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赤き日  作者: 溶接作業
二章

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剛腕

 片腕が二つに増えたかと思ったその時、視界が黒に染まった。その瞬間、夢で見た父の蹴りを思い出す。


 ニッケランは今までにない速度で屈んだ。屈む速度で内臓があっと浮き上がる。


 奴の拳が頭をかすめた。火かき棒を擦りつけられたような感覚に襲われ、同時に視界がグラッと揺れた。


 ほんの少ししか当たっていないのに脳震盪を起こしかけたようだ。


 上を見上げると笑みを浮かべた拳狼が見下ろしている。その光景に悪寒が走る。


 咄嗟に床を蹴り、不格好に扉の方へ下がった彼は目の前の光景に絶句した。


 攻撃を避けたことを認識したその一瞬で、奴は床に向かって拳を突き下ろしていた。床には穴が開き、木の粉が宙を舞っている。


「お前すごいな! この狭い場所で俺の攻撃を二回も避けるなんて!」


 好敵手を見るような目。無邪気な子供のような目をしている奴の姿が悪魔にしか見えない。


 拳狼という名より悪拳の方が似合っているのではないかとニッケランは思ったが、そんなことはどうでもいい。


 半ば混乱した脳で扉のノブに手を掛ける。混乱しているからか、簡単なひねる動作すら時間が掛かってしまった。


 扉が開いたところでニッケランは体をねじ込むように部屋を飛び出す。


「ザザン! Cは殺したか! 早く家を出ろ! じゃないとお前も…」


 背後で耳をつんざく爆音が鳴り響いた。走りながら背後を確認すると、ドアが吹き飛びランプの光に照らされた木の粉が舞っているのが見えた。


「逃げるのか!」


 吹き飛ばされたドアを見ると真ん中でへし折れている。蹴りを入れたようだが、人間離れしたその威力に冷や汗が増えてゆく。


 階段を今までにない速度で駆け下りると、ザザンと合流した。


「おい、どうした。そんなに冷や汗ダラダラで」

「お前のせいだよ! 良いから走れ!」


 玄関のノブに手を掛けたところで背後からまたも爆音。奴が階段を飛び降り、地面に着地した音だ。


「二人も獲物にありつけるとは! 今日は運がいいぜ!」


 猛獣の雄叫びのような声にザザンも察したようだ。


 ドアを思い切り開けると、二人は家を飛び出した。大通りに出ると背後から木のきしむ嫌な音共に、目の前にドアが吹き飛んできた。


 金具がひしゃげ、ドア本体も変に歪んでいる。まるで、ニッケランたちの将来の姿を予感させる。


「おい! もう逃げるなよ」


 ニッケランは舌打ちをした。


「チッ! ザザン剣を抜け! 迎え撃つぞ!」


 二人は振り返り奴の顔を見る。そこでザザンは初めて奴の全容を把握した。


 戦うために生まれてきたような姿。月明かりに照らされたその異形にザザンは息をのんだ。


「で、でかすぎるだろ…てか、ルート将軍よりも…」

「ああ! おまけにあの拳、一発でも食らったらああなるぞ」


 ニッケランの目線の先には、吹き飛ばされたドア。ザザンは嫌な想像をしてしまったようで顔を引きつらせている。


「お喋りはもういいか? たぎって仕方がねぇんだ!」


 奴は大声でそう叫ぶと一気に間合いを詰めてきた。構えもへったくれもない走り。にもかかわらず、あの体躯を思わせない速度で迫って来た。


 奴とニッケランの目があう。


 ニッケランは攻撃が来ると予感し、ロングソードを勢いよく抜き去った。そして、その勢いのまま奴の首めがけて切りつける。


 攻撃されているにも関わらず笑顔を深めた拳狼。無理やり立ち止まると、剣を寸でのところで避けてゆく。


 その態勢のまま奴は後ろへ拳を振りかぶると、筋力に任せ、彼めがけ腕を振りかぶった。


 拳の音とは思えない轟音。まるで丸太が矢のように飛んでいるような、鈍い音が空気を震わせた。


 ニッケランの顔に暴風が伝わる。まるで嵐が目の前で生まれたような不思議な風。しかし、彼の命を刈り取ろうとする風。


 彼は寸でのところで体をねじり、拳を避ける。耳には今まで感じたことのない風の音と空気を無理やり

押しのける重苦しい音が届いた。


 どうにか踏ん張り、体勢を整える。ニッケランは次の攻撃が来る前にもう一太刀浴びせようと奴を観察する。奴も無理やり動いたせいで無防備な姿をさらしている。しかし、身長差がありすぎて簡単には首を狙えない。ならば別の急所を狙うのみ。


