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ヴェリタスの最終定理6:壊れた世界のやりなおしかた【2位】  作者: LIU
悪魔でも悪にあらがう悪役令嬢

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救済36:正義の人体解剖軍団!キャットフードにされた夫婦!ねこまんまを見守る悪女!

街外れの一角に、薄汚れた洋館があった。

その周辺には、目を背けたくなるような悪臭と、悲痛な鳴き声が漂っている。

そこに住んでいるのは、ジルコとアギラという初老の夫婦であった。

彼らは、中間層の善意と事勿れ主義を極限まで煮詰めたようなシノギを展開する、この界隈の牢名主のような存在だった。

妻のジルコは、街中の野良ネコを片っ端から捕獲し、家の前の狭く不衛生な檻の中に押し込む。そして、意図的に餌を与えず、病気に追いやり、その苦しんでボロボロになった姿を通行人に晒し出すのだ。


「可哀想な猫ちゃんたちを助けるために、どうかお力添えを……!」


悲痛な声で泣き真似をしながら、ジルコは募金箱を突きつける。

中間層の人間たちは、「常識的に、まあ、小動物は守らなくてはならない」という倫理観を持っている。

だが、自分で猫を引き取って育てるほどの責任感も行動力もない。

だから、ジルコの募金箱に小銭を投げ入れることで、「自分は、たぶん、動物を愛護する善良な人間である」という薄っぺらい自己満足を買うのだ。


当然ながら、ジルコは集めた金をネコの治療費などに一銭も使わない。

ネコが元気になってしまえば、同情を引けなくなり、資金源が絶たれるからだ。

「病気のままで停滞させ続けること」こそが彼女のシノギなのである。


『停滞』!


社会の上層なら、本格的な施設を作り計画的に資金を集める。


底辺の人間なら、そもそも他人のネコなど構う余裕がない。


この悪辣なビジネスは、無責任な善意に溢れた『停滞』する中間層という狩場があってこそ成立するものであった!


そして夫のアギラもまた、中間層の「事勿れ主義」を食い物にしていた。

彼の得意技は、魔導車や馬車に対する「当たり屋」である。


ルミナリアとシャルロッテが、ジルコの洋館がある通りに差し掛かった時のことだった。


「おいたたたァァァァァァッ!!!」


突如として、前方の交差点で大袈裟な絶叫が響き渡った。

見れば、ゆっくりと走ってきた黒塗りの魔導車の前に、一人の薄汚れた老人が自ら飛び込み、地面を転げ回っているではないか。

彼こそが、ジルコの夫であるアギラだった。


「痛い!痛いィ!骨が折れたァ!人殺しィィ!!」


アギラは、車にはかすったかどうかも怪しい位置で倒れ込み、白々しい悲鳴を上げ続けている。

車が急停車し、周囲を歩いていた通行人がワラワラと集まってきた。

通行人たちは、事故の瞬間を見ていなかったにも関わらず、即座に「車が加害者であり、老人が被害者である」という常識的な枠組みに当てはめて騒ぎ立てた。

地面に伏せたアギラの口元が、卑劣な笑みに歪んだ。

これが彼の狩りである。

わざわざ車に轢かれに行くなどという無駄なリスクは、社会の上層も底辺も決して犯さない。底辺なら本当に死んでしまうかもしれないし、上層ならそんな端金のために命は懸けない。

アギラがこの蛮行を繰り返せるのは、「運転手は絶対にブレーキを踏む」「周囲の人間が味方をしてくれる」「明日も今日と同じ平和な法治国家が続く」という、中間層特有の『妄想』に完全に寄りかかっているからだ。


