屠殺4:【破滅】
イメージソング:空飛ぶモンティ・パイソン サウンドトラック
https://youtu.be/7QfqJwkuCTw?si=M-JXc71pn9_X374q
「ガァッ……オェェェェェェェェッ!!!」
吐瀉物が、アスファルトの残骸と泥濘の上に撒き散らされる。徹夜の強行軍、死地を駆け抜けた疲労、そして、眠気覚ましに流し込んだ、濃すぎるブラックコーヒー。それらすべてが、胃液と混ざり合って無様に吐き出されていく。
だが、ケインの胃を裏返らせた真の元凶は、肉体的な限界などではなかった。
ルシアン・ヴァレンタインの「話」を聞いたからだ。
いや、正確には「聞けなかった」。
人間の脳が、精神が、そのあまりにもおぞましい悪魔の言語を処理することを本能レベルで拒絶したのだ。
【『被害者から奪い、もしその被害者が我々を恨んで牙を剥くというのなら……さらに奪い尽くして、絶望の中で自殺に追い込めばいい』】
ルシアンは、窓の外で嘔吐するケインの背中を見つめながら、静かに、ひどく理路整然とそう語った。
ケインは涙と鼻水で顔を汚しながら、怒りと、それ以上の凄まじい自己嫌悪で発狂しそうになっていた。
【相手を理不尽に蹂躙し、強姦し、尊厳を奪う。そして相手が恨んでくるのなら、謝るのではなく、相手が自ら命を絶つまで叩き潰し、口を封じてしまえばいい。文字にすれば、言葉に出せば、誰もが「なんて酷い話だ」「そんな悪魔のような行いが許されていいはずがない」と眉をひそめるだろう。倫理に反している。人道に反している。狂っていると。……だが!。ケインの脳髄を恐怖で焼き焦がしたのは、それが『世界の真実』であるという圧倒的な気づきだった。思い返してみればいい。人間の歴史が紡いできたあらゆる「戦い」とは、人間の集団で必ず発生する「虐め」とは、そして大人が子供を型にはめる「教育」とは、本質的にそういうものではなかったか?世の中のあらゆる友情、対立、愛、善意、経済、政治……そのすべての根底には、この「奪い尽くして支配する」という暴力のロジックが流れている。】
【ただ一つ、そこに「納得」という名の麻酔が存在するかどうか。双方が「これはこういうルールだ」と「納得」していれば、それは「楽しい商取引」と美化され、「白熱したスポーツの試合」と讃えられる。】
【だが、そこに、称賛や、給料や、庇護や、成長という【納得】がなければ?弱者が同意を強制され、あるいは同意すら求められずに奪われる場であれば?それはただの、凄惨で一方的なリンチでしかない。人間社会の営みとは、綺麗事に包装された巨大な暴力のシステムなのだ。】
「……落ち着いたかい? では、作戦の続きを話そうか」
ルシアンの氷のように冷たく、そして優しげな声が車内に響く。
彼が語った、この事態を無傷で収拾するための「解決法」。
それは、人間の醜悪さを極限まで濃縮したような、あまりにも身勝手で、あまりにも残酷なプロセスだった。
「まず、我々の手元にあるこのバッテリー、VLTに逆位相の魔力を流し込み、一時的な『復元』を施す。六本腕の化け物の姿から、生前の、愛らしかった『シャルロッテ』の姿へと擬似的に再構築するのだ」
ルシアンは、事もなげに言った。
「そして、魔力が枯渇し足取りの重くなったルミナリアの進行ルートに、軍の武装ヘリと戦闘車両の部隊を展開、包囲する。だが、まだ、攻撃はしない」
ケインは息を止めた。
「ルミナリアの目の前で、生前の姿に戻したVLT、すなわち、彼女が全てを犠牲にして救おうとした最愛の妹、シャルロッテを……拷問する」
「!?」
声にならない悲鳴がケインの喉を引き裂いた。
「いやなに、そんなに高度な技術は必要ない。物理的に痛めつければいいのだ。皮膚を剥ぎ、爪を割り、骨を折り、苦痛に泣き叫ばせる。肉体は兵器でも、中身は幼い少女のままだからね。……世界から憎まれ、裏切られ、それでも人間を愛そうとしたあのルミナリアが、自分の命よりも大切だった妹が、自分の目の前で、人間どもの手によって惨たらしい拷問を受け、泣き叫ぶ姿を見たら、どうなるか」
心が壊れる!
元女神の、最後の支えであった誇りも、愛も、怒りも、すべてが粉微塵に打ち砕かれる!
