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赤き日  作者: 溶接作業
二章

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稽古

 彼は間合いに入ると、体を回転させ、勢いそのまま父に切りかかった。


 直線的な攻撃の刃走りと比べると速度も威力も劣る。しかし、攻撃の自由度の高さを考えれば、通常の環境下でのこの攻撃はニッケランの力を今までにないものに押し上げていると言えよう。


 さすがの父もこんな攻撃は予測していなかったようで、剣を避けるのみで反撃は出来なかった。しかし、この攻撃が当たらないことにニッケランはひどく驚いた。あの拳狼ですら見切る事の出来なかった技だ。それを父は軽々と避けて見せたのだ。驚くのも当然のことだろう。


 反撃が来る。


 父は剣を避けた次の瞬間には剣先をニッケランへ向けた。喉を切り裂き、息の根を止めようとしているのだ。


(前のようにはいかない!)


 それを認識した彼は体をねじる。


 首元をかすめるように突き進む剣。耳には矢が空気を切り裂くような甲高い音。淡い空の色に照らされた妖艶な刀身。


 父の剣には、脳みそが体を切りつけられたと認識してしまうような威圧感がある。彼は攻撃をどうにか避けると後ろへ下がった。


 目の前の男を彼は強く睨む。


 無造作に剣を構え余裕な表情でたたずむ父。やはり、どこにも隙は無かった。


 ニッケランはにじみ出る汗を拭いながら脳みそを必死に回す。どう頑張っても勝ち筋が見えない。


 欲を言えば勝利を掴みたいところだが自分の実力が伴っていないことが今の攻防で理解できた。


 空を見上げると先ほどよりも月が実態を帯び始め、自分が目覚めようとしていることが分かった。


(勝てないのなら…耐え抜いて見せる)


 ニッケランは剣を構えなおす。移動を重視した構えから、攻撃の対応がしやすい構えへと変化させる。


 それを見ていた父は重心を低くする。どうやら彼の作戦を真っ向から潰すつもりのようだ。


 足に力をためるように重心を低くする。全身に力を入れているようで歯をむき出しにし、食いしばっている。


 ニッケランは深く集中しタイミングを計る。剣で攻撃を防ぐタイミング。地面を蹴り込み、攻撃を避けるタイミング。とにかく集中し父の動きを観察する。


 突風が吹いたと頬が感じ取った瞬間、間合いが詰まった。彼の目の前には父の姿。手に握られている剣は地面をえぐり取るように下から上へと目にもとまらぬ速さだ。


 ニッケランは剣が迫ってくると同時に地面を蹴り距離を取った。しかし、それよりも早い速度で迫ってきている。


 距離を取るまでの時間稼ぎ。迫りくる鋼に向かってニッケランは剣を勢いよく振るう。


 甲高い音と共に火花が散る。攻撃は相殺されたかに思えた。しかし、勢いよく振るったニッケランの剣

 は彼の体と共に吹き飛ばされる。


 父が剣がぶつかったと同時に彼に蹴りを入れたのだ。甲高い金属音とまぶしい火花と共に体には強い衝撃が伝わった。


 勢いそのままニッケランは地面に倒れ込む。


(まずい!)


 彼は即座に父の方を見る。やはりと言うべきか、剣を逆手に取った彼はニッケランめがけて一気に間合いを詰めてきた。


 剣先はニッケランの喉を見ている。そして、そのまま喉へと突き進んだ。


 地面をえぐる鈍い音。体を転がすようにして避けたニッケランは立ち上がり再び構えた。


「少しは成長しているみたいだな…」

「当たり前だ!」


 息を整えながらニッケランは答えた。対して父は余裕そのもの。汗一つかかず、それどころか息すら上がっていない。


 周囲を見渡すとすっかり夜の帳が落ち、空には月が姿を完全に表していた。額に浮かぶ汗を拭いながら父に問う。


「時間切れか?」


 そう聞かれ彼は嬉しそうに笑顔を浮かべた。


「あぁ」


 すると父は剣を鞘へと納め、地面に座り込んだ。そして語りだす。


「流れはどんどんと荒くなり、お前に困難を次々にもたらすだろう。しかし、最後には自由となる」


「またその話かよ」


 彼も剣を鞘へ納め聞いた。


「俺は何をすれば?」


「乗り越えろ。成し遂げることが出来れば上は何もできなくなる」


 月が輝きを増した。あまりのまぶしさにニッケランは空を見上げる。


 月が横に割れ、光が溢れ出ている。太陽のようにまぶしく、温かいその光は夢の世界を包み込んでゆく。体は宙へ浮き、光へと吸い込まれる。


 父の方を見ると、彼は地面に座ったまま彼を見上げている。どんどんと距離が離れ、最後には光しか見えなくなった。


 ニッケランは前を向き、静かに目を閉じた。流れに身を任せるようにして。


 瞼を開くと、目が焼けるような光が飛びこんできた。思わず、目を覆い隠す。


 寝る際に窓かけを下げることを忘れていたようだ。


 ニッケランは体を滑らせるようにベッドから降りると立ち上がった。平常時のように体を起こしてしまうとアバラが痛んで仕方がない。


 部屋を後にし、いつもの場所に行くとジョンが静かに茶を嗜んでいる所だった。


「おはようジョン。茶まだあるかい?」


 挨拶に笑顔を見せた彼はうなずき、机の上に置かれたポットを手に取った。


「おはよう。茶はあるが、手元にカップがない。すまないがそこの棚の中からカップを取り出してくれ」


 取り出し、椅子に座る。机にカップを置くと彼は茶を注いでくれた。


 慣れ親しんだ茶の香り。一般的に出回っている茶のようだ。


 ニッケランは茶を一口飲むと口を開いた。


「今日、移動するんだったな」

「あぁ、上戸の森に戻る」


 たったの数日、にもかかわらずこの町には濃い思い出が詰まっている。どこか名残惜しい気持ちもあるがニッケランは前に進み続けなければならない。


 騎士になるという夢。姫を娶る夢。彼の中でその夢は霞つつあった。


 父の言うこの流れの先に何が待ち受けているのか。それが気になって仕方がない。夢に現れた父の背中を追いかけているだけかもしれない。悪夢に囚われ続けているのかもしれない。


 しかし、止まない雨がないように、終わらない悪夢もまた無いのだ。ニッケランはそう考えると笑いがこみ上げてくる。


 あれほどまでに憎み遠ざけていた父を今では追いかけるようになった。想像だにしていなかった状況だ。


 しかし、なぜだか悪い気はしない。一生父を恨み生きてゆくよりも、どこかで断ち切った方がいいに決まっている。


 ニッケランは茶を勢いよく飲み干すと呟いた。


「負けないからな」


 突然の発言にジョンは驚いた顔を見せていた。しかし、彼の気持ちが伝わったのか彼は笑った。


「あぁ、俺たちは絶対に負けない。どんな強敵が来てもな」


 二人はうなずき合い、気合を入れる。この場に言葉は必要ない。これ以上語らずとも、何を伝えたいのか、そのすべてが分かっていた。


 二人は立ち上がると外へと向かう。基地に戻る準備を進めるためだ。ニッケランはあばら骨の事など忘れ駆け出した。不思議と痛みは無い。痛みよりも期待の方が大きいのだ。


 とにかく走った。荒波の中を必死に泳ぐように走った。


最後までお付き合いいただき感謝いたします。

評価やコメントをいただけると、物語をより良くしていく大きなヒントになります。

ぜひ皆さまの声をお聞かせください!

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