シュンカリ
食事が終わり、全員が椅子にもたれかかっていた。腹が満たされ、眠気がニッケランに襲い掛かる。
「ニッケラン。拳狼を倒したときの話を聞かせてくれ」眠そうな声でエイリが言った。
「拳狼? 良いぜ」
ニッケランは拳狼との激闘を語る。奴の並はずれた身体能力、腕力、体力。どの話をしても皆が疑うように彼を見ていたが、あばら骨が蹴りの一発で折れてしまったことを告げると信じてくれた。
「よくそんな化け物に勝てたな」とジョン。
「いや、俺だけじゃない。ザザンとオキタル…それに町の奴らが手助けしてくれたからさ」
彼の言葉に皆がうなずいた。ここで長老が口を開いた。
「次はとうとう主要都市じゃ。拳狼以上の死闘が待っているかもしれないのお」
彼の言葉にニッケランの肝が冷える。あの化け物以上の敵が現れたらと想像すると生きた心地がしない。
「おいおい長老、そんなビビらせるようなこと言うなよ。それに彼は負けないさ」とヤクトン。
それに長老は大きな笑顔を見せ言った。
「次の戦いも絶対に成功させるぞ」
「はい!」
全員が同時に声を出す。室内は熱気にあふれ皆のやる気が溢れ出ていることを感じさせる。
「ところでジョンよ。イトク町は誰が管理する予定なのだ?」と長老。
「…モヤトと言う者を管理者に据えようと思ったのですが、彼が拒みまして…」
「拒んだ? 何故?」と長老
「あの町は元々別の人間が統治していた町だと。その者の正当な人間に統治してもらいたいと言っておりました」
オキタルが彼女を見る。そしてジョンも。
「え? 私?」
リエホはまさか自分に番が回ってくるとは想像していなかったようで困惑したように目をしきりに動かしている。
「そうだ。君にあの町を統治してもらいたい」とジョン。
「冗談じゃない! 私に皆を束ねる才能なんてないわ」
その言葉に長老は大いに笑った。
「君は冗談が上手いな! 君は町を統べるのに一番適した人材なのだよ」
「私が? そんなはずありません」
長老は彼女を真っすぐ見ながら答える。
「リエホちゃんだったかな? 君はあの町を救った英雄の一人なんだ」
「英雄?」
彼女はいまいち状況を理解できていないようだ。その証拠に困惑した表情を浮かべ「英雄?」という言葉を囁き続けている。
「君が反乱軍の元へ向かわなかったら、町はどうなっていたと思う? 今頃、別の町から押し寄せた帝国軍の波に飲み込まれ、住民も町の兵士も誰一人として生きている者はいなかっただろう。それを君が救ったんだ」
彼女の表情を見ると、険しい顔になっている。どうやら状況が呑み込め、自分の立場を理解したようだ。
「…自信がありません。たとえ統治できる立場にあるとしても、私に彼らを束ねられる自身はありません」
「何を言っているのかね君は。私が自信に満ち溢れた男で、だから反乱軍を従えているとでも考えて居るのかね?」
「違うのですか?」
彼女の表情にはより濃い困惑に色がにじみ出ている。
「自信など皆無さ…だが、一つだけ言えることがある。信頼関係を築き、自分に付いてきてくれる人間が大勢いるのであれば、君は立派な統治者なのだよ。私と同じようにね」
「信頼関係?」
「そう、信頼関係さ」と長老は彼女に指を指しながら言った。
「我々は信頼関係の上で成り立っている関係なのさ。お互いを疑わず、お互いに信じ合うことで出来上がった関係に過ぎないのさ。それと同じことが君にも起こっている」
彼女はいつの間にか真剣な表情に変わっていた。
「君は今、町の人々に信頼され、導いてほしいと思われている。そうなってしまえば君は立派な統治者なんだよ。統治に必要な才能とはつまり、信頼関係を築けるのか。これにかかっている。君にはその素質があるんだ、だから…」
「やります」
彼女の言葉に彼は笑みを浮かべた。そして静かにうなずく。
「任せたよ」
目の前で繰り広げられた話術。長老の能力にニッケランは大いに驚かされた。彼の言い分は正しいもので嘘はついていない。しかし、彼女が統治に対して後ろ向きであった状況からよく統治する方向へと進めたものだ。
「誰か、彼女を寝室へ連れて行ってくれないか? 彼女は走ってここまで来たんだ。静かな部屋で一人にしてやってくれ」
「じゃぁ俺が」とミャアド。
彼女と共にミャアドは移動していった。部屋には再び静寂が訪れる。
