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ヴェリタスの最終定理6:始祖フウカ・ヴェリタスの慈愛【2位】  作者: .
世迷いの嫁はサメの姫

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美食5:【死にゆく犬のプロ意識!嘘をついて何が悪い!破滅の真実!】

イメージソング:銀色ドレス

https://youtu.be/Hrlq_SBLCqw?si=4aHkt88H7D94PxYz

『萬屋』の古びた扉が、力なく押し開けられた。


「……お願いです。どうか、ボニーの言葉を、最後に聞かせてください……っ」


扉の前に立っていたのは、泥だらけの服を着た十歳ほどの少年だった。

彼の腕の中には、老衰し、力なく息を吐く一匹のゴールデンレトリーバーが抱きかかえられていた。


少年は、生まれた時からずっと一緒に育ってきた兄弟のような愛犬が死ぬ前に、魔法の力を使って「最期の遺言」を聞き取ってほしいと、藁にもすがる思いで萬屋を訪れたのだ。


萬屋の長女であるマオ・チェンリーは、その大きな瞳を痛ましそうに揺らした。

彼女は西都でも随一の腕力を持っているが、あいにくと魔力は一切持っていない。

動物の魂の波長にアクセスし、その思念を言語化するような魔法は、魔力を持つ妹のリン・チェンリーの領域だった。


しかし、今日に限ってリンは不在だった。

国が新たに創設したという『魔導規制局』なる組織の設立式典に出かけてしまっていたのだ。


「どうしよう……私じゃ、ボニーちゃんの言葉はわからないアル……」


マオが焦燥に駆られ、少年の背中をさすりながら途方に暮れていた、その時だった。


「あららあ。相変わらず貧乏くさい店ですこと」


店の前に横付けされた黒塗りの高級魔導車から、豪奢なドレスと白い毛皮を纏った小柄な女性が降り立った。西都の闇社会と物流を牛耳るアギト家の若き当主、フウカ・アギトである。

高飛車な態度で店に入ってきたフウカだったが、涙を流す少年と、息も絶え絶えな老犬、そして困り果てたマオの顔を見て、ピタリと動きを止めた。


「……フウカ!ちょうどよかったアル!お願い、ボニーちゃんの言葉を通訳してほしいヨ!」


「は? わ、わたくしが動物の通訳など……」


「フウカは魔力が使えるし、サメの半獣だから、動物の気持ちがわかるはずアル!お願い、この通りヨ!」


マオに両手を合わせて拝み倒され、フウカは舌打ちをした。彼女はサメの魚人であり、厳密には犬のような陸生獣人とはルーツが異なるが、極めて高い魔力適性を持っているため、思念の読み取り自体は不可能ではない。

何より、フウカは……誰よりも情に脆く、他者の痛みに寄り添ってしまうという不器用で優しすぎる本性を持っていた。涙をこぼす少年と、必死なマオの顔を見て、断れるはずがなかった。


「んもー!……今回だけですわよ。わたくしのコンサルタント料は、本来なら家が一軒建つほど高額なのですからね」


フウカは文句を言いながらも、毛皮のコートが汚れることも厭わず、少年の横にしゃがみ込んだ。


「少年。犬を床に寝かせなさい」


フウカは懐から最新鋭の薄型魔導端末を取り出し、ゴールデンレトリーバーの額にかざした。

淡い青色の魔力の光が、フウカの指先から犬の頭へと流れ込む。老犬は安心したように目を細め、フウカの手にその鼻先をすり寄せた。

魔導端末の画面に、緑色の文字がパラパラと表示され始める。


フウカは画面を見つめた。


しかし……テキストを読み進めるにつれ……彼女の顔からは血の気が引き、その瞳に明らかな動揺が走った!


フウカは弾かれたように顔を上げ、涙をボロボロとこぼす少年と、穏やかな表情で少年を見つめる犬を交互に見比べた!


「…………!?」


「フウカ?どうしたアル?ボニーちゃん、なんて言ってるヨ?」


マオが不思議そうにフウカの顔を覗き込む。


フウカの額には冷汗が浮かび、端末を握る手が微かに震えていた!


彼女は明らかに困惑し、何か……重大な決断を迫られているようだった!


長い、沈黙の後。


フウカはギュッと唇を噛み締め、そうして……静かに……優しく口を開いた。


「つ……伝えますわ。これが、この子の最期の言葉です」


フウカは、少年の目を真っ直ぐに見つめて、端末の画面を伏せたまま、紡いだ。


「……『今までありがとう、友よ。私は君を忘れない』」


その言葉を聞いた瞬間、少年は泣き崩れた。


「ボニー……っ!ボニー、僕もだよ!僕も絶対忘れないよぉっ……!」


少年は老犬の首元に顔を埋め、その温もりを永遠に記憶に刻み込もうとするかのように、強く、優しく抱きしめた。

ボニーは、少年の声を聞き届けると、満足そうに尻尾を一度だけ揺らし、そのまま息を引き取った。

少年は泣き続けた。

だが、その涙は悲しみだけでなく、確かな愛と絆に満たされた、温かい涙だった。


その日の夜。

アギト家の豪邸。その最上階にある豪華な自室で、フウカは最高級のワイングラスを片手に、窓の外のネオンを重苦しい瞳で見下ろしていた。


「……わたくしは、これでよかったのかしら」


フウカはポツリと呟き、ため息をついた。

彼女は、少年に本当のことを伝えた。

だが、本当のことは、実は、何も伝えていない。


嘘は……ついていない……!


