8 はじめての魔法学校
「本当について行かなくていいの? タマちゃん」
ママにタマちゃんと呼ばれているのは、先月のクリスマスイブにエルドラド百貨店で買ってもらった猫ちゃんだ。
タマちゃんは生意気にも我が家の食卓に一つ席までもらって、私とエマの間に座って朝食を食べている。タマちゃんは、パパと同じブラックコーヒーをずずっとすすった。
「任せてくれママさん。杏の面倒は俺様が見ておく」
面倒って……普通逆では?
ママは、「そう? じゃあお言葉に甘えて、お願いしちゃおうかな」とタマちゃんの提案に乗り気だ。
なんの話をしているかというと、今日はアオランギ魔法学校の新学期初日で、ママが初日だけ私の登校に付き合ってくれるはずだったのだ。だけど、それをタマちゃんが代わると申し出ているのである。アオランギ魔法学校はペットの持ち込みが許可されてるから、授業中もぴったりそばにいてくれるタマちゃんがいてくれた方が、私も心強いのだけど……
私がタマちゃんの目的が分からず、タマちゃんを見ていると、「暇つぶしだ」とだけタマちゃんは答えた。
朝の支度を整えて、私とタマちゃんは、「行ってきます」と言って玄関を出る。ママとパパは朝のお別れをするのに忙しいみたい。
私は、ママの行ってらっしゃいを待たずに家を出た。
「杏、さっさとしろ」
タマちゃんは、ママのお古の箒に跨って、もうすでにふわふわと宙を浮いていた。
猫が箒に跨っているのは、何度見ても不思議である。
この一か月、通学のために箒に乗る練習をしたのだが、どうしても私一人ではふらふらして危ない。結局タマちゃんが操縦する箒に二人乗りする――という方法で、その問題は解決した。
私は、背中のカバンを背負い直してからタマちゃんの後ろに跨った。
私が箒に乗ったことをタマちゃんが確認すると、箒がゆっくりと上昇していく。
さっきも言ったが私が動かしているわけではない。タマちゃんが操縦しているのだ。
タマちゃんが慣れた手つきで箒についている金属のレバーを引く。隠れ身ガスが出るレバーだ。
箒の柄の先からシュッと煙が出る。箒に乗って、そのガスをくぐると、普通の人から姿を隠せるという優れものだ。
「落ちないように、ちゃんと掴まってろよ」
「分かってるよ」
タマちゃんは、口は悪いけどかなり心配性だ。
この一ヶ月で、私はそのことがよーく分かっていた。
箒がシュンと一気に加速する。ぐんぐんと上昇して、家のジャカランダの木がすぐ真下だ。もう花は散っちゃったんだけどね。
遠くには、クリスマスに遊びに行ったCBDの街やスカイタワーが見えて、その奥に朝日を反射させる海も見える。
「杏、緊張してるか?」
タマちゃんの丸い背中が振り返らずにそう言った。
「うん……でも、がんばる! やってみないと分からないもんね!」
タマちゃんのしっぽがゆったりと揺れてから、箒のスピードがまた一段上がった。
オークランドの街から西へ進路を取り、景色が流れていく。
足の下に見えていた建物が少しずつ見えなくなり、森や川に変わる。
「ここまでくれば、下を飛んでもいいだろう」
タマちゃんが箒の高度を下げて、川の上を飛ぶ。
「あ、見てタマちゃん! 滝があるよ!」
川の先には、白い水しぶきを飛ばす滝。
タマちゃんは滝の近く、水しぶきが飛んで来る距離で箒をまた上昇させた。
「ほら、見えてきたぞ。あれがアオランギ魔法学校だ」
「わぁ!」
大きな木の下に石造りの建物が見える。
平たい石を積み重ねた三角の屋根にはコケや草が生えていた。
滝の上には大きな石の丸いアーチがあった。
シュン
「きゃ!」
私が初めて見る校舎に見惚れていると、シュンと横を箒に乗った他の生徒が通りすぎた。振り返ってみると後ろには、他にも生徒が箒に乗り、こちらを目指していた。
「俺様たちも早く入ってしまおう」
滝の上のアーチに他の生徒たちは吸い込まれるように入っていく。あそこが入口みたい。
タマちゃんは、箒を降下させて、滝の上の大きなアーチをくぐった。
アーチをくぐると細い川を挟むように右側には芝生の校庭。左側には、古い石造りの校舎が建っていた。
校庭に降り立った他の生徒は、石の橋を渡って校舎へ入っていく。
タマちゃんは、校庭の上に箒を着地させた。私もタマちゃんも他の生徒を追いかけた。
玄関を入ってすぐの廊下には、生徒一人一人の木製ロッカーが並んでいる。他の生徒を見ていると、皆そこに箒をしまっていくみたい。
私も自分のロッカーを探してみると、An Mori と書かれたロッカーを見つけたので、そこに箒をしまった。
まずは職員室で挨拶だ、とタマちゃんが言う。
タマちゃんは、廊下の壁にかかった英語の案内板を見て、私を職員室へと案内してくれた。
職員室の扉の前。私はタマちゃんを抱き上げて、ぎゅっと抱きしめた。
「大丈夫だ。分からない言葉は、俺様が教えてやる。職員室に入るときは、ノックをしてから、Excuse me. だ」
私は、タマちゃんの言葉にうなずいて、ふぅっと息を吐いてから、扉をノックした。
「……エクスキューズ・ミー」
職員室に入ると先生たちが皆忙しそうにお仕事をしていた。
どうしたらいいか悩んでいると一番近くに座っていたメガネにそばかすの女の先生が気がついてくれて、にっこり微笑んでくれた。
「もしかして、あなたが森杏さん?」
日本語!
「はい、そうです!」
「私、あなたのクラス、Year 5の担任のエミリー・ブラウンです。日本語……勉強してみたんだけど、変じゃない?」
「変じゃないです!」
私のために日本語を勉強してくれたのかな? すっごく優しそうな先生だ!
「OK. 私のことは、Ms. Brown って呼んでね」
「アイ・アンダースタンド……ミズ・ブラウン」
頑張って練習してきた英語で返事をすると、ブラウン先生は私の頭を撫でてくれた。




