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ヴェリタスの最終定理6:始祖フウカ・ヴェリタスの慈愛【2位】  作者: .
殺戮の街

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屠殺6:【お前の中にも俺はいる!破滅する男たち!】

イメージソング:ザ・グリード サウンドトラック

https://youtu.be/YkudpuKl2hA?si=JYn5NmGykSO5JFzD

王都の地下深く、冷たい雨の匂いだけが換気扇を通じて流れ込んでくる、名もなき会員制のバー。

カウンターの隅で、ケインは琥珀色の液体が入ったロックグラスを指先で弄んでいた。氷が溶け、グラスの縁に触れてかすかに軋む音が鳴る。その音の波長すら、今のケインにとっては単なる環境データの入力に過ぎなかった。

ケインは、静かに思っていた。


自分はついに完成したのだ、と。


かつて朝日の下で精神を砕かれ、人間としての感情をすべて焼き尽くされたあの日から、自らを再構築するための途方もない時間は終わった。感情の機能不全を逆手に取り、他者の心理を完全にシミュレートする究極の論理的思考。誰からも愛され、誰の目にも正常に映る、完全無欠の異常者。

それは間違いなく、ひとつの芸術的境地であった。

そして今夜、その芸術を完成させた創造主であるルシアン・ヴァレンタインを、この手で処理する。

ケインの胸中には、殺害の瞬間にルシアンに投げかけるための、とっておきの台詞が用意されていた。


『お前が、俺を芸術にした。だが、この完璧な俺を作り上げたということは、真の芸術とは、お前なのだ』


冷徹に、一切の感情を交えず、しかし最大限の敬意と真心を込めて、その言葉を囁き、トリガーを引く。


それが、二人の男の物語の完璧な幕引きであるはずだった。


ケインはそのシチュエーションを頭の中で幾度も反芻し、寸分の狂いもない実行計画を組み上げていた。


カラン、と入り口のベルが鳴った。

足音が近づいてくる。足を引きずるような、不規則で隙だらけの歩調。

来た。ルシアンだ。

ケインは表情筋を微塵も動かさず、コートの裏に忍ばせた消音器付きの拳銃に指を這わせた。振り返る必要はない。背後に立った男の体温、呼吸のペース、そのすべてが射程圏内に入ったことを告げている。


さあ、言葉を紡ごう。完璧な殺戮の序曲を。

だが、ケインの喉が震えるよりほんの一瞬早く。

背後からぬっと伸びてきた影が、ケインの耳元に顔を寄せた。酒とタバコ、そして血の錆びた匂いが鼻腔を突く。

そして、男は囁いた。


「お前の中にも、俺はいるんだよ」


言い回しこそ微かに違えど、それはケインが全く同じタイミングで口にしようとしていた、一言一句同じ意味を持つ言葉だった!!!!


ケインの脳内で、絶対の信頼を置いていた強固な論理の城が、音を立てて崩れ落ちた。

先を越されたからではない。思考を読まれたからでもない。


ケインは、敗北したのだ!


自分自身の内面から湧き上がった、正体不明の「亀裂」によって!


なぜか?


ケインは、ルシアンの言葉を聞いた瞬間、背筋に強烈な悪寒を走らせ、明確に「怖気づいて」いた。


(馬鹿な。俺に感情はないはずだ。俺は完璧に感情を殺し去ったはずだ)


だが、その思考こそが致命的なエラーだった。


「感情を殺せているから、嬉しい」


「自分は冷徹な機械になれたのだと、誇らしい」


そう思って自惚れていたということ自体が、他ならぬ「感情」に支配されている何よりの証拠であった!


感情を消し去ったと「ありきたりに」思い込んでいるだけで、「ありきたりな」己の特異性に酔いしれ、「ありきたりな」自己陶酔に浸っていただけなのだ!


ケイン・ワカバは、能力や才能が人より少し優れているだけの、圧倒的な「紛い物」であった。自分はルシアンと同質の化け物になどなれていなかった。ただの、化け物のコスプレをした、薄っぺらい、クソガキだったのだ!!!!


