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赤き日  作者: 溶接作業
三章

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再び

 ニッケランは目を覚ます。


 前には見慣れた天井。下を向けば窓から見える森の木々かこちらを覗いている。


「明日…とうとう攻城戦かぁ…」


 一か月はあっという間に過ぎ去った。最初の一週間であばら骨は完治。そこから一週間、ハーフソードを振るい続け、移動のための刃走りの鍛錬を積み重ねた。


 鍛冶師からモンタンテを受け取ったのは三日前のこと。ベッドに立てかけられているそれは、以前使用

していたロングソードよりも長い代物だ。


 ニッケランは初めてそれを振るった時を思い出す。長く、重く、体が振り回される剣。それが最初に抱

いた感想だった。ザザンにおすすめしてもらって申し訳ないが、この剣を作ってもらったのは失敗だと

も。


 しかし、そこから今日に至るまで朝から晩まで剣を振るい続け気が付いた。この剣は御すものではな

い。剣に合わせ舞うように動き、敵を葬り去る剣だと。


 ニッケランは仕上げに入る。


 ベッドから立ち上がると、モンタンテを鞘から抜き去り眺める。片手で持つには重すぎるそれは、柄頭

に装飾が施され、刀身にも文字が刻まれている高貴な見た目だ。


 鞘はと言うと、剣自体が長すぎて木製のモノでは効率が悪い。そのため革製のハーフシースを使用し納

めている。通常の鞘とは違い刀身のほぼ全体が見える状態で傾向する形になるため、ニッケランを見たものはその攻撃性の高い見た目に驚いてしまうだろう。


 剣を膝に置いた彼は床に置いてある汚れの多い布切れと水筒を拾い上げた。水筒の中身はもちろん油だ。


 布に油を少量垂らす。そして、手慣れた手つきで刀身に塗り始めた。


「今回の油はくさいんだよなぁ…」


 いつも使用している亜麻の油を入手することが出来なかった彼はヤクトンに頼んで油を調達した。油ならば何でもいいと言ったが、まさか猪肉の油を溶かしたものを持ってくるとは思ってもいない。


