この先
「おい、起きろ」
聞き覚えのある声で起こされたニッケランは目を開ける。視界の端には草原の植物がユラユラと動き、中央には嫌いな人物が居た。
「なんだよ」
「稽古だ」
「夢の中ぐらい別の事をしようぜほんと……」と彼は起き上がろうと足を伸ばす。すると、靴に固い感触が伝わった。
立ち上がり足元を確認すると太陽に輝く一本の剣。刀身にはいくつもの傷があり、その一つ一つに嫌な記憶が詰まっている。
彼は剣を構えると覚悟を決める。
歯を強く嚙み合わせ、目には力を入れた。
「お前は運命ってあると思うか?」
「は?」
剣を振るってくると思った矢先の質問。思わず、変な声を出した。
「だから、運命だよ。未来の事は決まっているって考えだ」
「知らねぇよ。そんなこと」
「まぁ、そのうち嫌でも考えることだ」と父の表情は真剣そのもの。しかし、その目線の先にはニッケランが居るようには感じない。どこか別の場所を見ているような遠い目だ。
そう言うと彼は突然、剣を構えた。咄嗟に守りの体勢に入る。
「ここから先、守ってばかりじゃ続かないぞ? 常に隙が無いか観察し続けろ。」
「なんだよ、先って」
「後悔は無しだ」
父はそう言うと、突然とびかかって来た。両手で剣を振りかぶり、脳天を割る気なのだ。しかし、前回のようにはいかない。
ニッケランは父が振るった剣を避けるようにして、前へ飛び込み、攻撃に転じる。
「もらった!」とニッケラン。剣先が頬をかすめる寸前で避けた彼は剣を前方へ突き立てた。
このまま剣は腹を貫き、勝利できると思った。しかし、父は想像に反した動きを見せる。
体をねじり、突きへと転じたのだ。鋭い音を奏でる鉄がすぐそこまで迫ってきている。
(くそ! 相打ちはごめんだ!)とニッケランは咄嗟に横に飛び退き、勢いそのまま距離を取った。
「ちょっとは学んでるみたいだな」と父。どことなく嬉しそうな様子が気に入らない。
(息子の命を何だと思ってんだ……くそ…現実の稽古よりも厳しいなこりゃ…)
明らかに息の根を止めに来ている攻撃だった。避けられていなかったら、体のどこかに穴が開いていただろう。
「おい! 稽古なんだよな?」と汗ばむ彼。しかし、父は何も答えない。
それどころか剣を構え、ニッケランを捉えている。
(夢だからって死ぬのは怖いんだ! 負けてたまるか!)と彼も構えを取る。
―――場に似合わない爽やかな風と草木の揺れる音が辺りを占めていた。
二人は不動を保っており、ゆっくりとしかし確実に太陽は沈み、二人が立っている足元は先ほどよりも明らかに沈降していた。
(まさか、待っているのか?)と父を窺う。
殺気を纏っているものの、動く気配は一切ない。しかも、攻撃的な構えを取ることの多い彼が珍しく守りの構えを選択している。
ニッケランは確信する。攻め手に回ったことを。
「どうしたもんかぁ……」と囁いた彼。
誘いに簡単に乗るわけにはいかないと頭では分かっていた。しかし、このまま何もしないというのはもっと嫌だった。
体勢を低くし、剣を胸元へと寄せ、目を閉じる。足に力をため、地面を蹴り上げるイメージ。それを何度も繰り返す。
そして、地を蹴った。蹴り上げた地面がえぐられ、土が顔を覗かせている。しかし、その場に彼は居ない。
剣と共に宙に舞う彼は、父の心ノ臓を捉えている。
突き刺す寸でのところで父の顔を窺った。どんな間抜けな表情を見せているのかと期待したからだ。しかし、違った。
父は恐ろしいほど冷静で、草原を氷草へと変えてしまうような目をしている。こちらが圧倒的に優位なはずなのに、脳みそは危険信号を発した。
(集中だ! 俺!)と嫌な考えを振りほどく。父の仕草は全てブラフなんだと。
しかし、想像通りに事は進まなかった。銀に輝く何かが目の前を流れていったのだ。
「ぐぁぁぁぁぁ!!」
途端に今まで味わったことのない激痛が走り、後方へ吹き飛ばされた。
地面に転がり、体の節々に鈍痛が響く。しかし、それ以上に剣を持っていた腕から、耐えようのない痛みが出続けている。
恐怖心に駆られ、状態を確認する。
無い。剣を握っていたはずの腕の一部が無くなっている。血が絶え間なく流れ、生気を吐き出していることが分かる。しかし、それ以上に恐怖と痛みに襲われ、何も冷静に考えることが出来ない。
父が迫ってきている。ニッケランは不格好に体を引きずり、必死に逃げようともがいた。
草原にニッケランの血が広がり、父の後ろには自分の腕が転がっていた。
「やめて! これ以上はとても」と失った方の手で身を守ろうとする彼。
しかし、父は何も言わず剣を心臓へと突き刺した。
心臓を突き刺されたからか、血を流し過ぎたからか、意識が遠のいてゆく。視界は歪み、口からは何かが溢れ出てきている。
(ちくしょう…ここまでか…)と夢の出来事であることも忘れ、ニッケランは自分を殺した者を睨む。
―――切ない表情だ。まるで被害者のように助けを求める表情だ。
「自分で殺したくせに……」
すると、父は口を開き囁いた。
「すまない………運命なのだ」
ニッケランは力なく野原に身を委ねると天を仰ぐ。いつの間にか太陽は消え、月が顔を見せていた。視界がぼやけているせいか、巨大な目のように見えて気味が悪い。
彼は静かに目を閉じる。これ以上、悪夢を見続ける気にはなれなかった。
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