美食7:【超常犯罪都市!私は殺害された!偽善!嘘で現実を守る者!】
イメージソング:ベルサイユのばら サウンドトラック
https://youtu.be/fo5l1Fat4NI?si=sgoostc1jPGwkm_2
新暦1年。
魔法という「不条理」が世界に満ち、社会構造がひっくり返った混沌の時代。
帝都の西、あらゆる欲望と暴力が渦巻く「西都」において、市民の安全を守るべき警察機構およびその別働隊である『騎士団』は、今まさに……崩壊の危機に瀕していた!
超常犯罪の多発!
その手口は、ついに……旧来の捜査手法では到底太刀打ちできない、未知の領域に達していた!
例えば、先日起きた『市議会全焼事件』!
厳密に言えば、これは放火ですらなかった。
男が一人、市議会の議事堂に歩いて入っていき、そして、出てきただけである。
それだけで、歴史ある議事堂は跡形もなく全焼した。
男は「身体に火を纏う」……という魔法技術を持っていた。
いわば、彼は常に「火の汗」をかいているような状態であり、ただ歩いているだけで周囲の可燃物が発火してしまうのだ。幸いにして死傷者は出なかったが、問題はその後だった。
王都法では、「火の汗をかいているだけ」の男を、放火容疑で裁くことはできなかった。
殺意も放火の意思も立証できず、警官隊はおろか、魔力を持たない近接戦闘のプロである騎士団でさえ、触れることすらできない男に手も足も出なかった。
そこで現れたのが、新設されたばかりの『魔導規制局』であった。
彼らは、現場に到着するなり氷魔法を放ち、男を氷柱の中に閉じ込めた。
そして、その場で「公共の場における火炎魔法の無制御放射」という新たな法律を数秒で「正しく」でっち上げ、男を即座に重犯罪者として刑務所へと送ったのだ。
超常犯罪の激増により、騎士団は深刻な人手不足に陥り、ついに、見習いであるノルン・クライフォルトまでが前線に駆り出されることになった。
そして、ノルンが「騎士」として戦った「最初で最後の事件」は、西都を……いや、彼女自身の世界を完全に破壊するものだった。
通称『かまいたち事件』。
人が突然切り刻まれるという連続殺傷事件である。
目撃情報は一切なく、集団の精神異常による自傷行為かという噂まで流れていた。
だが、たまたまパトロール中にその路地に居合わせたノルンは、見てしまったのだ。
「……」
血溜まりの中で倒れる被害者の傍らに、刃物を手にした男が立っていた。
だが!
男と目が合った、次の瞬間!
男の姿は消え、そうして……ノルンの脇腹から、熱い鮮血が噴き出した!
防御する間もなく、という次元ではない。
「過程」を置き去りにし、斬られたという「結果」だけが、ただ、そこに存在していた。
ノルンは崩れ落ち、石畳に倒れ込んだ。
抉り切られた脇腹から、とめどなく血が流れ出していく。
意識が急速に薄れ、暗闇が視界の端から浸食してくる。
死ぬ!
それがノルンの脳裏を支配した。
リンを守るという誓いは、圧倒的な不条理の前に無惨に散っていく。
ノルンは、ゆっくりと重い瞼を閉じた。
ノルンは、死んだ。
だが!
『対象、確保』
冷徹な声が響いた。
ノルンが目を開けると、そこは「数秒前」の路地だった。
彼女の脇腹には傷一つなく、痛みもない。
そして、目の前には、刃物を持った男が、魔導規制局の局員に首根っこを掴まれ、完全に拘束されていたのだ。
「なに?……何が?」
ノルンは腰を抜かしたまま、呆然と呟いた。
局員は感情の読めない目でノルンを見下ろした。
「運が良かったな、訓練生。この男は『時間操作魔法』を開発したテロリストだ。時間を数秒だけ止め、あるいは巻き戻すことで、一方的に対象を切り刻んでいた」
時間操作!
そんな……神の領域に足を踏み入れるような魔法が、存在するのか!
「しかしだ。我々規制局には、時間操作を相殺させる『対時間魔導術式』がすでに配備されている。……じゃあ、これは。『時間遡行を用いた傷害行為』になるな。ま、直ぐに死刑台へ送るから、心配はいらない」
ノルンは、その場で震えを止めることができなかった!