 あまりの強烈な匂いに彼はむせ返る。獣臭さが部屋に充満し気持ちが悪い。たまらず彼が、窓に駆け寄り、勢いよく開けた。


 鼻を抜ける森の香り。すっかり慣れた香りが今のニッケランには心地よいものだった。自然が生成した香水ともいうべきものに感じる。


 部屋のドアが叩かれた。


「どうぞ」


 彼の声に反応し、一人の男が入ってくる。


「おはようニッケラン。明日の作戦に備え…って臭! なんの匂いだよこれ!」


 入って来たのはジョンだった。彼は鼻を摘まみながらニッケランの手に布が握られているのを見る。


「油のせいか…まぁいい。で、明日の攻城戦に備えて確認しておきたいことがあるんだがいいか? 手短に終わる作業だ」


 彼が「もちろん」とうなずいたのを見て、ジョンは質問を飛ばす。


「作戦上のお前の持ち場はどこだ?」


「城壁内部の制圧と城門の閂を開けるのが持ち場だろ?」


 ジョンは満足したように頷くと「それだけだ。武運を祈る」と言いそそくさと部屋を後にする。


 彼がドアを閉めたことを確認し、気合を入れなおす。武器に油を塗る作業はまだ終わっていないからだ。


 彼は油を塗り終わると外へ向かう。体に付着した油を洗い落とすために井戸へと向かっているのだ。


「お、起きてるなニッケラン…って何かお前獣くさいぞ?」とザザン。


 彼はしかめっ面でニッケランを見た。どうやら油はかなり付着してしまったようだ。


「さっきまで剣に油を塗ってたんだ。それが獣の油でよ、かなりの期間使っているせいで、腐っちまったらしいんだ」


 彼は納得した表情を浮かべ、ニッケランから一歩距離を置いた。


「とっとと洗ってきてくれ」

「分かってるよ! まったく…」


 早歩きで井戸へ向かう。


 攻城戦の前日と言うこともあり、村は活気にあふれている。どこもかしこも訓練をしており、お互いに剣をぶつけ、戦場さながらの雰囲気だ。


 井戸へ着くと真っ先に手を洗う。油汚れと言うこともあり、中々汚れが落ちない。井戸に備え付けられている木灰を手に刷り込ませ必死に擦る。


「お、ニッケラン。どうしたんだ? 必死に手なんて洗ってよ」


 後ろを振り返るとそこにはエイリの姿。彼は右手にファルシオンを握り込んでいた。


「獣の匂いが消えねぇんだ。」


 彼はそれを笑い飛ばすと「狩でもしてきたのか?」と言った。


「ヤクトンから貰った手入れ用の油が獣のだったみたいで…臭くてかなわねぇの!」


 彼のツボをさらに刺激したのか彼は腹を抱えるようにして笑った。ニッケランにはどこがおもしろいのかさっぱりだ。


「で、準備は順調か?」

「え? あぁ順調さ。敵を何人も相手どるからな、練習も複数人を相手にやってるよ」


 しっかりと対策をしているようで安心した。ニッケランは灰を落すために水を掛けると、手を振り回す。


「おい、臭い水が飛ぶだろ!」


 その言葉に苛立ったニッケランは手を大きく広げエイリに見せつける。


「お前も同類に……してやろうか!」


 彼の服で手を拭いてやろうと駆け出す。しかし、思っていた以上に彼の足は速くまったく追いつけなかった。


 ニッケランは足を止め、息を整える。


「くそぉ…逃げ足はすでに大陸一だよアイツは…」


 体力が元に戻ると長老の家へと向かう。今日で最後の会議だ。

 家の中へ入るとすでにジョンが椅子に腰を掛けていた。


「ニッケラン。武器の手入れは終わったのか?」

「あぁ、終わったさ。見ろ! この手! 灰で擦りまくったからヒリヒリするぜ」


 彼が手を見ると一言。


「もう一度油でも塗ったら?」


 ここにハーフソードがあったなら彼を切り捨てていただろう。ニッケランはそう確信する。


 彼の横の椅子に腰を掛ける。他の奴らが集まるまでは二人きりだ。すると、彼の方から先に口を開いた。


「ニッケラン、お前すごい人気だよな」

「え?」


 突拍子の無い質問に間抜けな声が出た。しかし、ジョンの嫉妬とも取れる発言には困惑せざるを得ない。まさか、彼がそんな発言をするとは。


「嫉妬か?」

「違う。ただ、思っただけだ」

「へぇ、お前も嫉妬なんてするんだなぁ…意外や意外」


 ニッケランの煽りにジョンは睨んだ。そんな表情をされたのも初めてだった。


「お前も悪いんだぜ? 油で洗えなんていうから」


 作戦前夜に喧嘩などしていられない。これ以上はまずいと思ったニッケランは制止する。


「チッ。うまい事逃げやがって…」


 ジョンがそっぽを向いたことで話は終焉を迎える。続いて戦の話へと移り変わった。


「ところでジョン。お前たちはどこで待機するんだ? 城の周辺に隠れる場所でもあるのか?」


 ジョンは彼の方を向きなおすと口を開く。


「少し城から離れることになるが、森がある。その中に展開する予定だ」

「そうだったのか…そう言えばよ、城って呼んでるけどよ住民も住んでる都市なんだよな? 正確には街

じゃないのか?」


 質問にジョンは一瞬黙った。どうやら回答を頭の中で整理しているようだ。


「いや、城であっているはずだ。お前は偵察にはいかなかったもんな。外観は壁に囲まれてる城って感じだが規模が違う。中には城下町が広がてる」

「城と街のミックスって感じか?」


 ジョンは大きくうなずき「その表現が一番しっくりくる」と言った。


 すると、玄関が開き、続々と中へ人が押し寄せてくる。


 作戦の主要メンバー。つまり、いつもの顔ぶれだ。


「お前たち集まる早くないか?」とザザン。

「まぁな。やることが無くなったから」


 ニッケランの言葉に彼はうなずき、椅子へ腰を下ろした。


「あとは長老だけか?」とエイリ。


 すると、奥の扉が開き長老が現れた。


「すまない。エルノちゃんと遊んでいたら遅くなってしまった」


 エイリ達の目を見ると覚めたように彼を見ていた。重要な日ぐらいエルノよりも作戦を重視してほしいといったところか。


 すると、長老の表情が引き締まった。指導者らしい顔つきになった。


「とうとう明日、攻城戦だ。各々がこの一か月間、牙を磨き、城壁を破らんと努力してきたことが容易にうかがえる。お前たち全員に戦士の魂が宿っているように私は感じるよ」


 すると彼は足元から何かを持ち上げた。


 壺だ。中には何かの液体が入っているようで壺が不安定に揺れている。


「酒だ。戦の前に皆で一口飲もう」


 長老の言葉に皆の口元は緩んだ。壺の蓋を開けると部屋中に酒の良い香りが漂う。嗅ぐたびに脳が熱を感じている。


「ヤクトン。手伝ってくれ」


「また俺かよ! たまにはミャアドとか使ってくれよなぁ…」


 奥の部屋から小さな陶器を複数取り出した彼は皆にそれを配った。それに長老が酒を注いでゆく。


 器に顔を近づける。果実の程よい香りと、酒特有の香りが合わさり心地が良い。


「音頭は誰がとるんだ?」


 ミャアドの声に全員が顔を見合わせた。するとエイリが手を上げる。


「殿の俺だろ!」

「頼んだぞ」と長老。


 彼は長老に言われ、息を大きく吸った。


「絶対に成功させるぞ!」


 皆が空へと酒を掲げ叫んだ。


「おぉ!」


 勢いよく酒を飲み込むと体が熱を帯びた。まるで、全身が気合に満ちているように感じる。


 全員がほぼ同時に酒を飲み終えると外へと向かう。血が沸騰したように熱くなり、今にも攻城戦を起こしに行きたい気分だ。その熱のやり場を探しにゆく。


 剣をもう一度見直す者。仲間たちと情報をもう一度共有する者。体を休め明日に備える者。皆が攻城戦

に備え、期待している。


 村は今までにないほど活気にあふれていた。


最後までお付き合いいただき感謝いたします。

評価やコメントをいただけると、物語をより良くしていく大きなヒントになります。

ぜひ皆さまの声をお聞かせください!

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