「ねぇ、おじいちゃん。眠いから寝ていい?」とエルノ。
彼女に笑顔を向けた長老は「もちろんだとも。おやすみエルノ」と言った。
彼女が出ていったことを確認し彼らは戦いの話を進める。
「シュンカリに攻め入るのは一か月後か?」とエイリ。
ジョンは大きく頷き「そうだ」と言い、続ける。
「大まかな作戦は決定した。後はお前たちの役割分担て感じだ」
「え? エイリも参加するのか?」とニッケラン。
「当たり前だ! お前たちだけ活躍させるわけにはいけないからな」
エイリは肩を回しながら言った。すでに気合は十分といったところだ。彼は続ける。
「ラキアも参加するからな。アイツは頼りになるぞぉ」
「彼女は弓だったか? そんなに上手いのか?」
ザザンの質問にエイリは何度もうなずく。
「弓の実力だけで言えば帝国、いや、この大陸全土を探しても同じレベルの奴はそう居ないだろうな!」
「そんなに強いのか…」とニッケラン。
「でも、欠点もあるぜ?」
話を聞いている分には欠点は無さそうに感じた。どんな欠点があるというのだろうか。
「奴は人見知りで無口なんだ! ガハハハッ!」
大声で彼はそう言った。確かに彼女は必要最低限の事しか喋らないと感じていたが、人見知りだったとは。
突然、玄関の扉が勢いよく開いた。あまりの勢いにドアが壊れたのではないかという大きな音が響いた。
噂をすれば。来客者はラキアだった。
彼女はニッケランたちには目もくれず、エイリに近づいてゆく。
「ま、待てラキア! 俺は何も言ってねぇ!」
彼女は彼に近づくと、いきなり顔面に蹴りをお見舞いする。彼は椅子ごと勢いよく床に叩きつけられ、頭を殴打していた。
「痛ぇ…」
彼は頭を抱えながら彼女を見上げる。ニッケランからはその表情は見えないが、余程恐ろしい顔になっているのか彼は青ざめていた。
「ラキアよ。其方も話に混ざりなさい。ちょうど椅子も空いているしね」
彼女は長老に頭を下げると、エルノが座っていた椅子へと腰を掛けた。それを確認したエイリは椅子を
持ち上げ、腰かけた。
顔には彼女の蹴りの痕がくっきりと残っていた。
「で、持ち場ってのはどうする」とザザン。
「ここにいる人間…長老殿以外は参加することになる訳だが、持ち場を説明する」
ジョンの言葉に皆がうなずいた。
「まず、俺とヤクトンは兵隊を率いて乱入する役割を担おうと思う。馬にも乗れるし、騎兵の扱いも慣れているからな」
彼は外で仲間を待機させ、城門が開いたところで兵を率いて乱入させる係だ。馬に乗れ、騎兵の扱いに長けている彼ならば大丈夫だろう。ヤクトの戦力は未知数でなんとも言えない。
「次に城門を開ける係だが、大雑把に言ってしまえば、お前たち全員がその係だと言える。まぁ詳しく説明するぞ」
彼は息を整えると説明を開始した。
「外で待機している仲間たちを中へ招き入れるには、城門に備え付けられているいくつかの障害を取り除く必要がある。それをお前たちが解決するわけだ。第一段階として落とし格子と跳ね橋を動かすために、それを守っている敵兵を蹴散らす必要がある。これは、出来るだけ隠密にやってもらわないと困る。じゃなきゃ第二段階に入る前に敵に囲まれることになるからな」
彼にラキアが質問を飛ばす。
「質問。武器はどうやって調達するの? 城内に侵入するときに武器は持ち込めない」
「ニッケランたちに説明したもんだからすっかり忘れてたよ…場内で調達できるはずだ。七万人の兵士を抱え込んでるような城だ。予備はいくらでもあるさ」
彼女は納得したように頷いた。ゆっくりと椅子にもたれ、ジョンを観察するように見ているその姿は獲物を狙うハンターのような冷酷な表情だ。
「話を続けるぞ? 第二段階は落とし格子と跳ね橋を解決することだ。跳ね橋は鎖を緩ませるか紐を切るだけだからどうにでもなるとして…問題は落とし格子だ。引き上げる際に鎖の音が城壁内部で響き渡るだろうから、大量の敵兵が押し寄せてくることは間違いないだろう。そうなると武闘派のお前らの出番だ」
ジョンはニッケラン、ザザン、エイリの顔を見る。どうやら彼らの持ち場は第二段階の部分らしい。
「お前たちの内、一人がこの持ち場だ」
「え? 二人? どうして」とザザン。
「第三段階に二人は裂きたいところだからだ。三段階目は城門を開ける作業だからな。門には閂が備え付けられていて、かなりの大型だと予想される。そう考えると二人は最低でも必要だろう」