「あ……ああ……ッ」


ケインの喉から、計算されていない無様なうめき声が漏れた。

彼はグラスを撥ね除け、コートを翻して、バーの裏口へ向かって無我夢中で駆け出した。逃げ出したのだ。論理も美学もかなぐり捨て、ただ本能的な恐怖に急き立てられる獣のように。


王都の裏路地。

雨が打ち付けるアスファルトを、ケインは泥水を跳ね上げながら走った。肺が焼け付くように痛い。感情がないはずの男が、恐怖で顔を歪め、涙目になって逃げ惑っている。


「ちょ!ちょっと!待ちやがれよ、おい!」


背後から、ルシアンの狂気に満ちた笑い声が追いかけてきた。


「逃げるってことは、殺されたいってことじゃあないか!ということは、お前が殺したいのも、俺なんだろう!?なぁ、だったら頼むから早いところ殺してくれよ!逃げないでくれよ!殺してやるからさあ!」


ルシアンは裏路地を走りながら、逃げるケインの背中に向かって平然と大型拳銃を発砲した。


「殺してくれよ!殺さないなら、先に俺が殺しちゃうよ!」


ルシアンは「殺してくれ」とかなしい叫びを上げながら、明確な殺意を持ってケインに向けて引き金を引いていた。言葉と行動が完全にねじれ切っている。


これこそが、真の狂気。


計算で作られたファッション・狂人(きちがい)には決して到達できない、純粋な破壊衝動であった。


弾丸がケインの耳元を掠め、レンガの壁を砕く。

雨に濡れた鉄階段に足を滑らせ、ケインは無様に転倒した。泥水の中に這いつくばり、息を乱す。そこに、ゆっくりとルシアンが歩み寄ってきた。

銃口が、ケインの額に突きつけられる。

だが、ルシアンは引き金を引かなかった。彼はニヤリと笑うと、自身の握っていた拳銃のグリップを、泥まみれのケインの右手に無理やり握らせたのだ。


「ほら!お前の番だ!ちゃんと撃てよ!俺の頭を吹き飛ばせ!柔らかいぞ!しかも……赤いよ?」


ルシアンの左手が、銃を握らされたケインの右手を包み込み、強引に自らの胸元へと銃口を向けさせる。


「は?……柔らかい!?赤い!?……は?何の話?……や、やめろ!……俺は違う……!」


「撃てええええっ!!!!」


ルシアンの力が、ケインの指を無理やり動かした。

乾いた破裂音。

至近距離で放たれた凶弾が、ルシアンの胸板を貫いた。血飛沫が雨に混じって飛び散り、ルシアンの身体は糸が切れた操り人形のように後方へ吹き飛び、仰向けに倒れ伏した。ピクリとも動かない。

ルシアンは、死んだ。

正常でありながら、紛れもなく異常なその生涯を、狂気のままに終えた。

一人残されたケインは、血まみれの銃を握りしめたまま、呆然と路地に座り込んでいた。


宿敵を殺した?


いや、殺させられた?


ここで、自らの人生の意味を問うような、哲学的で高尚な思考が脳内を駆け巡るはずだった。自分もまた後を追うべきか、それとも虚無の王として世界に君臨すべきか。

だが、ケインの脳裏をよぎったのは、あまりにも圧倒的に「陳腐」な思考だった。


(……家に帰ったら、冷蔵庫の肉を焼かないと。消費期限が切れる)


(……いや、待てよ。警察に逮捕されたら、俺の口座の残高はどうなる?)


(……明日の仕事、無断欠勤になったら、どう言い訳をすればいいんだ?)


人を殺し、神を気取っていた男の脳髄が、この極限状態において出力したのが、生活感にまみれた、一般的な、ありふれた心配事だった……。


【その事実が、ケインに完全なる絶望を与えた!!!!】


【自分はどこまでいっても、器の小さな小市民なのだ!!!!】


【日常の瑣末なルールから一歩も抜け出せない、ただの弱き凡人!!!!】


ケインは、そんな自分が心の底から嫌になった。化け物を演じていた自分が、たまらなく恥ずかしくなった。これ以上、このみすぼらしい精神を生かしておくことには耐えられなかった。


