飯
「おいおい! 辛気臭い話ばっかりじゃ息が詰まっちまうぜ! まずは飯だ! 客人が居るってことで今回は豪勢だぞ!」
ヤクトンがドアを開けた一瞬で、部屋は本能を刺激される匂いで満たされた。彼の手には大型の皿が乗っており、その上には、これまた大きい肉が何かの葉っぱの上に載っている。
「よっこらせ!」と彼は落とすように皿を机へ乗せる。
鼻は肉の香りで、口の中は唾液で満たされ、先ほどの話など忘れてしまいそうだ。ニッケランは思わず聞く。
「なんて料理なんだ?」
「ん? そのままだな…猪肉をラヴァル葉(バナナの葉のような植物)で包んで蒸し焼きにした料理だ。合わせる調味料が肉の中に浸みて、なおかつ余分な脂を葉っぱが吸ってくれるからな、本当にうまいぞ」
「ヤクトン! 何サボってる! とっとと下に降りてきて、付け合わせを取りに来い!」
「くそぉ…なんで俺ばっかり!」下から長老の声が聞こえ、ヤクトンは嫌そうに戻ってゆく。しかし、彼の様子に気が付く者は誰一人としていない。
(ちゃんとした肉なんて……何年ぶりだ?)とニッケラン。彼以外の者も全員、肉に釘付けだ。
「ほら! 付け合わせ!」
戻って来た彼の手には、また大皿が乗っていた。その上にはパンや香辛料の入った皿、食器などが置かれている。パンは焼けたてなのかこれまた香ばしい。ニッケランは肉とパンを同時に頬張る想像をし、喉を鳴らした。
「重~い!」とエルノ。
彼女の両手には鍋が握られており、複雑ながらも良い香りを漂わせている。
「これは付け合わせ…こっちは皿な…この鍋の中にはスープが入ってる。まぁ、簡単なもんだがな」
彼は彼女から鍋を受け取ると、机の上に静かに置いた。そして、持ってきた皿を取り上げ、中に注いでゆく。
「これは、いろんな具材が入ってるな…」始めに配られたジョンが小さくささやいた。
「本当だな…贅沢なスープだ」とニッケラン。
本当に色んな具材が入っている。ジャガイモ、タマネギ、にんじん、腸詰も入っているようだ。
すると、部屋の奥から長老が現れた。その手には陶器製の大きなツボのようなものをぶら下げていた。
「酒だ」
長老の言葉はニッケランを興奮させた。酒なんて滅多に口にできないし、それに肉料理まであるときている。この場にいる全員が表情を緩ませ、お互いの様子をうかがっていた。
「おい、ヤクトン。何か手伝うことはないか?」とエイリ。
「お? 珍しいじゃないか…って肉じゃなくて俺を見ろよ!」
「手伝うんだから良いだろ?」
すると、これ以上待ちきれない者がもう一人。
「俺も手伝うよ」とミャアド。
「いつもこんな感じに手伝ってくれると嬉しいなぁ!」
気が付くとニッケランたちも手を貸していた。こんな贅沢な飯を冷やすことなど許されない。彼らは戦場にでも立っているかのように敏捷な身のこなしで準備を進める。
とうとう、食事の用意が整った。目の前には今まで食べたことのないような量の肉に、スープ、パンに香辛料、果ては酒まで用意されている。
―――誰かが言ったわけでもないのに、全員が同時に食事を始めた。
(まずは酒だな…)とニッケランは酒を近づける。並々注がれた酒は揺られるたびに果実のような香りで鼻をくすぐった。
久しぶりの酒に妙に緊張する。しかし、匂いを嗅ぐたびに脳みそはフワリと舞い、気が付くと口へと運んでいた。
果実のように甘く、後味はすっきりとしていて残らない。一瞬で体が熱くなり、腹が余計に減ってしまう。その流れのまま、ニッケランは肉にかぶりついた。
猪肉とは思えないほどに柔らかい肉。甘く香ばしい匂いに、濃厚な味付で思わず笑顔になってしまう。先ほどの酒との相性も抜群で、酒が水のように進む。
さすがに、この速度で酒を飲むのはまずいと思い、パンとスープに手を伸ばす。
(なんだこのパン…)
今まで一度も食べたことのない真っ白なパンで、手に持つだけで崩れてしまいそうだ。ちぎって口に放り込むと、パン単体でも香ばしく、小麦のいい香りが広がった。
パンに口の中の水分を奪われ、スープを飲む。平凡な味付だが、一休みできるのはありがたく感じた。
ふと、周囲の様子を窺うと全員が食事に夢中になっている。食事中に話すことは出来なさそうだ。
(オキタルはどんな調子だ?)と彼の様子を窺う。
目を輝かせ肉を頬張る彼。あまりの美味しさに笑顔になっている。そんな彼の様子にニッケランの心は喜びに満たされていた。
(やっぱ子供には笑顔が似合うな)
喜びに浸ったニッケランは再び食事を進める。この瞬間をとにかく噛みしめることに集中する。
ーーーー食事が済むと、全員が余韻に浸っていた。
ニッケランはチビチビと酒を飲みながら、幸福感を噛みしめていた。戦場でこんな豪勢な食事が出ることはまずありえない。出るものと言えば、乾いたパンに、冷えた腸詰。たまに干し肉や少ない野菜を煮込んだスープだった。
「今日は暗い話は無しにしよう。もう、夜になってしまったし、君たちも疲れているだろうしな」
長老が静かに言った。それに合わせてミャアドが動く。しかし、彼の足取りはフラフラで明らかに酒におぼれている。
「よし! お前らついてこーい!」
「ありがとう。最高にうまい飯だった」と何とか言葉を絞りだしたニッケラン。
「うん!」
唯一酔っていないエルノが反応してくれた。それに笑顔で返すと、ミャアドに続いてゆく。
外に出ると、乾いた風が撫でてくる。鼻がツンと痛み、思わず顔をしかめた。
「あっちだ。あっちにお前ら用の家がある!」
ハイになっている彼の案内に四人は着いていく。皆おぼつかない足取りだ。
意識がもうろうとしているからか、一瞬で目的地へとついてしまう。家の様子を窺うと、先ほどの家
と比べれば小さいものの、四人が済むには十分の大きさだ。
「俺は帰る! 中に入ったらあとは好きにしろぉ」
「おう! ありがとうな!」
風が吹くたびに振られながら帰るミャアドにザザンが声を掛けた。ザザンも地に足は着いていないようだ。
四人は家に上がり、中の様子を物色する。
外見から察していたが、中は木造だ。しかし、風が通ってくることは無く、しっかりと土壁が設けられていることが分かった。
地下室もあるようで、そこから地下トンネルに繋がっているようだった。
「地下室まであるとは、かなり広いな」
唯一、そこまで酔いが回っていないジョンが冷静に言う。しかし、彼の声など誰の耳にも届いてはいなかった。
「特に嬉しいのは、それぞれに部屋があることだな!」とザザン。
それぞれの部屋はそこまで大きくないが、一人部屋にしては十分な大きさだった。
疲れ切ったニッケランは自分の部屋に入って、すぐさまベッドに飛び込んだ。
寝具に包み込まれた瞬間に睡魔に襲われ、現実から遠ざかってゆく。夢の中は、心地の良い風が吹き、体を暖かな光で包み込む。
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