「おい運転手!慰謝料払え!それとも警察に突き出されて、人生終わらせたいか!?」


アギラは車のボンネットをバンバンと叩きながら、下劣な声で喚き散らした。

周囲の群衆も、「そうだそうだ!」「逃げるな!」と同調し、車を取り囲む。


「……あれは、どう見ても自分から飛び込みましたわね」


ルミナリアは日傘の陰から、氷のように冷たい目でその光景を観察していた。


「ええ。あまりにもお粗末な自作自演。あのような下等生物、わたくしが一瞬で灰にして差し上げましょうか?」


シャルロッテが指先に魔力の火花を散らす。


「やめなさい、シャルロッテ。あのような愚か者に関われば……ん?……あの黒塗りの車、ただの一般市民の乗る代物ではありませんわ」


ルミナリアの慧眼は確かだった。

その魔導車は、装甲が分厚く、窓ガラスには特殊なコーティングが施されている。それは、いわゆる『極道車』であった。

アギラは、自分が喧嘩を売った相手が何者であるか、全く理解しないまま、ついに、絶対に踏んではならない虎の尾を踏み抜いてしまったのである。

重厚な魔導車のドアが、ゆっくりと内側から開かれた。


「おお、出てきたな!さあ、誠意を見せろ!」


アギラが意気揚々と身を乗り出した瞬間。

車内から伸びてきたのは、人間の足ではなかった。

豪奢なピンヒールを履いた、しなやかで毛皮に覆われた獣の足。

そして、その足首から上には、粋な和柄の着物を着崩し、紫色の煙管を咥えた、一人の見事な『ネコ獣人の女』が姿を現した。


「……ああん?」


その女──名を『ミー』という──が、煙管から紫色の煙を細く吐き出しながら、地を這うようなドス黒い声で唸った。

彼女の目は、獲物を前にした本物の捕食者のそれであった。

そう。彼女はただのネコ獣人ではない。王都の裏社会の半分を牛耳る、巨大なヤクザ組織のボスであった。


「……ウチの車に、ケチ、つけとんき?」


「なんだお前!お前が俺を轢いたんだ!常識的に考えて、お前が悪いんだから慰謝料を払え!」


アギラは唾を飛ばしながら強弁した。

ミーは、呆れたようにため息をついた。


「……常識ねェ。お前らみたいな連中が、常識、説くのかい」


ミーは煙管を指の間に挟み、背後の車内に向かって顎をしゃくった。


「おい、若い衆。アレ、持ってきな。ちょうど、ウチの可愛いガキ共の餌が切れかかってたところだ」


「へい、姐さん!!」


車の中から、筋骨隆々の獣人の男たちが数人飛び出してきた。彼らの手には、奇妙な形状をした巨大な魔導機械が抱えられていた。

上部に大きな漏斗のような投入口があり、側面には不気味な歯車と魔力ゲージがついている。それは、裏社会で「証拠隠滅」に使われる、ポータブル式の特殊処理機、通称『ねこまんま』であった。


「な、なんだそれ……!ごめんなさい!警察ゥ!!」


アギラがようやく恐怖を覚え、逃げ出そうとしたが、遅かった。

屈強なヤクザの男たちが、アギラの両腕を掴み、軽々と宙に持ち上げたのだ。


「警察?……ウチらは警察じゃあない。ヤクザだ。それに、ごめんで済んだらヤクザはいらない。ウチの車に因縁つけた落とし前だ。美味しくなってくれ。せいぜい、猫の役には立てよ、クソジジイ」


