救済41:【友よ戦って荒野で死ね!大団円!完全なる破滅を呼ぶ悪女!】
イメージソング:座頭市 サウンドトラック
https://youtu.be/x1Rt9OvRMt8?si=ax5jaJiJkbf9ZQpX
王都の中心に位置するドーナツチェーン店『ミスター・マジック』。甘く焦がした砂糖と油の香りが漂うそのテラス席で、アリシア・ヴェリタスは、絶望的な予感に心臓を鷲掴みにされていた。
(出会ってしまった……)
アリシアの視線の先には、一つのテーブルを囲む二人の人物がいる。
一人は、悪を飲み込み、世界そのものを書き換えた今代の究極たる女神、ルミナリア・フォン・ラプラス。
そしてもう一人は、彼女の対面に座り、紙袋から無造作にドーナツを引っ張り出している白衣の女。銀色のセミロングヘアを無造作に揺らし、健康的な褐色肌に、少しふっくらとしたお腹のライン。巨乳をテーブルに乗せるようにして身を乗り出し、青い瞳を爛々と輝かせている……最強の変人、エラーラ・ヴェリタスである。
「いやはやこの新作のシュガードーナツは素晴らしいねぇ!小麦の配合比率と油の温度管理が完璧だ。君もそう思わないかね、お嬢さん?」
ハスキーな声を響かせながら、エラーラは口の周りに砂糖をつけたままでケラケラと笑う。
「ええ、本当に。計算し尽くされた甘味。この完璧な調和……まるで美しく組み上げられた数式を味わっているようですわね」
ルミナリアもまた、優雅に紅茶のカップを傾けている。
最初は、ただの平和な相席だった。
究極の天才と、最強の天才。分野も在り方も全く異なる二人だが、その規格外の知能指数が奇跡的な波長の一致を生み、ドーナツの甘さから始まった会話は、瞬く間に世界を構成する素粒子の法則や魔導変換効率の最適解といった超次元的な議論へと発展し、二人はまるで古くからの親友のように楽しげに笑い合っていた。
だが。
会話が「世界のシステムの再構築」という話題に触れた瞬間だった。
エラーラの青い瞳が、ふと、ルミナリアのドレスの奥に揺らめく微かな魔力の残滓を捉えた。
そしてルミナリアの冷たい瞳もまた、エラーラの魂に刻まれた「一度死んで、勝手に蘇った」という異常現象の傷跡を見抜いた。
あの砂漠。
因果律を相殺する巨大な玉座。
己がすべてを捧げて完成させようとした方程式を、たった一瞬の寄り道で踏み台にし、世界を勝手に救ってドーナツを買いに行った、あの『規格外のバグ』。
「フム……なるほど?ああ!……君があの時のポンコツかい?」
エラーラが、ドーナツを咥えたまま、一切の感情を読ませない底知れぬ笑みを浮かべた。
「あら」
ルミナリアの唇から、温度のない声が零れ落ちる。
彼女はゆっくりとティーカップをソーサーに置いた。硬質な音が、周囲の空間から一切の音を奪い去った。
「お茶が……冷めてしまいましたわね」
ルミナリアの顔から、心優しい令嬢の仮面が剥がれ落ちた。
露わになったのは、かつて悪党どもを無慈悲に追い詰めた冷徹なる悪女、ゲームマスターとしての絶対的な眼差し。
「……マズい!!」
アリシアが叫ぶより早く、二人の姿がテラス席から「消失」した。
次の瞬間、王都の遥か一万メートルの上空で閃光が爆発した。
戦争ではない。
武力衝突ですらない。
それは、宇宙の法則が「最強」と「究極」という二つの矛盾に耐えきれず、悲鳴を上げて崩壊していく『この世の終わりの具現化』であった。
ルミナリアの指先が虚空をなぞるたび、次元の魔力が編み込まれ、数万の概念魔術が空を覆い尽くす。時間を止め、空間を削り、存在の確率そのものをゼロに書き換える絶対的な方程式の嵐。
対するエラーラは、ただ白衣を翻して空間を蹴り飛ばした。論理も法則も関係ない。圧倒的な熱量と質量、そして自身の存在そのものを弾丸と化して、ルミナリアの構築した完璧な数式を真正面から殴り砕く。
「さあ、あなたの罪に、選択を!!」
ルミナリアの冷酷な声が、王都の空そのものを振動させて降り注ぐ。
「ハハハハハ!罪なんてどこにあるんだい?しかし、素晴らしい数式だ!だがね、私には届かないよ!!」
