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永遠の別れ

 翌朝に見上げた空は、薄曇りの寂しいものだった。

 

――昨日はあんなに晴れていたのに。今日は雨が降るのかもしれないな……――


 そんな事を思い、廊下で空を見上げていると、


「……絲」


「あ、アネやん。おはよう!」


「おはよう。昨夜は一緒に泊まってくれてありがとうね。ちゃんと眠れた?」


「うん、大丈夫! アネやんは?」


「あたしはまぁ寝れた方かな……。まだ実感が湧かなくてね。明け方までウトウトよ」


「……そっか」


「今日も一日、忙しいけど、よろしくね」


「ガッテン承知の助だよ! 任しときッ!!」


「プッ……頼もしいわ」


 お互いにカラ元気なのは分かったけど、心強い気持ちになった。


 葬儀が始まり、昨日より供花が増えていて、多く並べられた式場はとても華やかな雰囲気に変わっていた。


 滞りなく式は進み、喪主であるアネやんの最後のご挨拶となった。


「本日はお忙しい中、祖母、三谷桜凛の葬儀にご参列頂き、誠にありがとうございます。喪主の三谷琉偉です。親族、親戚を代表してご挨拶申し上げます。祖母は心不全のため、一月十日に永眠いたしました。最後に会って話すことは出来ませんでしたが、私が病院に到着するまで懸命に延命を施して下さった病院関係者の方々には感謝申し上げます」


 アネやんは深々とお辞儀をした。

 

「また本日も、祖母のためにたくさんの皆さまに集まって頂き、見送って頂けることに祖母も喜んでいることと思います。私は小学生の頃、両親と妹を交通事故で亡くしております。祖母はひとりになった私を快く引き取り、育ててくれました。五年の歳月を共に過ごした日々は短いものでありましたが、思春期であった私を温かく包み込み、優しく、そして時には厳しく導いてくれていました。私の人生を導いてくれた大切な……人でした……ッ……」


 アネやんの言葉が途切れ、会場にはすすり泣く声が静かに広がっていった。


「ッ……五年の……共同生活の中で、私と祖母の間には必ず守らなければならないその日のルールがありました。これは私が思春期であったヤンチャ坊主を卒業した日に決められたルールです。それは今日一日を最後と思って、その日を楽しみ、良いことと思える事をしながら、楽しく、そして穏やかに生きるという心を持つ。そうした日々を送ること……、でした。できるかな、やれるかな……ではなく、やるんだよッ!!と。……バレー部で培ったのであろう祖母の、いえオリさんらしい有無を言わさない強引さで決められたものでありました……」


 静寂の中聞こえていたすすり泣く声の中に、咳で誤魔化しながら吹き出して笑う声が複数聞こえた。


「バレー部だった方々には想像がつかれるのではないかと思います。『誰だ!? いま笑い咳き込んだ人は!!』なんて声が上から聞こえてきそうですよね」


 ここで、ドッと笑いが起きた。アネやんも微笑んでいて、満足そうだ。

 その笑い合う声が落ち着くのをそっと待ってから、


「そんな強引で豪快な面もありつつも、しなやかさと力強さを併せ持ったパワフルで優しく素晴らしい人でありました。これからもオリさんに教えて貰ったその志を胸に、私も精進してまいりたいと思います。本日は誠にありがとうございました……」


 拍手や声援入り混じる最高の喪主の挨拶だと私は思った。重く悲しみの中にある葬儀ではなく、オリさんの好む葬儀になったと思ったし、オリさんも喜ばれてる……、いや少し笑いながら怒ってるかも……なんて私は思った。


 葬儀も終わり、席を立とうとした時、アネやんに近寄っていく人物がいた。昨日、思い出話の途中で最初に泣き出されたコタさんだ。

 ジィジもスッと立ち上がり、その側へと向かい、私も後を追った。コタさんがアネやんに、


「琉偉くんや。この後は花入れの儀はするんかな?」


「はい。その予定です」


「……親族やないけど、最後やから、その……。……儂もオリさんの棺に、花を入れさせて貰えんやろうか?」


 その言葉を聞いて、アネやんはニッコリと微笑み、


「もちろん、是非。ありがとうございます、オリさんも喜びます」


 そう返事を貰うと、聞き耳を立てていたのであろうバレー部員の方々が我先にとアネやんの周りに集まり、自分たちも入れさせて欲しいとお願いするちょっとした騒ぎとなったのだった。


 葬儀スタッフの方々も心得たように、素早く祭壇や供花から花を取り、入れやすいように短く切ってくれている。また別のスタッフの方が棺を祭壇から祭壇の前へと下ろしてくれていた。


