美食4:【剣は銃より強し!剣士を食べる魔導士!】
イメージソング:セーラー服反逆同盟 サウンドトラック
https://youtu.be/WY9PkqDAeR0?si=oEeYWqrddzT_Nvw_
剣技というものを単なる腕力の勝負だと思っている者がいるならば、それは……決定的な間違いである!
真の剣技とは、正確さと速さ。
すなわち「瞬発力」こそが全ての鍵を握る。
そして、拳銃という便利な火器が存在するこの時代において、なぜ警察機構の別働隊として、今こそ「騎士団」が必要とされているのか。
その答えは、魔力の存在そのものにあった。
銃弾は速いが、それは、単純な、直線的な運動エネルギーの塊に過ぎない。もし敵が魔力障壁を展開したり、あるいは弾道を曲げる魔法を使えば、拳銃はただの鉄屑と化す。
だが、剣は違う!
この時代の魔法使いはまだ技術が未熟であり、遠隔魔法を精密にコントロールできる者は極めて少なかった。魔力を持たない者が魔法使いに対抗する唯一の手段、それは、相手が魔法の詠唱や計算を終えるよりも早く、極限の瞬発力で懐に飛び込み、刃を叩き込むことだった。
だからこそ、魔力を切り裂くための近接戦闘部隊、すなわち「騎士団」が設立されたのである。
警官たちは通常の犯罪捜査のために拳銃を所持するが、対魔法犯罪においては、研ぎ澄まされた身体能力を持つ騎士たちが最前線に立つ。
西都の片隅にある剣術道場。
静寂を切り裂くような鋭い呼気とともに、ノルン・クライフォルトの木刀が空気を叩いた。
額から流れ落ちる汗が床に落ちるよりも早く、彼女は床を蹴り、目にも留まらぬ速さで次の型へと移行する。
ノルンは、体力も腕力も、ごく一般的な女性のそれである。
魔法の才能も一切ない。
だが、彼女には一つだけ突出した才能があった。それが「瞬発力」である。飛んできた瓦礫を指先で弾き飛ばすほどの動体視力と、それに完璧に反応する反射神経。彼女はその一点の才能を極限まで磨き上げ、騎士団への入団を目指していた。
来月、騎士団の視察官がこの道場を訪れる。
その際に行われる順位決定戦で「上位5名」に入った者だけが、騎士団への入団資格を得られるのだ。
現在のノルンの順位は7位。合格ラインには、あと一歩届いていない。
なぜ、ノルンはそこまでして騎士団に入りたいのか。
クライフォルト家当主としての誇り?
治安維持への使命感?
いや、そんなものは建前に過ぎない。
彼女が強さを求める理由は、ただ一つだった。
(私は、リンの盾になりたい……!)
リン・チェンリー。
萬屋の次女であり、西都でも指折りの魔法の天才。そして、ノルンが愛してやまない存在。
リンは魔法においては最強だが、体力はない。
気怠げに笑い、面倒くさそうにしている彼女の背中を守るためには、魔力に頼らない圧倒的な物理の防壁が必要なのだ。魔力を持たない自分ができる唯一の恩返しであり、愛の証明。それが、騎士として強くなることだった。
「おろっ?やあやあ、精が出てるじゃねえか、クライフォルトの嬢ちゃん!」
道場の入り口から、野太い声が響いた。
竹刀を片手に提げたジン・ヤザワだった。
「ヤザワ警部。……非番の日に、わざわざしごかれに来たのか?」
ノルンが汗を拭いながら、不敵な笑みを浮かべる。
「ああん?警察の最前線で血反吐吐いてきた俺の剣が、数ヶ月道場に通っただけのヒヨッコに負けるかァ?かかってきな!」
ジンが上着を脱ぎ捨て、竹刀を正眼に構える。その瞬間、彼の纏う空気が一変した。道場の綺麗な型ではない。生きるか死ぬかの修羅場をくぐり抜けてきた、泥臭く、実戦的なプレッシャー。
「行くぞ!」
ノルンが床を蹴った。持ち前の爆発的な瞬発力で一気に間合いを詰め、ジンの喉元へと木刀を突き入れる。
だが、ジンは一歩も退かなかった。
「甘えェェ!」
ジンは木刀を避けるのではなく、自らの一歩を強引に前に踏み出し、ノルンの懐に体当たりをかましたのだ。
「がッ!?」
呼吸を封じられ、体勢を崩すノルン。その隙を見逃さず、ジンの竹刀がノルンの小手を強烈に打ち据えた。
乾いた音とともに、ノルンの木刀が宙を舞い、床に転がる。
「……勝負あり、だな」
ジンが荒い息を吐きながら竹刀を下ろした。
ノルンは床に膝をつき、赤く腫れ上がった手首を押さえた。
圧倒的な経験の差。わずか数ヶ月の訓練では、実戦の壁は厚い。
来月の視察までに、自分は強くなれるのか?