「……あぁ、まあ」


ケインは右手首を返し、銃口を自らのこめかみに押し当てた。

一切の躊躇はなかった。引き金を引く。

銃声が響き、ケイン・ワカバの頭蓋は弾け飛んだ。即死だった。


雨音だけの、裏路地。

そこに、二つの死体が転がっている。

だが数分後、その静寂はあっさりと破られた。

胸を撃ち抜かれて死んでいたはずのルシアン・ヴァレンタインが、何事もなかったかのように立ち上がったのだ。

彼は面倒くさそうにトレンチコートの胸元を開いた。

シャツの内側には高強度の防弾プレートが仕込まれており、弾着と同時に破裂するように仕掛けられた血糊のパックから、赤い液体が漏れ出している最中だった。


「……手間の掛かる野郎だ」


ルシアンはタバコを取り出し、雨風を避けながら火をつけた。

なぜ、こんな手の込んだ真似をしたのか。


理由は単純である。


ケイン・ワカバは特務機関のエリートであり、数々の暗殺や陰謀を証拠ひとつ残さずに実行してきた、「異常犯罪者」だった。通常の警察の捜査では、決して彼を法廷に引きずり出すことはできない。確保は物理的にも法的にも不可能だった。

だからルシアンは、刑事として、ケインの精神的脆弱性を突き、彼自身の自己嫌悪と絶望を誘導することで、「確実な自殺」へと追い込んだのだ。

ルシアンがケインを追っていた理由は、私怨などではない。


自分を狂わせた過去の同僚への復讐?


かつての因縁の決着?


そんなロマンチックなものは、ルシアンの中には一欠片も存在しなかった。彼はただ、刑事という職務において「手に負えない連続殺人犯」の犯罪の尻尾を追い、最も合理的な手段で処分したに過ぎないのだ。


最大の残酷。


それは、ルシアンが「ケイン・ワカバ」という人間の顔も名前も、過去の因縁も、実は全く覚えていなかったという事実である。

あの日、同じ装甲車に乗り、同じ地獄を見た若き軍人。自分を「真の芸術」と呼び、勝手に因縁を感じて殺しにきたストーカー。

だが、ルシアンの記憶の引き出しには、ケインという端役の存在など最初から記録されていなかった。


「まあでも、自分の頭を撃ち抜くほど、お利口さんな野郎で助かったぜ」


ケインが抱き続けた「俺たちは同類だ」という悲壮な想いすら、ルシアンの完全なる忘却の前にあっては、単なるピエロの独り相撲に過ぎなかったのだ。

ルシアンこそが正常であり、異常になれるからこそ、正常だった。他人の勝手な思い入れなど、歯牙にもかけないほどに。


脳みそをぶち撒けて死んだケインと、タバコを燻らせるルシアン。

二人の決定的な違いは、過去との向き合い方にあった。


【ケインは一貫して「自分が傷ついた」としか言っていなかった。あの凄惨な地獄を見て「自分が狂ってしまった」「自分の精神が壊れた」と自己憐憫に浸り、死んだ人間という過去の幻影に囚われて、現実の社会を斜に構えて見下すだけのクズであった。生きている人間を大切にせず、過去の悲劇を免罪符にして他人を傷つけるなら、それはただのクズだ。】


【一方のルシアンはどうだったか。彼は狂人として振る舞いながら、誰よりも現実を生きていた。過去の過ちに気づいた彼は、ただ酒に溺れていたわけではない。彼は一個人として、軍事施設や国家を相手に、ルミナリア事件や王都滅菌の責任を問う裁判を何度も何度も起こしていた。当然、権力の壁に阻まれ、敗訴を繰り返したが、決してやめなかった。そして、間接的に彼女たちを蹂躙してしまった罪悪感と後悔から、毎年欠かさず、名前のない慰霊碑へ墓参りに通い続けていたのだ。過去の過ちに気がついたとて、それを行動に移さないならクズである。】


ルシアンは、もがき、苦しみ、血反吐を吐きながら行動し続けていた。

だが、合法的な手段では裁けない悪が、この世界にはあまりにも多すぎた。

だからルシアンは刑事となり、命を捨てて、ルミナリア事件や王都滅菌という戦争犯罪に関わった犯人、軍の幹部、癒着していた政治家たちを、この数年間で片っ端から血祭りにあげてきたのだ。