 それぞれがスタッフから手渡された花を手に持ち、棺近くに集まると、ゆっくりと棺の蓋を開けてくれた。まるで眠り姫のように美しく横たわるオリさんが現れたのだった。


 その様子を見て。


「オリさん、良い顔されているわね……」


 眞知子さんがそう呟いた。

 スタッフの方に促され、まずはアネやんが最初にお別れの挨拶となった。


「オリさん。最後まで本当にありがとう。いろいろと準備してくれていたお陰で、無事に葬儀も終える事が出来たわ。バレー部員の方々が助けて下さったり、供花を増やして下さったりして、素敵なお式になったのよ。皆さんが本当に良くしてくださったの。寂しいけれど、皆さんがいて下さるし、あたしは大丈夫だからね。向こうでゆっくり過ごしてね。……今まで育ててくれて、……本当にッ……ありがとう……」


 そう言って、オリさんの顔近くに百合の花を添えたのだった。

すすり泣く声がまた聞こえ始め、順番にオリさん近くへと向かい、それぞれが殆ど感謝の言葉を述べながら、花を入れていくのだった。

 たくさんの花に囲まれたオリさんは少し微笑んでいるように見えた。


 それから出棺の準備を終え、バレー部員の方々が霊柩車へとオリさんの棺を運んでくれた。ロビー前で待たれていた方々の中に泣き腫らした顔をした吉乃と吉乃のお母さんの姿を見つけた。その隣に奏介家族も…。どんな顔をしていいか、分からなくて、会釈だけしたのだった。


 待たれていた皆さんにアネやんは一礼をして、霊柩車の助手席に乗り終えると、道中の邪を払い、出棺を知らせるクラクションが鳴らされ、それぞれが合掌と黙祷をして見送ったのだった。

 

 出発を見送り、ジィジと私と、そして眞知子さんはタクシーで火葬場へと移動することとなっていた。急いでタクシーを待たせている場所へ向かおうとすると、


「絲ッ……」


 泣いている吉乃が急ぎ足で私に近づいて来た。そして、私の手を握り、


「大変だったね……何か力になれる事があるなら言ってね。風邪を引かないように、体調だけは……気を……つけて……ッ……」


 ギュッとハグをしてくれたのだった。小雨の降りはじめた寒さの中、吉乃の温かな言葉と体温が身に沁みて、静かに、そしてとめどなく涙が溢れてきた。吉乃に優しさに包み込まれたからか、なかなか言葉が出てこなかったけれど、


「……ウッ……ウッ……吉乃……ぁ、ありがとう……」


 そうお礼を言い、私はジィジに促され、タクシーへと乗り込み、葬儀場を後にしたのだった。


 火葬場へ着くと、アネやんが待っていた。

 葬儀場スタッフの方から火葬場スタッフの方へと申し送りがなされ、火葬場のスタッフの方からご挨拶と火葬の手順の説明などを受けた。その後に納めの式を執り行い、最後のお別れをし、火葬炉へと向かうこととなった。

 静かで厳かだけど、……とても寂しい道のりだと、自分の両親の時の事を思い出していると、


「あたしさ、両親と妹の時、オリさんと二人きりでこの道を歩いたのよ。その時はもう寂しくて、寂しくて……」


「そう……だったんだ……」


「でもね、今日は幸さんも眞知子さんも、そして絲もいてくれるじゃない? オリさんを見送るのはもちろん寂しいけれど、見送るこの道が寂しくなくて……。昨日から、いろんな方にオリさんを通じて出会えて、支えられて、助けて頂いて……。感謝の気持ちの方が大きくて、なんだか不思議だわ」


 そう言い終えたところで、火葬炉へと到着した。


「だから、オリさん! あたしは大丈夫よ。心配をせずに、ゆっくり休んでね」


 そう最後のお別れの言葉を伝え終えると、ゆっくりと火葬炉の中へと棺が進み、扉が閉められた。

 最後の点火ボタンは喪主が押すようスタッフの方に促され、アネやんは一瞬戸惑いを見せた。震える手で点火ボタンを押そうとした時に、眞知子さんがアネやんとジィジと私の手を取って、


「オリさん! みんなで送ってあげるわね!!」


 そう言って、点火ボタンを4人で押したのだった。


「眞知子さん……すみません。あたし……」


「ううん。一人で全てを背負おうなんて思わなくていいの。我慢もしなくていい! ……頼りなさい、周りを、大人を!」


「……ッ……ありがとぅ……ござッ……うっ……うぅっ……」


 アネやんは最後までお礼が言えず、堰を切ったように泣き始めたのだった。

 込み上げてくるものが何なのか分からず、でも止めどなく流れ出る涙に私も覚えがあったから、アネやんの手を引いて待合室のソファーに座り、終わりの時を一緒に待ったのだった。

 そうして約2時間弱の火葬を終え、骨上げをし、綺麗な骨壷へとオリさんのお骨が移されたのだった。

 外は小雨がやみ、薄曇りの中に少し光がさす不思議な天気となっていた。


 その後、忌引き休暇の日数を終えても、アネやんは学校へ来ることはなかった……。

お読み頂き、ありがとうございます○┓))ペコリ

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