リンを守れるほどの力を手に入れられるのか?
悔しさがこみ上げ、ノルンの視界が僅かに滲んだ。
プライドが、涙をこぼすことだけは許さなかったが、唇を強く噛み締めて下を向いた。
「……嬢ちゃん」
ジンの震える声が聞こえ、ノルンはハッと顔を上げた。
そこには、ボロボロと大粒の涙を流し、顔をくしゃくしゃにして男泣きしているジンの姿があった。
「お、お前……すげえ根性じゃねえかァァァ!俺のあのアタリを喰らって、まだ倒れねえなんてよォ!この数ヶ月で、いったいどんだけ努力してやがったんだ!俺ぁ……俺ぁ感動しちまったぞォォォ!」
ジンは鼻水をすすりながら、ノルンの肩をバンバンと力強く叩いた。
「……ヤザワ警部」
ノルンは毒気を抜かれ、ふっと微笑んだ。
(負けては、いられないな!こんな熱い声援をもらっては)
それからというもの、ノルンの修行はさらに熱を帯びた。
そしてある日を境に、道場にリンがふらりと姿を見せるようになった。
「なんや?あんま根詰めすぎたらアカンで。ほれ、ドリンク持ってきたったわ」
道場の隅で、あぐらをかいてストローを咥えるリン。
道着姿でもなく、いつもの気怠げな私服姿。彼女は剣術にはまるで興味がないようだったが、ノルンの修行をただ静かに見つめてくれていた。
その事実だけで、ノルンの心は無限の熱量で満たされた。
(リンが見ている。私の戦う理由が、隣にある……!)
本当に幸せな日々だった。ノルンの剣速は日に日に増し、道場の高段者たちとも互角以上に渡り合えるようになっていた。
そして、運命の順位決定戦の日。
道場には、騎士団の視察官と、多くの門下生が集まっていた。ノルンは精神を統一し、木刀を握りしめていた。
今日こそ、5位以内に入り、騎士への切符を掴み取る。
だが!
「よっしゃ!んじゃ、ウチもちと運動不足やし、飛び入りで参加したるわ」
なぜか、道着の袖をまくり上げ、木刀を肩に担いだリンが、試合場に立っていたのである。
「リン……!?なぜ?君は魔法使いだろう、剣など……」
「アホやなぁ。魔法の演算で脳ミソ使いすぎやねん。たまにゃ体動かさんと血流悪うなるやろ。ま、適当に遊んだるわ」
その言葉が強がりでも冗談でもないことを、ノルンは直後の試合で思い知ることになる。
天才というものは、確かに存在するのだ……!
リンは、剣術の型など一切知らなかった。だが、彼女の頭脳は極限の「魔力演算」に特化している。
演算!
すなわち、相手の動き、重心の移動、木刀の軌道……それらを瞬時に計算し、三次元の空間座標として完璧に把握してしまうのだ。
相手の全力の打ち込みを、リンは最小限の動きで回避し、相手の体勢が崩れた瞬間に、無造作に木刀を叩き込む。
「はい、一本。次行こか」
圧倒的だった。力も速さもないはずのリンが、空間認識能力と予測演算という「才能」だけで、道場の猛者たちを次々と沈めていく。
気がつけば、リンは破竹の勢いで勝ち上がり、2位の座を確実なものとしていた。
一方のノルンは、焦りから動きに精彩を欠いていた。
(なぜ……?私が、彼女を、守るはずだったのに。私が、努力をして、手に入れたかったものを、彼女は……遊び半分で……?)
