第十三話:失われた仲間を捜しまして
パーティーメンバーが五人から二人に減少した場合、総合的な処理能力は単純計算で六十パーセント低下する。物理的な手数が減るだけでなく、役割分担の再構築が必要となり、一時的なシステムダウンは免れない。
本来であれば、安全地帯まで撤退し、新規メンバーを募集(再定義)するのがプロジェクトマネージャーとしての定石だ。
だが、私はその定石をゴミ箱にドラッグ&ドロップした。
私とリリアのたった二人で、強大な帝国領の奥深くへと足を踏み入れる。極めて非合理的な選択だ。だが、私の心に灯った「ノイズ」は、このルートが唯一の正解であると強く主張していた。
「……ひどい有様ね。これも、『心の呪縛』のせい……?」
帝国領に入って三日目。我々が立ち寄った国境付近の交易都市『カシム』は、完全に機能不全に陥っていた。
建物の窓ガラスは割れ、街路にはゴミや瓦礫が散乱している。歩いている住人たちの目は虚ろで、道端で誰かが倒れていても誰も見向きもしない。すれ違いざまに肩がぶつかっただけで、血みどろの殴り合いが始まる。
他者への共感が欠落し、自己の執着だけが肥大化するウイルス。
魔神ハートレスがばら撒いた『心の呪縛』は、この街というシステムを内側から腐敗させていた。
「ええ。社会というネットワークは、個人の『思いやり』というプロトコルで通信を維持しています。それが切断されれば、あっという間に秩序が崩壊する。……ガルドたちも、このウイルスに感染させられたのです」
「でも、こんなめちゃくちゃな街で、三人の手がかりなんて見つかるの? 足跡一つ探すのも無理そうだけど……」
リリアが銀髪をかき上げながら、不安そうに周囲を見渡す。
確かに、ノイズが多すぎる。情報の海(ゴミの山)の中から、三人の痕跡という特定のデータだけを抽出するのは至難の業だ。
「問題ありません。ノイズが多いのなら、フィルターをかければいいだけのことです」
私は手帳を開く代わりに、眼鏡のブリッジを中指で押し上げた。
「固有スキル、【整える力】を発動。対象:この街のメインストリート一帯の散乱物。実行コマンド:元の配置への復元、およびイレギュラー・データのハイライト」
パチン、と私が指を鳴らすと、淡いブルーの光が街路を走り抜けた。
次の瞬間、乱雑に散らばっていた木箱の破片や生ゴミ、荷車の車輪などが、まるで逆再生のビデオのように元の位置へと戻っていく。割れた窓ガラスの破片すら、あるべき場所へと自動的にソートされていく。
「相変わらず、無茶苦茶な魔法……」
「魔法ではありません、整理です。さて、こうして街の背景データを『初期化』することで、この街の住人ではない外部からのアクセス履歴……つまり、彼らの『足跡』だけが、不自然な形で浮き彫りになります」
私は綺麗に整頓された石畳の一角を指さした。
そこには、周囲の整った環境とは明らかに矛盾する、三つの痕跡が残されていた。
一つ目は、石畳に深く刻まれた「V字型の亀裂」。
二つ目は、路地裏の入り口に落ちていた、複雑な結び目で縛られた「細いワイヤー」。
三つ目は、枯れた街路樹の根元にわずかに残る、淡い「光の残滓」。
「……これって!」
リリアが駆け寄り、その痕跡を見つめた。
「ええ。間違いありません。彼らのログデータです」
私は亀裂の前にしゃがみ込み、その角度と深さを計算した。
「このV字の亀裂。これは帝国軍が使うバリケードを、上段から一撃で粉砕した痕跡です。切断面の摩擦係数と衝撃の伝導率から推測して、ガルドの愛用する大剣の重量と、彼の筋力に完全に一致します」
「ガルドの……! じゃあ、あいつ、ここで暴れたの?」
「おそらく、呪縛に操られて帝国の施設を破壊したのでしょう。破壊活動そのものは乱暴ですが、剣の軌道には、私が以前教えた『最も効率的な体重移動』のデータが残っています」
次に、私はワイヤーを拾い上げた。
「これはミラが好んで使うトラップ解除用のワイヤーです。結び目が『八の字結び(フィギュアエイト)』になっていますね。彼女は無意識のうちに、私が『最も解けにくい』と推奨した結び方を実践している。呪縛に侵されてなお、彼女の指先は我々のルールを記憶しているのです」
