戦後処理
「将軍様!」
ザザンの叫びが、ニッケランの体を硬直させた。まさかこのタイミングでルートが帰ってくるとは予測していなかった。
何を言われるのかと思い、ニッケランの心臓は跳ねて仕方がない。
ルートは目を点にさせ口を開いた。
「何をしているロヴァニアよ…ニッケランの傷がまだ治っていないではないか」
女は大きく口を開く。
「こいつが全く言うことを聞かないから! それで…」
「説明もなしにしたんだろ?」
女はバツが悪そうに目を泳がせると、ニッケランを睨んだ。
ニッケランは助けを求めるように目線を送ると、ルートは笑い出した。
「ハハハ! そう怖がるなニッケランよ。ロヴァニアは少々荒いところもあるが、治療の腕は一級品だ」
ニッケランはゆっくりと女。ロヴァニアの方へ目線を動かすと、まだ睨んでいることを確認した。
「体の力を抜け、ニッケランよ」
さすがに二度も言われてしまったら、従うしかない。
ロヴァニアはルートの言うことを聞くニッケランの姿に不満なのか、何かをブツブツを呟いている。
しかし、ニッケランはハサミが迫る光景に釘づけで内容を聞き取るどころではなかった。
ハサミの先端が触れ、ニッケランは歯を食いしばり、目を閉じた。
激痛がくると思っていた。しかし、伝わって来たのは妙に鈍い、ハサミで中をいじられている感覚だけだ。
薄目を開け、確認すると、ハサミが中から顔を覗かせたり隠れたりしている。
鮮血が流れ、その光景にザザンは目を反らし、青ざめていた。
彼女の顔を見ると、真剣な顔で傷口を見つめている。目を瞑っている間に他の者と入れ替わったのかと思うほどだ。
「よし…」
ロヴァニアは小さく呟くと、今度は針と糸を取り出した。その足元には、どこからか取り出した布の上に、ニッケランの肉片が乗っている。
さすがにおぞましい光景に目を反らし、ロヴァニアの作業に集中することにした。
器用に、大きく開いた傷口をつなぎ合わせると、まだまだ続くと思っていた治療を終えてしまった。
「アンタ運がいいよ。骨を上手いこと避けてるね」
ニッケランは意味を理解することが出来なかったが、悪いことではないらしいので、苦笑いを見せた。
ロヴァニアは瓶の中に残っている少量の薬品をもう一度傷口に浴びせる。
「よし!」
満足したしたように叫ぶと、銀箱の中に道具をしまった。
ニッケランは薬品に濡れた肩をそっと震える手で触れた。想像以上に緊張した作業で、一気に老けたような気がする。
その様子にいつの間にか目の前の椅子に座っていたルートが高笑いし始めた。
「どうだ、ロヴァニアはうまいだろ!」
大がかりな治療は経験したことがなく、ニッケランは反応に困った。とりあえず、作り笑いをする。
すると突然真剣な顔になったルートが口を開いた。
「よし、ロヴァニアは自分の天幕に戻っておれ。ここからは最低限の人間だけで話さねばならん」
ルートの声が場の空気を重たくした。左右に座っている従者らしい者たちもまた、険しい顔をしている。
ロヴァニアはニッケランを一瞬睨むと、即座に天幕の外へと向かっていき、素早く出て行った。
「では、話を始めましょうか。オキタル。ザザン。二人も椅子に座りなさい」
ルートの横に座っている男が静かに言った。
オキタルとザザンはそれに素直に従うと、椅子にゆっくりと腰を下ろした。
座り終えたことを確認したルートが話を始める。
「まずは、ニッケランよ」
「はい」
「今回の戦で魔法使い…魔操志を討ったそうだな。軍を代表して感謝しよう」
そう言うと、ルートは顔を机に当たりそうなほど深々と下げた。それに合わせて左右の従者たちも頭を下げる。
「いえ! そんな…お顔を上げてください!」
ニッケランは褒められた嬉しさも感じていたが、軍のトップである将軍に頭を下げられるという異様な光景に、喜びが緊張で上書きされた。
しかし、ニッケランの反応を余所に、彼は頭を下げたまま話を続けた。
「今回の戦、ニッケランが魔操志を討っていなければ確実に負けていた。これはこの上ない事実なのだ。
ニッケランよ。素直に気持ちを受け取ってほしい」
ニッケランは顔を上げさせようと口を開こうとした。しかし、それが将軍に対しての侮辱になると考
え、思いとどまった。
「ありがとうございます。将軍にお褒めいただき光栄です」
ルートはそれを聞き、ゆっくりと顔を上げた。
「それで、お前たちに頼みたいことがある」
ニッケランたちは顔を見合わせた。
「単刀直入に言おう。帝国内部に侵入し、敵の主要人物たちを暗殺してきてほしいのだ」
三人は口を開けたまま硬直した。話の流れが一切つかめない。
その様子に苦笑いをしたルートは、従者の一人に目で合図を送り、天幕の外へと移動させた。
ルートは苦笑いのまま話す。
「ちょっと言葉足らず過ぎたな。ここからは順を追って話をしよう」
するとルートはローブの中から一冊の本を取り出した。それを静かに机に置くと、即座に開く。
「ニッケランよ。魔操志を倒した者は王国の中に何人いると思う?」
ルートは静かに呟くと、ニッケランの目を見つめた。
ニッケランは目を見つめられ緊張してしまう。
「そうですね…4人ですかね…?」
ルートは静かに息を吐くと、虚空を見つめた。
「そうか…まぁ私も立場が逆ならそう考えるだろう」
ルートは落胆した様子で話しを続けた。
「0人だ」
「え!」
ニッケランは思わず、声を出してしまった。まさか一人もいないとは考えてもいなかった。
すると隣のザザンが肘を横腹にぶつけ、小さな声で囁いた。
「お前、失礼だろ! その反応!」
そう言われハッとした。
即座に謝ろうと口を開きかけた。しかし、ルートの方が早かった。
「気にしなくて良い。質問をしたのは私の方だからな」
ルートがそういうのだ。本来ニッケランは謝るべきではない。しかし、謝らないと気持ちが落ち着かない。ので、ニッケランは少しだけ頭を下げた。
ルートの方を見ると、ニッケランの行動に何か思う表情にはなっておらず、少し安心する。
ルートは仕切り直すように咳払いをし、口を開いた。
「それでだ。王国初の魔操志討伐者であるニッケランに問いたいことがある。奴と戦って感じたことや、気づいたことを話してほしい。」
「わかりました」
ニッケランは記憶に新しい魔操志との死闘を思い出す。魔操志の戦い方、名前、見た目、どのように魔法を打つのかなど、役に立ちそうな情報をルートに説明した。
説明されるたびにルートは何故か、本に忙しく目を落とした。
一通り、ニッケランが話し終えると、天幕は静寂に包まれた。しかし、徐々にルートの従者たちがヒソヒソと話始め、信じられないという顔をしている。
ルートは本を睨むようにして見入っていた。
話し終えて少しの時間が経つと、将軍は目を閉じ、ため息をつく。
すると、片手をあげ、従者たちを黙らせた。
「信じるほかあるまい。 入ってこい!」




