ひとりになるということ
学校から10日間の忌引き休暇を貰っていたアネやんが今日で忌引き休暇明けとなって、一緒に学校へ行く予定だった。
こんな時に限って、遅刻ギリギリで慌てて待ち合わせ場所に行ったんだけど、アネやんはいなかった。てっきり私に激おこして、先に行ってしまい、置いていかれたのだとばかり思っていた。いつもそうだったし、それに昨日も電話で話をして、やっと諸々の提出書類や相続の関係が片付きそうと言ってたし、今日だってそこまで私に激おこ出来るのなら、かなり元気になったかと軽く考えていた。
でも学校に着くと、アネやんの姿は見えない。朝のホームルームが始まろうとしているのに来ない。今までそんな事は一度もなかった。
だから、担任の先生が出席を取ろうとした時に思わず、
「先生! アネ……三谷くんから欠席の連絡はきてますか?」
そう言うと、アネやんの席を見て驚いた顔をした。連絡はなかったのだろうと、その表情を見てわかった。
「連絡は……まだきていないのですが、伝え漏れがあったのかもしれません。あとで確認してみますね」
そう言って、出席を取り始めた。
ホームルームが終わると、先生は足早に教室を去っていった。
クラスの皆も今日、アネやんが登校してくるであろう事を予測していたから、少しザワつき始めた。その時、
「絲、あんたはなんか聞いてないの?」
凛奈が声を掛けてきた。
「聞いてないから、先生に聞いたんじゃんよ」
「それもそっか! でも、珍しいよね。こんな連絡なく休むなんて……。やっぱりまだ……」
「あー、んー、どうかな。まぁ、ここであーじゃない、こーじゃないって言ってたりしても仕方ないよ。状況が分かんないし」
「なんか……、それはちょっと冷たくない?」
「……なんでよ」
「冷え冷えで超冷たいよー! 普通もっとさー、心配するもんじゃ……」
「普通って何!? 心配!? 心配はかなりしてるよッ!! なんで凛奈にそんな事言われて、責められなきゃいけないわけ!? 考えたり、言ったりしてもアネやんの気持ちも状況も分からないんだから仕方ないじゃないかッ!!」
私の喧嘩腰の声が響き渡り、教室が静まり返ってしまった。私だって心配もしてるし、電話もほぼ毎日掛けてた。それでも踏み込んでいい領域には限度がある。自分の不甲斐なさと苛立ちと訳のわからない感情が葬儀後からずっと交差していて、諸々の苛つきのせいでとうとう爆発してしまった。
我ながら、導火線が短くなっていたんだなと我に返り、慌てて、
「あッ……ごめんッ! 声を荒げて……。その、アネやんとはほぼ毎日、定期連絡し合ってたし、遺品整理の……手伝いとかも……して会ってたから大丈夫だとは思ってるんだ。けど……ッ……」
「絲……」
私が泣きそうになっているのを察知して、吉乃がそっと手を握りに来てくれた。
「オ……オリさんは、アネやんのお祖母ちゃんは私の大事な人でもあったの……。だから、私もまだ気持ちの整理がついてなくて……。大声だして……、私が素っ気ない言い方して返事をしてたのなら……ごめん……」
「凛奈ちゃんも心配なんだよね、三谷くんもだけど……絲もさ」
おタマが間に入ってきた。それを聞いて、ハッとして、凛奈を見た。バツが悪そうにしていて、今にも泣きそうな顔をしていた。
「凛奈ちゃんの接し方と伝え方が少し……んー、特殊なのは絲もわかってるでしょ? 絲の元気がないのも、みんな気付いてるんよ。だから、ちょっと間違えちゃって、いつもみたいに軽口を叩いてしまったんだよね。そうだよね? 凛奈ちゃん?」
「ごめッ……ごめんなさい、私……」
「ううん、こっちこそごめん! いつも通りに接してくれようとしてたのに、無下にして、大声出したりしてほんと、ほんと最低ッ……。ごめん! 情けないッ……情けッ……。……ウッ……ウッ……」
「そんな事ないよ、絲……。みんな、分かってるから……」
吉乃が背中を摩ってくれて、涙がまたとめどなく流れてきて、凛奈もおタマも周りにいたみんなも、貰い泣きをして泣き始めてしまい、教室にはすすり泣く声が響いていた。
そこへ、教室のドアが乱暴に開けられ、
「柏木ッ!!」
おタケ先生が現れ、慌てた様子で私を呼んだ。
「ちょっと職員室まで来いッ!!」
少し怒ったような、焦っているような声で急かされ、思わず、
「は、はいッ!!」
そう言って涙を拭い、おタケ先生の元へと走って行き、教室を後にした。
職員室への行きしなに、
「……三谷に、これまで何か変わった様子はあったか?」
「いえ……。ほぼ毎日、電話で話をしましたし、変わった様子もなく、整理や手続きなんかが片付きそうだと言ってて……。あと……は……」
「なんだ?」
「遺品整理に行って、会った時に……。その……少し痩せたかなと思った事くらいです。それくらいで、……特には……」
