美食2:【新時代到来!美食!走るご馳走を追え!】
イメージソング:探偵物語 サウンドトラック
https://youtu.be/MV3-NwkTiPw?si=pKw6h0jFlcc8fEAK
新暦1年。
魔法という名の謎の技術が世界を引っくり返して、まだ間もない頃。
西都の朝は、むせ返るような活気で幕を開ける。
大通りには馬車が蹄の音を響かせ、そのすぐ横を怪しい光を放つ魔導車が追い抜いていく。
通りに並ぶ屋台からは、香辛料の香りが漂い、巨大な中華鍋で炒められる米や肉が食欲をそそる音を立てていた。
空を見上げれば、エルフたちが通勤ラッシュを避けるように空中を飛んでいき、地上では、獣人の労働者たちが荷車を引いている。
科学と魔法、混沌と秩序がひとつの鍋で煮込まれたような、闇鍋のごとき巨大都市。それが西都である。
そんな、西都の下町の路地裏に「萬屋」の看板を掲げるオンボロの建物があった。
周囲にはやたらと野良猫が集まるため、近所の住人からはもっぱら「猫屋敷」と呼ばれているその家で、今日もまた怒声が響き渡っていた。
「お前らーッ!起きろーッ!西都の台所がパニックだ!」
蝶番が悲鳴を上げるほどの勢いで扉が蹴破られた。
転がり込んできたのは、くたびれたトレンチコートを着込んだ中年エルフの男だった。西都警察署の刑事、ジン・ヤザワである。彼の尖った長い耳は怒りと焦りでピクピクと震え、額には大粒の汗が浮かんでいた。
「朝っぱらからうるさいアルね、ヤザワのおっちゃん。扉、壊れたら修理代もらうヨ」
部屋の奥、ちゃぶ台の前に座っていたのは、この萬屋の主であるマオ・チェンリーだった。
小柄で少しぽっちゃりとした体型。艶やかな黒髪を頭の横でお団子にまとめた彼女は、右手で器用に箸を操りながら、山盛りの肉まんを頬張っていた。足元には三匹ほど猫がすり寄り、彼女のおこぼれを待っている。
「メシ食ってる場合か!大事件なんだよ!闇市からな、とんでもねえモンが逃げ出しやがった!」
「とんでもない物?」
「ああ!魔導生物だ!『黄金豚』! 魔力をバカみたいに食って丸々太った、豚のバケモンだ!いままさに、大通りを逆走して街中の魔導ランプを食い荒らしてやがる!」
ジンの説明を聞いた瞬間、マオの瞳が輝いた。
「黄金豚!?それ絶対美味しいアル!焼いたら脂が甘くて口の中でとろけるヤツね!私、絶対に捕まえるヨ!」
「バッカヤロ、食うな!あいつは重要参考人……いや、重要参考豚だ!」
「なんや、朝から騒がしいなァ」
二階から、あくびをしながら降りてきたのは、マオの妹であるリン・チェンリーだった。
マオと同じく小柄だが、彼女の髪は雪のように真っ白だ。寝巻き姿のまま、頭をボリボリと掻いている。
「豚が一匹逃げたぐらいで警察がギャーギャー騒ぐなや。んなモン、ウチの魔法でパパッと丸焼きにしたるわ」
リンが指先を鳴らすと、空中に赤い魔方陣が浮かび上がり、火の粉が舞った。彼女は、この西都でも指折りの凄腕魔法使いである。
それを見たジンは、コートのポケットから手錠を取り出し、ガチャガチャと鳴らしながら顔を真っ赤にした。
「あーも!お前はすぐにそうやって魔法に頼りたがる!安易な力はなぁ、人の精神を腐らせるんだ!汗水垂らして、自分の足と筋肉で解決するのが、人間のスジってモンだろうが!」
「出た出た、おっちゃんの説教。魔法が使える時代に、なんでわざわざ足使うねん。アホちゃうか。0から考え直してこい」
「0からだとぉ?き、貴様、警察を愚弄する気かァ!」
「はいはいわかったわかった。後で肩揉んだるさかい、血圧上げなや」
騒ぎ立てるジンとリン。
その横で、奥のキッチンから優雅な足取りで歩み出てきたのは、萬屋の三人目の住人、ノルン・クライフォルトだった。
黒髪を綺麗に切り揃え、すらりとした長身。仕立ての良いベストとスラックスを身に纏った彼女は、片手にアンティークのティーカップを持っていた。
「フム……朝のティータイムの邪魔だな……。それにしても、黄金豚か。クライフォルト家当主たる者、領民の危機を見過ごすわけにはいかないな。マオ!リン!出動の準備をしたまえ!」
「クライフォルト家なんて……そんな豪族はどこにもねえだろうが!どこのファンタジーの世界の……いいからはよ来い!」
「おっちゃん声裏返ってるアルよ。じゃ、猫たちも留守番してるネ!ごちそう捕まえてくるアル!」
マオは肉まんの最後の一口を飲み込むと、壁に立てかけてあった愛用の巨大な青龍刀を背中に背負い、元気よく窓から外へと飛び出していった。
リンとノルンもそれに続く。
三人が瓦屋根を軽快に飛び移りながら目指したのは、行きつけの食堂「大西館」の近く、入り組んだ市場のど真ん中だった。
周囲にはひっくり返った屋台や、砕け散った魔導ランプが散乱している。住人たちが悲鳴を上げて逃げ惑う中、その中心で咆哮を上げている巨大な影があった。
それが、黄金豚だった。
巨体からは、バチバチと青白い魔力の火花が散っている。
「うお!でっか!しかもめっちゃ魔力溜め込んどるやんけ。あれはええダシ取れそうやなあ!」
