長老
ニッケランは飛び起き、腕を確認する。
目で見て、触れて、つねってみる。しっかりと動くし、温かい。途端に安堵し、息を吐き出した。
毛布をどかし、床に足を落とす。そこで気が付いたが、体は水をかけらたように濡れており、変に喉が渇いていた。
「今までで一番最悪な夢だった…」
まさか、本当に父に殺される時が来るとは思いもしていなかった。それに悲しい顔を見せるとも、謝って来るとも思っていなかった。
考えたいことは山ほどあるが、夢の中の出来事だと思うと、考える意味はないように感じる。それよりも、まずはこの体と喉の渇きをどうにかしたい。
ニッケランは靴を履き、新しい服を抱え、仲間を起こさないよう、静かに外へと出ていった。
外は青色で、まだ太陽は顔を見せていない。次に耳を澄ます。
水の音は聞こえず、近くに川はないようだった。そこで、井戸を探し始める。少しの間、村の中をぶらぶらと歩いていると見つかった。
水をくみ上げ、飲み込む。案外ちょうどいい温度で腹を下すこともなさそうだった。
次に、服を脱ぎ捨て、体を洗い流す。川の水よりは温かいものの、それでも十分寒い。とっとと体を洗い流し、新しい服を着た。
「いつも、この時間に?」
聞き覚えのある声だ。振り返ると、そこには長老が立っていた。
「いえ、いつもはもっと遅いですよ。長老はいつもこの時間に?」
「いつもこの時間に散歩をしてるのですよ。なにせ、早く起きてしまいますから」
そう言うと、彼は水を汲み始めた。
「今からまた寝るんですか?」
「いえ、多分寝られないので…適当に過ごそうかと」
「それでしたら家に来ますか? 温かいですし、飯の用意もありますから」
ニッケランは一人になりたくないと思っていた。そのため、この誘いはとてもありがたいものだった。
「ええ、ぜひお願いします」
長老は水を飲み終えると、ニッケランと共に家に戻っていく。
「長いこと傭兵を?」
「えぇ、一五年ほど」
彼は驚いた顔を見せていた。少し考え込むと口を開く。
「私も長いこと戦場に身を置いていますが、前線に立つことはほとんどないんですよ。多分、戦場に立った期間は長くても三年と言ったほどでしょうか」
「私が異常なだけですよ」
そう言うと老人はどこか納得した様子を見せた。
「あなたの事、エイリがとても気に入っていましたよ。何やら感じるものがあると」
「感じるもの?」
「心強い仲間が出来たと嬉しがっていましたよ」
変に期待されていることを知り、緊張してしまう。余計にこの作戦が失敗できないものになってしまった。
ニッケランは苦笑いを見せ、この話を深堀しないようにする。
長老はもっとこの話題を深堀したそうだったが、それよりも早く目的地に着いてしまった。
彼がドアを開けてくれたことに感謝を述べ、家の中へ入って行く。外の肌を刺すような寒さに対し、こちらは太陽の下のような温かさだ。
「今はこの部屋に用はないので、奥に行きましょう。そちらの方がゆっくりできる」
そう言われ、ニッケランは着いていく。地下室に続いている階段を下りてゆき、目的の部屋へと進む。中に入ると決して質素ではないソファーが二つ。暖炉を囲んだ配置で置かれていた。
長老が先に座ったことを確認し、腰を掛ける。ソファーは想像以上に柔らかく、ルート将軍の天幕で座った椅子よりも、好みの座り心地だ。
少しの間、二人は暖炉の中の火を眺めたまま黙っていた。部屋の中は時折、火の粉がはぜる音が聞こえるのみだ。
すると、長老が口を開く。
「ミャアドとはどのように出会ったので?」
「えーと…魔操志を倒した後、将軍に事のてん末を伝えるタイミングで出会いました」
「そうですか…本人からも聞きましたが、本当に魔操志を倒したので?」
質問の意図が分からず、変に長老を見てしまった。
「いえ、疑っている訳ではないので…いや、正直に言いましょう。疑っています」
「その…なぜ?」
彼は何かを思い出すように、一瞬黙った。
「…魔操志が現れ始めたのは何年前か覚えていますか?」
「え? ここ数年? 五年ほど前だったような」
「そうですよね。でも、それは 二百年戦争。つまり王国と帝国の戦争での話なんですよ」
「と、言いますと?」
彼はため息をつくと、暖炉の中の火へ視点を移す。
「我々、反乱軍からすれば、十年ほど前から魔操志は存在しているのでよ」
ニッケランは驚き、長老の顔を見た。特に嘘をついている様子は無く、むしろ、