エラーラの野獣のようなハスキーボイスが、次元の壁を食い破って轟く。
空が、ステンドグラスのように割れては修復され、昼と夜が瞬時に切り替わり、星々が狂ったように瞬く。時間と空間と次元が、ミキサーにかけられたようにめちゃくちゃに攪拌されていく。
街のレンガ一枚、人々の髪の毛一本すら傷ついていない。二人の計算によって、地上への物理的な余波は完全に殺されていた。
【だが、その光景を見上げる王都市民たちの心は、恐怖に支配されていた!人がアリを蹂躙するように、神が世界を遊び道具にしている!世界が脆く、あまりにも儚い幻に過ぎないという真実をただただ突きつけられ、市民たちは涙を流し、息を止め、ただ「今、自分が生きていることすら悔しく、悲しい」と本能から絶望し、這いつくばっていた!】
「やめて……!もうやめて!!世界が壊れちゃう!!」
アリシアは頭を抱え、恐怖のあまり膝をガクガクと震わせていた。
「あははははははっ!!お姉様ったら、すっごく楽しそうじゃない!」
だが、アリシアの隣で、シャルロッテだけは両手でお腹を抱え、大粒の涙を浮かべて爆笑していた。
彼女もまた、ルミナリアと魂を共有する神である。だからこそ、シャルロッテにはハッキリと見えていた。空を削り合い、次元を壊し合う二人の間に、殺意など一欠片も存在しないことを。
あれは、互いの圧倒的な高さを認め合った者同士にしか許されない、贅沢で無邪気な「じゃれ合い」なのだと。
だが、アリシアにはそれが理解できない。ただ狂ったように笑うシャルロッテの姿が、恐怖をさらに煽るだけだった。
やがて、空を覆っていた極彩色と、それを撃ち抜く光の嵐が、ピタリと止んだ。
王都の広場に、二つの影が舞い降りた。
巻き起こる風圧すらない、羽毛のような着地。
ルミナリアの純白のドレスには埃一つついておらず、エラーラの白衣にも焦げ目一つない。
あらゆる魔術、あらゆる概念、あらゆる打撃が相殺され、完全に互角。
ならば。
(まさか……ここから原始的な殴り合いでも始めようとでもいうの……!?)
アリシアが絶望に顔を引きつらせ、両手で目を覆おうとした、その瞬間だった。
エラーラが、小さく息を吐き出し、右手をスッと前に差し出した。
「これが、真理だ!」
ルミナリアもまた、日傘を左手に持ち替え、静かに右手を差し出した。
パァン、と。
乾いた、けれどどこか温かい音が広場に響いた。
二人は、しっかりと互いの手を握り合っていた。
ルミナリアが、ふっと口元をほころばせる。それは悪女の笑みではなく、友に向けた純粋な笑みだった。
「あなたのその、理不尽な力のおかげで、わたくしの世界救済の計算式は完全に証明されましたわ。……わたくしの愛する世界を救ってくださったこと、心より感謝いたしますわ、エラーラ」
「何を言うんだい。君が、長きにわたって泥をかぶってくれたからこそ、今の平和な日々がある。……ありがとう、ルミナリア」
エラーラもまた、心からの敬意を込めてルミナリアの手を強く握り返した。
そして、エラーラは青い瞳を瞬かせ、ふと苦笑交じりに肩をすくめた。
「いやはや……どうにも参ったよ。完全に私の負けだ。一切の歯が立たなかった」
「……えっ?」
アリシアは耳を疑った。どう見ても互角だったのに、最強のエラーラが敗北を認めたのだ。
自分がどれほど暴れ回ろうと、ルミナリアはそのすべてを計算し尽くし、完璧にコントロールしきっていた。「神」としての次元の差を、エラーラ自身が最も痛感していたのだ。
「さて、それじゃあ……」
エラーラが踵を返そうとした、まさにその時だった。
空が、ふいに「腐り落ちた」。
次元の亀裂から溢れ出したのは、純粋な『悪意』の群体。かつてルミナリアがガリオン・ヘルで相殺しようとした因果の残滓が、神々の強大な衝突エネルギーに引き寄せられ、実体を持った次元の簒奪者たる『究極の敵の軍団』として顕現したのだ。
その数、ざっと数百万。
「チッ……!やはり……地獄から迷い出たか!」
エラーラが白衣を翻し、即座に臨戦態勢をとる。