「リン、ダシじゃないアル。あれは絶対、角煮にするのが一番美味しいヨ!私の料理人の血が騒ぐネ!」
マオが屋根の上から青龍刀を構え、いざ飛び降りようとした、その時だった。
「お待ちなさいッ!」
凛とした、高飛車な声が市場に響き渡った。
黄金豚と萬屋の面々の間に、空から降り立った黒い影。それは、派手な洋風の黒系ドレスの上に、豪奢な白い毛皮を羽織った、小柄な女性だった。
黒い髪を縦ロールに巻き、豊満な胸を強調するようなドレスの胸元。目を引くのは、彼女の口元から覗く鋭い牙と、スカートの裾から伸びるサメの尾びれだった。
西都の闇市と物流を牛耳る新興豪族、アギト家の若き当主。フウカ・アギトである。
「フウカぁ?なーでこんな所にいるアルか?」
「決まってますわ!その豚は、わたくしが今夜の晩餐のために特別に買い付けた最高級食材!それを逃してなるものか……と、自ら捕獲に参りましたのよ!」
フウカは扇子を広げ、マオを真っ直ぐに指差した。
「わたくしの食材に手を出すなど、万死に値しますわ! ……ですがマオ!貴女がわたくしの屋敷に専属の料理人として……いえ……わたくしの、は……伴侶として迎えられるというのなら、この豚……結納品としてくれてやってもよろし……」
「お!やったアル!フウカ、太っ腹ネ!じゃあみんなで食べるヨ!豚の丸焼きパーティー開催アル!」
「ええっ!?そうじゃありませんわーーッ!なぜわたくしの愛の告白が『みんなでご飯を食べる』に変換されますの!?貴女の頭の中は食欲しかありませんの!?」
フウカは扇子をパキリとへし折りながら地団駄を踏んだ。彼女の猛烈なアピールと執着を、マオは生来の鈍感力で完璧にスルーしているのだ。
屋根の上からそれを見ていたリンは、ニヤニヤと笑いながら杖を肩に担いだ。
「相変わらず不毛な恋しとんなぁ、サメのお嬢様。ウチのマオはな、色気より食い気やで。はよ直球で『好きやから結婚してくれー』って言わんと伝わらへんよ?」
「黙りなさいこの魔法使い!誰が直球で言うものですか!あ、あー、あくまでマオがわたくしにひれ伏すのが筋というものですわ!」
「顔真っ赤やんけ」
「赤くなどありませんわッ!」
フウカがリンに向かってキバを剥いて怒鳴り散らしている間にも、黄金豚は事態を静観してはくれなかった。
豚の周囲に、巨大な魔力の渦が巻き起こった。
「わわ、暴走しよった!爆弾豚や!街が吹っ飛ぶで!」
リンが表情を引き締め、脳内の計算領域をフル回転させる。杖の先端に極大の魔方陣を三重に展開し、黄金豚の魔力を相殺するための術式を組み上げようとした。
「どきなさいッ!」
リンが魔法を放つ直前、フウカが横からリンの襟首を掴み、強引に後ろへと放り投げた。
「うおっ!?何すんねんサメ女!」
「【小手先の術など使うから、そッんなひ弱な身体になるんですのよ!】このわたくしが、肉弾戦の極意を教えて差し上げますわ!」
フウカは豪奢な毛皮を翻し、サメの半獣としての圧倒的な身体能力で地を蹴った。
だが、リンは地面に尻餅をつきながら、憎まれ口を叩きつつも嬉しそうにニヤリと笑った。
(【……ほんま、素直やない、ええ人やな。】はよマオに告白しいや)
フウカが黄金豚の正面に躍り出る。だが、暴走した魔力の壁は分厚く、フウカの鋭い爪の一撃も弾き返されてしまった。
「なななな、ただの豚のくせに、こんのクソ生意気な魔力障壁ですわね……!」
吹き荒れる魔力の突風。周囲の屋台の残骸や、砕けた石畳の破片が弾丸のように飛び交う。
その破片のひとつが、屋根の上から静かに見下ろしていたノルンの顔面をめがけて飛んできた。
「危ないアル、ノルン!」
マオが叫ぶが、ノルンは動じなかった。
彼女は手に持ったティーカップの中身をこぼすことなく、くるりと空中で一回転するような鮮やかな宙返りを打った。そして、飛んできた石の破片を左手の指先で軽く弾き、軌道を逸らす。破片はノルンの後ろの壁に深々と突き刺さった。
「なんとも、優雅さに欠ける豚だな。私のティータイムをこれ以上邪魔するようなら、クライフォルトの名にかけて容赦はしないぞ」
「だからそのクライフォルトってなんだァァァ!お前ら早くアイツを止めろォ!」
地上でジンが叫ぶ。
「任せるアルネ!」
声響くや否や、マオが屋根から弾丸のように飛び降りた。
「晩ご飯は……角煮アルゥゥゥゥッ!!」
マオは、素手で、黄金豚の展開する魔力障壁に突っ込んだ。
閃光が走り、マオの身体を魔力が焼こうとするが、彼女はそれを気合と筋肉の力だけで無理やり押し留めた。
「な、なんてデタラメな……!」
フウカが目を見開いて驚愕する。
「おっしゃ!捕まえたヨ!」
マオは黄金豚の太い前足を両手でガッチリと掴み込んだ。
「フンッ!!」
巨大な黄金豚の身体が、ふわりと宙に浮いた。
「うそやろ……あんなデカい豚を……」
リンが呆れたように呟く。
「いっくヨォォォ!」
マオはそのまま後ろへ反り返り、黄金豚を石畳へと叩きつけた。
ズドォォォォォォォォン!!!
