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第二話:ステータスを整理しまして

「整える」という行為は、単なる片付けではない。それは、情報の海からノイズを取り除き、物事の本質を抽出する作業だ。

 異世界での一夜は、信じられないほど静かだった。前世の日本の都会では、夜中であってもどこかで誰かの声がし、電車の音が響いていたものだが、ここ「エトス」のルミナス村は、夜の帳が下りると文字通りの完全なる静寂に包まれる。

 私は村長から提供されたこの家の中で、再び自分のステータス画面を呼び出した。


【名前:根津千尋】

【職業:巻き込まれし者】

【レベル:1】

【固有スキル:整える力(絶対最適化)】


 昨晩、初めて発動したときは半信半疑だったが、家一軒を瞬時にリノベーションできた事実は動かしようがない。問題は、このスキルの『限界』と『コスト』だ。

 私は机の上に、ルミナス村の地図と、道中で拾った羊皮紙を広げた。


「さて、検証を開始します」


 私はペンを手に取り、自身の能力をリスト化した。

 一、対象物への物理的な接触、あるいは視覚的な把握が前提条件。

 二、複雑な対象ほど発動時の演算コスト(疲労度)が高い。

 三、感情や生物の『心』そのものへの干渉は、現在のレベルでは『エラー』となり、最適化が拒絶される。


「最後が最大の課題ですね」


 心に干渉できないのであれば、この世界を覆う「心の呪縛」を解くことは不可能に近い。レベルを上げ、スキルを昇華させる必要がある。


 私はノートの端に『優先順位リスト』を作成した。

 一、自身の身体機能の強化(現状レベル1の脆弱さは非効率的)。

 二、資金と資材の確保。

 三、情報の整理(この世界の魔物、魔法、言語、勢力図)。


 淡々と項目を埋めていくうちに、窓の外が白み始めた。

 効率的な朝のルーティンを終え、私は村の広場へと向かった。村長が、申し訳なさそうに私を待っていた。


「ああ、勇者様。昨夜は……驚かせましたな。家の方も、あんなにきれいにしていただいて……」

「当然のことをしたまでです。それより村長、この周辺で最も『非効率な場所』を教えてください」

「非効率、ですか?」

「魔物が巣食い、村の生活圏を脅かしている場所のことです」

 村長はキョトンとしていたが、やがて思い出したように頷いた。


「ああ、それなら北の『嘆きの森』ですな。ここ最近、魔物が凶暴化して、森に入った猟師が戻ってこないんです。村の防衛にとっても、あれは……」

「なるほど、北の森。情報の整理には適した場所のようです」


 私は村長の差し出した地図を一度見ただけで、その地形を脳内に完璧にコピーした。

 標高差、植生、魔物の生息域、水脈。それらを重ね合わせ、最短距離で森の深部へ至るルートを導き出す。


「では、行ってきます」

「えっ、今からですか? せめて護衛を……」

「不要です。整理整頓に大勢は必要ありません」


 私は村長の言葉を遮り、森へと足を踏み入れた。

『嘆きの森』は、一言で言えば「極めて乱雑」だった。

 視界を遮る無秩序な枝葉、不規則な獣道。そして、魔物が周囲に撒き散らす不快な魔力の残滓。森全体が、まるで腐ったソフトウェアのように重いエラーを吐き出している。


「……鬱陶しいですね」


 私は森の入り口で足を止め、周囲を見渡した。

 固有スキル、【整える力】を、今度は広範囲へ向けて展開する。

 地面に落ちている枝や枯れ葉を「整理」して、迷いようのない一本道を作る。鬱蒼と茂る枝葉の影を「整列」させ、太陽光が地面へ均等に届くようにする。

 歩くたびに、森の風景がみるみるうちに整っていく。それは冒険というより、庭園のメンテナンスに近い感覚だった。


「ギギギ……!」


 不意に、茂みから影が飛び出した。オークの群れだ。

 以前戦ったキメラほどではないが、数で押してくるタイプらしい。だが、私にとっては彼らの突撃も「予測可能な物理移動」に過ぎない。


「ベクトルとタイミングがバラバラです」


 私は動揺することなく、地面に落ちていた石ころを数個、計算通りの地点へ弾き飛ばした。

 石は空中で衝突を繰り返し、私が意図した場所へ着地する。その瞬間、石たちが発した振動が、オークたちの足元の土壌を「整理(再配置)」した。