「ギャアアアアアアッ!?やめ、やめてくれェェェ!!」


アギラは抵抗する間もなく、頭から巨大な処理機の投入口へと放り込まれた。

機械がけたたましい駆動音を上げ、魔力ゲージが赤く点滅する。

骨と肉が砕かれ、すり潰される生々しい音が響き渡り、投入口からは血飛沫すら上がらなかった。特殊な魔術によって、対象は完璧に分解・再構成されていくのだ。

周囲の群衆は、声すら出せずにガタガタと震え上がり、腰を抜かす者も続出した。

ほんの数秒後。

チーン、という間の抜けた音と共に、機械の底部の排出口から、綺麗にパッキングされた『高級キャットフードの缶詰』が数十個、転がり出てきた。

ルミナリアは、日傘を取り落としそうになるほど目を見開いた。


「上出来だ」


ミーは転がってきた缶詰を一つ拾い上げ、満足げに頷いた。


「だが、少し匂いがキツいね。……さあて、次は本命だ」


ミーは鋭い視線を、通りの奥にある洋館、ジルコの家へと向けた。


「同胞を苦しめる、外道のクソババアに落とし前をつけにいくよ」


ミーを先頭にしたヤクザの一団が、悠然と通りを歩いていく。

ルミナリアとシャルロッテは、その圧倒的な存在感に引き寄せられるように、少し距離を置いて彼らの後を追った。

洋館の前では、アギラがキャットフードにされたことなど知る由もないジルコが、相変わらず悪辣なシノギを続けていた。


「ああ、可哀想な猫ちゃんたち……!この子たちには、高額な魔導薬が必要なんです!どうか、皆様の温かいご支援を……!」


狭く錆びついた檻の中には、息も絶え絶えになっている野良ネコたちが何十匹も詰め込まれていた。

ジルコはハンカチで嘘泣きの涙を拭いながら、道行く人々に募金箱を突きつけている。

気の弱い主婦や学生たちが、同調圧力と罪悪感に耐えきれず、次々と小銭を箱に入れていく。


「……本当に、反吐が出ますわ」


ルミナリアは、檻の中で苦しむ猫たちを見て、ギリッと奥歯を噛み締めた。

その瞬間だった。


「おい、ババア」


ドスの効いた声と共に、ミーがジルコの前に立ち塞がった。

ピンヒールの甲高い足音がピタリと止まり、紫色の煙管の煙がジルコの顔に吹き付けられる。


「な、なんです、あなたは!」


ジルコは煙を払いながら、ミーを睨みつけた。


「ウチの家族に、随分と非道い真似をしてくれとるじゃねェの」


ミーの金色の瞳が、殺意に細められる。


「え……?か、家族? 何を言っているの!私はこの可哀想な野良猫たちを大事に保護して、治療費を集めている善良な市民ですよ!……こんな汚い猫、要らないから……欲しいならあげますよ!」


ジルコは声を張り上げ、周囲に同意を求めるように見回した。


「あ?……こんな汚い猫?大事に保護?チグハグじゃねえか。てめェさ、その腹ん中は、腐った金と承認欲求でパンパンに膨れ上がってんだろ……ちょっと減らした方がいいんじゃあないの」


「減らす!?……この獣人、私から募金を奪おうとしているんです! 誰か、警察を呼んで!」


中間層の群衆たちは、互いに顔を見合わせた。いつもなら「そうだ、泥棒!」と便乗するところだが、誰も、ジルコを助けようとはしなかった。

ミーは煙管を懐にしまうと、一歩、ジルコへと歩み寄った。


「バカか?減らすのはてめェの贅肉だよ。てめェはな、ウチら極道から見ても、反吐が出るほど外道なんだよ。ウチらの同胞を嬲り殺しにするクソババア。……命日だよ。今日が、てめェの」


「ヒッ……!暴力!?動物愛護の私に暴力を振るう気!? 常識で考えて、そんなこと許されるわけが……」


ジルコの常識を盾にした叫びは、最後まで続くことはなかった。


「許されるわけが、あるんだよ」


ミーの冷酷な命令と共に、屈強な部下たちが再び『ねこまんま』を抱えて前に出た。


「離しなさい!何するの!アギラはどこ!?警察ゥゥゥ!!」


ジルコは手足をバタバタと振るって抵抗したが、ヤクザの男たちの腕力には抗うべくもなかった。


「旦那なら、しっかりキャットフードに転職したぜ。お前もな、後を追わせてやるのよ」


男の一人が冷酷に笑い、ジルコを機械の投入口へと放り投げた。


「いやァァァァァァッ!!」


再び、魔導機械がけたたましい駆動音を響かせる。

悪魔のような老婆は、その罪の深さを理解する間もなく、無慈悲な機械の刃によって肉と骨をすり潰され、魔術によって再構成されていった。

機械の排出口から、今度はピンク色のラベルが貼られたキャットフードの缶詰が大量に転がり出てきた。アギラの時よりも、幾分か脂身の多い仕上がりである。


「よし。……まあ、混ぜたら美味いだろう。バランス感覚も、これで上出来だね」


ミーは缶詰を蹴飛ばして端に寄せると、檻の中に閉じ込められていた猫たちのもとへ歩み寄った。


「……辛かったねェ。もう大丈夫だよ、坊やたち」


先ほどまでの恐るべき極道の顔は消え失せ、ミーはまるで聖母のような慈愛に満ちた声で、ボロボロになった猫たちに語りかけた。

部下の男たちが、巨大な工具を使って檻の鍵を破壊し、扉を開け放つ。


「お前ら。布で包んで、一番腕のいい獣医のところへ連れて行け。そうだなあ……クライフォルトさんとこのケンジさんか、それか、ヴェリタス探偵事務所の元医者のエラーラさんでもいい。金に糸目はつけねェ」


