弓
先頭を進んでいたジョンが敵の人数を把握しようと、小さく顔を出す。敵は茂みから出てきたところで立ち止まり、辺りを窺がっているようだ。
ジョンが茂みの中に戻ると、手で合図を出す。広げた指は人差し指のみだ。
(敵は奴だけか…)
ニッケランは考え込んだ。敵が本当に一人だけなら、複数人で忍び寄って静かに殺せるかもしれない。しかし、この状況で敵が一人なのが気に食わなかった。
敵からすれば、反乱兵にいつゲリラをされるのか分からない状況のはずだ。にも関わらず、奴は平然と周囲を見渡している。まるで、反乱兵がいくら束になったところで自分なら勝てると思っているように。
ニッケランは敵の武器に目を落とした。弓を握っている。しかも、一般の兵士に支給される弓ではなかった。反曲弓と呼ばれる、騎馬兵が愛用する弓だった。
突然、敵がニッケランたちの方を勢いよく向いた。彼らは呼吸すらも出来るだけ抑え、音を立てないように努める。
すると、敵は背中の矢筒から矢を一本取り出した。矢の先端はニッケランの方を向いている。弦がどれだけ強力に張ってあるのか分からないが、距離があるはずなのに、弦を引く音がはっきりと聞こえる。
次の瞬間、背後の木が鈍い音を発した。ニッケランは音を立てないように振り返る。
木に矢が刺さっており、リスが木に貼り付けにされているではないか。
奴の弓の実力に皆、戦慄していた。木を登っていたリスに反射的に奴は矢を射ったのだ。その、矢は誰の目にも止まらない速度で進む。最早、魔法と同じようなものだ。
ニッケランは再度、敵を観察する。ほんの少しでも動けば、一瞬にして息の根を止められてしまうだろう。何度も脳内で攻撃の算段を練るがすべて失敗に終わる。最後には皆が矢でいられ、血の海になる未来
しか想像できなかった。
(くそ! 動けないなこれは…)
奴が移動するまで耐えるしか道はないようだ。ニッケランがハーフソードを握り、神速の剣劇を繰り出したとしても、奴の矢の前では止まっているようなものだ。それを全員が理解していた。
誰一人として動き出すものは居ない。
しかし、なかなか敵は動かない。ニッケランたちの気配を察ししているのか、風が吹き、草が微かに揺れる動きにまで反応していた。
すると、奥の方で怒号が響いた。味方が敵と交戦し始めたようだ。
弓兵はもう一度辺りを見渡す素振りを見せると、ゆっくりと声のする方へ移動していった。
ニッケランの内心は安堵に包まれ始めたが、まだ安心はできない。奴の姿が完全に見えなくなるまで絶対に動かないと誓う。
とうとう奴の姿は見えなくなった。すると、オキタルが息を思い切り吐き出した。
「し、死ぬかと思った」
それを契機に皆が地面にしりもちをついた。まるで、蛇に睨まれたネズミが命からがら逃げだした気分だ。
ニッケランが口を開く。
「なんだよあれ…あんな弓使い聞いてないぞ」
「知らない。始めて見たよあんなの…おい、ミャアド。見たことあるか?」
エイリの言葉にミャアドが答える。
「知らねぇ」
彼は汗を大量に汗をかいたようで何度も額を拭っている。
ニッケランは記憶を総動員し、有名な弓遣いを思い出す。しかし、どれもあの化け物よりも弱い物ばかりだ。帝国兵にまだ、あんな隠し玉が居たとは思ってもみなかった。
すると、三度目の閃光が走った。
皆は進んでいた目的を思い出し、ゆっくりと腰を上げた。
「進むしかないが、さすがに地上はやめよう。またアレに遭遇するのは避けたい」
皆がミャアドの意見に賛同した。
ミャアドが先頭を行き、ゆっくりと進んでゆく。しかし、目的地はすぐそこだった。
突然動きを止めた彼は、地面を掻きむしるように爪を立て、隠し扉を開いた。そのまま中へと入ってゆく。
進んで行くと地下トンネルへ到着し、彼は腰に掛けていた松明に火をつけた。
何かを塗っているのか松明は勢いよく燃える。しかし、消えるような素振りは見せない。