ここでオキタルが手を上げた。
「僕とラキアさんは何を?」
「お前たちは城壁の上。つまり、歩廊にて待機だ。そして、城門が開いたことを確認したらラキアが月めがけて火矢を放つ。そして、それを確認した俺たちがシュンカリ向けて駆け出すって寸法よ」
町で聞いた時よりも詳細な作戦。脳内で想像してみると案外合理的な作戦だと気が付いた。しかし、問題はある。ニッケランたち三人の誰が殿を請け負うかだ。
三人はお互いを見ながら話す。
「誰が殿をやる?」とニッケラン。
エイリが手を上げる。
「俺でもいいぜ。お前たちの力は十分に知れ渡ってるが、俺はまだだ。俺にもたまには活躍させろ」
ニッケランはザザンと顔を見合わせる。お互いに別に殿になりたいわけでもない。
「頼んだ」とザザン。それにニッケランはうなずく。
「え? 良いの?」
間抜けな声でエイリが言った。彼がやりたいというのであれば、二人が出る幕は無い。彼らは何を言っているのだという表情で頷いた。
それを見ていた彼はニヤリと笑い言う。
「俺が一番活躍しても知らないからな」
「せっかくだから魔操志も始末してくれ」
「それは分からん」
突然の弱腰に先ほどまでのギャップと相まって笑ってしまった。ザザンやオキタルも笑っており、ラキアは嘲笑の目を彼へと向けていた。
「よし、作戦はこのぐらいだな。各自、一か月後の作戦に備えて準備しておくように」とジョン。
すると、ジョンは立ち上がりどこかへ移動する。
「どこへ行くんだ?」とザザン。
「今度は他の兵士たちに作戦を説明しないといけないから…ヤクトン!」
「え? 俺も行くの?」
ヤクトンの間抜けな声に彼は頭を抱えた。
「お前も兵隊を率いて戦うんだ。お前の部隊を指揮しなくてどうする!」
「確かに」
ヤクトンも席を立ち、彼についてゆく。彼らが出てゆくと残った者は会話を始める。
「武器が必要だ」とニッケラン。
「え? 持ち込めないんだぜ? 必要か?」とザザン。
ニッケランは背中に寂しさを感じながら答える。
「ロングソードが壊れたからな…新しいのを調節したいんだが」
「鍛冶が出来る奴を知ってる…そいつに頼む?」
ラキアの提案にニッケランは食いついた。
「もしかして、ザザンの壊れた盾を治してる奴?」
彼女がうなずいたのを見て、ニッケランは笑顔を向ける。
「じゃぁ、ついてきて」
彼女は突然席を立ちあがると家の奥へと進んで行った。それについていこうと急いで立ち上がる。
行方を追うと、地下に繋がる階段へと進んでいる。彼も同じように下へ移動すると地下トンネルに着いた。
「ついてきて」
彼女はそれだけ言うと進んでゆく。どんな奴なのか聞こうかと迷うが、彼女が口下手な事を考え控える。下手に喋ってこれ以上気まずい空気になる事は避けたい。
ある程度歩いてゆくと鉄を叩く音が聞こえ、トンネルの側面に四角形の光が差し込んでいるのが見えた。どうやら側面に部屋を設けているようで、中にある光源によって光が差し込んでいるように見えるようだ。
「あそこが鍛冶屋…あとは自分で行って」
「え? 面識ないんだぞ俺」
「私…あの人が苦手」
そう言うと彼女はそそくさと来た道を戻っていった。
残されたニッケランは緊張から音を立てないように近づいてゆく。中からは鉄を叩く鋭い音と燃え盛る炎の音が聞こえ、地獄が待ち構えているように感じる。
中を覗くと顔が焼けるような熱を感じ、目を細めた。そう遠くない距離に炉があり、小さな太陽が閉じ込められているのではないかと思うような橙赤色に染まっている。
炉の前には一人の男。上半身は裸で頭には黒色の布を巻き付けている。彼の右手には火造り槌が握られており、これまた橙赤色に輝いている鉄を打ち付けようとしていた。
男は槌を振るう。それが鉄とぶつかった瞬間、周囲には火の粉が舞った。水面に何かが落ちたように火の粉は広がってゆく。
もう一度、槌を突き上げる。彼が鉄に向けて振り下ろすかに思えた瞬間、槌は空中で止まってしまった。
「誰だ」
突然、声を掛けられ驚いた。彼は振り返ることもなくニッケランを認識した。彼が音を立てた訳でもない。どうしてか彼の存在が察知されてしまったのだ。
「誰だと聞いている」
二度も聞かれ姿を現さないわけにはいかない。ニッケランは部屋に入ると口を開く。
