救済33:そして地獄は始まった!巡る因果!屠殺場へ向かう悪女!
「わたくしたちが、王都の暗部を葬り去ってきた『死神』ですわ!」
その一言は、社会を根底から覆す爆弾であった。
ラプラス公爵家令嬢、ルミナリア・フォン・ラプラス。
もちろん、権力者たちは震撼し、同時に激怒した。
ラプラス家は即座にルミナリアを勘当し、一族の系譜からその名を完全に抹消した。
家を追われ、地位を失い、莫大な資産もすべて置いてきた。
だが、ルミナリアの表情に後悔は微塵もなかった。彼女の隣には、甘く退廃的な体臭を纏い、狂気的なまでの愛と忠誠を捧げる一人の少女、シャルロッテ・フォン・ベッケンドルフがいた。
追放されたその日、二人は誰の祝福を受けることもなく、王都の外れの小さな教会で永遠の愛を誓い合った。女同士であり、身分も違い、かつては主人とメイドという関係であった二人の結婚。それは、世界の常識に対するルミナリアなりの鮮烈な反逆であり、シャルロッテにとっては魂の救済であった。
二人きりの新婚生活は、幸福なものになるはずだった。
しかし!
彼女が「死神」として撒き散らした因果は、彼女を逃がしはしなかった!
王都の外れ、荒野へと続く寂れた街道。
身を隠すように旅立つルミナリアとシャルロッテの前に、四つの巨大な殺意が立ち塞がった。
「オキキキキキキ!探したぜぇ、元公爵令嬢!自分が死神だってバラしちまったら、キ、そりゃあ俺たちから命を狙われるってことくらい、あの『天才的な頭脳』ですら、キ、計算できなかったのかい!?」
腐肉の臭いを撒き散らしながら現れたのは、かつてルミナリアの罠によって魔物密売ルートを壊滅させられた魔物使いのガリボロンだった。
「小娘……!私の崇高なる呪術結社を、帳簿の操作と心理誘導で自滅させた恨み、晴らさでおくべきか……!」
紫色の怨念のオーラを纏うのは、呪術使いのマルモ卿。ルミナリアの策略によって信者たちから告発され、社会的に抹殺された男である。
「アタイのシマ。滅茶苦茶にしてくれた。落とし前。命で払ってもらうよ。お嬢ちゃん」
巨大な狼の獣人に変貌し、鋭い爪を研ぎ澄ませているのは、極道の女・ミカミ。彼女はルミナリアの経済操作によって資金源を断たれ、組織を内部崩壊させられたのだ。
そして、最後に立ち塞がったのは、身の丈二メートルを超える巨漢。全身に無数の傷跡を刻んだ、隣国の剣闘士ライオネルだった。
「ミカミん組織が崩壊したせいで、隣国ん闇闘技場の金づるが途絶え、俺、仕事を失った。ミカミがね、『この女を殺せば懸賞金が出る』って持ちかけてきたんよ。ま……悪く思わねェでくれよな、嬢ちゃん」
ガリボロン、マルモ卿、ミカミ、ライオネル。
いずれも裏社会で名を馳せた、殺しを生業とするプロフェッショナルたち。
「……計算外、ですわね。まさか、わたくしを恨む者たちが、こうして見事なまでに徒党を組んで襲いかかってくるとは」
「ルミナリア、下がっていてくださいませ。この害虫どもは、わたくしが全て灰燼に帰して差し上げますわ!」
シャルロッテがルミナリアの前に立ち塞がり、両手にすさまじい熱量の炎を宿した。
「わたくしの愛しきルミナリアに、指一本触れさせるものですかッ!!」
シャルロッテの放った巨大な炎の刃が、ガリボロンの合成魔獣たちを次々と焼き尽くしていく。
「キキキ!火力は凄まじいが、動きが単調すぎるぜ!」
ガリボロンが地中から新たな魔物を召喚し、シャルロッテの死角から襲い掛からせる。
「チィッ……!」
シャルロッテが迎撃に回ったその隙を突き、マルモ卿が呪術の札を投げ放った。
瘴気の鎖がシャルロッテの手足に絡みつき、彼女の魔力の循環を著しく阻害する。
「離しなさい、この……ッ!」
「隙だらけだよ、小娘ッ!」
ミカミが狼の驚異的な跳躍力で一気に距離を詰め、鋭い爪でシャルロッテの肩を深く切り裂いた。鮮血が宙を舞い、シャルロッテは苦悶の声を上げて地面に膝をつく。
そこに、闘士ライオネルが巨大な戦斧を振りかざして迫る。
「悪い!これで終わりだ!」
「シャルロッテッ!!」
ルミナリアの悲痛な叫びが響く。
「……くっ、ルミ、ナリア……逃げて……くださいませ……」
血まみれになりながらも、シャルロッテは執念で立ち上がろうとする。だが、その足は限界を迎え、再び崩れ落ちてしまった。
「さて。護衛の犬は片付いた。次はアンタの番だぜ、嬢様よォ!」
ガリボロンが下劣な笑みを浮かべながら、ルミナリアへと歩み寄る。
知能戦など……所詮はお遊びだったのだ!
