7 私がしたいこと
「美味しかった!」
エマははねながら、パスタ屋さんを出た。
パパがレジでお会計を済ませる。
魔法使いのお店でもニュージーランドドルっていう普通のお金が使えるみたい。
お腹がいっぱいになった私たちが次に向かったのは、エルドラド百貨店の中にある仕立て屋さん。私が一月から通うことになるアオランギ魔法学校の制服を着たマネキンが私に手を振っている。
皆でそこへ入ると、丸メガネをかけ、頭に赤い羽根を指した店員さんが試着室へ案内してくれた。
「How tall are you? (身長はどのくらい?)」
「ハウ トール?」
眼鏡の店員さんがメジャーを使って私の肩幅や腕の長さを測りながら、そう聞いた。英語で聞かれたから、私は困ってしまった。
店員さんの後ろにいたママがすぐに「She’s 130 centimetres tall.(身長は130センチです)」と答えてくれた。私の話っていうのは分かるけど、なんだかいい気がしない。
私は試着室にいる間、ずっと自分の足を見てだれとも目を合わせないようにした。話しかけられるのが怖かったからだ。
メジャーで私の体を測り終わると、店員さんが制服を一組持ってきて、「You can try this on.」と言った。試着室のカーテンが閉まったので、着替えればいいんだろうと思って制服に着替えた。
白い半そでのブラウスに赤いネクタイ。
紺色のジャンバースカートに紺色のジャケット。
もう中学生にでもなった気分だ。
恐る恐るカーテンを開けるとパパが大興奮でスマホで写真を撮った。恥ずかしいからやめてほしい。
店員さんは私の頭につば付きの紺色の三角帽子を被せた。それを見たおばあちゃんは、「リリーの子供のころにそっくりね」と微笑んだ。
体にぴったり合った制服。
私……本当に新しい学校に通うんだ。
胸がもやもやして、気持ち悪かった。
次に入ったのは本屋さんだった。ママが学校から送られてきた教科書のリストを見ながら、カゴに教科書を入れていく。
ママがカゴに入れた教科書を私も手に取って、パラパラとめくってみたが、挿絵のところ以外は全部英語で私は一気に不安になった。
こんなの、分からないよ……
最後に入ったのは、箒がたくさん並ぶ箒屋さんだった。
なんで箒がいるの?
お店に入ったママは、ぱっと笑顔で私に振り返った。
「杏、通学で使う箒を選びましょう。ママのお古もあるけど、せっかくだから新しいのを買いましょう」
「え? ママが車で送ってくれるんじゃないの?」
ママは私の不安をよそに、ふふっと笑った。
「アオランギ魔法学校は森の中にあるから、車では行けないのよ。他の子も皆、箒に乗って通うのよ」
ママの言葉に、私は開いた口がふさがらなかった。
そんなこと、私にできるはずがない。
だって……私はついこないだまで、日本の普通の小学生だったんだもん。
私は泣きたくなるのを必死にこらえて、店の奥へと足を進めた。
ママやパパは店員さんと話をしていて、私に気がつかない。
少し一人になりたかった。
店の中を歩いていると、ふと壁に貼ってあるポスターが目に入ってきた。
白に近い金髪に空色の瞳の綺麗なお兄さんが写っていた。箒を手に持って、目が合った私に手を振る。さっき制服屋さんでマネキンが手を振っていたから、魔法のポスターはこれが普通なのかもしれない。
「Are you a fan of Jack, too?! (あなたもジャックのファンなの!?)」
びっくりした。
隣にたまたま来た女の子が急に話しかけてきたのだ。
オレンジ色の赤毛にオレンジ色の瞳。私がさっき試着したのと同じアオランギ魔法学校の制服を着ている。
「わ、分かんないよ!」
私はその場から逃げ出した。
だって怖かったから。
言葉も分からない。
魔法のことも何も分からない。
友達だって、一人もいない。
そんな場所でちゃんとやっていける自信が私にはなかった。
箒屋さんを飛び出して、すぐ近くのペットショップに入ってしゃがむ。
猫ちゃんがたくさん並ぶガラスケースのかげに隠れて、私は目に溜まった涙をごしごしと拭いた。
しばらくそこで涙が引っ込むのを待っていると、頭の上からペラペラと本のページをめくるような音がした。
そっと顔を上げて驚いた。
そこにいたのは本を読む猫だった。
灰色と黒のしましま模様に金の目。
木の丸椅子に足を組んで座り、膝の上に乗せた本のページをその猫はめくっていたのだ。
「え……なに?」
私は思わず立ち上がって、猫の入ったガラスケースに両手をついた。
他のケースに入っている猫は、ぱっと見た感じ普通の猫なのに、この一匹だけが明らかに変だった。
「じろじろ見るんじゃない」
「はい?」
猫が喋った?!
