9 うまくいかない?
石造りの廊下。アーチ型の窓が並んでいて、なんだか可愛らしい。
窓からは、森が見えた。
私とタマちゃんはブラウン先生の案内で並んで廊下を歩いた。
「It's so cute. (かわいい猫ね)」
これは私もなんとなく分かった。タマちゃんを褒められると、私は自分のことのように嬉しい。
「I'll speak to you in English because I want you to get used to it, but please let me know if you're having trouble.
(英語に慣れてほしいから英語で話しかけるけど、困っていたら教えてね)」
これは分からん。
タマちゃんがぴょんと私の肩にジャンプして、私の耳もとで日本語にしてくれた。
「センキュー・ミズ・ブラウン」
ブラウン先生の案内でたどり着いた教室の入口には、Year 5と書かれた木札がかかっていた。
先に先生が教室に入り、私も続いて入る。タマちゃんは私の肩の上だ。
「おはようございます、皆さん。今日は皆さんの新しい仲間を紹介します」
先生の話はもちろん英語だが、タマちゃんがすぐに日本語にしてくれた。
「日本から来た、森杏さんです。皆さん、仲良くしてあげてくださいね」
教室では拍手がおこった。
私はざっと教室を見る。
日本の教室よりずっと小さい教室。
人数も少なくて……数えてみたら十四人。私も入れたら十五人ってことかな。
私と同じようにペットを連れてきている子がちらほらいて……一番手前の小さなわんこみたいなのがタマちゃんを見て唸っている気がする。気がつかなかったことにしよう。
窓際の一番後ろの席で、見たことのある子が私に小さく手を振っていた。
あ、メイジーだ!
私もメイジーに小さく手を振り返した。
メイジーと同じクラスで、ちょっとだけほっとした。
「森さん、自己紹介できそうですか?」
「あ、はい!」
私は緊張で体に力が入った。
「アイム・アンモリ・ナイストゥーミーチュー」
「それだけか?」
タマちゃんが私の耳もとでごにょごにょ文句を言っているが無視だ。
だけど、すぐに何人かの生徒が手を上げた。
「はい、ミスター・オリバー」
最初に指名されたのは、くせ毛の黒髪に日に焼けた男の子だった。頭の上にカメレオンみたいなのが乗っている。
「好きな魔法はなに?」
好きな魔法!?
そんなものは、もちろんない。
「……ごめんなさい。まだ魔法のこと、あんまり知らないんだ」
私が日本語で答えると、私の代わりにタマちゃんが英語に翻訳してくれた。
それを見たクラスメイトはざわめいた。
「Did the cat just talk?! (猫が喋った!?)」
教室のざわめきをタマちゃんが訳してくれることはなかった。でも、これは私にも分かる。
猫ちゃんが喋るって、やっぱり変なんだ。
うすうす察してはいたが、クラスメイトのリアクションで、私はタマちゃんが普通じゃないことを確信した。
横にいるブラウン先生は、くいっとメガネをあげて、ぱんぱんと手を叩いた。
「さぁ質問タイムは、また休み時間にしてください。ミス・アン、一番後ろのミス・メイジーの隣に座ってね」
皆の視線がタマちゃんに集まる中、私は居心地の悪い気持ちでささっとメイジーの隣に避難した。
さっき指名されたオリバーは目をキラキラさせて見ていたし、教室の一番前に座る唸るわんこの飼い主の銀髪の男の子は、私のことを睨んでいた。
「杏、同じクラスで良かった。よろしくね」
席に着くとメイジーが声をかけてくれた。メイジーのフレンドリーさは、ぜひ見習いたい。私は小声で「センキュー・メイジー」と返した。
ブラウン先生は、もう一度ぱんぱんと手を叩いて、教室の注目を集めた。
「では、今日のレッスンを始めますよ。今日は加速魔法の練習をします」
転校早々、難しそうだ。
タマちゃんがいなかったら、この段階で間違いなく挫けていただろう。
「知ってる人もいるかもしれませんが、Year 5の最初のテストは皆でマラソンをします」
マラソン!?
魔法使いなのに?
