初陣
「まだかな…」
オキタルは雲を赤く染める炎の嵐を見ながら呟いた。
番兵が来ないと始まらないこの作戦にひどく怯えていた。もし、モヤトが失敗していたらその時点でこの作戦は終わりを迎え、同時にオキタル達の首が吹き飛ぶことも確定してしまう。
そう考えると居ても立っても居られない、足がむず痒い症状に駆られるのだった。
「おい!」
突然背後から声を掛けられ大きく体が痙攣する。恐る恐る声の主を確認すると、そこにはモヤトと陰気な男が立っていた。
「モヤトさん!」
「シッ!」
無意識に大きな声を出してしまい、慌てて口を押える。どうやら彼の作戦は成功したようだ。
「この人は?」
「番兵だ。挨拶しておきな」
オキタルは彼に手を差し出し挨拶をする。
「よろしくお願いします」
すると彼は、ゆっくりと手を伸ばし、握手を交わした。
「あぁ…よろしく頼む」
彼の伸び切った髪と髭で表情は良く見えない。しかし、目には強い信念が宿り、長い牢屋での生活にも関わらず、体はがっしりとしているようだ。
「マリキュだ」
「え? あ、名前。僕はオキタルって言います」
二人は握手を解き家の様子を窺がう。
「反乱がバレている様子は無いな。よし、二人とも行くぞ!」
モヤトが言い、三人は玄関へ駆け出した。
ズボンのポケットに手を突っ込みお手製の鍵を取り出す。そして、恐る恐る鍵穴に突き刺した。
機械的な音と共にドアが嫌な音を立てながら開いた。このわずかな音ですら、今はとてつもない大きな音に変わる。マリキュを先頭に彼らは家の中へと足を踏み入れた。
「俺の踏む場所をよく見ておけ」
囁き声に二人はうなずいた。警戒は彼に任せ、神経を彼の足元へと集中する。ゆっくりと、木と融合させるように滑らかな動きで足を落してゆく。
二手に分かれている通路が現れた。三人は顔を見合わせる。一人がもう一方の通路を見張る必要があるからだ。
「俺が残る。二人は先に」
戦闘力を加味し、モヤトに残ってもらうことが得策だろう。オキタルではAを止められる自身は無かった。
「頼みます」
オキタルの囁き声に彼は親指を立てた。それを確認し二人はもう一方の通路へと進んでゆく。
進んでゆくと地下への通路が現れた。
「この先に奴はいる」
言葉に気が一気に引き締まってゆく。もしかすると、敵はすでにこちらに気づき、待ち構えているのではないかと変に勘ぐってしまう。
しかし、そんな邪推が災いし、足を踏み外してしまうのではないかとも思ってしまう。
オキタルは再度、足元にのみ集中する。とにかく一歩ずつ確実に成功に向かって近づいてゆくように歩みを進めた。
階段を下りてゆくと耳に寝息のような息遣いが届く。奴は近い。
しかし、階段を下りてゆくと同時に問題が発生した。
地上階までは廊下にランプが設置され足元が見えるようになっていた。おかげで、オキタルに正しい道順を歩ませることがかなっていたのだが、ここからはそうもいかない。
光源は一切なく、先は完全な暗闇。
オキタルは化け物の口の中に放り込まれた気分になった。すると彼が「ちょっと戻るぞ」と囁いた。
二人は地下階段への入り口まで戻ると話し合う。
「ここからはスピード勝負だ。ランプを持て。奴の寝込みを襲ってやる」
そう言うとマリキュは壁に掛けられていたランプを手に取った。それに続いてオキタルもランプを取り
上げる。
「マリキュさん。短剣で良ければ」
短剣を引き抜き渡す。彼はそれを強く握り、階段をゆっくりと降りてゆく。
見えるのはランプの光が届く範囲のみ。足元とほんの先だけだ。
目的地に近づくほどに脈が早まるのを感じる。ランプの中の小さな炎が揺れ動き、心理状態と重なり、
息が上がってしまう。炎が空気を全部吸っているのではないかと思うほどに。
突然、マリキュが停止した。
何事かと思い彼の背後から顔を覗かせる。宝を守るための鉄格子が見え、その奥にベッドが置かれている。
目を凝らしてみると、寝具が盛り上がっている。誰が寝ているのかまでは分からないが、少なくとも寝ている者が一人。
マリキュもそれを確認したのか短剣を握る手を強めた。手と鉄が擦れる音と炎が揺れる音が響く。
さらにゆっくりとした速度で歩みを進める。確実に奴を仕留めるために。
とうとう目と鼻の先だ。格子の影は揺れ動き、ランプの光がベッドの上を照らす。
起こしてしまうのではないかと不安になったが、幸いなことに起きる気配は一切ない。
すると彼が剣を抜くジャスチャーを示した。従い、懐からナイフを取り出す。持ち場に着く前にモヤトから渡されたナイフだ。
引き抜いたのを見て彼は格子の扉に優しく触れる。
鉄が擦れる嫌な音が響き、彼は一瞬制止した。しかし、奴は寝返りを打つでもなく、石のように固まって寝ている。
彼は安堵の息を漏らすと扉を完全に開ききった。
次の瞬間、短剣を思い切り上に振り上げ、頭から飛び込むようにベッドに突き刺した。鈍い音が部屋に響き、ベッドのきしむ音が鳴った。彼は復讐を果したことに満足したのか荒い息を吐き出し続ける。
しかし、聞こえる音はそれだけだ。短剣を刺されているにも関わらず、奴はうめき声一つ上げない。
熱くなっている彼もさすがに違和感を覚えた。シーツをめくり上げると、中には人の形に不格好に成形した人形が綿を吐き出し横たわっていた。
マリキュの片足に一筋の光が走った。
「ぐあぁぁぁ!」
彼は転がるように後ろに倒れ込むと、大きかった背中を丸め、足を抱えた。
しかし、オキタルの目はそこにはなかった。
ベッドの下から這い出てきた人物。Aその人だ。
「カッカッカ! 鼠め! かかったな!」
奴はベッドの下で待ち構えていたのだ。光の陰影のせいか、不気味な笑顔をオキタルに向け続ける。
「なんだガキか…だが気分転換にはちょうどいい! 一昨日殺したガキの感触が忘れられん!」
Aは剣を振り上げると奇声を上げながら切りかかった。オキタルは咄嗟に横に飛び退き、間一髪でそれ
を避ける。
しかし、後方に下がれば良かったと瞬時に後悔した。もっと距離を取ろうと動いた彼を鉄格子が阻む。
「くそっ!」
子供の甲高い声に奴は嫌な笑顔を深め、身震いする。
「いいぞ…ククク。もっと叫べ!」
またも彼を切りつける。
今度は縦ではなく横に振り回したが同時に体を屈めたオキタルが反撃に出る。
剣が空を切ったことを確認し、奴の顔めがけてランプを投げつけた。
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