終結
ザザンは目の前の男を注視した。
腹に剣が深く突き刺さり、口からは多くの血を流している。しかし、まだ絶命するには時間が掛かりそうだ。奴の目には生気が宿っている。
戦意があることは確かだった。
「死に損ないが…お前の次はあいつだ」
「死に損ないはお前だろデカブツ。今度こそトドメを刺してやる」
彼はそう言うと、剣と盾をしっかりと握り込む。そして「かかって来い」と言った。
奴は彼を睨み走る。しかし、先ほどのような機敏な動きではない。ニッケランの攻撃が機動力を奪っている。
間合いに入った。
ザザンは奴の動きを見切ることに集中する。先ほどのように下手を討つことはもうできない。
確実に避け、確実に攻撃する作戦だ。
奴は拳を固めると、顔めがけて打ち込んだ。慎重に動くと予測していたザザン。彼を裏切る形になったが、彼の目はしっかりと捉えていた。
奴の拳を最低限の動きで避ける。
耳には轟音と唸り声が鳴り響いた。
奴は拳を振るうたびに腹に痛みが走り、思うように動けないようだ。その証拠に苦悶の表情を浮かべ、体を硬直させている。
瞬間、彼は一気に間合いを詰めた。
狙うはニッケランの剣。今まさに最大の弱点と化した箇所を利用する。
(臓物を吐き出させてやる!)
ハーフソードを掴もうと手を伸ばす。あと少し。あとほんの少しで手が届く。ザザンは奴の顔を確認する。
まだ思うように動けないようで、もう片方の腕でザザンを掴もうと動くが間に合わない。
彼は右手に握られた剣を投げ捨てると、突き刺さっている剣を力一杯に握り込む。
そして、勢いよく横一線に腹を切り裂いた。
今までに嗅いだことのない濃厚な血の香り、臓物の刺激的な匂いがザザンを襲った。その瞬間彼は奴から間合いを取る。もしかすると、最後のあがきのようなものがあるかもしれない。
「い…いでぇ…痛えよぉ…」
奴の目には絶望が宿り、戦意は消え去っていた。腹からは大量の臓物が流れ落ち、それを必死に手で押さえている。
右手に握られたハーフソードを見ると血のりで赤く染まり、冬の気温に蒸気を上げていた。
「ザザン…よくやった」
背後でかすれた声をしたニッケランが言った。後ろを振り向き、微笑みかける。
「任せてくれって言ったろ?」
もう一度、奴の方を向くと、いつの間にか息を引き取っていた。
(もう大丈夫だろう)
彼はそう思うと同時にニッケランの元へ駆け出した。
「骨、イっちまったか?」
質問に彼はうなずいた。アバラを抑え、息を荒くしている。
「おーーい!」
遠くの方で聞き覚えのある声。オキタルだ。
彼の背後には何人もの兵士とモヤトが居るのが見えた。
「倒したんだ! あのデカブツ…ってニッケラン! どうしたの!」
甲高い声を上げたオキタルにニッケランは微笑む。
「大したことはねぇ。アバラを何本かやっちまっただけさ」
遅れて到着したモヤトと兵士たち。彼らは拳狼の死体に釘付けになっている。
「二人であいつを?」
モヤトは死体を指さし、口をパクパクとさせた。
「あぁ、そうさ。まぁ、ほとんどニッケランがやったようなもんだったが…」
ザザンの言葉に兵士たちは感嘆の声を漏らす。同時に安堵しているようにも見えた。
「おい、モヤトさん!」
遠くの方から声が響いた。一人の男が走ってきている。
「どうした! ゴラムさん!」
ゴラムと言う聞きなじみのない名前にザザンは首を傾げる。
「ゴラム…? そりゃ誰い?」
「さっき知り合ったばかりさ。あの人が大勢を引き連れて加勢してくれたわけよ」
ザザンはこの大人数の兵士たちがどこからやって来たのかを理解しうなずいた。すると、ニッケランが立ち上がろうとしているところが見えた。
すかさず、オキタルとザザンは肩を貸す。
「お、すまないな。二人とも」
彼の言葉にザザンは首を横に振った。
「いやいや、お前のおかげで勝てたようなもんだぜ? この戦」とザザン。
「最後にとどめを刺したのはお前だろ? ザザン」
「いや、そうだが…」
二人が言い合っているのを見てか、オキタルが口を開いた。
「じゃぁ。全員ってことで!」
聞いていた二人はその提案にうなずく。
「いいな、それ」とザザン。
「ありだな」とニッケラン。
三人は笑顔を作ると、近くのベンチへと移動した。もちろん、ニッケランを座らせるためだ。
三人はベンチに腰を掛けると大きく息を吐いた。ニッケランに関しては「痛てててて…」と声を発して
いたが。
すると、先ほどのゴラムという者がモヤトに話しかけているのが見えた。何やら不穏な空気を漂わせている。
「何かあったみたいだぞ」とザザン。
睨むような目でそれを見ていたニッケランもうなずいた。
「敵か!」
兵士の一人が叫んだ。彼の目線の先には無数の松明の光。兵士の大群が町に押し寄せてきているようだ。
そこで気が付いた。この町にいる大半の兵士が家の中に避難し窓から顔を覗かせていたことに。
ザザンが吹き飛ばされた家に誰も居なかったのは、Cの家に近かったからだろう。
「警戒しろ!」
ゴラムが叫び周囲の兵士たちは剣を抜き去る。すると、モヤトがこちらに近づいた。
「三人とも。問題発生だ」
余程の事態のようで額に冷や汗を浮かべている。彼は続ける。
「Bの家の護衛の一人を逃してしまったみたいなんだ。もしかするとあの軍団は魔操志の軍勢かもしれない」
それを聞いたニッケランが立ち上がろうと動いた。しかし、あまりの痛みに上手く力が入らないようだ。何度もベンチにしりもちをついている。
「ニッケランはここで待っていてくれ。どうにか先端を開いてみんなで逃げよう」
そう言うと二人が立ち上がりモヤトと共に兵士の方へ動いてゆく。
ニッケランは悔しい気持ちに包まれた。彼らと共闘できないこともそうだが、作戦が完全に成功しなかったことが何よりも悔しいのだ。
するとモヤトが叫んだ。
「ここまでやったからには最後まで戦うぞ!」
周囲の兵士が雄叫びを上げる。百人にも満たないというのに万の軍勢にも劣らない声量。周囲の音を震わせ、ニッケランにも届く。
「くそ!」
彼は自分の膝を叩きつけ、なんて自分は無力なのだと痛感する。
たった一人の人間にここまで追い込まれ、最後にはザザンに助けてもらう。
こんな惨めな思いは二度としたくない。もし、次があるならば誰にも負けない。英雄だろうが、魔操志だろうが、誰にも負けない。そう心に誓った。
「まて!」
軍勢が目の前にまで迫り、戦闘が始まるかに思えた瞬間、状況にそぐわない言葉が飛び出しニッケランは前を向いた。その声は聞きなじみのある声だ。
「反乱を起こしたのは君たちかい?」
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