正攻法
茶化すように大きく腕を広げた奴に苛立つ。しかし、あの規格外の力を思い出すと妙に冷静になった。
(冷静にならないとこれは死ぬな…)
奴との距離を測る。
刃走りの技を使用し、奴の首を貫けるのか脳内で検証する。
勝機は五分五分と言ったところ。奴には反射神経も十分にあるように感じたからだ。
ニッケランは体に異常がないか探る。奇跡的に軽い外傷で済んでおり、戦う分には問題は無かった。
彼は頭にかかった土を振り払うと立ち上がる。そしてハーフソードを勢いよく抜き去った。
「お! ここまでやる気のあるやつ始めて見たぜぇ!」
本当に楽しそうに笑っている顔。その顔が歪む姿を思い浮かべ、彼は深く集中した。
狙うは奴の喉仏。そこにハーフソードを突き刺し、一瞬でケリをつける。
いつも通り胸元へ剣を寄せると彼は息を整えた。
集中が増すほどに脳に入る情報は少なくなる。
色があせ、周囲は静まりかえり、認識できるものは減ってゆく。
最後に聞こえるのは己の心臓の脈動だけだ。
剣先が奴の喉仏を捉えた刹那。雷の光が奴の首へ走った。
ニッケランの手に握られている剣。その剣先が首を撫でた。皮膚を裂き、肉をえぐろうと動いたその
時、奴は動いた。
剣と同じ方向に倒れるとニッケランへ足の裏を向けた。
蹴りが来る。ドアを粘土細工のように粉々にした一撃が。
剣をがむしゃらに引き寄せると、出来るだけ丸まり、腹部をガードした。
瞬きほどの時間。その意味の無いような時間の差がニッケランの命をつなぎとめた。
丸太のように太い足が腹部へと突き進む。本来腹部に当たるはずだったそれは彼の腕に直撃し、彼を大通りの端へと吹き飛ばした。
短くない空中浮遊の旅。それを追えた彼に襲い掛かったものは地面に打ち付けられる無数の鈍痛だった。
魔操志に吹き飛ばされた時は地面が土だったこともあり、それがクッションになってくれた。しかし、今回は違う。
巨石を投げつけられたような衝撃が全身に伝わる。痛々しい声を出しながら彼は転がり回っていった。
ようやく停止する頃には服はズタボロで、体の節々が出血していた。しかし、奇跡ともいうべきか、骨折や脳震盪など戦闘が継続できないような損傷はどこにも見当たらない。
剣を拾い上げると奴を睨む。
無理な体勢での蹴りだったからか奴も地面に寝転がっていた。しかし、すぐに起き上がると腕をグルグルと回す。
「今のは最高だったな! お前、今まであって来た奴の中で一番だよ!」
おそらく本心から来る言葉なのだろう。彼の子供のような笑みがそう伝えている。
(このまま戦い続けても勝てる気がしねぇ)
ニッケランは奴を懐柔できないか模索する。
奴はどういう理由で魔操志側に着いているのか分からない男だ。ほんの僅かな望みだが、仲間に引き入れられるかもしれない。
意を決して叫ぶ。
「おい! 提案だ! 仲間にならないか!」
「あ? なんでそうなる!」
ニッケランは息を整えながら答える。
「魔操志に脅されたか、なんだか知らないが、もう奴らの側に着く必要はないんだぞ!」
彼は何故か笑みを浮かべた。それを無視し、続ける。
「俺たちがこの町の魔操志を殺して、この町を牛耳ってた奴らも殺した! あいつらに従う必要はもうないんだぞ!」
突然、奴が大笑いを始めた。腹を抑え、目には涙が浮かんでいる。
「ハハハハハ! お前、最高だよ! 剣の腕もあって、笑いの才能もあるんだなんてな!」
どういう意味だろうか。奴は気でも狂ってしまったとでも言うのか。
「俺が魔操志の側に着いてる理由。それは楽しいからだ!」
「楽しい?」
「ああ。そうさ」
笑いが収まると、途端に奴は大きく腕を広げ、高らかに叫んだ。
「戦! 戦が俺を呼んでいるのさ! 大量に人が死ぬような戦! 俺はそれを求めて生きているのさ!」
狂っている。奴は狂気的な顔を見せ、いまにも踊り出しそうに震えている。
「戦いが好きなら俺たちの側に着けばいいだろ! 俺たちの方が多く戦えるぞ?」
こんな狂った男を懐柔するのは気が進まない。しかし、今の状況を考えると背に腹は代えられない。何より奴に勝てるビジョンが見つからないのだ。
「いやダメだね。全然だめだ。俺は魔操志なんかとは戦いたくねぇ」
「お前ほどの実力があれば並の魔操志には勝てるだろ」
奴は面白くなさそうに目を背けると、口を開いた。
「お前は知らないのさ。奴らがどれほど恐ろしい存在なのかを」
「あ?」
奴はそう言うと走る構えを取った。
「さぁ交渉は決裂だ! 再開するぞ!」
言うと同時に猛烈な速度で奴は駆け出す。ニッケランは剣を強く握ると脳を目まぐるしく回転させる。
どれだけ考えても一瞬で戦いを終わらせられる未来は見えない。
(くそ! やってやらあ!)
最早、正攻法しか残されてはいない。
奴の動きを見切り、急所を切りつける。これの繰り返し。
ニッケランは覚悟を決め、駆け出した。
間合いに入るとすぐさま剣を構え、動きを見切ろうと集中する。
ニッケランは奴がすぐに攻撃を開始するものだと思っていた。しかし、奴は間合いに入ると突然立ち止まり、構え始めた。
背を丸め、拳を顔に引き寄せると、顔の上半分を覗かせる。まるで、彼の様子を窺がうように。
奴はニッケランの雰囲気が変ったことを察知したのだ。目つきが変り、確実に命を刈り取らんとする彼の姿に警戒を強めた。
対してニッケランは奴の構えに困惑していた。胸は腕に覆われ、脇は閉じている。首に至っては完全に隠れてしまった。
これでは急所を切りつけるどころの話ではない。
ニッケランは構えを変えた。腕を鞭のようにしならせ、敵を切り刻むような動きだ。質ではなく量で攻める。
剣を振るうと奴は簡単に避けてしまう。完全に見切られている。
しかし、そこで終わるような斬撃ではない。
力よりも技に重点を置いた構え。この構えの前では小手先の回避行動など意味を持たない。
剣を振るった腕はいつの間にか元の位置へ戻り、彼を切り裂こうと動いてゆく。さすがの拳狼もこの速度には追い付けない。ニッケランの攻撃が傷を作った。
肉を浅く切りつける程度で止まるような斬撃。これでは息の根を止めるには至らないだろう。
しかし、この攻撃の成功によりニッケランの動きはさらに早くなってゆく。一方的な攻撃にさらされた彼は戦意までも削がれていた。奴には勝てないと心のどこかで思っていたのだ。
だが、今は違う。希望を見いだし、戦意が回復した彼の目には拳狼の姿がしっかりととらえられている。
奴が顔めがけて拳を振るった。しかし、それは容易に避けられてしまう。
まるで風に舞う羽のように。
どんどんと傷が増え、同時に焦りが増え始めた奴は飛び退き間合いを取った。
「どうした。まだこんなもんじゃないぞ」
ニッケランの言葉に初めて顔を歪ませた。憎悪に満ちた目を見せ一言。
「図に乗るな」
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