 ズズズ、とオークたちが踏み込んだ地面が液状化し、彼らはバランスを崩して重なり合うように転倒する。


「……整いました」


 あとは簡単だ。効率的に、かつ最も少ない体力消費で、彼らの急所を短剣で突いていく。戦闘開始から終了まで、三分。私の息は一つも乱れなかった。


「ふむ。この森の構造、実はかなり単純だったようですね」


 森の深部へ到達した私は、そこで魔物の巣窟を特定し、あっさりと壊滅させた。

 帰り道、先ほど整理した道を戻りながら、私はこの世界が抱える問題の輪郭を、少しだけ理解できたような気がした。

 村に戻ると、村長たちは目を丸くして出迎えた。


「戻った……のか? しかも、あれだけの数の魔物を一人で……?」

「森の生態系を少し整えておきました。今後は猟師の方も、比較的安全に活動できるはずです」


 報告を終え、広場を横切ろうとしたその時だった。

 村の外れにある井戸のそばで、誰かが杖をついて座り込んでいるのが目に入った。

 銀色の長い髪、使い込まれたローブ。その背中は、どこか「整理のつかない悲しみ」のようなものを纏っているように見えた。

 私は足を止めた。

 彼女の周囲だけ、情報の密度が明らかに異なっている。

 近づくと、彼女は顔を上げ、疲れ切った瞳で私を見上げた。


「……あなた、村の外から来た人?」

 彼女の声は、どこか震えていた。

「私はリリア。……この世界を旅している魔法使い。ねえ、あなた。この村の魔力、少しおかしいと思わない?」


 彼女の質問は、的を射ていた。

 私は彼女のステータス画面を、そっと確認する。

【名前:リリア】

【職業:魔法使い】

【固有スキル:魔力観測】

 なるほど、彼女のスキルであれば、この村に漂う「魔神の呪縛」の微細な歪みに気づくことができるのか。

 私は彼女の隣に腰を下ろした。


「ええ。この村だけでなく、この世界全体が、ひどく散らかっていますね」

「……散らかってる? 変な言い方」


 リリアは苦笑したが、その瞳には私に対する興味が宿っていた。


「私は根津千尋。……ああ、この世界では『ねづっち』とでも呼んでください」

「ねづっち……? ふふ、面白い名前」


 彼女は少しだけ微笑んだ。その瞬間、彼女の周囲に漂っていた重苦しい魔力が、わずかに整った気がした。


「リリア。あなた、これからどこへ行く予定ですか?」

「……行くあてなんてないわ。呪縛のせいで、仲間も、故郷の記憶も、みんな曖昧になっていく。ただ……少しでも『正しい場所』を探したくて」


 彼女の言葉には、矛盾と迷いが詰まっていた。彼女自身が、自分の心の置き場を失っているのだ。

 私は眼鏡の位置を直し、彼女の目を見て言った。


「もしよろしければ、私と来ませんか」

「あなたと?」

「ええ。あなたの『魔力観測』のスキルは、私の『整える力』と非常に相性が良い。……あなたの迷いも、私の力で整理できるかもしれません」


 リリアは驚いたように目を見開いた。


「整理、ね。……そんなことができるの?」

「やってみなければわかりません。ですが、無計画な旅よりは、はるかに効率的でしょう」


 彼女はしばらく考え込み、やがて小さく頷いた。


「……効率、ね。なんだか変な人。でも、あなたのその目……嘘をついているようには見えないわ」


 こうして、私のパーティーに最初の仲間が加わった。

 村の宿屋で旅の準備を整えながら、私はリリアにこれからの計画を説明した。

 地図上に引かれた完璧なルート、補給のタイミング、魔神の呪縛に関する仮説。

 彼女は私の淡々とした説明を聞きながら、時折驚いたような表情を見せ、やがてクスリと笑うようになった。

「ねづっち。あなたって、本当に不思議な人ね」

 彼女のその言葉もまた、私にとっては「整理すべき対象」の一つに過ぎない。

 だが、そのとき私の心の中にあった、言葉にできない小さな「乱れ」が、ほんの少しだけ収まったような気がした。

 旅の始まりだ。

 この乱雑な世界を、一つずつ、丁寧に整えていくために。

 準備は万端。

 私たちの旅路は、すでに完璧にセットアップされている。

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