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第八話:強敵の弱点を分析しまして


 戦争、あるいは集団戦闘における最大の無駄とは何か。

 それは「力任せの衝突」である。

 敵の戦力が十であるなら、こちらは十一の力でねじ伏せる。そうした脳筋的な発想は、リソースの著しい浪費を招き、結果としてプロジェクト全体の寿命を縮める。

 真の効率的戦闘とは、敵の構造を解析し、そのシステムを崩壊させる「たった一つのエラー」を意図的に引き起こすことだ。

 忘却の地下迷宮でのレベリングと資金調達を終えた我々「ねづっち一行」は、バベルの都市を後にして北の国境地帯へと向かっていた。

 目的は、魔神ハートレスが撒き散らした『心の呪縛』の震源地に関するさらなる情報収集である。


「ねえ、リーダーさん。さっきから街道の空気がピリピリしてるんだけど……私の魔力観測レーダーにも、嫌な反応が出てるわ」


 馬車の御者台に並んで座るリリアが、銀髪を風になびかせながら眉をひそめた。


「ええ。前方の地形データと、微細な魔力の乱れから推測するに、大規模な待ち伏せ(アンブッシュ)です。おそらく、バベルでの我々の目立つ行動が、どこかの勢力のエラー検知システムに引っかかったのでしょう」


 私が馬車の手綱を引き、速度を落とすと同時に、前方の土煙の中から銀色の装甲に身を包んだ集団が姿を現した。

 総勢約五十名。全員が統一された意匠の魔術装甲を纏い、手には魔力を帯びた長槍を構えている。彼らの胸に刻印された紋章を見て、聖女のセレナが馬車の中から顔を青ざめさせた。


「あ、あれは……! 北方帝国の『魔導騎士団』です! 大陸最強と謳われるエリート魔法兵の部隊が、どうしてこんな国境付近に!?」

「帝国、ですか。なるほど、魔神の出現した北方に最も近い国家ですね。接触を試みるには丁度いい」


 私は馬車から降り、眼鏡のブリッジを押し上げて彼らと対峙した。

 騎士団の先頭から、一際豪華な装甲を纏った部隊長らしき男が進み出てくる。男の目は血走り、その表情には異様なまでの焦燥感と、他者を見下す傲慢さが張り付いていた。


「貴様らが、最近各地で目障りな動きをしているという『ねづっち一行』か。私は帝国魔導騎士団、第七部隊隊長のザイフリートだ。貴様らが所持している莫大なダンジョンの遺物と、その異常な力の秘密を帝国に引き渡してもらおう。さもなくば、ここで塵に変える」


 実にテンプレ的な、非論理的かつ高圧的な交渉ネゴシエーションである。

 私は手帳を開き、ペンを走らせた。


「要求の根拠が不明確ですね。我々のリソースを無償で譲渡する法的な理由が存在しません。また、あなたの眼球の毛細血管の拡張具合と、魔力波形の乱れから推測するに……あなた、すでに『心の呪縛』の初期症状に侵されていますね?」

「な、なんだと……!? 貴様、帝国軍人である私を愚弄するか!」


 ザイフリートの顔が怒りで赤黒く染まる。呪縛による感情の暴走、あるいは特定の執着心だけが肥大化している状態だ。


「対話による問題解決は不可能と判断します。ガルド、ミラ、セレナ、リリア。戦闘態勢へ移行。本戦闘の目的は『敵の無力化および情報収集』です。命を奪う必要はありません」

「おうっ! 待ってましたとばかりだぜ、ねづっちの旦那!」


 ガルドが大剣を抜き放ち、前へ出る。


「にゃはは! エリート騎士様のお手並み拝見といこうか!」


 ミラがダガーを両手に構え、低い姿勢をとった。


「愚かな……! たかが五人の冒険者風情が、我ら最強の魔導騎士団に敵うとでも思ったか! 全隊、陣形を展開! 『絶望の紅蓮陣クリムゾン・ヘキサ』にて、一網打尽にせよ!」