時には正当防衛を装い、時には事故に見せかけ、そして時には今日のように自死へと追い込み、勝手に処刑を実行してきた。

この名もなき連続殺人鬼・ケインの処分をもって、ルシアンのリストに載っていた標的は、完全にゼロとなった。


全て、終わったのだ。


ルシアンはタバコを水たまりに捨て、足で踏み躙った。

今度こそ、本当に自殺する時が来た。全ての罪を背負った自分自身を、最後に処刑するために。

こんなことをしたところで、ルミナリアが納得するはずがない。シャルロッテが喜ぶはずもない。死者は蘇らず、世界が美しくなるわけでもない。

誰も納得しない。単なる自己満足にも届かない、無意味な殺戮の連鎖。

こんな生き様は、決して鎮魂歌などではない。

だが、ルシアンにはこれ以上のものを捧げる術がなかった。

そして、世界を見渡しても、狂気と論理の果てに、ここまで全てを捧げ尽くした人間は、ルシアン以外に一人もいなかったのだ。

ルシアンは冷たい壁に背を預け、ゆっくりと銃口を自らの顎の下に突きつけた。

死を目前にしても、走馬灯などという感傷的な映像は一切映らなかった。

あるのは、ただ無機質な雨の音と、鉄の銃身の冷たさだけ。

ルシアンの乾いた唇が、最期の言葉を紡ぐ。


「ヴィラン。……それは、誰もが、だ」


この世界には、自分が悪役であるという自覚すらない、鈍感な非道がのさばっているだけだ。己が誰かの人生を狂わせる「ヴィラン」であるという自覚を持てた者だけが、ほんのわずかに、人間に近づけるだけである。


「正常な人間なんて、最初から……どこにもいなかったんだ。ましてや、異常な人間なんてものも、いなかった」


勝手に「正常」や「異常」という型に自分を嵌め込み、病気の豚どもが、一丁前に人間のふりをして、泥の中をもがいているだけ。

それが、この世界の正体だ。

冷徹な論理の極致に至り、誰よりも狂い、誰よりも人間に近づいた男は、最後に一度だけ、皮肉げな笑みを浮かべた。


「ヴィラン。……さらば、世界」


引き金が、【格好よく】、引かれた。

虚しく、ひどく間の抜けた金属音だけが、雨降る王都の裏路地に響いた。

銃声は、鳴らなかった。


「……はあ?……いや……ええっ!?」


ルシアンは数秒ほど瞬きをし、ゆっくりと顎から銃を下ろして弾倉を確かめた。

空っぽだった。


「弾切れ?……俺があ?」


ルシアンは、口を開けて弾倉を見た。

笑いが止まらない。腹の底からゲラゲラと、笑った。


「ああああああああっ!!!!……はーっはっはっはあ!!!!」


ルシアンは、天を仰いで笑った。

通行人が足を止めたが、気味悪がってすぐに去っていった。


「ははっ……ははははっ!俺もただの豚じゃんか!わあああああああああああっ!!!!うわああああああああああああああっ!!!!……報告、どうしようか……いや……もう……」


ルシアンは、正常であり、異常でもあるが……最期の最期に格好つけるほどには……俗物だったのだ……!


「お前刑事さん?ならこの野郎税金泥棒!タバコよこせ!な!ほら!」


物乞いの男が近づいてきた。


「ああ????誰だよ!うるせええええ!消えろ!俺は死に損なった豚だぞ!!」


「豚?……それなら横丁のあの店が美味いぞ?あの、ターリックなんちゃらって店が……」


「うるせええええっ!!!!てめえ誰だ????死ねッ!!!!死ねよ!!!!…………とぅーとぅるっとぅーっ!ったーら!とぅーとぅるっとぅーっ!…………ひゃははははは!!!!…………あ、タバコあった!……やんねえよ!!!!おめーになんかやんねーよ!!!!バーカ!!!!」


銃を適当に投げ捨てて、ふらふらと歩き出した。

惨めな、結末だった。

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