12 たとえテストでビリだとしても死んだりはしない
魔法学校登校初日、私はがっくりと肩を落として家に帰った。
「おかえりなさい、杏。学校、どうだった?」
ママだ。
私が玄関から家に入るとキッチンで何かしていたのをやめて、そわそわとエプロンで手を拭きながら聞いてくる。
エマも幼稚園から帰ってきていて、食卓の前に座っておやつを食べていた。興味津々といった感じで私の答えを待っている。
でも、今はほっといてほしい。
「普通だよ……転校生って感じ」
「……そっか」
ママがどう思ったのかは、分かんない。
顔も目も、今は見られそうになかった。
私はパタパタと階段を駆け上がって、自分のベッドに頭からダイブした。
……何もちゃんとできなかった。
魔法がぜんぜん使えない。
これなら日本にいた時の方が、ちゃんと使えていた気さえしてくる。だって、テストの内容をがらっと変えたり、知らない森を歩いたりできたんだもん。
枕に顔を埋めながら、そんなことを考えていると私の横のベッドが少しだけ沈んだ。ぱたんぱたんと柔らかいふさふさのしっぽが私の背中を優しく叩いた。
「タマちゃん」
「なんだ」
私の隣に座っていたのはタマちゃんだった。
「どうして私は魔法が使えないの?」
「使えてはいただろ。得意な魔法が見つからなかっただけだ」
「……何が違うのか、分からないよ」
タマちゃんは私に背中を向けたままで、振り返らなかった。
「どの魔法も反応はあった。問題は波長が合ってないことだけだ」
「波長? なにそれ」
「そうだな……」
タマちゃんは、ぴょんとベッドを飛び降りて、私の机の上に乗った。
机の上のペン立てから、日本の小学校を旅立つ時にもらった銀色のボールペンと木製の色鉛筆を両前足で掴む。
「ここに二本の違う素材のペンがある。片方は金属。もう一つは木だ」
「……うん」
タマちゃんは、小学生の私でも分かるようにプチ授業をしてくれるつもりらしい。
私はベッドから起き上がって、タマちゃんに向き直った。
「専門用語では、魔力伝導率というんだが、素材によってそれぞれ通しやすい魔力の質が違うんだ」
もう頭から煙が出そうだ。
「オリバーの魔力は金属に通りやすい。だから魔道具を動かすのに向いている。メイジーの魔力は、水に通りやすいから水を動かす魔法に向いている。……まぁ厳密にいえばそれだけじゃないんだが、今杏が気にすべきことじゃないだろう」
タマちゃんは説明しながら、金属のボールペンと木製の色鉛筆を交互に上げた。
素材が合うかどうかが大事ってことを言いたいのかな?
「じゃあ、私の魔力は、何なら動かせるの?」
「それは誰にも分からない。だから、色々試すしかないんだ」
「そんなの何年もかかっちゃうじゃん!」
私はばたんとベッドに倒れた。
メイジーとオリバーの話によると、二人とも小学校一年生のころから魔法学校に通っている。私よりも四年も長く魔法を勉強しているから、自分の向いてる魔法とか使い方が分かるのかもしれない。
……でもちょっと待って。タマちゃんは、遠くに飛ぶ魔法も火を出す魔法も使ってたよね?
「タマちゃんは、どうしていろんな種類の魔法が使えるの?」
私はじっとりとした目でタマちゃんを睨んだ。
タマちゃんの説明で言えば、タマちゃんにだって得意不得意があってもいいと思うんだけど。
「長く生きていれば、自分の魔力の波長を変えることができるようになってくる」
「え、じゃあ私もそのうち魔道具作れたり、水魔法が使えるようになるってこと?」
「そうだな。杏もママさんくらいの歳になれば、一通りの魔法がそれなりになら使えるかもしれない」
「何十年も先の話!」
私はベッドの上で手足をバタバタさせた。
「あんまり深く考えすぎるな。そのうち何とかなる」
「そのうちっていつよ! 来月にはマラソンのテストだってあるんだよ!」
それまでには私だって、使える魔法を見つけたい。
タマちゃんは「たとえテストでビリだとしても死んだりはしない」と、さも当然だと言わんばかりな顔で言った。
私は自分の枕をタマちゃんに投げた。
その後、半月くらいは毎日同じようなことの繰り返しだった。
午前中はブラウン先生が新しい魔法を教えてくれたり、習った魔法の復習の時間。
午後からは、メイジーとオリバーが付き合ってくれて、得意な魔法探し。でも、得意な魔法なんか全然見つからなかった。強いて言えば、怪我を治す『ヒール』の呪文が他のよりちょっとだけ使いやすかった気もするけど、怪我なんてそうそうするもんじゃないから試しようがない。なにより、マラソンでは絶対に役に立たない……
今日の授業は、こないだタマちゃんが使っていた『リープ』をブラウン先生が披露してくれた。タマちゃんの言っていた通り、大人は色々な魔法が使えてずるい。
今日も一番に使いこなせるようになったのは、エイデンだった。
最近気がついたんだけど、どうもエイデンは女子にモテるらしい。
エイデンが一番に魔法を成功させると、クラスの女子がざわつくのだ。まぁ、私とメイジー以外だけど……
エイデンが華麗にリープを成功させているのを私は校庭の隅に膝を抱えて座り、ただ見ていることしかできなかった。
タマちゃんは、さっきからオリバーのカメレオンのレオンを追いかけて遊んでいる。
私が一人で座っていると、メイジーが心配になったのか見に来てくれた。
「Are you OK, An?(大丈夫、杏?)」
「Don't worry, Maisie.(大丈夫だよ、メイジー)」
私も魔法は全然だけど、簡単な英語ならできるようになってきた。タマちゃんがいなくても難しい言葉が出てこなければ、返事くらいはできる。そこだけは成長したって言えるかもね。私だって、頑張ってるのよ。
「リープも難しそう?」
「うん。自分で跳んだ方が跳べるかも」
皮肉も込めて、そう返した。
ここ二週間くらいこの学校に通っているけど、ブラウン先生はマラソンのテストに向けて、それに役立ちそうな魔法ばっかり教えてくれる。たぶんテスト対策なんだと思う。
そして、エイデンはその全てを上手に使いこなした。
メイジーが私の隣に座る。
「エイデンって、なんでも魔法使えてすごいよね……」
「なんでもは使えないよ。あいつは、身体強化の魔法が得意なだけ。他のは、そうでもないよ」
「でもマラソンはめちゃくちゃ有利ってことでしょ?」
「ま、そうかもね」
私は深いため息を吐いた。
タマちゃんを馬鹿にしたこと、テストで見返して、ぎゃふんってしたかったのにさ。
「大丈夫。テストはしょっちゅうあるから、そのうち杏に有利なテストもくるよ」
「うーーーん」
ほんとにそんな日、来るんだろうか。
私が目を瞑って唸っていると、私の前に誰かがシュタっと降り立つ音がした。
日影ができて、目を開けると目の前にエイデンが立っていたから、私の口から勝手に「げ」って声が漏れた。
「サボってんのか」
「さ、サボってないよ。うまくできないから……休憩してたの」
エイデンが私を見下ろして、ふんと笑った。
走ってきたエイデンのわんこが上機嫌にしっぽを振って、わん!と吠える。
「ペットは優秀でも、飼い主がこれじゃあな」
エイデンは、それだけ言うとまた校庭へ跳んでいった。
今日は、何を言っていたか、しっかりと分かった。