「彼女は必ず、戦う意志を放棄する。妹の苦痛を止めるために、ただ土下座して命乞いをするしかないただの惨めな敗北者に成り下がる。……彼女の精神が完全に崩壊し、抵抗の意志を喪失したその瞬間を狙って、我々は全火力を叩き込み、ルミナリアを強襲する。そして、シャルロッテもろとも、廃棄する」
これが、解答。
【被害者からすべてを奪い、恨まれたなら、さらに残酷に奪い尽くして相手の心を自殺に追い込み、抵抗できない状態にしてから無慈悲に殺し尽くす。戦法。戦術。試合。交渉。あらゆる軍事的・合理的観点から見て、味方の被害をゼロに抑えつつ、世界を救うための────ただの「大正解」だった。】
100点満点の、非の打ち所がない完璧なロジック!
だからこそ、ケインは泣いた!
あまりにも正しいからだ!
反論の余地がないほどに、それがこの世界を生き残るための「人間の正解」だからだ!
ケインは血の涙を流さんばかりに目をひん剥き、喉の奥から獣のような絶叫を上げた!
「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!こんな……こんなやり方……!!これじゃあ、これじゃあまるで……俺たちは……ッ!!」
悪魔だ。化物だ。外道だ。
言葉を紡ごうとしたケインの悲痛な叫びを、ルシアンは底知れぬほど穏やかな「笑顔」で遮った。
「【ヴィラン】だよ」
ルシアンは言った。
優しく、諭すように。
真理を教える教師のように。
「生きているなら。己の生存を無意識にでも肯定し、他者を踏み躙ってでも息を吸い続けるというのなら……誰もが、誰かにとっての悪役なのだよ、ケイン」
ヴィラン!!!!
その言葉が、ケインの脳髄を物理的な質量を持って殴りつけた。
自己正当化の余地を完全に断ち切る、絶対的な宣告。
「あ…………ぁ…………」
ケインの中で、何かが完全に「切れた」。
ケインの目はカッと見開かれたまま、瞬きすら忘れたかのように虚空を凝視していた。
瞳孔は開ききり、そこには何の知性も感情も宿っていない。
放心し、ハンドルを握り続けるケインを見て、ルシアンは冷ややかな鼻を鳴らした。ルシアンが助手席からハンドルを操作し、アクセルを踏み込んだままの装甲車は、一本道を狂いなく走り続ける。
やがて、前方の視界が大きく開けた。
堅牢なコンクリートの防壁。サーチライト。無数に立ち並ぶ対空兵器と、慌ただしく出撃の準備を進める数百の戦闘車両。
首都防衛の要であり、ルミナリア迎撃の最前線となる、王都に最も近い巨大軍事基地への到着であった。
視界の先には、地平線から完全に昇りきった朝日があった。
息を呑むほどに美しい、燃えるような黄金色の太陽。
これからこの地で、神を冒涜し、愛を蹂躙し、被害者を、加害者のロジックでいたぶりつくして殺すという、「論理的に正しい」正義の惨劇が繰り広げられようとしているにも関わらず。
世界は、空は、太陽は、ただそこに在るだけだった。
善も悪も、人間の驕りも悲鳴も、何もかもを知らないふりをして。
世界を照らすその朝日の光は、美しく、そして……絶望的なまでに、白々しいほど、無関心であった。
・・・・・・・・・・
結果だけを言おう。
ルミナリアの討伐、ならびにVLT、すなわち少女シャルロッテに対する徹底的な蹂躙と破壊は、ルシアンの描いたシナリオ通り、一切の狂いなく進行し、予測された通りの結末を迎えた。
それは、ただひたすらに、ありとあらゆる軍事的、戦術的、そして心理学的見地から見て「理論上は完全に正しい」選択であったからだ。
味方の損害をゼロに抑え、最強の敵の戦意を確実にへし折り、確実な死を与える。そこに奇跡も、英雄的なドラマも、劇的な逆転劇も入り込む余地はなかった。
ただ、【論理】的な計算が弾き出した解に従って、正しい暴力が正確に作動したに過ぎない。
しかし、その完璧な作戦遂行の場において、決定的に欠落しているものがあった。
【感情】である!!!!
最前線の装甲車両の中で、モニター越しに進行していく惨劇を見つめながら、ケインは、自らの精神が音を立てて崩壊していくのを感じていた。
だが、その崩壊をもたらしたのは、目の前で繰り広げられる残虐行為そのものへの義憤ではなかった。
他でもない、薄っぺらい言葉しか知らない、自分自身という存在の、あまりにも下劣で、救いようのない本質を、冷酷なまでに悟ってしまったからである!!!!
