美食6:【酒と恋に酔う女たち!乱戦!大衆食堂!】
イメージソング:Follow your dream
https://youtu.be/rcjynpN-fcs?si=ydBCjuoQoEZ-JCtb
これはヴェリタスシリーズです
明るい展開ということは、つまり、そういうことです
「あああああっ!どどどど、どうしましょう!一体どうすればよろしいの!?」
闇社会を牛耳るアギト家の豪奢な屋敷の最上階で、若き当主フウカ・アギトは、サメの尻尾を床にバタバタと叩きつけながら、頭を抱えて絶叫していた。
普段の優雅な彼女の面影はどこにもない。美しい顔は青ざめ、涙目になりながら部屋の中を右へ左へとウロウロウロウロと歩き回っている。
「よりにもよって、南方大陸から極秘裏に取り寄せた秘蔵酒『海神の涙』が輸送中に奪われるなんて……っ!」
その酒は、単なる高級酒ではない。
強い魔力を持つ者が飲めば、莫大な魔力増強をもたらすという伝説の霊薬である。
なぜ、フウカがそんな危険なものを大金叩いて取り寄せたのか。
理由はただ一つ。
西都は今、かつてない混沌の中にある。新興組織や危険な超常犯罪者が次々と現れる中、愛するマオ・チェンリーを守るためには、自分自身が誰よりも強くなければならないからだ。
(あんな無防備で食いしん坊なマオを、この危険な街に放っておくなんて絶対にできませんわ!わたくしが……もっと強くなって、未来の伴侶たる彼女をこの手で……この手で一生養って差し上げる予定でしたのにッ!)
だが、その秘蔵酒は、アギト家の輸送部隊を襲撃した何者かによって奪われてしまった。
「こうしてはいられませんわ!取り返さなくては!絶対に!」
フウカはドレスを翻し、猛烈な勢いで屋敷を飛び出していった。
・・・・・・・・・・
一方その頃。
西都の裏路地を、顔面蒼白で駆け抜ける一団があった。
エルフの過激派犯人グループである。
「団長よお!どうすんよ!酒がないぞ!」
「わあってる!クソ!さっき通りでぶつかったアイツだ!あの時、荷物がすり替わっちまったんだ!」
リーダーのエルフは、手元にある「芋焼酎・西ノ風」と書かれた安酒の瓶を見て、歯を食いしばった。
エルフたちは、この西都を武力で征服するというありきたりな野望を抱いていた。そのために輸送網を襲撃し、伝説の酒を奪うところまでは完璧だった。
あの酒さえ飲めば、自分たちの魔力は究極的に跳ね上がり、この街を火の海にすることなど容易い。そう確信していたのに。だが。盗もうとも、西都を征服しようとも思っていない全くの無関係な知らない誰かに、ただの手違いで持って行かれてしまったのだ。
「絶対に遠くには行ってないはずだ!万が一誰かに飲まれでもしたら……っ!」
エルフたちは焦燥に駆られ、手当たり次第に周囲の食堂や路地を捜索し始めた。
・・・・・・・・・・
そんな世界の危機的状況など露知らず。
西都の中心地に位置する、古き良き大衆食堂『大西館』では、幸福な時間が流れていた。
「ぷはぁーっ!ノルン、今日の料理も最高アルね!」
「ああ。仕事の後のこの瞬間のために、私は生きていると言っても過言ではないな」
テーブルの上に所狭しと並べられた大皿の数々を前に、萬屋の長女マオ・チェンリーと、騎士団見習いのノルン・クライフォルトは、満面の笑みで箸を突き合わせていた。
今日のオーダーは、大西館の店主が腕によりをかけた、東西南北のスパイスを極めたフルコースだった。
まずは、東方の伝統的な技法で作られた『炎喰い鳥の挽肉と幻影豆腐の熱波煮込み』である。