恐怖ではない!
圧倒的な「現実」を突きつけられたのだ!
時間操作魔法!
理屈も常識も通用しない新種の殺人鬼が街を歩いているたのしい世界で、三権分立だの、人権だの、適正手続きだのと……もう……頭良さげな寝言を言っている場合では、ない!
もし魔導規制局が存在しなければ、この街はおろか、国も、世界も、とうの昔に終わっていたかもしれないのだ!
悠長に裁判など待っていたら……人類は、魔法という暴力の前にあっけなく滅亡する!
その日、ノルンは騎士団の制服を脱いだ。
彼女は規制局の本部へ赴き、嘆願の末、無理を言って魔導規制局への編入を果たした。
時間操作という死の淵を覗き、それでもなお正義に燃える彼女を、規制局はついに受け入れたのだ。
ノルン・クライフォルトは、魔導規制局の職員となった。
それから数日後。
ノルンは、規制局の地下深くにある真実の部屋で、世界の本当の姿を知ることになる。
魔導規制局は、王都だけの組織ではなかった。
国連……いや、地球全土の意志によって設立された、人類存亡を賭けた特務機関であった。
彼らが治安維持に全力を注いでいる真の目的。
それは『飛龍狩り』である。
「この地球の魔力濃度は、現在も、上昇している」
上官が冷たい声で告げた。
「【近い将来、次元の壁が崩壊し、異世界か、あるいは異次元から『飛龍』が、我々の『希望』を踏み躙るために襲来する。これは推測ではない。確定した未来だ】」
ノルンは息を呑んだ!
飛龍!
人類を虫けらのように蹂躙する、絶対的な捕食者!
「飛龍が来た時、人類社会が混乱していれば、我々は、何もできずに破滅する。だからこそ、来るべき未来に備えて、社会を脅かす『比較的』どうでもいい超常犯罪を、片っ端から潰し、社会を安定させておかなければならないのだ」
ノルンの瞳の奥に、暗く、しかし燃えるような闘志が宿った。
「権限は限定的に3年だけ」というのは、やはり、真っ赤な嘘だったのだ。
飛龍との戦争が何年続くのか、そもそもいつ襲来するのかすら定かではないのだから、権力を手放す日など、永遠に来るはずがない。
だが、それでいい。
マクロを守るためなら、ミクロの自由など、どうでもいい。
多少の独裁も、嘘も、法を犯すことも辞さない。
それが正義のためならば……。
・・・・・・・・・・
一方その頃。
西都の大通りでは、マオとリンが休日を満喫していた。
「わあーっ!リン!あの綿あめ、七色に光って飛んでるヨ!」
マオが目を輝かせて指差したのは、屋台で売られている『浮遊虹色綿あめ』だった。風魔法と光魔法が組み合わされており、ふわふわと宙を舞いながら甘い香りを振りまいている。
「アホやなぁ、あんなん食べにくーてしゃーないやろ」
リンは呆れ顔で笑いながらも、マオの喜ぶ顔を見るために屋台のオヤジに小銭を投げてやった。
「姉貴、これは奢りや。ほら」
「やったアル!……あまーい!雲を食べてるみたいヨ!」
マオが綿あめにかぶりつき、口の周りをベタベタにしながら満面の笑みを浮かべる。
西都は混沌としているが、同時にこうした魔法を使った楽しい文化が花開いているのも事実だった。道端では小さな精霊が楽器を奏で、魔力で動くブリキのおもちゃが子供たちの後を追いかけている。
「やっぱり、西都は楽しくて美味しい街アルね!」
「まあ、姉貴が楽しそうやから、ウチも楽しいけどな!」
二人は、これから訪れる世界の危機など微塵も感じさせない、穏やかな日常を歩いていた。
その穏やかな日常の裏側で。
西都の裏社会を牛耳るアギト家の豪邸は、無数の赤色灯に包囲されていた。
「警察だ!捜索令状が出ている!」
玄関を蹴破り、武装した警官隊が次々と雪崩れ込んでくる。
その中心に立っていたのは、苦渋に満ちた表情を浮かべるジン・ヤザワ警部だった。
「な……何の真似ですの、ヤザワ警部」