 ザイフリートの号令と共に、五十人の騎士たちが一糸乱れぬ動きで陣形を組み、詠唱を一斉に開始した。

 空中に巨大な赤い魔法陣が展開され、周囲の気温が急激に上昇する。五十人分の魔力を一つに束ねた、超広範囲の殲滅魔法だ。

 まともに受ければ、我々の馬車ごと周囲の地形が灰燼に帰すだろう。


「ねづっち! あれはヤバいわ、魔力の密度が異常よ! 私の防御魔法じゃ防ぎきれない!」


 リリアが悲鳴を上げる。

 だが、私は慌てることなく、空中に浮かび上がった巨大な魔法陣プログラムを静かに見つめた。


「固有スキル、【整える力】を発動。対象:敵の複合魔法陣の構造解析」


 私の瞳に、赤い魔法陣を構成する無数の魔力線、ルーン文字、そして魔力の供給ルートが、まるでホログラムのソースコードのように浮かび上がってくる。


「……なるほど。五十人分の魔力を束ねるというアイデアは悪くありませんが、いかんせんコードが汚すぎますね」

「こ、こーど……?」

「変数の宣言がめちゃくちゃです。三番隊と五番隊の魔力波形が干渉してループエラーを起こしており、それを力技の魔力で強引に押さえ込んでいる。そして何より、魔法陣の要となる『基点ノード』の防壁が甘すぎる。まるで『ここを攻撃してください』と言わんばかりの脆弱性セキュリティホールです」


 私は瞬時に解析を終え、仲間たちへ的確な指示を飛ばした。


「セレナ。前方十メートル、仰角三十度の位置に、ごく小規模な『魔法反射リフレクト』のシールドを展開。サイズは直径三十センチで構いません」

「直径三十センチですか!? は、はいっ、指示通りに!」

 セレナが極小の光の盾を空中に配置する。


「ミラ。右側面から回り込み、敵陣の最後列、左から三番目の騎士の足を払って転ばせてください。彼は陣形の魔力同期シンクロに〇・二秒の遅れを出している、最大のボトルネックです」

「にゃはっ、一番トロい奴を狙えばいいんだね! 任せて!」


 ミラが風のように駆け出し、敵の視界から消えた。


「ガルド。私のカウントに合わせて、真正面の地面を大剣で叩き割ってください。出力は八十パーセントで十分です」

「おう! 地面をカチ割ればいいんだな!」

「そしてリリア。……ガルドが地面を割った直後、魔法陣の中心部に生じる『赤い結節点』に向かって、初級の【水弾ウォーターボール】を放ちなさい」

「初級の水魔法でいいの!? あんな巨大な炎の魔法に!?」

「ええ。たった一滴の冷水で、あのスパゲッティコードは完全に論理破綻します」


 敵の詠唱が最終段階に入り、巨大な炎の塊が魔法陣から顕現しようとした。


「消え去れ虫ケラども! 放てぇぇぇっ!!」

 ザイフリートが絶叫する。

「今です。ガルド!」

「そらぁぁぁっ!!」


 ガルドの全力の一撃が地面を叩き割る。その激しい振動が、詠唱完了直前の騎士たちの足元を揺らした。

 同時に、ミラが最後列の騎士を転倒させる。

 魔力の供給バランスが崩れ、空中の魔法陣が微かに明滅した。

 そのブレによって、炎の魔法の照準がズレ、セレナが配置していた「直径三十センチの盾」に、魔法の最も鋭角な部分が直撃した。

 反射。干渉。エラーの連鎖。

 強引に束ねられていた魔力が、魔法陣の内部で大渋滞を起こす。


「いっけええええっ! 【水弾】!!」


 そこへ、リリアの放った小さな水の塊が、魔法陣の中心点——私が指定した脆弱性——に正確に命中した。


 パァァンッ……!!