(ルールさえ守っていれば善……論理的に正しければ正義……反撃してこなさそうな弱者や、実益になりそうな強者に対して愛を抱いていた……それは何だ……俺の愛とは……俺の正義とは、一体何だったのだ?それこそが……いや……)
ケインは、モニターの中で圧倒的な火線に包まれるルミナリアの姿を見て、確かに「可哀想だ」と思っていた。
6連収束核ミサイルのロックオンレーザーを浴び、電磁式疑似魔導ガトリングの暴風のような弾幕に晒される彼女を見て、悲劇のヒロインに対するような哀愁を抱いていた。
【だが、それは本当に「他者を思いやる愛」だったのか????】
ケインの脳裏に、一つの思考実験が閃いた。
もし、あのルミナリアが、白く美しい肌を持つ哀を帯びた女性ではなく、たとえば、ガルバディ山脈の奥深くに潜むとされる、粘液に塗れた四つ首の巨大な蜘蛛の化け物「ジュルガモン」であったなら、どうだっただろうか????
もしジュルガモンが、人間たちに迫害され、家族を奪われ、復讐のために立ち上がったのだとしたら????
ケインは果たして、あの蜘蛛の化け物に「可哀想だ」と涙し、説得を試みただろうか????
(……否。絶対に、あり得ない)
即座に、ケインの中の真実が答えた。
相手が醜悪な蜘蛛の化け物であったなら、ケインは一切の疑問を抱くことなく、ルシアンの非情な作戦に賛同し、引き金を引いていたに違いない。「化け物を駆除するのだから当然だ」と、正義の顔をして笑っていたに違いないのだ。
【なぜ、違いないと断言できるのか????】
それは、拘束され、辱めを受けるために復元された「シャルロッテ」を見た瞬間の、自分自身の内面を見つめてしまったからだ!!!!
【軍のシステムに接続され、無防備な姿で拘束された美しい少女のホログラムと実体を見た瞬間。ケインの心の奥底にどす黒く湧き上がったのは、「可愛い女の子を助けて、感謝され、あわよくば、自分に惚れさせたいぜ!」という安っぽいヒロイズムと、それと完全に表裏一体の「あるいは、俺もあの中に混ざって、あわよくば、エッチしたいぜ!」という、生々しい加害の欲望だったのだ!!!!】
【俺の愛は、異性に対する単なる性的欲求と、外見の美しさに依存したチープな同情に過ぎなかった!!!!】
【相手が美しい人間の女だから、悲劇ぶって涙を流しただけだ!!!!】
【相手が化け物であれば、一切の躊躇なく殺していた!!!!】
【そこに高尚なヒューマニズムなど、最初から一欠片も存在していなかったのだ!!!!】
【愛などなかった!!!!】
【ここにあるのは、圧倒的な、計算に基づいた、性欲と、金銭欲と、加害欲!!!!】
【助けたくなるような魅力的な姿をしている、利用価値のある人を助けたいと、加害者の立場から値踏みしているだけだ!!!!】
嘘つき!!!!
薄汚い、嘘つき野郎!!!!
それが…………この俺だったのだ!!!!
ルミナリアの視界の先、防爆ガラスで囲まれた特設の処刑ステージ。
そこで行われていたのは、怒りも、憎しみも、狂気すらも存在しない、ただの「消化試合」としてのレイプであった。
復元されたシャルロッテの肉体は、文字通り軍の「備品」として処理されていた。
「おし!……よかったよ!あ、タケダさん次どうぞ!あ、拭いといたほうがいいか!シキシマーっ!弁当と炊き出しはー?」
彼らは無表情のまま彼女の肉体を消費し、己の番が終われば、ズボンのベルトを締め直して何事もなかったかのように持ち場へと戻っていく。
彼らの後に続く新兵たちは、列の後ろから「早く俺の番にならないかな」と焦燥に駆られた視線を送り、自分より長く行為に及んでいる先輩兵士に苛立ちと嫉妬を募らせていた。
「早く終わらせろよ!クソが!アシダー、タケウチー、お前らあんま汚すなよーっ!いやだからさあ、タケウチお前急ぎすぎだって!」
そこにあるのは、システム化された欲望の処理機能だけだった。
シャルロッテという一人の少女に対する、人間としての感情は、一切存在しない。便器に排泄することと何ら変わらない、圧倒的なまでの無関心と無機質さ。
【そして、そのおぞましい光景をモニター越しに見つめていたケインの脳を、最後の一撃が打ち砕いた!】
(【いやしかし、シャルロッテちゃん……エロいな……】)
【あろうことか、そう思ってしまったのだ!!!!】
これほどの悲劇を前にして、世界の命運が懸かったこの場で、自らの下半身が……もぞ・もぞ・もぞと、卑小な欲望に反応している!!!!
人間という生き物の、どうしようもないほどの醜悪さ!!!
ケインは自らの脳髄を自らの手で掻き毟りたい衝動に駆られた!!!!