「見世物じゃないって言ってんだ。買う気がないなら、さっさとどこかへうせろ」
私は変な猫のガラスケースの下に貼ってる数字を見た。
さっき箒屋さんで見た箒の金額とだいたい同じような値段だった。
私が猫の言葉を無視して、その猫を観察していると、猫は「はぁ」と短いため息を吐いて、本を横のテーブルに置いた。
「何か悩んでいるのか?」
「どうして分かったの!?」
「顔にそう書いてあるからな」
私は猫の言葉に、もう一度手で目や顔をこすって拭いた。
「暇つぶしだ。おこちゃまの話をこの俺様が聞いてやる。さっさと言え」
なんだか分かんないけど、この猫ちゃんは私の悩みを聞いてくれるつもりみたい。
ちょうど私も誰かに話してすっきりしたかったから、魔法学校でやっていけるのかとか言葉はどうしようとか、友達ができるかとか、さっき箒屋さんで女の子に話しかけられて逃げ出したことまで、猫ちゃんに洗いざらい全部打ち明けた。
私の話を聞いた猫ちゃんは、ふんと鼻を鳴らした。
「やる前に悩んでも仕方がない。お前の悩みは全部未来の想像でしかない」
「でも……絶対にそうなるに決まってるわ」
私の目に、また涙がたまった。
「最初はそうかもな。でもそれは、お前しだいで変えることができるかもしれない。何もやらないのか、上手くいくか分からないけど、一歩を踏み出すのか……」
猫ちゃんはここで言葉を一度切って、金の瞳でしっかりと私を見つめた。
「決めるのは、お前自身だ」
私はこぼれそうになった涙を手でごしごしと拭いた。
「私……友達が欲しい。さっきの子に謝りたい」
「じゃあ、謝り方を教えてやる。Let's be friends.(友達になろう) これでいい」
「……分かった。やってみるよ」
私はさっき逃げてきた道を戻って、箒屋さんに入った。
さっきの女の子はさっきと同じ場所で、きれいなお兄さんのポスターを見上げていた。
「あ、あの……」
恐る恐る声をかけると、女の子はにっこり笑って首を傾げた。
「……レッツ・ビー・フレンズ」
さっきは逃げちゃって、ごめんなさい。
私の言葉に女の子はぱっと顔を明るくした。
「Of course!(もちろん!)」
意味は分からない。でも女の子が私の手を取って、ぶんぶんと振ったからきっと許してくれたんだと思う。
女の子はその後、私にも分かるようにゆっくりと自己紹介をしてくれた。メイジーって名前なんだって。私と同じ十歳。その自己紹介の英語は、日本の英語の授業でもやったことがあったので、私にもなんとか分かった。
私も小学校で習った英語を使って何とか名前と歳は伝えられた。
メイジーとさよならをして、私はママのもとへ向かった。ママに言いたいことがあったから。
家族は皆、まだ箒屋さんの入口あたりにいた。
パパが箒屋さんのお兄さんに何か詰め寄るように話をしているのを、ママは後ろで呆れた顔をしている。
おばあちゃんは、店の外のベンチに座り、エマはおばあちゃんの膝を枕にして昼寝中だ。
「ママ」
「あら、杏。欲しい箒は見つかったの?」
「ママ。私、箒はママのお下がりでいいから、あの猫ちゃんを買ってほしい」
私は箒屋さんの向かいのペットショップを指さした。
指をさされた本を読む猫ちゃんもママも、私の言葉に目を丸くした。