「へい、姐さん!!」


刺青だらけの恐ろしいヤクザの男たちが、大柄な体を丸め、優しく、そっと猫たちを抱き上げていく。


「……素晴らしいですわね」


ルミナリアは、思わず感嘆の吐息を漏らした。

猫たちの救出を終えたミーは、再び煙管に火をつけながら、ふと視線を感じて振り返った。

その視線の先には、日傘を差し、静かに事の顛末を見届けていたルミナリアとシャルロッテの姿があった。

ミーはゆっくりとルミナリアたちに歩み寄り、金色の瞳で彼女を見下ろした。


「……お前ら、見てたな?」


ドスの効いた声。周囲の群衆はすでに逃げ散っており、通りにはルミナリアたちとヤクザの一団しか残っていない。

通常のヤクザであれば、ここで「今のことは見なかったことにしろ」と脅迫するところだろう。

ルミナリアもまた、中間層の処世術に倣い、トラブルを避けるためにそう答えるつもりだった。


「ええ。ですが、わたくしたちは何も見な……」


「そうだ。今のことは、『見なかったこと』には、するなよ」


ミーの言葉は、ルミナリアの予想を完全に裏切るものであった。


「……え?」


ミーは煙管の煙を吐き出し、ニヤリと笑った。


「見なかったことにして、何事もなかったように明日を迎える。誰かが苦しんでいても、見て見ぬふりをしてやり過ごす。……ウチはな、そういう中途半端なクズ共が、この世で一番嫌いなんだよ」


ミーの言葉は、ルミナリアの魂の奥底に、鋭い杭のように突き刺さった。


「スジだ。スジ、通せ。何かを為すなら、命を懸けろ。中途半端に隠れて、目を逸らして生きてる連中は、キャットフードにしてやるからな。……お前ら、さては『死神』だろ。その目は、目を逸らす奴の目じゃねェ。しっかり、現実を見据えて、自分の足で立つ覚悟のある目だ」


ミーは、ルミナリアとシャルロッテの顔を満足げに見つめた。

彼女は、ルミナリアがただの令嬢ではないこと、そしてシャルロッテが途方もない魔力を秘めた狂犬であることを、野生の勘で正確に見抜いていたのだ。


「……恐れ入りますわ、お姐様」


ルミナリアは、心からの敬意を込めてスカートの裾をつまみ、優雅なお辞儀をして見せた。


「同感ですわ。……あなたのその鮮やかな手並み、心より感服いたしました」


「ハッ、生意気言うじゃねェの」


ミーは愉快そうに笑い、部下たちに向かって振り返った。


「野郎ども!終わりだ!ひとっ風呂浴びて、美味い飯でも食うぞ!」


「へい、お姐さん!」


「あー、そうだなあ、銭湯にでもいくか」


ミーは最後にそう言い残し、肩で風を切りながら、黒塗りの魔導車へと乗り込んでいった。

部下たちも次々と車に乗り込み、エンジンが轟音を立てて発進する。

後に残されたのは、ジルコとアギラだった「缶詰」の山と、悪臭の消え去った静かな通りだけであった。


「……ルミナリア。あのお方、とても格好良かったですわね」


シャルロッテが、熱を帯びた瞳で走り去る車を見送っていた。


「ええ。論理も常識も通用しないこの狂った世界で、己の信念だけを貫き通す。……あれこそが、真の『強者』ですわ」


ルミナリアは、胸の奥底に沈殿していた、中間層に対する徒労感と嫌悪感が、少しだけ晴れていくのを感じた。

世界は確かに混沌としており、不可解な悪意に満ちている。


だが!


その混沌を、自らの行動と覚悟で切り裂く者もまた、確実に存在しているのだ……!

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