこの手で拘束し、監獄へ送ってしまった。私の選択が、あなたの全てを……」
震える声には、押し潰されそうな罪悪感が滲んでいた。リンを救うために立ち上がり、一度はその身を殺され、それでも魔導規制局の騎士として理想を貫こうとした結果、得たものは友の全てを自らの手で踏みにじったという、圧倒的な、現実だった。
フウカは大仰に鼻を鳴らし、ドレスの裾を翻してノルンの隣に腰掛けた。
「お生憎様ですが、痛みの重さなど、他人と比べるものではありませんわ!わたくしは家も仲間も失いましたけれど……貴女は、ご自分の信じた正義と友への想いの狭間で、そうして、魂をズタズタに引き裂かれたのでしょう?一度死んでなお、あがき続けて……。そんな不器用な生き方、俗物のそれとは、違いますことよ」
フウカは呆れたように息を吐くと、そっと温かい手をノルンの背中に添えた。
「わたくしが、貴女を責めるわけがありませんでしょう。……貴女もまた、この時代の、被害者なのですから」
その不器用で、けれどどこまでも深い慈愛に満ちた言葉が、ノルンの凍りついた心を溶かしていく。ノルンの目から大粒の涙が溢れ出し、ポロポロと畳を濡らした。
「フウカ……私は……あぁ……」
声を押し殺して泣きじゃくるノルンの肩を、フウカは嫌がりもせず、優しく抱き寄せた。
そんな二人の様子を、台所の陰から覗き込んでいたマオは、袖口でボロボロと涙を拭っていた。
「うぅっ……フウカ、めちゃくちゃイイ女アル……!あんなに優しく包み込むなんて、あたし、猛烈に感動したネ……!」
【マオは鼻をすすりながら視線を送っているが、その瞳にあるのは純粋な感嘆と尊敬だけだ。フウカが自分に寄せる情愛の視線には、相変わらず、鈍感であった。】
遠くからその様子を見ていたリンは、やれやれと頭を振った。
「あーあ、姉貴のあの鈍感さは筋金入りやな。フウカの乙女心が形無しやで……」
しかし、そう口にするリンの側顔には、どこか痛々しいほどの疲弊が影を落としていた。
今、この萬屋で最も息苦しさに胸を締め付けられていたのは、誰よりも冷静に状況を見つめるリン自身だったのだ。
その夜。
月光が薄暗く差し込む奥の部屋で、リンは静かに扉を閉めた。
リンはその小柄な体躯からは想像もつかない激しさで、ノルンを畳の上へと押し倒した。
「リン……!?」
「黙っとき、ノルン」
リンの白髪が乱れ、その瞳には昏い情念と、どこか狂気にも似た切れ味が宿っていた。普段の飄々とした関西弁の軽快さは影を潜め、押し殺した熱量が肌を刺す。
リンは手加減なくノルンの衣服に手をかけ、はだけさせていく。露わになったしなやかな肌に、リンは貪るように唇を寄せた。
「あっ……ん、ふ……っ!」
ノルンの口から漏れる艶やかな吐息。リンの指先がノルンの肌を強く撫で上げ、熱い体温を直接叩き込んでいく。それは愛撫というよりも、互いの魂を削り合い、肉体の存在を確かめ合うような切迫した交わりだった。
汗ばんだ肌が密着し、重なる吐息が部屋の空気を熱く湿らせていく。リンはノルンの胸元に顔を埋め、指を固く絡め合わせながら、荒い息の合間に低く言い放ち、宣言した。
「ウチが……守ったる。あんたがどれだけ傷ついても、ウチが全部破滅から引きずり戻したるわ!」
ノルンの瞳が揺れる。リンは重なる体温の奥から、ノルンの瞳をまっすぐに見つめた。
「だから……あんたは、そのままのノルンでいればええんや。【もう、本当に戦わんでええ。これ以上戦うと、巡り巡って、ウチが苦しゅうなる。】だから、ノルン。これからはずっと、ウチの横で、笑っとけ!」