「使用する魔法は自由。レッスンで習った魔法を使ってもいいですし、自分で調べて練習してきても構いません。自分で作った魔道具を使ってもいいですよ。皆さん、自分の得意な魔法で挑戦してみてくださいね」
なるほど、ただ走るマラソンじゃなくて、魔法を使って速く走るテストってことか。
「ではでは、手始めに加速魔法です。皆さん杖を出して」
皆、制服のジャケットから杖を出す。私も少し遅れて自作の白い杖を出した。
「杖で足をなぞって、『クイック』」
先生の杖から白い光が出て、先生の足が淡く光る。
先生が黒板の前を歩く。姿勢は歩く姿勢なのに速さだけ走るみたいに速い。なんだか変な感じ!
「教室でやると危ないので、皆で校庭に出て試してみましょう」
先生の声でぞろぞろと皆移動を始めた。
黒板のすぐ横に、校庭へ出られる扉がついていて、皆そこから外へ出る。
私は、メイジーの後ろをついて、外へと出た。
私が外に出ると、もうすでに先に出た子たちが加速魔法を試していた。
一番最初に成功させたのは、前に座っていた銀髪の男の子。
「クイック!」
男の子の足が先生と同じように光り、校庭を物凄いスピードで一周して戻ってきた。クラスメイトから拍手がおこり、その子は得意げにふんと鼻を鳴らした。男の子のわんこもぴょんぴょんと跳ねて、喜んでいる。
他の子たちも何度か失敗してから、コツを掴んだように少しずつ成功者が増えてくる。私もこうしちゃいられない。
私もブラウン先生がやっていたのを思い出しながらやってみた。
「……クイック」
私の杖からは、皆と同じように光は出なかった。
何度も何度もやってみたけど、上手くいかない。
「大丈夫?」
加速魔法を成功させて、校庭を一周走って戻ってきたメイジーが私に声をかけてくれた。
「……うまくできない」
しゅんと落ち込む私の肩をメイジーはとんとんと叩いてくれた。
「なんでも得意不得意はあるよ。私も何回やっても使えない魔法とかあるよ。皆得意な魔法が違うだけだから、あまり落ち込まないで」
そういうもんなのかな……
でも、見た感じ、私以外は皆できてる気がするんだけどな……
その時、オリバーが加速魔法に自分の体がついていかなかったのか、私の前で足をもつれさせて転んだ。
「だめだ。僕には、この魔法は向いてないみたい」
芝生に転がるオリバーは、ニコッと笑いながら私にそう言った。
「ねぇねぇ、その猫話せるみたいだけど、魔法は使えたりしないの?」
オリバーは体についた芝生を払いながら、私とタマちゃんをキラキラした瞳で見つめた。
「ふん、そんなこと簡単だ。『リープ』」
タマちゃんは呪文を唱えると、私の肩から校庭の中央に一気にジャンプした。私も周りの子たちもあんぐりと口を開けた。
「すっげー!」
オリバーは大興奮だ。オリバーは走ってタマちゃんを追いかけたが、タマちゃんがまた同じ魔法で私の肩まで戻ってきたので、完全に無駄足だった。
「本当にすごいね! 杏の猫」
メイジーも褒めてくれて、なんだか嬉しい。私は「ヒー・イズ・タマちゃん」と、メイジーにタマちゃんを紹介した。
校舎からベルの音がして、ブラウン先生が手を振って校舎へと帰っていく。特に授業の終わりの挨拶とかはないのね。
「おい、お前」
振り返ると、そこには銀髪の男の子が立っていた。わんこはうちのタマちゃんを見て唸っている。なんだかやな感じ。
「……なに」
「お前の猫、変だぞ。うちのロキがずっと警戒してる」
そんなこと言われても……
私が困っていると、私の前にメイジーが出た。
「ちょっとエイデン。杏が困ってるじゃない」
「引っ込んでろ、アイドルオタク。お前には話してない」
エイデンとメイジーが睨み合っている。
うちのタマちゃんのせいで喧嘩なんて、やめてほしい。
私は、メイジーをよけて、自分でエイデンの前に立った。
こういう時は、タマちゃんに教えてもらった言葉を使う時だ!
「エイデン。レッツ・ビー・フレンズ」
私はそう言って、エイデンに手を出した。
これでメイジーの時みたいに握手して、エイデンとも友達になれるはずだ。
だけど、エイデンはぱちんと私の手を払った。
「Like I'd ever be friends with you.」
タマちゃんは私の肩に爪を立てて、シャーと牙をむいた。
唖然とする私を残して、エイデンは教室に戻っていく。
なんて言われたかは分からないけど、上手くいかなかったことだけは、はっきりと分かった。