 風船が割れるような、ひどく間の抜けた音が響いた。

 次の瞬間、空を覆っていた巨大な紅蓮の魔法陣は、まるで電源を落とされたモニターのように、一瞬でフッと霧散してしまった。

 熱気も、炎も、跡形もなく消え去っている。


「……は?」


 ザイフリートをはじめとする五十人の騎士たちは、自分たちの最強の魔法が「何も起きずに消滅した」という現実を理解できず、完全に硬直した。


論理的崩壊クラッシュです」


 私は彼らに向かって歩み寄りながら、淡々と解説した。


「熱膨張による魔力の暴走限界点に、わずかな冷却効果を与えることで、システム全体がフェイルセーフ(緊急停止)を発動しました。巨大なシステムほど、小さなバグ一つで機能停止するものです。お粗末な構築ビルドでしたね」

「ば、ばかな……! 我らの絶望の紅蓮陣が、あのような水遊びの魔法で……! き、貴様ら、一体何をしたぁぁっ!!」


 パニックに陥ったザイフリートが槍を振り上げ、私に単独で突っ込んでくる。

 私は一切動じず、彼が踏み込んだ地面の摩擦係数を【整える力】でゼロに書き換えた。 


「ぬわっ!?」


 ザイフリートは見事に足を滑らせ、私の目の前で無様に転倒し、顔面を強打して気絶した。

 指揮官が呆気なく無力化されたことで、残りの騎士たちは完全に戦意を喪失し、武器を取り落として座り込んだ。

 戦闘時間、約二分。我々の被害、ゼロ。

 完全なる圧勝、というよりは、一方的な「デバッグ作業」の完了である。


「……整いました」


 私が手帳にペンを走らせると、ガルドが大笑いしながら肩を叩いてきた。


「いやぁ、最高だぜねづっちの旦那! 帝国最強の騎士団サマが、手品みたいにひっくり返っちまった!」

「にゃはは! あたし、ただ足引っかけただけだよ!?」

「ねづっち様……あなたの御業は、もはや神の奇跡としか表現できません……!」


 セレナがまたしても祈りのポーズをとっている。

 私は倒れているザイフリートの首根っこを掴み、軽く頬を叩いて意識を強制的に再起動リブートさせた。


「はっ……!? わ、私は……」

「状況を整理します。あなた方は敗北し、我々の捕虜となりました。よって、持っている情報をすべて開示してもらいます」


 ザイフリートは屈辱に顔を歪めながらも、私の冷徹な眼差しに完全に心を折られていた。


「……ばけものめ。貴様のような規格外の存在がいるとはな。だが、帝国はすでに止まらんぞ」

「止まらない、とは? 『心の呪縛』と関係があるのですか」


 ザイフリートは虚ろな目で、北の空を見上げた。


「ああ。帝国の要人たちは、とうの昔に『呪縛』に精神を喰われている。皇帝陛下すらもな。感情を失い、ただ他国を侵略し、全てを『無』に帰すという魔神の意思のままに動く操り人形だ。我々騎士団も、心が空っぽになる前に、手柄を立てて上位の階級へ逃げ込むしか……」


 彼の言葉には、エリートとしての誇りは微塵もなく、ただ圧倒的な絶望だけが漂っていた。

 魔神ハートレスの放ったウイルスは、すでに国家の中枢というOSオペレーティングシステムを完全に掌握しているということだ。


「……なるほど。事態は私の初期想定よりも、二段階ほど深刻に散らかっているようですね」


 私はザイフリートを解放し、手帳の「今後のタスクリスト」に新たな項目を追加した。


『タスク追加:北方帝国のシステムダウン、および国家規模のデフラグメンテーションの実行』

「ねづっち……。帝国が魔神に乗っ取られてるなんて。私たち、これからどうするの?」


 リリアが不安そうに私を見つめる。

 私は彼女の頭にポンと手を置き(彼女の髪の乱れを直すためだ、他意はない)、冷静に答えた。


「やることは変わりませんよ、リリア。部屋のゴミが一つ増えようが、国一つが腐敗していようが、対処法は同じです」


 私は北の空を——暗雲が立ち込める帝国の領土を、冷ややかに見据えた。


「すべて、私が完璧に整えます。我々のプロジェクトに、妥協や放棄という選択肢は存在しませんから」

「……もう、本当にブレないんだから。でも、その言葉が今は一番頼もしいわ」


 リリアはふっと微笑み、ガルドたちも力強く頷いた。

 強敵との初対決は、我々の戦術の有効性を証明すると同時に、世界の病巣の深さを浮き彫りにした。

 だが問題はない。どれほどバグが入り組んでいようと、私が全てを解きほぐし、最適化してみせる。

 最も効率的な勇者パーティーの次なる目的地は、混沌の渦巻く北方帝国へとアップデートされたのだった。

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