「リン……っ!」
その言葉は、罪の意識に苛まれていたノルンの魂を、根底から救い出す救済の光だった。ノルンは涙を流しながらリンの細い背中に腕を回し、自ら深くその抱擁を受け入れた。
熱狂的な夜が過ぎ、二人は深く繋がれた温もりの中で互いを強く抱きしめ合っていた。
翌日から、萬屋の動きは苛烈を極めた。
「おらぁ!悪党は、あたしのパンチで一網打尽アル!」
「へっ、雑魚が束になってかかってきても無駄やで!ウチの魔法でまとめて片付けたるわ!」
マオの圧倒的な拳法と、リンの縦横無尽な魔法。自衛団と化した萬屋の二人は、西都で多発する怪異や暴動を次々と鎮圧していった。
だが、万能に見えるリンの魔法行使の裏で、着実に侵食は進んでいた。
「あはは!見たかいな今の爆発! 爽快やな!」
事件を解決し、高笑いするリン。
しかし、その瞳の奥の焦点が一瞬だけズレ、異様な冷酷さが覗くのを、フウカは見逃さなかった。
(あのバカ娘……どれほど代償を払って魔法を使っていますの……!)
フウカは唇を噛み締め、爪が手に食い込むほど握りしめた。だが、何も言えない。
それを指摘すれば、今この萬屋で保たれている奇跡のような日常が崩壊してしまうことを知っていたからだ。
そして夜になれば、荒れ果てた精神の平穏を求めるように、リンはひたすらにノルンを求めた。ノルンは嫌な顔ひとつせず、崩れそうなリンの全てを抱きとめ、優しく髪を撫で続けた。
そんな二人の痛々しい姿を、マオは胸を痛めながら見守っていた。
・・・・・・・・・・
数日後。
マオは買い出しの途中で、西都の下町にある古書店に立ち寄っていた。薄暗い店内には埃と古書の匂いが充満している。
奥の棚の陰に、中年エルフ……ジンの姿があった。
ジンは厚手の医学の専門書を手に取り、眉間に深い皺を刻んで立ち読みしていた。
「およ?こんな所で何難しそうな本読んでるアルか?」
マオが声をかけると、ジンは肩を跳ね上げ、素早く本を伏せた。
「……なんだマオか。驚かせるんじゃあ、ねえよ」
いつもの威勢のいい説教くさい大声はなく、ジンの声は低く濁っていた。マオは腕を組み、真剣な眼差しでジンを見つめた。
「世間じゃよく『道具が犯罪を犯すんじゃなくて、使う人間が悪い』って言うアルネ。あたしも、そう思ってたアル」
「……何が言いたい」
「もし……道具そのものが、使う人間の頭を狂わせる毒だとしたら、どうアルか?」
ジンの身体が強張り、くたびれた顔に深い影が落ちた。ジンはゆっくりと視線を逸らし、壁の傷を見つめていたが、やがて腹をくくったようにマオへと向き直った。
「……お前さん、気づいてたんだな」
ジンは深いため息をつき、声を潜めて語り始めた。
「魔力ってのはな……あれは、エネルギーじゃねえんだよ。あれは、自らの命を削って、薪にくべてるようなもんなんだよ」
【ジンの言葉に、マオは驚かなかった。】
「【……ふーん、そうだったアルか……】」
マオは、ジンを見つめた。
「じゃあ、なんで魔導規制局は、真実を隠すアルか?危険だってちゃんと知らせれば、みんな魔法を使うのを……」
「……やめられるわけねえだろうが」
ジンが絞り出すような声で吐き捨てた。その瞳には、治安維持を担う警察官としての苦渋が満ちていた。
「今さら『やめましょう』なんて……言える理由が、ねえんだよ……」
ジンはそう言い残すと、背を向けて店を出て行った。
【一人取り残された古書店で、マオは、他の雑誌を読み始めていた。】