真っ赤な油が煮えたぎる土鍋の中で震える純白の豆腐。一口食べれば、舌が痺れる強烈な山椒の刺激と、炎喰い鳥の濃厚な肉の旨みが爆発する。マオはこれを山盛りの白米に豪快にかけて、喉に流し込んでいた。
「んん〜っ!レンゲが止まらないアル!お米がお水を飲むように消えていくヨ!」
続くは、北の半島の製法を取り入れた『雪山オークの三枚肉と発酵紅菜の熱々石鍋』だ。
強烈な辛味を持つ真っ赤な野菜と一緒に、分厚く切られた雪山オークの豚肉が煮込まれている。オークの脂身がスープに溶け出し、酸味をまろやかに包み込む。ノルンは息を吹きかけながら、シャキシャキの紅菜と豚肉を頬張り、至福の吐息を漏らした。
「この辛味が、疲れた身体の隅々にまで染み渡る……。脂の甘みが絶妙だ……」
さらに、南方のジャングルの恵みを活かした『椰子のミルクと双頭エビの雷辛煮込みスープ』。
一見するとマイルドなクリームスープのようだが、その奥には青唐辛子の突き抜けるような鮮烈な辛さと、数種類のハーブが織りなす複雑な香りが隠されている。双頭エビの弾力が、噛むほどに海鮮の旨みを弾けさせる。
そしてシメは、密林地帯の屋台料理を再現した『清流リヴァイアサンの出汁と緑閃ハーブ添え』だ。
リヴァイアサンの骨からじっくりと取られたスープは、底が見えるほど透明なのに滋味深い。ツルツルとした米粉の平打ち麺をすすれば、柑橘系の果汁と爽やかな緑閃ハーブの香りが、それまでの濃厚な油を全て洗い流してくれる。
二人は最後の一滴、米の一粒に至るまで、豪快に平らげていった。
「ふう……食った食ったアル。やっぱり大西館のご飯は最高ヨ」
「そうだな。……思えば、私とマオが初めて会ったのも、この大西館のこの席だったな」
ノルンが温かいお茶をすすりながら、ふと目を細めた。
「そうアル!ノルンが一人で大盛りの定食を頼みすぎて困ってたところに、私が相席して半分食べてあげたヨね!」
「ふふ、いやいや、あれには驚いたが、助かった。あの日から、私たちは親友だよ」
二人が笑い合い、思い出に浸っていると、マオが足元の荷物から一本の瓶を取り出した。
「そういえば、さっき道端で変な狐獣人にぶつかった時、お詫びってことでこのお酒もらったアル!一緒に飲むネ!」
「ほう、随分と立派な装丁の瓶だな。どれ、少しいただこうか」
二人はコップにトクトクと琥珀色の液体を注ぐと、カチンと乾杯し、それを一気に呷った。
「……あ、あれ? なんだか、すごく体が熱くなってきたアル……」
「む……度数が……高いのか?視界が、少しフワフワと……」
その時だった。
「わ。……あ、あ、あああぁぁぁーーーッ???」
食堂の入り口から、この世の終わりでも見たかのような絶叫が響き渡った。
入り口に立ち尽くしていたのは、先ほどの犯人グループのエルフたちだった。彼らは、マオとノルンが『海神の涙』を空にしているのを見て、絶望のあまり立ち尽くしていた。
「飲んだ!あいつら飲んじまいやがった!終わりだ!あんな大量に飲んだら……魔力暴走で……この街ごと吹っ飛ぶぞォォォ!」
悪のエルフたちがパニックに陥っている背後から、さらに三つの影が突撃してきた。
「見つけましたわよ、こそ泥エルフ共!」
「おっ!?姉貴ィ、酒は無事かァ!」
「そこまでだ!西都警察だァ!」
フウカ、リン、ジンの三人である。彼らはエルフの魔力痕跡を辿り、ようやくここまで追いついたのだ。
だが、時すでに遅し。テーブルの上には、空っぽになった『海神の涙』の瓶が転がっていた。
「……はあ?え?なんでマオとノルンが、それを、飲んでます、の……!?」