本当の悪、剥き出しの暴力の前では、知能など、ただの無力な小娘に過ぎない!
ルミナリアは、ゆっくりと目を閉じた!
抵抗する手段はない。自分が死ぬことで、この連鎖が断ち切れるのなら、それもいい。それが、安全な場所から人々に死を強要してきた「死神」の、相応しい末路なのだから。
ルミナリアが死を受け入れようとした、まさにその時である。
「そこまでだ、薄汚いネズミ共!!」
荒野に響き渡る、太く、威厳に満ちた怒号。
ガリボロンたちの動きがピタリと止まり、ルミナリアは驚いて目を見開いた。
土煙を上げて駆けつけてきたのは、数台の魔導装甲車だった。
車から降りてきたのは、黒い制服に身を包んだ男たち。
その先頭に立ち、鋭い眼光を放っているのは王都警察の老警部、カレル・オータムであった。
「カレル警部……?どうして……」
ルミナリアは信じられないものを見るような目で、かつての宿敵を見つめた。
「勘違いするなよ、元公爵令嬢。俺たちは、非番の日に部下たちとドライブを楽しんでいただけだ。お前を助けに来たわけじゃねェ。……ただ、『たまたま』通りかかったこの道で、指名手配中のクズ共が善良な市民を囲んでいやがったから、警察官としての義務を果たそうとしただけだ」
カレルの背後に立つ数十人の警官たち。
彼らはいずれも、カレルの下でルミナリアの「裏の事件」の真相を知り、彼女がどれほど王都の弱者を救ってきたかを理解している者たちだった。
「そうっすよ!俺たち、たまたまドライブしてただけっす!」
「警察官の目の前で、か弱い少女たちをリンチしようなんて、いい度胸してんなァお前ら!」
その言葉が建前であることは、誰の目にも明らかだった。
彼らは紛れもなく、ルミナリアを守るために、己の命と警察としての立場を懸けて立ち塞がってくれたのだ。
法を越えてでも、かつて王都の暗部を掃除してくれた「見えない死神」に、彼らなりの敬意と恩返しを示すために。
「サツがなんでこんなところに!」
ミカミが舌打ちをする。
「構わん!皆殺しにしてやる!」
ライオネルが斧を構え、マルモ卿が呪術の詠唱を始める。
プロの殺し屋四人と、王都警察の精鋭たち。
両者の間で、一触即発の空気が膨れ上がる。
だが、その緊張を破ったのは、他でもないルミナリア自身の悲痛な叫びだった。
「やめてください!」
ルミナリアはカレルの前に飛び出し、両手を広げて警官たちを制止した。
「わたくしのために、あなたたちが血を流す必要はありません!彼らの恨みは、すべてわたくしが撒いた種です!わたくしが勝手に悪を裁き、勝手に恨みを買っただけのこと……あなたたちがわたくしを庇うなんて、絶対に間違っていますわ!」
ルミナリアの目から、大粒の涙が零れ落ちた。
「わたくしは、ここで死んでもいい……。だから、シャルロッテを連れて、どうか逃……」
バシィィィィィィィィッ!!!