 奴の脇めがけ剣を切りつけた。


 剣は奴とは対照的に甲高い音を響かせながら突き進む。しかし、奴の目はそれを追っていた。

 転がるように奴は飛び退く。体躯からは想像もつかない軽い身のこなしに、ニッケランの一太刀は失敗に終わってしまった。


「お前賢いな! 脇を狙てくる奴は初めてだ! ハハハ!」


 命のやり取りをしているというのに無邪気に笑っている拳狼。それとは対照的にニッケランは息を整えていた。


「化け物め…普通あの体勢から避けるか?」


「すまん、全然助けられなかった」とザザン。いつの間にか彼もグラディウスを引き抜いていた。


「仕方がないさ…奴のあの身のこなし見ただろ? 簡単にはいかねぇさ」


 息を整えながら言うニッケランに彼はうなずいた。


「あいつの背後を取れ。さすがに反対側に攻撃できるほど器用じゃねぇだろ」


 ニッケランの指示にザザンはうなずいた。奴と距離を取りながら二人は反対方向へ走ってゆく。


「二手にか! いいねぇいいねぇ! その手慣れてる感じ!」


 奴は首を何度も動かし二人の配置を確認する。ニッケランから目線を外したその瞬間、彼は間合いを一気に詰めた。


 刃走りのように構える暇はない。とにかく前かがみになり、奴が目を離している隙に出来るだけ近づく作戦だ。


 ある程度の所で目が合う。その瞬間、ロングソードはミゾオチめがけ突き進んだ。


「お!」


 この一瞬でここまで詰められるとは思っていなかったようで、奴は間抜けな声を出した。ニッケランはもしかすると剣が届くかもしれないと考える。


 しかし、その淡い思いは一瞬で打ち砕かれた。


 奴は球を蹴るようにして足を振り上げると、ニッケランの横腹へお見舞いする。


 彼は咄嗟に剣を横に移動させると蹴りをガードする。その瞬間、世界の時間が遅くなった。


 目の前に広がる光景に彼は自分を疑う。ロングソードが粘土のように曲がり、ニッケランの脇腹に触れた。その勢いは止まらず、彼を別の建物へと吹き飛ばしていった。


 気が付くと彼は土まみれになっていた。運よく花瓶へ吹き飛ばされたことで土がクッションとなり壁に叩きつけられた衝撃が弱まったようだ。しかし、蹴られた横腹には鈍痛が響いている。


 しかし、それよりも重大なこと。右手に握られているロングソードが折れ曲がり、水に濡れた紙のようになっている。これでは使い物にならない。


 ロングソードを投げ捨て、拳狼の方を向く。


 ニッケランの様子を観察する奴の背後に一つの影。ザザンが飛び跳ね、剣を首に突き刺そうとしている。


 奴と比べれば背の低い彼でも、ニッケランよりかは幾分もましだ。彼が跳ねれば十分首に届く。


 グラディウスが奴の首を捉えたかに思えた瞬間、後ろを勢いよく振り向いた奴の目とザザンの目があった。


「甘いわ!」


 ザザンの攻撃よりも早い速度で剛腕が鳴った。距離が離れているというのに、風を巻き込む鈍い音が届

く。


 奴は勢いよく体を反対側に向けると、その勢いのまま剛腕を彼へとぶつけた。剣が皮一枚ほどの距離で止まったかに思えた次には、民家へ彼は吹き飛ばされた。


 矢のように吹き飛んで行く彼。幸か不幸か壁には直撃せず、窓から中へと侵入していった。


 家の中からは何かが崩れ去る音。容体が心配になるがそれどころではない。奴がニッケランに笑顔を向けている。


 次はお前だぞと。


「まだやれるだろ? さぁ!」


最後までお付き合いいただき感謝いたします。

評価やコメントをいただけると、物語をより良くしていく大きなヒントになります。

ぜひ皆さまの声をお聞かせください!

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