フウカの顔が再び青ざめる。
だが、エルフたちはヤケクソになっていた。
「ええい!こーなりゃ全員道連れだ!この食堂ごと消し飛ばしてやる!」
エルフたちの放った魔法の爆発が、食堂の入り口付近を吹き飛ばした。
不意打ちを食らったフウカ、リン、ジンの三人は綺麗に後方へと吹き飛ばされ、床をゴロゴロと転がった。
「へっ!見たかよ!これがエルフの力なのだ!」
犯人たちが勝ち誇ったように笑った、その瞬間。
「……私の大事な、フウカに。……一体、何してるアルか?」
「……私の、愛しいリンを。……よくも、傷つけてくれたな」
爆煙の中から、二つの影がゆっくりと立ち上がった。
マオとノルンである。
しかし、その様子は、明らかにおかしかった。
二人の頬は桃色に染まり、目はとろんと潤んでいる。体温が急激に上昇しているのか、マオはチャイナ服の胸元のボタンをいくつか外し、ノルンは騎士団の制服のネクタイを緩め、汗ばんだ白い肌を無防備に晒していた。
熱い吐息を漏らしながら、どこか艶かしく、それでいて獲物を狙う猛獣のような鋭い視線で、エルフたちを睨みつけている。
その姿を見たリンとフウカは、吹き飛ばされた痛みも忘れ、心臓を跳ねさせた。
(な、ななな……なんてエッチで、かっこいいんですの……!?)
(あちゃー……。姉貴もノルンも、色気ヤバすぎやろ……!)
二人は赤面し、完全に目を奪われていた。
だが、傍にいたジンは冷や汗をかきながら叫んだ。
「お、お前ら!今調べたぞ……。あの酒の『魔力増強』ってのは、元から魔力がある奴の話だ!魔力が『完全ゼロ』の奴が飲むと……魔力回路の暴走じゃなくて、あーつまり……なんだ……『惚れ薬』と『自白剤』の効果になっちまうんだよォ!」
そう、今のマオとノルンは、ただの「極限まで酔っ払った、好きな人の前でカッコつけたいだけの乙女」なのである。
「フウカ……。フウカの笑顔は、私が独り占めするアル……」
マオが、妖艶な笑みを浮かべながら、その辺にあった木製の丸椅子を片手で軽々と持ち上げた。
「リン……。君の全ては、私のものだ……」
ノルンが、熱っぽい瞳でリンを見つめながら、掃除道具入れから取り出した一本の長いモップを構えた。
「んんんんん〜〜〜〜ッ!!」
「あー、あー。……!」
フウカとリンは、あまりの恥ずかしさと嬉しさで、顔から火を噴いてその場にうずくまってしまった。
「なんだこいつら、魔力がない?……の、はずなのに、なんだ!?とんでもないプレッシャーだ!」
エルフたちが慌てて再び魔法を放とうとする。
「ふふっ……遅いアル」
マオが丸椅子を片手に地を蹴る。エルフの放った火球が飛んでくるが、マオは一切慌てない。食堂のテーブルの上を滑り込むようにスライディングし、火球の軌道を丸椅子の座面でピンボールのように弾き返した。
「あちちっ!」
弾き返された火球がエルフの顔面に直撃する。
その隙にマオは立ち上がり、テーブルの上に置かれていた空の丼を空中に蹴り上げた。
「食べ物を粗末にする奴は、お尻ペンペンアル!」
丼が空中に滞空しているわずか一秒の間に、マオは流れるような回し蹴りでエルフ二人のアゴを的確に打ち抜き、きりもみ回転させながら吹き飛ばす。そして、落ちてきた丼を手のひらでピタリと受け止めた。
「お見事だ、マオ。……私の愛の舞も、見ていてくれ!」
ノルンが、長いモップをまるで名刀のようにクルクルと回転させながら敵陣に突っ込む。
エルフたちが近接防御用の魔力障壁を張るが、ノルンはモップの柄の先で、障壁の結節点をビリヤードのように正確に突き、ガラスを割るように粉砕した。