「お姉様は、市民たちを守る結界の構築に専念して! 攻撃は私たちがやりますわ!」
シャルロッテはエラーラの隣に立つと、小さな両手を広げた。
「そこのおかしなお姉さん!私の魔力を全部使って、撃ちまくるのよ!」
「ハハハ!神様のバックアップとは豪勢だねぇ!遠慮なく使わせてもらうよ、おかしなお嬢さん!」
シャルロッテの無尽蔵な神の魔力が、エラーラの回路に接続される。エラーラの周囲に展開された数万の魔導砲門が、圧倒的な光を帯びて咆哮を上げた。
二人の完璧なタッグが、空を埋める異形の群れを次々と撃ち落としていく。
だが、敵はあまりにも多すぎた。
撃ち漏らした数千の獣たちが、結界の隙間を縫って地上へと降り立った。
ルミナリアは日傘を振りかざし、計算の限りを尽くして市民を庇う。だが、全方位からの波状攻撃に、彼女の処理能力も限界を迎えつつあった。
【一方で、市民たちは、這いつくばりながら、吐き気を催していた!彼らは聖人などに変わったわけではない!かつてルミナリアを「増長した貴族」と蔑み、己の不満を解消するために彼女の愛する者を殺し、それを「正義」だと自己正当化してきた、「一般人」のままであった!ルミナリアは市民たちを責めなかった!見下しも、恨みもしなかった!ただ、完璧な計算のもと、作業のように彼らを庇い、傷ついていく!その「完全な無関心」と「圧倒的な正しさ」こそが、市民たちの胸を刃のように刺し穿った!憎まれる方が、まだマシだった!見捨てられる方が、どれほど救われただろう!だが、ルミナリアは平然と彼らを庇う!それはまるで路傍の石ころをどけるかのように、当然の義務として、自分たちの醜い命を守り続けている!その姿は、彼らがどれほど浅ましく、どれほど最低な豚であったかを、鏡のように残酷に映し出していた!一人の若い男が、震える足で立ち上がった!その顔は恐怖と、何より自分自身への激しい嫌悪で歪んでいた!】
「【こんな……こんな汚物のまま、あの女に『助けられた哀れなゴミ』として生き残るなんて……そんな屈辱、死んでも耐えられるかよ!!!!】」
【彼らが立ち上がった動機は、純粋な善意でも、改心でもない!己の罪悪感から逃れたいという、あまりにも勝手なエゴ!「自分は悪者ではなかった」と最後の最後まで自分を騙しつづけるための、浅ましい自己満足!そして、あの女神に、一生消えない「恩」という名の傷を刻みつけられたまま生きる恐怖への、反抗であった!】
「【あの女に……一生上から目線で哀れまれ続けるくらいなら……っ!!】」
【老人が、鉄パイプを握りしめた!母親が、鋭い石を構えた!彼らは己の命の価値の低さを知っていた!最初から失う誇りなどない!ならば、このドブ川のような人生の最期に、たった一回だけ「正しいこと」をして、己の罪を相殺して死んでやる!老人が、嗄れた声で空に向かって吼えた!】
「【今日は……今日こそが、命を賭ける日だ!!】」
【誰かが叫んだその言葉は、燎原の火のように王都市民の心に燃え広がった!市民たちは、自らルミナリアの結界から飛び出し、獣たちに肉弾戦を挑んだ!腕を噛まれようと、足を裂かれようと、決して退かない!誰かが倒れれば、別の誰かがその盾となる!一人が死を覚悟した特攻で獣の動きを止め、その瞬間にルミナリアの魔術が的確に獣の急所を撃ち抜く!】
「あ…………」
ルミナリアの瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。
かつて、絶望の砂漠で彼女は人間を「醜悪なマイナス」だと断じた。愚かで、身勝手で、救う価値もない生き物だと。
だが、違う。
目の前で泥まみれになりながら、誰かのために自ら命を投げ出す彼らの姿はどうだ。
痛みに耐え、血を流し、それでも決して立ち向かう魂の輝きは、なんと、なんと美しいのだろうか。
ルミナリアの胸の奥で、かつてないほどの熱い感動が爆発した。
(この愛おしい人々を守るために……彼らと共に在るために、今日まで戦い抜いてきて……本当に、良かった……!!!!)