「担任がな、個人調査票に記載してある連絡先に電話しても繋がらなかったみたいで、無断欠席するような生徒でないから、何かあったのではないかと俺に相談してきたんだ。それで俺も三谷の携帯知ってたから、連絡してみたんだが、……出ないんだ……」
「えっ!? だって昨日の夜には話して……」
「夜までは連絡がついたんだな!?」
「はい、そうです」
「そうか、分かった」
「あの、ジィ……うちの祖父に連絡してみましょうか?」
「そうだな。担任にお前の携帯使用の許可をお願いしてやるから、受け取って連絡を入れてくれ! 俺はすぐに三谷の家へ向かう」
「アネやんに何かあった……?」
ひとり言のように呟くと、
「……この短期間で痩せたように見えたって事はな、食べれてない可能性がある。動けずにいるのかもしれん。だから、俺が直接、行って確かめて来る。お前は保護者に連絡をして、その後は心配せずに、授業をちゃんと受けろ」
「そんなことッ……」
「三谷はひとりで耐えていたんだろうよ。気を張って、周りに心配かけないようにな。……俺にも覚えがあるからさ。紗穂に聞いたんだろ?」
「……はい」
「あとになって、お前にまで心配をかけさせてしまったと知ったらさ、辛くなるんだよ、本人はさ……。お前には酷なことを頼んでしまうが……。普通に授業を受けて、三谷が帰ってきたら、何事もなかったように受け入れてあげてくれ。それだけで……本当に救われるから……」
「……分かりました。先生、……ッアネやんを、よろしく、……お願いしますッ……」
涙が自然と溢れてきた。
「任せとけ……。俺の大事な生徒の事だからな。……みんなに泣き顔がバレないように、顔を洗っておけよ?」
「……ッ、はい!」
「ん、よし! いつもの柏木の声だな」
なんて頼り甲斐のある素敵な先生なんだと思わず感極まって、不覚にも泣いてしまった私だった。
気持ちを落ち着かせ、おタケ先生と共に職員室へ入り、おタケ先生が事情を説明してくれた。説明をしたら、すぐにおタケ先生はアネやんの家へと向かい、私は担任の先生から携帯を受け取り、ジィジに連絡をした。
驚いた様子のジィジだったけど、すぐに向かってくれると言ってくれて安堵した。おタケ先生もジィジも行ってくれるなら大丈夫。私は私のすべき事をするまでだ。
顔を洗い、目の充血を落ち着かせ、教室へと戻り、二限目の授業から受けた。授業の合間に心配していたみんなが声を掛けに来てくれたから、おタケ先生から言われた事を伝えると全員が快く了承してくれたのだった。良いクラスメイトに恵まれた事にすごく感謝した。
放課後になり、部活があるけれど、どうしようかと迷っていたら、おタケ先生から呼び出しがあった。
先生が学校に戻ってきたのなら、アネやんは大丈夫だったんだと思っていたけれど、入院した旨を聞いたのだった。
部活は休ませてもらい、吉乃にも伝えて、すぐに私はアネやんが入院している病院へと向かった。オリさんが勤めていた病院だ。
病院の受付で入院している部屋番号を聞こうとしていると、
「絲ッ!」
病院に向かうと連絡いれていたジィジが下まで降りて来てくれて、一緒に病室へと向かった。病状を聞こうとしたら、ジィジが顔を歪めて泣いていた。そんなに重く悪い事が起こったのか……と、絶望に近い気持ちと不安が押し寄せてきた。
「絲……。琉偉くんはな、血を吐いて廊下に倒れとったんや……」
「えッッ!?」
「真っ赤な血を……たくさん吐いててな……。苦しかったろうに、なんも気づけんくて……。オリさんに申し訳なくて……顔向けでけんわ……」
「なんで血を吐いて……」
「お医者さんが言うにはひどいストレスがかかったからやそうや。痛みもかなり前からあったやろうて、言うてたわ。辛かったやろうに……なんも言わんと……。ひとりで耐えて……涙が出るわ……」
また顔を歪めて泣くジィジだった。
「……昨日の夜、電話で話をしたけど、そんな雰囲気感じなくて、声の調子も普通やと思ったし、私も気付けんかったよ。ジィジのせいやないし、誰のせいでもないよ」
「そうやけどな……。血を吐いたまま、寒い廊下で一晩中……ッ、辛かったやろうになぁ……。絲には心配をかけまい思うて気張って話をしとったんやろな……」
何も返事ができないまま、病室へと辿り着いた。
部屋へ入ると、青白い顔をしたアネやんは点滴を繋がれたまま眠っていた。元々、細い腕なのに、皮と骨だけの腕がさらけ出されていて、その細さに私は驚いた。
食べれていなかったというおタケ先生の言葉が思い出され、眠っているアネやんを起こさぬよう、静かに泣く事しか出来なかった。
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