「バカな!」
驚愕するエルフの腕に、ノルンは自分が脱ぎ捨てた制服のジャケットをバサッと投げつけ、視界を奪うと同時に腕を絡め取る。
「リンへの愛の重み、その体で味わえ!」
ノルンはジャケットの袖を力強く引っ張り、エルフの体勢を崩させると同時に、流れるような関節技を極め、床にドカンと叩きつけた。
激しい戦闘の中、熱を帯びて乱れた髪、汗ばんだ肌、そして時折、フウカとリンの方へ、チラチラ、チラチラとそれとなく向けられるトロンとした艶かしい視線。
「……マオ、かっこよすぎますわ……っ!」
「ノルン……反則やろ……」
フウカとリンは、完全に骨抜きにされ、熱い吐息を漏らしながらその光景を見つめていた。
「いやいや、お前らも戦えや!!」
ジンのツッコミも虚しく、わずか数分後。
犯人グループのエルフたちは、文字通り「物理的」にボコボコにされ、一人残らず床に伸びていた。
「……終わったアル。フウカ、怪我はないヨ……?」
「リン……愛しているぞ……すぅ……」
敵を全員倒したマオとノルンは、フウカとリンに最高にセクシーな笑顔を向けた直後……糸が切れたようにその場に崩れ落ち、心地よさそうに眠りに落ちてしまった。
ジンが頭を抱える中、厨房の奥から無傷の大西館の店主が出てきた。
「あやや!ヤザワん旦那。この娘たちのおかげで、厨房と食材は無事だった。壊れたテーブルと椅子の代金は、あの倒れてるエルフどもの財布からいただいとくから、ま、これは気にしねえでくれ!」
店主の計らいにより、事態は丸く収まることになった。ジンはため息をつきながら、エルフたちに手錠をかけ、署への連行を手配し始めた。
・・・・・・・・・・
夜。
すっかり静まり返った大西館の座敷で、マオとノルンは「うーん……」と同時に目を覚ました。
「あ、あれ……? 私たち、どうしてここで寝てるアルか?」
「頭が痛い……。そうだ、エルフの集団が店に入ってきて……そこから記憶が……」
二人が体を起こすと、目の前の席に、どこかニヤニヤとした笑みを浮かべたフウカとリンが座っていた。
「フウカ!リン!無事だったアルか!エルフたちは!?」
マオが慌てて身を乗り出す。
リンは頬杖をつき、ストローで水を飲みながら答えた。
「アホやなぁ。姉貴らが暴れて全部倒してしもたわ。ジンのおっちゃんが連行していったで」
「そ、そうだったアルか……?全然覚えてないヨ」
「私もだ……。何か失礼なことをしていなければいいが……」
ノルンが額を押さえて顔をしかめる。
二人は、自分たちが飲んだ酒が「自白剤」と「惚れ薬」を兼ねた恐ろしい代物であったことも、自分たちがどれほど情熱的に愛を告白しながら戦ったのかも、一切覚えていなかった。
フウカは、扇子で口元を隠しながら、上品に、けれど隠しきれない喜びを滲ませて笑った。
「ええ!とっても『素晴らしい働き』でしたわよ、マオ。……おかげで、わたくし……今後の人生がますます楽しみになりましたわ!」
リンもまた、ノルンに向かってウインクを飛ばす。
「ま、せやな。今日のとこはウチらが奢ったるわ。ノルンの『可愛いとこ』も見れたしな」
「え?可愛いとこって何アルか?私たち、変なこと言ったかヨ?」
「……まさか、裸踊りなど……していないだろうな!?」
顔を見合わせて首を傾げるマオとノルン。
そんな二人を見て、フウカとリンは顔を見合わせて笑い合った。
夜は更けていく。
美味しい料理の香りと、彼女たちの笑い声が、平和な食堂にいつまでも優しく響き渡っていた……!