心のモヤが、ノルンの剣を鈍らせる。結果、ノルンは苦戦を強いられ、このままでは「6位」。
落選が濃厚となっていた。
そして、最終試合。
皮肉な運命の悪戯か。対戦カードは、ノルン対リン。
「お?……よろしく頼むで、ノルン」
リンはいつも通り、コミカルで気怠げな笑みを浮かべて構えた。
ノルンの心の中で、どす黒い感情が渦巻いた。
愛おしさと、劣等感がぐちゃぐちゃに混ざり合う。
「……行くぞ!」
ノルンが吼えた。全てを振り払うかのような、これまでの人生で最速の踏み込み。瞬発力の全てを込めた、一閃。
だが、リンの目はそれすらも見切っていた。
リンが木刀を半歩引き、ノルンの渾身の一撃を流そうとする。このまま躱されれば、ノルンは体勢を崩し、敗北する。
(負ける……!)
ノルンが目を閉じた、その瞬間。
鈍い音が道場に響いた。
ノルンの木刀が、リンに深々とクリーンヒットしていた。
リンの木刀は、あり得ない角度に逸れていた。
「……勝負あり!勝者、ノルン!」
審判の声が響く。
結果として、ノルンは逆転で5位に滑り込み、騎士団への入団資格を得た。リンは3位という成績を収めた。
周囲から祝福の拍手が送られる中、ノルンの心は冷え切っていた。
勝ったのではない!
恵まれたのだ!
リンの気まぐれな優しさによって……。
その日の夜。
萬屋のノルンの自室。月明かりだけが差し込む暗い部屋で、ノルンは一人、ベッドの端に腰掛けていた。
感情の整理がつかない。騎士団には入れる。
だが!
あんな情けをかけられて得た地位に、いったい何の意味があるのか?
ギィ……。
扉が開き、薄いネグリジェ姿のリンが部屋に入ってきた。
「なんや暗い顔して。せっかく合格したんやから、もっと喜んだらええのに」
リンはノルンの隣に座ると、その華奢な腕をノルンの背中に回し、後ろから優しく抱きしめた。
甘い石鹸の香りと、リンの体温がノルンの背中から伝わってくる。
「……なぜ、手を抜いた。……あれほどの、屈辱は……」
ノルンの声は震えていた。怒りではない。己の不甲斐なさに対する悲しみだった。
リンは小さく笑い、ノルンの首筋に顔を埋めた。
「アホやなぁ。アンタがウチのために、手首ボロボロにしてまで頑張っとったん、ウチが知らんわけないやろ」
「リン……」
「ウチはまあ、確かに計算は得意やけど、体力はないねん。いざって時に最後まで立っとれるんは、アンタみたいな根性のある奴や。ウチには、アンタの盾が必要なんやで」
リンの囁きが、ノルンの心のモヤを溶かしていく。
情けをかけたのではない。リンは、ノルンの努力と愛情を、誰よりも理解し、受け入れてくれていたのだ。
「それに……」
リンはノルンの耳元に唇を寄せ、妖艶な、それでいてどこか照れくさそうな声で囁いた。
「今日はウチ、その……アンタのトロフィーにしたるわ。……き、今日だけ、特別やで?」
その言葉が、ノルンの中で張り詰めていた理性の糸を完全に焼き切った。
「んん!?…………後悔しても遅いぞ、リン」
ノルンは振り返るや否や、リンの細い身体を抱き寄せ、そのままベッドへと押し倒した。
月明かりの下、リンの白い髪がシーツに広がる。彼女の赤い瞳が、挑発するように、そして全てを委ねるようにノルンを見つめ返していた。
激しい口付けとともに、二人の熱と息遣いが夜の静寂に溶けていく。
二人は夜が明けるまで愛の言葉を交わし、幾度となく重なり合った。
ノルンの心の奥底にあった劣等感は、リンの深い愛情と熱の渦の中で、完全に浄化されていった……。