陵辱のフェーズが完了すると、兵士たちは興味なさそうに、次の「作業」へと移行した。
ルミナリアの精神を完全に破壊するための、物理的解体プロセスである。
「イス!ウチダ連隊長!持ってきやした!」
持ち出されたのは、工兵用の空間切断ドリルだった。流血すら起こさせない、局所的な空間の座標を削り取ることで物質を分離する無慈悲な道具。
無機質な駆動音とともに、兵士は欠伸を噛み殺しながら、シャルロッテの白く細い指先にドリルを当てた。空間ごと抉り取られ、指に完全な空洞が開く。次いで、同じ作業が四肢に対して行われた。
腕が、脚が、まるで工業製品のパーツを外すように、一切の感傷なく切断されていく。切断面からは血が一滴も流れない。それがかえって、命への冒涜の純度を高めていた。
そして、トドメの作業が実行された。
軍の特殊魔導部隊による「時間促進疑似魔法」の照射。
兵士たちは、四肢を失い横たわるシャルロッテの腹部に、強力な促進魔法の光を浴びせた。それは生命の誕生という奇跡を、極限まで冒涜する行為だった。
「誰の子かなーっ!ま、知らねえけど!キヨタ、お前もやる?」
直後、膨れ上がった腹部から、わずか数秒の間隔で、機械的な連続性をもって、五つの「生命」が生み落とされた。人間と呼べる形すら保っていない、強制的な時間加速によって歪に形成された有機の塊。
防壁の向こう側。
ルミナリア・フォン・ラプラスは、放心していた。
彼女は直前まで、迫り来るあらゆる最新鋭のミサイル、極太のレーザー兵器、電磁砲弾の雨を、枯渇しかけた魔力で編み出した絶対防御の結界で弾き返し続けていた。
だが、愛する妹シャルロッテの惨状。
人間という種族が平然とやってのける、底知れぬ【無関心】な悪意。
【無関心!!!!】
【無関心!!!!】
【圧倒的な、無関心!!!!】
その光景を直視してしまった瞬間、ルミナリアの神の心は、完全に砕け散った!!!!
彼女の瞳から光が消え、防御結界にほんの数ミリの、だが致命的な隙が生まれた。
その隙を縫って着弾したのが、軍が誇る特殊兵器「圧縮疑似魔導粒子」の弾頭だった。
右足への直撃。
疑似魔導粒子とは、人体に接触した瞬間、その部位の局所的な時間を極限まで加速させ、「加齢」を強制する恐るべき兵器である。
弾けた粒子の光を浴びたルミナリアの右足の皮膚が、瞬く間に水分を失い、シワに覆われた老婆のそれへと変貌した。筋肉が枯れ、血管が縮み、細胞の寿命が秒単位で燃え尽きていく。
さらに数秒後、干からびた肉がボロボロと崩れ落ち、純白の「骨」だけが剥き出しになった。
膝から崩れ落ちるルミナリア。
防御の手段を完全に失い、右足を白骨化させ、愛を蹂躙されて絶望の底に這いつくばった元女神。
さあ、いよいよトドメだ。
全軍が最強の最新鋭兵器のトリガーに指をかけ、世界を救う一撃を放つ……はずだった。
しかし、次の瞬間。彼女に向けられたあらゆる最新鋭の武器は、ただの一つも火を吹かなかった。
静寂を切り裂いたのは、拍子抜けするほど乾いた、旧式の破裂音だった。
ダダダダダダダッ!!
「わ!!……いや!うわっやっべ!すーません!違いますこれ!……いや…………はい、次から気をつけます!あークソ!」
それは、この時代において最も古く、時代遅れも甚だしい、ゴミ捨て場に転がっていてもおかしくない「108式機関銃」の銃声だった。
緊張感に耐えきれなくなったのか、あるいは単なる手違いか。後方にいた一人の二等兵が、誤って引き金を引いたのだ。
なんとなく、狙いも定めず、適当にばら撒かれた二十発ほどの鉛の弾丸。
そのうちの三発が、あっけなく、防御を失ったルミナリアの胸郭と頭部を貫いた。
即死であった。
世界の運命を揺るがし、神に等しい力を持ち、圧倒的な愛と絶望を抱えていた女の最期は、なんのドラマチックな演出もない、名もなき兵士の適当な誤射による、路傍の犬のような死であった。
時を同じくして、処刑場の上。
シャルロッテは、自らの腹から強制的に産み落とされた五つの歪な塊たちに群がられていた。異形たちは、生きるための養分を求める本能に従い、かつて母であったものの肉体と同化し、貪り、すべてを吸い尽くしていった。
こうして、世界を恐怖に陥れた一連のルミナリア・フォン・ラプラスの事件は、完全に解決された。
懸念されていたキングダム・ウイルスの蔓延が起こることもなく、世界は再び、何事もなかったかのように平和な日常を取り戻した。
正義は執行され、悪は滅び、人間社会のシステムは完璧に機能したのだ。
めでたし、めでたし。




