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赤き日  作者: 溶接作業
一章

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31/107

場違い

「うわぁ…」


 最初に声を出したのはオキタルだった。

 中は白を基調とした単純なデザインだったが、十五人は座れそうな大きな長机に、装飾の凝った椅子が設けられている。その上には、硝子をふんだんに使った照明器具のようなものがキラキラと輝いている。


「これはすごいな…シャンデリアまであるぞ…」とザザン。


(ザザンが言うってことはよっぽどだな…)とニッケラン。


 兵士時代のザザンは騎士の天幕へ訪れる機会が度々あったそうで、その話を何度か聞かされていた。そんな彼が思わずうなるほどの完成度。ニッケランに嫌な汗がジワリと広がる。


「なぁ、ザザン。土足で入ってよかったのか?」

「え? そりゃいいだろ。天幕なんだから。まぁ、お前の気持ちも分かるけどな」

「ねぇ、ザザン。座っていいよね?」とオキタル。


 ザザンは彼から目を反らすと「うーむ…怒られないとは思うが――椅子の装飾がな…」

 さすがのオキタルも事の異常さに気が付いたのか、椅子に手を伸ばしては引っ込めている。


「ん? 風か?」とニッケラン。


 垂れ幕が揺れ、新鮮な空気が頬を撫でた。


「ニッケランってどれ?」


 耳を疑った。その声は美しく、脳を溶かし、心を癒してくれるような声だった。

 そして声の主はコツコツと妙に固い響く音を立てながらニッケランへと近づいた。


「肩を怪我しているわね。ニッケランって言うのはあなたね?」

(美しいな…)とニッケラン。


 戦場に似合わないような美しい女。あまり見かけたことのない顔つきで、王国で生まれていないことは確かだった。


 服装は白い布のようなものを服の上からはおり、防御力が一切なさそうな見た目をしている。その芸術品のような姿が妙に天幕に似合っていた。


「ねぇ、聞いてるの?」

「え? あぁ、そうだ。俺がニッケランだ」


 女は肩を少しの間見つめると「そう。じゃ、さっさと座って」

「いや、でも…立ったままじゃダメなのか?」


 彼はチラリと椅子を見る。


「とっとと座れって言ってるの!」


 女はそう言うと乱雑に椅子を引っ張り、ニッケランの肩を叩いた。


「ぐあ! 痛いだろ!」


 女はニヤリと不敵な笑みを浮かべると、肩を叩く素振りを見せ、椅子に座れと顎をしゃくる。


「わかったよ…座ればいいんだろ?」

 すると、ニッケランは静かに腰を下ろす。出来るだけ椅子に触れないように変に背筋を伸ばしながら。


「ちゃんと座れって言ってるの!」


 すると彼女は傷口を握り込むように肩を掴むと、思い切り背もたれへと押し込んだ。


「痛っ! わかった! わかったから!」

「素直に従えばよかったのもを」

 女はそういうと、鼻を鳴らした。


 美しい声をかき消すような言葉遣いに肩の痛みが強まったように感じる。

 助けを求めるように仲間に哀愁漂う目線を送ったが、我関せずという顔で目を反らした。



「将軍は本当にアンタを俺に寄こしたのか?」とニッケラン。


 こんなに人を雑に扱う奴に治療ができるとは思えない。それに、どう見ても治療道具を持ち歩いてはいなかった。


「信用できないって言うの?」


 女は明らかに不機嫌な顔をし、ニッケランを睨む。そして、白い上着の内側から何かを取り出した。


 シャンデリアの光を反射する銀色の箱。女はそれを開くと、道具が顔を覗かせた。


「裁縫道具…?」


 ハサミに、黒色の糸。そして無くしてしまったら二度と見つからなさそうなほどに小さな針が箱の中で存在している。


 ニッケランは負傷した肩を見た。


 矢にしては大きな穴が開いており、痛々しい血の跡が広がっている。指先で触れると固まった血の感触と共に、脳みそに痛みの信号が高い強度で伝わってくる。


「その道具でこれを?」と彼は肩に指を指す。


 女は一瞬、ニッケランを見たが何も言わず、今度は、上着の反対側に手を入れた。


「なんだそれ」


 彼女の手には白い陶器が握られており、手を動かすたびに液体の動く音を発している。

 しかし、自称治療係は何も答えず、陶器の蓋を勢いよく引き抜いた。


「酒…?」


 瓶を開けた途端、鼻を酒のような匂いがくすぐった。しかし、酒にしては人工的でそそられない嫌な匂いがする。


「殺菌作用のある薬よ」


 そう言うと、ニッケラン肩に瓶を近づけて中身を思い切り振りかけた。


「いっ!…痛くない…?」


 冷や汗を出していたが杞憂だった。薬は痛みを引かせ、だんだん肩の感覚までも奪っていく。


「おい、なんか痺れてきたんだが…」


 痛みが引いたのは良いが、まさか痺れが来るとは思わなかった。そして、相も変わらず女は無言だ。


「なんだ? 服でも切るのか? ――っておい!」


 ハサミは服を通り過ぎ、傷口へと向かっていった。目の前で己の肉を切り刻まれると想像し、椅子を軋ませる。


「まてまて! なんで傷口を広げるんだ!」

「はぁ…少しは黙れないの? アンタの傷は時間が経ちすぎて周りが死んでるんだよ。死んでないところから縫わないと意味がないの!」


 すると、睨む目をザザンへ向け「そこのデカいの。コイツ押さえてよ」

「え?」と間の抜けた声を出す。

 しかし、彼はハサミへ目線を移すと、そそくさと駆け寄り、ニッケランの肩をがっしりと掴んだ。


「やめろザザン! 裏切るのか!」


 必死に抵抗するが抜け出せない。まるで、万力に固定されている気分だ。


「オキタル! 助け…」


 オキタルへ目を向けると、後ろを見せたまま鼻歌を歌っていた。


「くそぉぉ! はなせぇぇ!」


 すると、再び垂れ幕がなびき、絢爛なローブを身にまとった男が現れた。


最後までお付き合いいただき感謝いたします。

評価やコメントをいただけると、物語をより良くしていく大きなヒントになります。

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