ルミナリアの全身から、これまでとは次元の違う、神々しい黄金の光が放たれた。
「エラーラ!シャルロッテ!皆様!一気に片付けますわよ!!」
【誰かが死ぬ覚悟を持ったからこそ!逆説的に、誰一人として死なない「奇跡の絶対防衛陣」が完成した!】
「ハハァッ!最高だね人間ってのは!!さあ、クライマックスといこうじゃあないか!!」
エラーラが、極大の魔導砲を天の次元の亀裂へと向ける。
ルミナリアが、市民たちと連携しながら地上に落ちたすべての敵を一掃し、さらに上空の亀裂を完璧な数式で縛り上げる。
「さあ、邪悪の残滓よ!ゲームオーバー、ですわ!!」
ルミナリアの概念消滅魔法と、エラーラとシャルロッテの極大魔導砲が完全に融合し、一本の巨大な光の柱となって次元の亀裂を貫いた。
異形の群れは光に飲まれ、宇宙の塵となって完全消滅した。どす黒く腐り落ちていた空が、パリンと音を立てて浄化され、再び澄み切った青空が広がっていく。
静寂。そして、地鳴りのような歓声が上がった。
奇跡の生還に沸く市民たちへ向けて、ルミナリアは日傘を閉じ、心からの、本当に美しい令嬢としての深いお辞儀をした。
「皆様の、気高き魂に、世界は救われましたわ。……本当に、ありがとうございます」
「さあ、帰ろうか、アリシア」
歓喜の輪から少し離れた場所で、エラーラが紙袋を拾い上げ、呆然とするアリシアの肩をポンと叩いた。
「今日のところは、探偵事務所に帰って、極上の珈琲を淹れるとしよう。この甘いドーナツには、少し苦い珈琲がよく似合うからねぇ」
エラーラはルミナリアに背を向け、ひらひらと手を振りながら歩き出した。アリシアは何度も振り返りながら、その後を追う。
広場に残されたルミナリアとシャルロッテ。
ルミナリアは、かつて自分を幽閉したラプラス邸の跡地の方角を一度だけ一瞥し、そして遠ざかるエラーラたちの背中へと視線を移し、ふっと優しく微笑んだ。
「お姉様、お掃除、完璧だったわ!」
シャルロッテが、ルミナリアの腕にギュッと抱きつく。
「ええ。ですが……まだ、戦いは終わっていませんわ」
ルミナリアが日傘を開き、その先端を天へと向けた。
完全な平和が訪れたこの世界にも、いまだ倒しきれていない邪悪や未知の災厄が蠢いている。
「さあ、シャルロッテ。次なる絶望に、選択を突きつけに行きますわよ!」
つま先が石畳を蹴る。
次の瞬間、二人は、一筋の流星となって、一直線に空の彼方へと飛翔した。
雲海に真円の穴を開けて飛び出していく二人の姿は、どこまでも気高く自由だった。
晴れ渡った王都の空に、神々の軽やかな笑い声の余韻だけが、いつまでも優しく響き続けていた。
【だが!この日の出来事こそが、真の絶望の火種となることを、この時のルミナリアは、まだ、知る由もなかった……!】