乾いた、しかし重い破裂音が荒野に響き渡った。
ルミナリアの身体が弾け飛び、地面に無様に転がる。
敵も、警官たちも、そしてシャルロッテでさえも、一瞬何が起きたのか理解できず、息を呑んだ。
カレル警部が、ルミナリアの白い頬を、容赦なく全力で殴り飛ばしたのだ。
「ル、ルミナリアァァァァッ!!」
一拍遅れて事態を把握したシャルロッテが、血走った目で絶叫した。
彼女を見下ろすカレル警部の顔には、鬼神のような怒りが刻まれていた。
「……死んでもいい、だと?何だお前?……悲劇のヒロインを気取るんじゃあ、ねえよ。」
カレルは、地を這うような低い声で吐き捨てた。
「てめェ。いったい、今までどれだけの人間を盤面に立たせ、『選択』を迫ってきた?自分が安全な無菌室に引きこもりながら、他人の人生を弄び、その傲慢と欲を突いて自滅させてきたのは、紛れもない事実じゃあねえか!」
カレルの言葉は、ルミナリアの胸の奥の一番痛い部分を的確に抉り出した。
「てめェが裁いた悪党どもの中には、たしかに、死んで当然のクズもいた。だがな、お前が始めたことじゃねえか!お前が自分の意志で、連中からすべてを奪い取ったんだろうが!」
カレルはルミナリアの胸倉を掴み、強引に引きずり起こした。
「自分が始めた戦いだろう!悪を倒すと決めたなら、悪から反発が来た時だけ『死んで逃げます』なんて甘えが通用すると思ってんのか!」
ルミナリアは息を呑んだ。
カレルの怒号が、雷のように彼女の脳天を貫いた。
「卑怯者で終わる気か!悲劇のヒロインぶって、自分の罪から目を背けて死ぬ気か!ルミナリア・フォン・ラプラス!てめぇは、一体、何を求めて戦ってきたんだ!」
カレルの瞳には、敵意ではなく、紛れもない彼女への敬意と、不甲斐ない教え子を叱咤するような熱い魂が宿っていた。
「死ぬんだったらな…………戦ってから死ね!逃げるんじゃねェ!!」
(……そうだ。わたくしは、何て見苦しい言い訳をしていたのだろう)
ルミナリアは、ボロボロと涙を溢しながら、自らを嘲笑った。
安全な場所から知能だけで人を裁き、報復が来たら「私が死ねばいい」と諦める。
それは究極の自己満足であり、命を懸けて自分を守ってくれたシャルロッテへの最大の裏切りではないか。
(愛では愛を救えないと知っていた。だから、わたくしはアリシアのような光の女神ではなく、闇の中で悪を葬る『悪女』になると決めたのだ)
ならば、悪女には悪女の作法がある。
自分の撒いた種は、自分の手で刈り取る。
悪意には知能だけでなく、己の身を挺した圧倒的な覚悟をもって立ち向かう。
「……そうですわね。警部のおっしゃる通りですわ」
ルミナリアは、日傘を杖代わりにして、ゆっくりと立ち上がった。
彼女の瞳から、弱々しい絶望の光は消え去っていた。そこにあるのは、かつて盤面を支配していた冷徹な死神の光と、自らの足で過酷な現実を歩むことを決意した「戦士」の猛き光であった。
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ルミナリア・フォン・ラプラスの初めての「物理的な死闘」は、驚くほどあっけなく幕を閉じた。
「ゲームオーバー、ですわ」
ルミナリアは、血一滴浴びることなく、四人の悪党を無力化した。
カレル警部とその部下たちは、信じられないものを見たというように呆然と立ち尽くしていた。
「……恐ろしい小娘だ。てめェの頭脳が肉体に追いついたら、誰も止められねェな」
カレルが呆れ半分、感心半分の声を漏らす。
「彼らの身柄は、警察にお任せいたしますわ。……行きましょう、シャルロッテ」
「はいっ、ルミナリア!」
魔力切れでふらつくシャルロッテの肩を貸し、ルミナリアは荒野を後にした。
その夜。
二人は近くの宿場町まで歩き、中規模の清潔な宿に部屋を取った。
熱い湯で身体を清め、ふかふかのベッドに身を沈めた時、ルミナリアは深い安堵の息をついた。
(終わってみれば、彼らもまた『教科書通りの悪』に過ぎなかった)
と、ルミナリアは天井を見つめながら思考を巡らせた。
社会の最上位にいる貴族たちの陰謀、金への執着、権力欲。そして、社会の底辺にいるスラムの悪党たちの、生存本能に直結した剥き出しの暴力と残虐性。
彼らの行動には、明確な「動機」と「論理」があった。規模が大きかろうと、残虐であろうと、論理がある限り、ルミナリアの知能で分析し、罠にかけ、自滅に追いやることができた。
言ってしまえば、彼らとの知能戦や死闘も、ルミナリアにとっては、やはり、「ルールのあるお遊び」の範疇に収まるものだったのだ。
だが!
ルミナリアはこの時まだ知らなかった!
この世で最も恐ろしく、「何もかも」が全く通用しない「真の脅威」が、すぐ隣に潜んでいることを!