「つい見入ってしまって…あなたに頼めば剣を作っていただけると聞いて」
男はニッケランをまじまじと見る。足元から顔まで品定めをするようにじっくりと。
「…魔操志を殺し、拳狼も葬り去った…それはお前か?」
「え? ええ…正確には全員の力で倒したと思っていますが…」
男はニッケランを鼻で笑うと再び鉄へ視線を移した。そして槌を勢いよく振るう。
「で、何を作ればいい?」
火花を咲かせながら彼が言う。
「モンタンテを作ってほしいです」
男はそれを聞き一つうなずくと「二週間後に届ける。それまでは別のモンで我慢してろ」と言った。
鉄と炎の鳴き声が響き渡る部屋をニッケランは後にする。彼に名前の一つでも聞いておけば良かったと後悔したが、どこか話しづらい雰囲気を漂わせていた。
「ラキアが苦手な理由も頷けるな…」
彼はそう言いつつも、どこか期待していた。まさに堅物らしい職人。そんな男に作ってもらう剣の完成度は高そうだ。そう考えると彼は踊りたい気分だった。
ニッケランが長老の家へ戻ると部屋には長老一人だけだった。
「彼らは?」
「ん…おお、戻って来たか! 君の仲間とラキアたちはそれぞれ準備に取り掛かっているよ」
長老はどうやら居眠りをしていたようで眠い目を擦っている。
「君と直接話がしたいと思っていた所なんだ。さぁ座って」
ニッケランは何かあっただろうかと不安になりながら腰を掛ける。そんな様子に彼は「大丈夫。悪い質問じゃないよ」と言い笑った。
「この前、君と二人きりで話しただろう。ちょっとまた話したくなってね」
彼はそう言うと咳をし、息を整えた。
「今回も君は期待通りの戦果を挙げてくれた。まずは礼を言おう」
そう言うと彼は頭を下げた。
「顔を上げてくださいよ。自分一人の力だなんて思ってないですよ」
頭を上げ「君は本当に王になったらどうだ?」
「え? 冗談でしょう? 私が王になんて…仮になれるタイミングがあったとしてもなりませんよ」
ニッケランの言葉に彼は笑った。
「君は分かっていないな。王も指導者と同じなのだよ。王になろうとし、王になる者は少ない。たまたま皆を導いた者が王になったのだ」
「つまり、私が皆を導いていると?」
長老は「うむ」と大きく頷いた。
「そんな訳ないですよ。私は現に指示を出したことは一度もありません」
「君が皆からどのような評価を受けているのか知らないようだな。君は今や反乱軍の英雄。さらに言えば解放した村や町でも支持されている大物なんだよ」
まさかそんな状況になっているとは思わなかった。しかし、王になるなどニッケランは想像すらしたことがないことだった。
長老は続ける。
「もし、本当に王になりそうになったら注意しておいてほしいことがある」
ニッケランは変に胸騒ぎがし、真剣な面持ちになった。
「王になりたいと思うものは少なくない。ましてや戦いに身を置くものならばなおさら…ニッケラン殿、案外、敵は身近に居るかもしれない。そのことを念頭に置いておくように」
彼の言いたいことはなんとなく分かった。つまり、仲間が裏切るかもしれないから気を付けろ、だ。しかし、誰を思い浮かべてもそんな奴は一人も知らない。むしろ、全員が信用に足る優秀な人間だと感じていた。
「君は分かっていないな。権力に溺れた人間の弱さを…」
長老はそう言うがニッケランの心には響かない。そんなこと考えて居る暇も理由もない。
「分かりましたよ長老。気を付けます。しかし、一つだけ言いたいことが」
彼はしわの多い目を開きニッケランを見る。
「殿って呼ぶのやめましょうよ。お互いに話せる中なんですから」
長老は笑顔を見せ「そうだな」と言った。
「では、私も剣の手入れなどをしてこようかと」
「うむ」
ニッケランは家を出ようと動いた。すると呼び止められる。
「ニッケラン。気を付けるんだぞ」
「裏切りなんて起こりませんよ。いや、起こさないで見せますよ」
そう言うと彼は外へと出てゆく。次の戦に備えるために。
最後までお付き合いいただき感謝いたします。
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投稿頻度を下げさせていただきます。一週間に一話投稿を基本とする予定です。投稿する曜日は金曜日で18時を予定しております。今後ともお付き合いいただけると幸いです。