情に溢れる彼女の心は、自分自身が吐いた言葉に、ひどく苛まれ、深く傷ついていた。


・・・・・・・・・・


翌朝。萬屋の扉が開き、式典から帰ってきたリン・チェンリーが、ひどく不機嫌そうな顔でソファにドカッと腰を下ろした。


「あー、あーあーあーあー、おもんかったわ。ホンッマ胸糞悪い式典やったわ」


「お帰りアル、リン。魔導規制局の式典、そんなにつまらなかったヨ?」


マオがお茶を差し出すと、リンは一気に飲み干し、ドンとコップを机に置いた。


「つまらん通り越して、ありゃなあ。気味悪いわ。……マオ、姉貴はわかっとらんかもしれんけど、あの『魔導規制局』って組織、この国のあり方を根本からぶっ壊すようなバケモン組織やで」


その時、萬屋の奥の部屋から、見習いの制服に身を包んだノルン・クライフォルトが顔を出した。彼女は騎士団の訓練生として、毎朝ここで身支度を整えてから出仕している。


「リンの言う通りだ。……私たち騎士団の内部でも、あの組織の設立は波紋を呼んでいる」


ノルンは神妙な面持ちで語り始めた。


現在、魔法を用いた超常犯罪に対処するため、警察機構の内部に「騎士団」という、特殊部隊と消防団を兼ねたような混成組織が存在している。ノルンが所属を目指すのもそこだ。


だが、先日発足した『魔導規制局』は、全く新しい国家機関だった。彼らの名目は「魔導医学の最先端研究」と「専門的な科学捜査による超常犯罪の撲滅」。

ここまでは表向きの理由だ。問題は、その組織に与えられた権限にあった。


「魔導規制局は、魔導技術の発展と規制という名目のもと、設立から『限定的に3年間のみ』、立法、司法、行政の全ての権限を動かせる超法規的措置が取られている」


ノルンが拳を握りしめる。


「つまり。彼らは自分で法律を作り、自分で捜査し、自分で裁くことができる。これは……国家の中に、もう一つの独裁国家が生まれたのと同じだ」


リンが忌々しそうに吐き捨てた。


「せやで。完全に三権分立を無視しとる。いくら魔法犯罪が複雑化しとるからって、なにもそこまで権力を集中させるなんて、歴史上、ありえへん暴挙やで」


騎士団という、市民の安全を守るための誇り高き組織に人生を懸け始めたノルンにとって、魔導規制局の存在は……なんとも言えない不安を抱かせるものだった。

だが、リンが魔導規制局に対して明確な嫌悪感を示してくれたことで、ノルンの心は少しだけ救われていた。


「リン、君の直感は正しい」


ノルンは鋭い眼光を放ち、言った。


「設立の際に政府が強調した『限定的に3年間のみ』という言葉。あれは絶対にあり得ない。全ての権利を掌握した組織が、たった3年で、自らその利権を手放すわけがない」


ノルンは断言した。


「魔導規制局。彼らは、国民と政府に対して、途方もなく巨大な嘘をついている」


政治の話に頭がパンクしそうになったマオは、萬屋を抜け出し、西都のど真ん中にある大衆食堂『大西館』へと向かった。

昼時の喧騒に包まれる店内。だが、マオが暖簾をくぐると、店の奥の席に、周囲の客から明らかに浮いている豪奢な人物が座っているのを見つけた。


「フウカ!」


「ひゃうっ!?」


マオは背後から無邪気にフウカに抱きついた。

突然の抱擁に、フウカの顔がボフッと音を立てるように真っ赤に染まる。


「ま、マオ!?レディに向かって急に後ろから抱きつくなど、はしたないですわよ!」


「えへへ、フウカの匂い、いい匂いアル。……でも、どうしたヨ?なんだか、すごく寂しそうな顔してたアル」


マオの直感は、時にどんな魔法よりも鋭く本質を突く。

図星を突かれたフウカは肩を落とし、視線を下に向けた。


「……マオには、隠し事はできませんわね」


フウカは、ポツリポツリと語り始めた。

昨日の、犬の遺言の話だった。


「マオ。わたくし、昨日、少年に何か嘘をついていないかと……そう思っているのでしょう?」


「嘘?フウカがボニーちゃんの言葉を騙したってことアルか?」


「いえ……騙してはいません。嘘は言っていないのです。ですが、結果的に、あれは嘘になってしまいましたの。……そうするしか、仕方がなかったのですわ」


フウカは震える手で、自身の魔導端末を操作し、昨日のログをマオに見せた。

そこには、犬が最後に発した言葉の、「全文」が記録されていた。


『(君のことは完全に嫌いだったが、君に尽くすのは犬としての仕事だから仕方なくやっていた。だが、感謝はしている。)今までありがとう、友よ。私は君を忘れない。(なお、この遺言をどう伝えるかは、フウカ様、君に任せる)』


