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赤き日  作者: 溶接作業
二章

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96/102

 目を開けると、草原に腰を下ろしている所だった。心地の良い日差しに、草木の良い香りを乗せた風がニッケランをくすぐる。


 草原は所どころ隆起しており、小高い丘を形成している。その上にニッケランの家は建っていた。


 周囲を見渡しても父の姿は無い。ふと家の窓を見ると人影が見えた。どうやら彼は中に居るらしい。ニッケランはそこへ歩みを進める。


 家の前にたどり着くと、ドアが勢いよく開く。そこには予想していた人物。


「なんだまた来たのか」

「好きで来ている訳じゃない」


 彼の腰には見慣れた剣が据えられている。ニッケランの視線に気が付いたのか「稽古は今日は無しだ」と言い「まぁ、中に入れ」と言った。


 断る理由もない。彼は父と共に家の中へと足を踏み入れた。


 中へ入ると懐かしいという感情に圧倒される。鼻には幼少期のころ感じていた木の香り。家を構成している木材の香りだ。


 目の前には外の景色を絵のように縁どる窓。季節ごとに姿を変える窓がそこにはあった。


「座れよ」


 父に声を掛けられ我に返る。懐かしさのあまり夢の中と言うことを忘れてしまいそうになっていた。彼の指示に従い机を挟んで椅子に座った。


「今日はなんで稽古しない訳?」

「今のお前と稽古したところで話にならんからだ。お前じゃ俺には勝てない」


 気が付くとニッケランの腰にはいつものハーフソードが掛かっている。苛立ち思わず手に取りそうになるが、彼に勝てないというのは事実だ。脳内で手合わせをしたことがあったが勝てないどころか、一撃もくらわせることが出来なかった。


 ニッケランは気持ちを落ち着かせ、父の様子を窺がう。よく考えてみると彼の事をよく観察するのはこれが初めてだ。


 乱雑に伸びた髪に髭。服はボロボロでだらしなく、傍から見ればニッケランよりもこの男が強いようには見えない。しかし、ニッケランの目には別のモノが映っていた。


 ニッケランが今まで戦ってきたどの敵よりも強力な化け物。筋力は拳狼並。頭脳は分からないが、少なくとも場数が違う。ニッケランの攻撃など戦場で何度も見てきた見慣れたものだろう。


「チッ。確かに今は勝てない…だが絶対にいつかはその首吹き飛ばしてやるからな?」


 ニッケランの表情を見て彼は笑った。まさか、息子に殺害予告をされるとは思ってもみなかったようだ。しかし、彼の笑いは嘲笑ではなく喜びのようなものを感じさせた。


「楽しみだ。本当に楽しみだ」彼は続ける。

「まぁ、今日は話があって来てもらったんだ。稽古の話なんてどうでもいい。前回話した流れの事だ」


 成そうとしている先の話。大いなる流れ。流れに抗う。この三つの事だろうか。


「大いなる流れのこと?」

「それだ。お前はこの大いなる流れはどこに行きつくと思う?」


 やはり彼の話はさっぱりだ。何を表しているのかすらわからないのでは会話にならないではないか。


「そもそも大いなる流れってなんだよ? そこから分かんねぇんだけど」


 それを聞いた途端、彼はどうしたか顔を強張らせた。


「俺から直接説明することは出来ない。上はそれを許してはくれない」

「うえ? 上って何のことだよ。父さんどっかのお偉いさんに従事なんてしてたか?」


 ニッケランの言葉を彼は笑い飛ばし「お前の想像もつかないような奴さ」と言った。


「まぁいい。流れに逆らうことは出来ない。太陽の後に太陽は上らないように、我々には代えられない大きな流れなんだ」

「じゃぁ、こんな話する意味もないんじゃないか? その大いなる流れってのを俺が変えられるとでも?」


 そう言うと彼は何かを考えるように黙った。ニッケランの目を見入り、何かを覗いているような、そんな姿だ。


「だが、少しは変えられる…結末は決まってはいない。流れに飲まれ沈むのか、それとも耐え抜き自由になるのかは誰にもわからない。上にすらわからない」


 何もわからない会話にニッケランは苛立った。稽古の時は明確な意思を持って攻撃を繰り出すにも関わらず、重要なことを何も言わない彼に苛立って仕方がない。


「もういいよ、流れの話は。で、その先って何なんだ。それもさっぱりわからないんだけど?」


 父はまた何かを考えるようにニッケランを見る。しかし、先ほどよりも早く口を開いた。


「それはお前が決めることだ」

「はあ?」


 父の顔に冗談はなさそうだ。真剣な顔で彼を見ている。その真剣さが余計に腹立たしくなった。


 父が突然、窓の外を見た。それにつられて同じところを見る。


 窓に移る外の景色がいつの間にか変わっていた。先ほどまで明るかった空は紅に染まり、夜の帳が動き出している。草木が動いていないところを見るに風は吹いていないようだ。


「もう時間がないか…お前早起きだな」

「あ?」


 どうやら現実世界に引き戻される条件はニッケランが目を覚ますことらしい。夢にしてはストーリーが出来ているとニッケランは感心した。


「今は、これ以上語ることは無い。外に出ろ。剣を交えてやる」

「あ? 稽古は無なんじゃ?」


 彼は「気が変った」と言うと剣を抜き去った。


 いつの間にか着いていたキャンドルの火に照らされた剣。日の色が血のように見えて恐ろしい。夢の中の出来事だったというのに、腕を切り飛ばされた記憶が脳にこべり着いているようだ。


 しかし、これはチャンスでもある。一太刀でも浴びせることが出来れば父への恐怖心が和らぐかもしれない。


 ニッケランは彼の指示に従い外に出る。


 空を見上げると姿を現しつつある月が見えた。どうやら目を覚ますのは近いらしい。


 剣を抜き去り父と相まみえる。そこで気が付いたがニッケランの体が前回よりも声量している。オキタルよりも年齢としては高いだろう。


(この体躯なら前回よりも戦いえる)


 ニッケランはハーフソードを強く握り込む。激戦ばかりで麻痺してしまっただけで、ハーフソードを握るとやはり嫌悪感が湧き上がってくる。自分の実力を出し切れる武器なだけあり、自由に使いたいものだ。


 すると父は何の構えもなく歩みを進める。剣先を地面に向けたまま、無造作に近づいてくる。


 一見すると隙だらけなのに、ニッケランの目には大きな盾が映った。どこを攻撃しても防がれてしまような大きな盾に。


 しかし、前回までのニッケランとは一味違う。体躯が良くなったこともあるが、何より、場数が増えた。


 拳狼との戦いが確実に彼を一段階底上げさせているのだ。


 ニッケランが地を蹴る。ただ単に地を蹴っただけにも関わらず、刃走りと同等の速度で間合いに踏み込んだ。


 彼は移動だけに集中することで、どんなタイミングでも刃走りと同等の速度で詰められるようになったのだ。


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