ニッケランはジッと火を眺めながら、ミャアドに尋ねた。
「で、ここからどうするんだ?」
彼は答える。
「魔操志に近づいてゆくしかないだろ? 戦況を打開するにはそれしかない」
そう言うと、また進みだす。ミャアドは時折立ち止まると、壁に耳を添わせる。そのたびに小さく頷き、どの位置であがるのかを確認しているようだ。
とうとう、上がるときが来たようだ。彼が「よし、上がるぞ」と声を出し、近くの上へとつながる道を歩いてゆく。先ほどよりも足取りが遅いのは、先ほどの弓兵と遭遇するのが怖いからか、それとも魔操志が近くに居るところに出るからか。しかし、確実に足取りは重苦しいものになっていた。
彼は初めと同じように松明の火を消すと、ゆっくりと隠し扉を開いてゆく。先ほどよりも慎重に、何度も周囲を確認し、外へと出ていった。それに皆が続く。
外に出ると、即座に茂みへ入ってゆく。全員が茂みの中に隠れたことを確認したミャアドが口を開いた。
「魔操志だけを狙うぞ。帝国兵に出くわしたとしても無視しろ。下手に騒がれたら、さっきの奴に殺されかねん」
異議を唱える者はいなかった。皆が彼の意見に賛同する。
ここで、ジョンが口を開いた。
「一度このまま茂みの中で隠れ続けた方がいいと思うんだが、どうだ?」
「理由は?」
エイリの質問に彼は答える。
「地下トンネルを使用した関係で、魔操志がどこに居るのか見失っただろ? もう一度奴が魔法を打つまでの間・・・」
突然、異様に眩い光と耳をつんざく轟音が襲い掛かって来た。本能的に体を屈め、ダンゴ虫のように小さくなった。背中から、勢いよく風が流れているのを感じる。
現象が収まると、全員が慎重に顔を上げているのが見えた。茂みから顔を出すと、そう遠くない距離の木が目元から折られ、毛ばったような姿に変わり果てている。
すると、さらに奥の方から何人かの帝国兵を引き連れている者が現れた。
ニッケランは目を細め、観察する。
周囲を取り巻いている帝国兵は見慣れた姿だ。しかし、その取り巻きを従えている者の姿は違う。装飾が施されている。
(あれが魔操志だな…)
前回の魔操志ほどの派手さは無いが、確実に一般の兵士よりは身分が高そうだ。ニッケランがジョンの方を向くと、彼は無言でうなずいた。彼も同じ意見のようだ。
ニッケランは出来るだけ小さな声でミャアドに話しかけた。
「おい、どうする? 多分、魔操志だぞ?」
彼はうなずくと、考え始めた。
すると突然、奴らの背後から味方が現れるのが見えた。地下トンネルから背後に回った様だ。
それを見ていた彼は皆に意見を伝える。
「同胞が戦っている間に出来るだけ近づこう」
音を立てないように駆け出す。雑草はニッケランたちが動くたびに揺れているが、彼らはそれに気づいていない。
身なりの良い敵が同胞へ掌を向ける。すると、眩い光と共に、何かが飛び出すのが一瞬見えた。しかし、光が強すぎて直視できない。
次には轟音が鳴り響き、同胞の一人が消えていた。
地面がえぐられ、残された仲間は戦意を喪失したのか逃げようと反転する。しかし、魔操志の取り巻きがそれを許さない。
奴らは逃げる仲間の背を切りつけ、倒れ込んだところに剣を突き刺した。さすがにこれ以上は近づけない。同時に、皆が木の陰に身を潜めた。
敵との距離は三十メートルほど。ニッケランは木の影から顔を覗かせ状況を確認する。
味方を殲滅し終えた敵は、何かを話し合っていた。いや、話し合っているというよりは魔操志の一方的な要求に帝国兵が困っているようだ。
背負っているロングソードに手を掛け、脳内で襲い掛かる想像をする。しかし、どうしてもあの閃光が厄介だ。一撃で敵を屠るには距離がありすぎる。
仲間の様子を確認すると、同じように困った顔を見せていた。しかし、一人だけ違う者がいた。
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