嫌なものを見ているようなひきつった顔をしている。
「当時は魔操志もここまで強力な存在ではなかったのですよ。と言うのも彼らも成長途中だったのか、ニッケラン殿が戦ったような人を超えたような力は有していませんでした。それでも強かったのですがね」
彼は乾いた笑い声を出し、続ける。
「それで、多くの仲間を失いました。大切な仲間を大勢」
「それで、私が魔操志を倒したことが信じられないと?」
長老は静かにうなずき、ため息をついた。
「あなたの話はミャアドから昨日の夜に散々聞かされました。まるで英雄譚でしたよ。本当に、本当にね」
「どうしたら信じてくれますか?」
ニッケランは、彼が自分を信頼してくれるにはどうすればいいのかを考えた。そして、彼は別に自分を信用していないわけでもないと感じていた。それは何故か。
彼は期待してくれているのだ。しかし、ニッケランはよそ者で、本当に魔操志を倒してくれる男だとしても、その先に何が待っているのかが分からず、恐怖を感じているのだ。もしかすると、魔操志に取って代わる存在になるつもりではないかと。
彼は唸りを上げ、ニッケランの方を見つめている。
「――そうだな…一つ約束してほしいことがある。本当に、君が帝国の現状を打開して、果ては王まで倒してしまったとしよう。そのまま王になることも私は許そうと思っている。しかし、一つだけ譲れないものがある」
「王になるかはわかりませんが、その約束、聞き入れましょう」
「民をすくってくれ。この二百年間、戦に次ぐ戦で本来生まれるはずだった、長生きするはずだった命まで消耗してしまっている。それを被るのは民で、力の無い物ばかりだ。それが私は許せないのだ」
「分かりました。必ず、魔操志からこの国を救い、果ては戦争を終わらせて見せます」
自信は無いし、これが実現できるとも思っていなかった。しかし、彼を安心させ、仲間として受け入れてもらうには、これを言うしかないのだ。それを彼も理解しているだろう。嘘はついていないが、有言実
行できるかはわからないことに。
長老は唸り、ニッケランの顔をマジマジとみる。
「そうか…そうか…頼んだぞ」
そう言うと彼は少し微笑み、「飯を取ってくる」と言い別の部屋へと移動していった。
一人残されたニッケランは暖炉の火を眺めながら、物思いにふける。
本当に自分は魔操志を討つことが出来るのか。
民を解放することが出来るのか。
この戦争を終わらせることが出来るのか。
どれだけ頭を回転させても、ほんの少しのビジョンも見えなかった。しかし、一つだけ分かっていることがある。
(とにかく魔操志は消さないとな)
民を救うのはそれからだ。この国を腐らせている原因をまずは消す。それだけに集中することにした。
すると、ドアが開き、長老が二つのお盆をもって部屋に入って来た。さすがに二つのお盆を持ちながらドアを閉めるのは大変そうだ。ニッケランは運ぶのを手伝い、二人でソファーに腰を掛けた。
お盆の上には、昨日の残りのスープに、固いパン、焼いた腸詰と野菜が乗った皿があった。
昨日が異常なだけで基本はこの程度。むしろ、これでも贅沢な方だ。
二人は各々のタイミングで食事を開始すると、他愛のない会話を始めた。
「お前さん、女はおるのか?」
「居ない、居ない」
そう言うと、長老は笑い始める。
「若い男がそれじゃぁダメだろう?」
「戦場に女は居ないだろ?」
「何言ってんだい。現にラキアがいるじゃねぇか」
痛いところをついてきた。さすがにこれには反論でき無さそうだ。
「いや…まぁ…彼女はイレギュラーだろ?」
そんな他愛のない話を続けているうちに、二人は食事を終えた。すると、上の階が騒がしくなった。
「ん? 起きたやつがいるな?」
長老はそう言うと、一階に戻ろうと動いた。それにニッケランも続く。階段を上り、昨日集まった部屋に出た。すると、そこにはミャアドとエイリが居た。
「どれぐらいの規模なんだ?」
やけに焦った様子でミャアドが質問をしている。
困った様子でエイリが答えた。
「正確な数は分からないが、今までの中でもかなり大規模な…長老!」
話の途中でこちらに気が付いた彼は大きな声を出した。すると、勢いよく長老に近づき、必死に説明を始める。
「大変です! 帝国軍の大規模部隊が森に!」
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