凄まじい土煙が舞い上がった。
煙が晴れた後には、見事に目を回して気絶している黄金豚と、その横で「やったアル!今夜はご馳走ネ!」と無邪気にピースサインをするマオの姿があった。
「お、おいおい……マジかよ……」
ジンがポカンと口を開け、手錠を落とした。
「おお!いやはや、さすがはマオだな。美しい弧を描く投げ技だった」
ノルンが屋根の上から優雅に拍手を送る。
「……はぁ。やっぱりマオには敵いませんわ。わたくしの見込んだ女性ですわね!」
フウカは乱れたドレスの埃を払いながら、頬を赤く染めて溜息をついた。
事件は一件落着。
舞台は萬屋の行きつけ、西都の胃袋を支える大衆食堂「大西館」へと移った。
大西館の厨房を借り切ったマオは、見事にさばかれた黄金豚の肉を使い、巨大な中華鍋を振るっていた。油の弾ける音と醤油の焦げる匂いが店中に充満する。
「さあさあ!出来たアルよ!黄金豚の角煮と、回鍋肉、それから丸焼きのハーフ&ハーフネ!」
円卓に並べられた大皿の数々。
照り輝く肉の塊に、萬屋の面々と、ちゃっかり同席しているフウカ、そして疲れ果てたジンの目が釘付けになった。
「いただきまーす!」
リンが真っ先に角煮にかぶりつく。
「うンまッ!なやこれ、脂が甘くて口の中で溶けるで!魔力食ってたからか、肉質がパネェことになっとるわ!」
ノルンも箸を動かしながら頷く。
「うむ。芳醇な香りだ。紅茶にも合いそうだな」
「フウカ!食べるアル!あんたの食材だったんだから、もちろん遠慮はいらないヨ!」
マオがとびきりの笑顔でフウカの皿に肉を取り分けた。
フウカは腕を組み、そっぽを向いた。
「わ、わたくしはアギト家の当主。このような大衆食堂で、しかも、俗物が作った料理など……」
言いながらも、漂ってくる美味そうな匂いに、フウカの尾びれがパタパタと小刻みに揺れている。
「いいから食うアル!ほれ、あーん!」
マオが強引にフウカの口に角煮を放り込んだ。
「んむっ!? ~~~~~~ッ!!」
フウカの目が見開かれた。
「……美味しいですわぁぁっ!なんですのこの旨味は!くっ!悔しいけれど、わたくしのお抱えシェフの料理よりも圧倒的に美味しいですわーーッ!」
フウカは涙を流しながら、猛烈な勢いで肉を頬張り始めた。
「あはは!フウカ、いい食べっぷりアルね!私のご飯を美味しいって言ってくれる人、大好きヨ!」
「だ、大好き……ッ!?あら?あらあらあら?マ、マオがわたくしを大好きと……ッ!みなさん聞きましたこと!?ついにわたくしの想いが通じましたわーっ!」
「いやただの料理の感想やんけ……。まーったく都合のええ耳しとるなぁ」
リンが冷酒を煽りながら呆れ顔で突っ込む。
賑やかな円卓の端で、ジンだけが山積みの書類を前に頭を抱えていた。
「……市場の被害総額……大西館の屋根の修理代、それにに道路の陥没……あぁ、始末書が何枚あっても足りねえ……」
「おっちゃんも食べるアル!ほれ!悩み事は食べて忘れるヨ!」
マオがジンの口にも肉まんを突っ込む。
「モゴッ!?し、仕事中に食えるかァァァ!」
……と言いながら、それでも、ジンは美味そうに肉まんを咀嚼した。
外では、魔導ランプが夜の西都を照らし出し始めている。
「おかわりアルー!」
マオの明るい声が大西館に響き渡った。