マオは目を丸くした。


「これ……ボニーちゃんの本当の言葉アルか?」


「ええ。驚きましたわ。あの犬は、極めて高い知性と、犬という職業に、強烈なプロ意識を持っていたのです。少年の乱暴な愛情表現や、しつこいちょっかいを、内心では心底『鬱陶しい』と嫌っていました。……ですが、それでも、飼い犬として少年に寄り添い、守り抜くことが自分の『仕事』であり『誇り』であると、そう割り切っていたのです」


フウカは目を伏せた。


「そして、あの犬はわたくしに委ねたのです。『本当の気持ち』と『感謝の気持ち』の両方を提示した上で、最期に少年に何を伝えるべきか、わたくしに選ばせた。……だからわたくしは、重要箇所を省き、感謝の言葉だけを伝えたのです」


フウカは、犬が言った言葉を、そのまま口にしただけだ。

だが、その前後の文脈を切り取ったことで、事実は全く異なる形となって少年に伝わった。

あの少年は、犬から無償の愛を与えられていたと信じきったまま、生きていく。

犬の抱えていた鬱屈や、冷徹な感情を知ることは、永遠にない。


「【嘘】は言っていません。ですが、わたくしは紛れもなく、彼に【嘘】を伝えました。……犬の最期の魂の誇りを尊重し、少年の美しい思い出を守るために。……わたくしのしたことは、傲慢、だったのでしょうか」


フウカの瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。

自分のついた優しい嘘が、真実を隠蔽してしまったことに対する、深い罪悪感。彼女は、どこまでも他者の心に寄り添いすぎるがゆえに、一人で苦しんでいたのだ。

その時だった。


ギュッ、と。


マオはフウカの小柄な身体を、正面から力強く、そして限りなく優しく抱きしめた。


「……マオ?」


「フウカ……。フウカは、本当に、本当に優しいアルね」


マオの目からも、ボロボロと大粒の涙が溢れ出していた。


いったい……誰が、この三人を責められるというのだろうか!?


少年に愛想を尽かしながらも、犬としての職務を全うし、最後に感謝だけを遺した気高い犬!


犬の真意を知らずとも、ただ純粋に愛を注ぎ、涙を流した無垢な少年!


そして、全ての真実を一人で背負い込み、二人の愛を守るために、自ら泥を被って嘘を吐く道を選んだフウカ!


「フウカが嘘をついてくれたおかげで、ボニーちゃんも、男の子も、救われたアル。フウカの嘘は、世界で一番優しい嘘ヨ……!」


「マ、マオ……っ」


マオの温かい涙がフウカの首筋を濡らす。フウカはずっと張り詰めていた心の糸が解け、マオの腕の中で声を上げて泣きじゃくった。

ひとしきり泣いて、心がスッキリしたマオは、満面の笑みを浮かべてフウカの頬にすりすりと頬ずりをした。


「えへへ〜!私、フウカのこと、もっともっと好きになったアル!」


「…………は?」


ピタッ、とフウカの涙が止まる。

マオの言葉は、言うまでもなく「友達として」という意味の純粋な好意である。

しかし、マオに対して並々ならぬ熱情を抱いているフウカの脳内では、その言葉は全く別の意味に変換されていた。


「す、すき、好きになった……?わ、わたくしのことを?い、いや、ややややや、いくらわたくしが魅力的だからといって、まっ、まだ、心の準備というものが……っ!」


フウカの全身から文字通り湯気が噴き出し、彼女のドレスの裾から飛び出している立派なサメの尻尾が、パタパタパタパタと扇風機のように高速で床を叩き始めた。


「わ、わわわ、わたくしも、その、マオのそういう素直なところ、嫌いではありませんことよ!?だからその、今夜、わたくしの部屋でディナーでも……っ!」


「あ!大将ー!チャーハン大盛り3つ追加アル!」


「聞いてませんわね、マオ!!」


照れ隠しに暴れ回るフウカと、全く気にする様子もなく炒飯を掻き込むマオ。

大西館の昼下がりは、いつもと変わらないドタバタと温かな笑いに包まれていた。


・・・・・・・・・・


しかし、その頃。

萬屋の屋根の上。西都の巨大なビル群、その中心に新たに建設された漆黒の塔――『魔導規制局』の本部ビルを、ノルン・クライフォルトは冷徹な瞳で睨みつけていた。


「嘘は言っていない。だが、確実に、欺いている……!」


真実の一部を切り取り、重要な文脈(ナラティブ)を隠蔽することで、相手を誘導する手口。

それは、フウカが少年に使ったのと同じ手法だ。

しかし、規制局のそれは、おそらく、愛や優しさから来るものではない。


「魔導規制局……。お前たちが何を企んでいようと、西都の平和は、私が必ず守り抜く!」

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