「……ミラ」
リリアがワイヤーをそっと撫でる。
最後に、私は枯れ木の下の淡い光に手をかざした。
「そしてこれです。セレナの神聖魔法の残滓。……呪縛によって心を塗り替えられたはずなのに、彼女はここで、無意識に枯れ木に治癒魔法をかけようとした痕跡があります。エラーを起こしながらも、彼女の『祈り』というコアプログラムは、完全には消去されていない」
私の胸の奥底で、温かいノイズが大きく脈打った。
魔神のウイルスは、彼らの感情を上書きし、私との繋がりを強制切断した。
だが、共に過ごした時間、共に戦った記憶、私が彼らに施した『最適化』の痕跡までは、デリートしきれていなかったのだ。
「彼らの基本設計は、まだ無事です。手遅れではありません。この痕跡の方向を繋ぎ合わせれば、彼らの現在の進行ルートが割り出せます」
「北……帝都の方角ね。やっぱり、魔神のメインサーバーに引き寄せられてるんだわ」
リリアが杖を握り締め、力強く頷く。
その時だった。
「おい貴様ら! そこで何をしている!」
路地の奥から、十名ほどの帝国兵が姿を現した。彼らの瞳もまた、呪縛の影響で赤く濁り、異常なまでの攻撃性を帯びていた。
「部外者め! この街を荒らす気か! 殺せ、身ぐるみ剥いでしまえ!」
論理的な対話など不可能な、完全に暴走したプロセスたちだ。
「リリア。我々のリソースは限られています。無駄な戦闘は避けますよ」
「分かってるわ。リーダーさんの指示通りに動くから、パパッと片付けちゃって!」
「陣形変更。デュアル・コア・モード」
私は手帳を素早く開き、戦場となる路地の地形データを瞬時にインプットした。
「対象:敵兵の足元の石畳。実行コマンド:摩擦係数を極限まで低下させ、傾斜を三度追加」
私がスキルを発動した瞬間、突進してきていた帝国兵たちは、見えない氷の上を走ったかのように次々と足を滑らせ、バランスを崩して折り重なるように転倒した。
「いっけえええっ! 【風の縛鎖】!」
そこへ、私のタイミングに完璧に同期したリリアの魔法が炸裂する。
突風が転倒した兵士たちを巻き上げ、乱雑に絡み合った彼らの身体を、風の縄で一塊に縛り上げた。
致死ダメージはゼロ。しかし、戦闘継続は不可能な完璧な「無力化」だ。
「……戦闘時間、十二秒。処理完了です。ガルドたちがいない分、防御力が低下していますが、あなたの攻撃速度を前倒しにすることでカバーできましたね」
「ふふっ。私たち二人だけでも、案外やれるじゃない。ねづっちの指示が的確だから、私も魔法に集中できるし」
リリアが誇らしげに胸を張る。
二人だけの戦闘。それは、かつての五人でのオーケストラのような重厚な連携とは違う。
だが、互いの思考回路を完全に理解し合った、極限まで研ぎ澄まされた無駄のないアルゴリズムがそこにあった。
「さあ、急ぎましょう。この街のデータ(痕跡)は回収しました」
私は帝国兵たちをその場に残し、北へ向かう大通りへと歩み出した。
「ガルドの足跡は直線的。ミラのワイヤーの配置は変則的。セレナの魔法の残滓は一定間隔。これらのデータを統合し、予測アルゴリズムを回せば、彼らが帝都のどのエリアに向かっているか、高い精度で特定可能です」
「うん。絶対に見つけ出そう。三人のバグを直して、また五人で……バカみたいに笑い合うの」
リリアが私の隣に並んで歩く。
失われた仲間を捜す旅。
それは、途方もなく非効率で、リスクの高い作業だ。
だが、私にとってこの検索のプロセスは、何よりも優先度が高い最上位のタスクだった。
「待っていてください、三人とも」
私は冷たい帝国の風を受けながら、小さく呟いた。
「あなたたちの心がどれほど散らかっていようと、私が必ず……元通りに、綺麗に整えてみせますから」
私たちの足跡は、迷うことなく北の帝都へと一直線に伸びていた。
絶望のウイルスに侵された世界で、最も効率的で、最も感情的なデバッグ作業が、今まさに本格的に始動したのだ。