ガウン姿のフウカ・アギトが、冷たい視線でジンを見下ろした。彼女の背後には、アギト一家の屈強なサメ獣人たちが殺気を放って立ち並んでいる。
アギト家は、自身が強大な魔法を使えるからこそ、魔法の恐ろしさを誰よりも熟知していた。
だからこそ、西都の秩序を守るため、彼らは「危険な魔法使い」を裏から見つけ出し、警察に情報提供を行っていた。
先日も、「電気をボールのように固めて投げつけてきた少年」や、「赤信号で横断歩道を渡りたいがために、魔法で車をなぎ倒してきた老人」を警察に通報したばかりだった。
だが、警察から返ってきたのは、感謝ではなく「報復の家宅捜索」だったのだ……。
ジンは、帽子を深く被り直し、雨に濡れた顔を歪めて言った。
「……すまねえフウカ。お礼参りになっちまった。俺も、魔法は危険だと思ってるし、お前らの通報は紛れもなく、正しかったと思ってる。だがな……」
ジンはギリッと歯を食いしばった。
「国の結論は、『魔法は、安全で、無害』……ってことになってんだとよ」
フウカの目が見開かれた。
その時、警官隊の後ろから、漆黒のコートを着た魔導規制局の局員たちが姿を現した。
彼らは冷徹な声で宣言した。
「アギト家より、魔導兵器、および反国家的計画書を押収した。全員、テロリストとして連行、王都刑務所へ。終身刑とする」
でっち上げだった。
だが、三権を掌握した規制局が「有罪」と言えば、それがこの世界の真実になる。
アギト一家の者たちが、次々と手錠をかけられ、膝をつかされていく。
雨が、降り始めた。
「おのれ……っ!よくも!」
フウカが魔力を爆発させようとした、その瞬間。
「待て」
漆黒のコートを着た局員の一人が、ゆっくりと前に進み出た。
フードを下ろしたその顔を見て、フウカは息を呑んだ。
ノルン・クライフォルトだった。
ノルンは、氷のように冷たい目でフウカを見つめた。
大義のためなら、多少の犠牲は仕方がない。
捏造も、冤罪も、全ては平和のための必要悪だ。
今日の今日まで、ノルンはそう信じようとしていた。
だが。
だが…………!
理不尽に全てを奪われようとしているフウカの絶望の顔を見た時、ノルンの中の何かが軋んだのだ!
「ほう……なるほどね……この女が、フウカ・アギトか。主犯ではないね」
ノルンの静かな、しかし確固たる声が、雨音を切り裂いた。
「私は、内偵を進めていた。彼女は、組織の人形に過ぎない。……彼女をここで処刑すれば、背後にいる『真の黒幕』を取り逃がすことになる」
それとなく、しかし……誰もが「彼女には利用価値がある」と信じるような、完璧な嘘のつきかただった。
「……そういうことなら、残りの者だけを連行しろ。この女は泳がせるとしよう」
規制局のリーダーが撤収を命じた。
ジン・ヤザワに連行され、パトカーに押し込まれていく家族たち。
豪邸は差し押さえられ、全てを失ったフウカは、雨の中、一人だけ泥水の上に残された。
赤色灯が遠ざかり、静寂だけが残った庭で、フウカとノルンは、雨に打たれながら見つめ合った。
互いに、何も言えなかった。
ノルンは、規制局のやり方に反吐が出そうだったが、それでもこの組織にいなければ、来るべき大戦に備えることはできない。
フウカは、家族を奪われた怒りと、自分だけを救ってくれたノルンへの複雑な感情で、心が引き裂かれそうだった。
長い沈黙の後。
ノルンが、重い口を開いた。
「……萬屋に、空き部屋がある。マオの隣の部屋だ。……住んで、いい」
それは、ノルンができる精一杯の、そして不器用すぎる贖罪だった。
フウカは、雨水なのか涙なのか、顔を濡らしながら、怒りとも、悲しみとも、諦めともつかぬ表情で、視線を逸らした。
「……マオと住めるなら。本望、ですわ」
震える声で、フウカは答えた。
本望ではある。愛するマオの側に行けるのだから。
だが。
これは、絶対に彼女が望んでいた形ではなかった……。




