18 マラソンテスト、スタート!
先生が杖を空高く掲げる。
「位置について」
皆、杖を抜いて、きき足を一歩後ろへ下げた。
「よーい、どん!」
先生の杖からパン!と大きな音が出て、皆一斉に走り出した。
真っ先に先頭に躍り出たのは、なんとオリバーだった。
羽の生えたブーツでぴょんぴょんと飛ぶように前に出る。
あれは、チートでは!?
「杏、メイジー、先にゴールして、待ってるからな!」
オリバーは笑顔で振り返って、手を振った。
親切心かもしれないけど、今の私にはその気遣いすら腹立たしい。
「くっそー! 動け、私の足ー!」
私はただがむしゃらに走るしかないのだから、必死に走る。
校庭の芝生の香りを胸いっぱいに吸い込みながら、私は腕を大きく振って走った。
「クイック」
後ろで呪文を唱える声がした。
途端、シュンと風を切る音がして、魔法を使って攻略する子たちが私を追い抜いた。
「じゃあな、親の七光り」
エイデンが余裕の笑顔で横を通り過ぎる。
「むきー!!」
思わず悔しさが声になった。
「杏、ファイト!」
メイジーは控えめにガッツポーズをして私を追い越した。
私は泣きたくなるのをぐっとこらえて、歯をくいしばった。
校庭を出る前に、私は最後尾になった。
私が校庭から森に入る頃には、皆遙か先を走っていた。
タマちゃんは、私の横を短い足で並んで走ってくれていた。タマちゃんだって魔法を使えるのだから、本気を出せばもっと速く走れるはずだけど、一緒に走ってくれてタマちゃんは優しい。
森の中は、木の根っこが出ていたり、ごつごつな岩が転がっていたりと走りにくい。走っていると足とかお腹がだんだん痛くなってきた。
こんな時は、こうだ!
「ヒール!」
私は自分の足やお腹にヒールをかけて回復した。
すっと痛みが引いて、一気に楽になる。
「杏、自分に負けるな。制限時間は二十分。歩かずに走り続けられれば、魔法で加速しなくても合格できる」
「分かった!」
そっか、走り続ければ、私でも合格できるんだ。
そう思うと気持ちが軽くなる。負けずに頑張ろうという気持ちが腹の底から湧いてくるのを感じた。
森の中は日影になっていて涼しいけど、汗が出て、熱くなってきた。
私は、おでこの汗を手で拭いながら走り続けた。
「あ! あれがカウリ?」
森から抜けると清々しい風が通り抜ける。
草が生えた広い丘が広がっていて、丘の頂上には一本の大きな木が生えていた。
「そうだ。あれがカウリだ」
視界が開けたおかげで他の子がどこを走っているかよく分かる。
カウリの木に一番にたどり着いたのは、エイデンだった。
「あれ? オリバーは?」
あのままぶっちぎりの一番でゴールすると思ったのに、オリバーの姿が見えない。
私は走りながらオリバーの姿を探した。
「あそこだ、杏」
丘の端。他の子が走っているところから少し外れたところにオリバーはいた。
足を押さえて地面に座り込み、なんだか様子がおかしい。
私は、まっすぐカウリには向かわずに遠回りにはなるけど、オリバーに向かって走る進路を変えた。
「杏……オリバーに構っていたら、間に合わないかもしれない」
「分かってる」
タマちゃんの言うことはもっともだ。
私が合格するには、休まず走らなければいけない。オリバーを見に行くと間に合わないかもしれない――それでも。
「ほっとけないよ。怪我をしてるなら、私が直せばオリバーだってゴールできるかもでしょ」
ここでオリバーを見捨ててゴールしたって、絶対に後で後悔する。
オリバーは、私の得意な魔法を探すのをずっと手伝ってくれたんだ。喜ぶなら、皆で喜びたいし、オリバーを助けて不合格になったとしたら悔しくなんかない。たぶんね。
「メイジー、早く行け! 僕は大丈夫だ!」
走ってオリバーに近づくとメイジーが後ろ髪を引かれるような顔をしながらオリバーを置いて走り出したところだった。メイジーもできることならオリバーと一緒に合格したいに決まってる。
「オリバー、大丈夫!?」
私がオリバーに駆け寄るとオリバーはなんとか立ち上がった所だった。
ゆっくりなら走れるみたいだけど、右足が大きく腫れて痛々しい。
「どうしてこんなことに? スタートの時は、ぶっちぎりの一番だったじゃん」
オリバーは苦笑いを浮かべた。
「坂道での検証が足りてなかったみたい。丘に入った途端に制御ができなくなって、変な方向に飛んでさ。このざまだよ」
オリバーは気丈にも笑って見せたが大量の汗をかいている。こんなの絶対におかしい。
「オリバー、痛いんじゃない? 私がヒールで直すから、ちょっと休憩しよう?」
「いやいい。そんなことをしたら、杏が合格できなくなるかもしれない」
「私は不合格でも気にしない。メイジーとオリバーと皆で合格しないと、嬉しくないよ」
二人が仲良くしてくれたから、新しい学校でも頑張ってこられた。
二人がいなかったら、今の私は絶対にいないんだから。
「ね、オリバーお願い。少しだけ座って」
「はは……杏、なかなか強情だな」
オリバーが丘の上に座る。肩で息をしていた。
私もすぐにオリバーの前に座って、ヒールをかけ始めた。
「杏、治してもらったら、僕は杏のことを待たないよ」
オリバーは自分の膝に顔を埋めながらそう言った。
オリバーのくせ毛からカメレオンのレオンが出てきて、ぺこぺこと頭を下げる。
「坂道では使えないけど、僕のウィングブーツ改良型三号は平地では無敵だ……僕も合格したいから、丘を抜けたらまたブーツを使うよ。それでもいいの?」
「四の五の言わない! さっきも言ったでしょ。不合格でも気にしない! 女に二言はないんだから!」
私は、オリバーの痛みが少しでも良くなるように、心を込めてヒールをかけ続けた。




