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桜凛さんらしく

 年が明け、新学期始まってすぐのこと。

 その日は冬空には珍しく晴天の気持ち良い朝だった事は覚えている。


 一月十日、オリさんは仕事先で倒れ、誰もお別れの挨拶が出来ないまま、帰らぬ人となったのだった。


 一限目の課題テストの最中、担任の先生が慌てて教室へと駆け込んで来て、オリさんが倒れたとアネやんに伝えたのだった。アネやんは帰り支度を済ませ、すぐにタクシーで病院へ向かった。


 私も居ても立っても居られなくなり、担任の先生に事情を説明して、ジィジに連絡してもらい、タクシーで迎えに来てもらってすぐに病院へと急いだ。

 着くと、廊下のソファーで俯くアネやんがいた。

 

――聞きたくないッ……。けど、……けど、オリさんは……――


 そう戸惑っていると、アネやんが私たちの気配に気付いて、目に溢れんばかりの涙を溜め、


「間に……合わなかったわ……」


 そう言って静かにアネやんは涙を溢したのだった。

 

「心不全……だって……。苦しまずに逝けたことがせめてもの救いね……」


 アネやんは声を震わせながら話をしてくれていたけど、私は耳に入ってこず、体の力が抜けていくような感覚が駆け巡っていた。


 呆然と立ち尽くす私たちの横から院長先生が現れて、

 

「この度は力及ばずッ……」


 言葉が続かず、肩が震えていた。


「……いえ、……最後まで……ありがとうございました。オリさんも感謝していると思います」


 ハンカチで涙を拭いながらアネやんが言うと、院長先生は手紙とA4サイズの封筒をそっと差し出してきた。


「これ……は……?」


「桜凛くんがね……以前からいろいろと準備をしていたみたいで、病院で何かあった時には琉偉くんにこれを渡して欲しいと、僕が預かっていた物なんだ。そんな事は起こらないよと僕は言ったんだけど……こうなる事を予想していたのかな」


 オリさんは院長先生に最後のお願いを託していたのだった。


「オリさんらしい……。フフッ……きっと用意周到だわ……」


 そう言って院長先生からその手紙と封筒を受け取り、ここで読まれて下さいとアネやんは個室に案内され、私たちは部屋の外で待機した。しばらくすると、声にならない嗚咽が漏れ聞こえてきて、ジィジと私も共に涙を流したのだった。


 一頻り泣いた後に部屋から出て来たアネやんは、しっかりと気持ちを持ち直したかのようだったが、目は赤く痛々しかった。

 それから末期の水を執り行い、死亡届を受け取り、手紙に書いてあったオリさんが生前予約していた葬儀場に連絡し、今夜、通夜を行う事になった。

 葬儀屋さんが到着するまで2時間ほど時間が空いたから、準備をする為にそれぞれの家に一旦帰ることになった。


 アネやんは家に着くと荷物を準備して、すぐにまたタクシーで病院へと向かったのだった。病院から葬儀場まで一人は寂しいだろうからと、オリさんと一緒に移動するためだった。

 私も行こうとしたら、ジィジに、

 

「二人に……させてあげなさい。それよりも今夜は葬儀場に泊まるからね。琉偉くんを一人にはさせられないから。準備をしておいで。いいね?」


「うん、分かった……」


 そうして泊まる準備をしてから、私たちは葬儀場の方へと向かったのだった。


 葬儀場に着くと、アネやんはもう着いていて、慌ただしく手続きやお通夜の準備をしていた。私たちに気付くと、アネやんはオリさんが眠る部屋に案内してくれた。

 湯灌し、死化粧をして横たわるオリさんを見ていたら、


「……綺麗にお化粧をして貰ったの。本人も喜んでいると思うわ……。不思議よね。まだ寝ているみたいに思うのよ……」


 そう言われて、私は床に(うずくま)り、涙が止まらなくなってしまったのだった。


 オリさんの側で私はただ呆然と涙を流すだけで、しばらくの間は何も動けずにいた。大切な人をまた見送らなければならない悲しさと寂しさ、そして虚しさが入り混じり、ただ泣く事しか出来なかった。

 たくさんお世話になったのに、たいしたお礼も言えぬまま、そして話したいことや聞きたいことがまだあったのに……もっと話をしたかった。でも、もうそれは一生できないのだという現実を突き付けられ、胸を抉られるような感覚がして、その苦しさで動けずにいた。


 そんな私を見兼ねてジィジが、


「絲……大丈夫か?」


「……ジィジぃー……」


「絲や……。しっかりしなさい。お前の気持ちは分かるが、今、一番辛いのは誰か……考えてやりなさい……」


 そう言われて、ハッとした。私は自分の気持ちを優先して泣くだけの幼い己を恥じた。

 一番辛いのはアネやんなのに……。


「琉偉くんに聞いて、自分の出来ることをするんや……」


 そう言われ、アネやんを探すと、葬儀場の入り口近くでオリさんのスマホを持って電話していた。オリさんのお友だちの方に訃報の連絡をまだしているようだった。病院で会った時とは違い、今はキリッとした顔をしていて、少しホッとした。


 電話を切り終えたアネやんに声を掛けた。


「アネやん……あの、何か……私に出来ることある?」


「あら、絲。ありがとうね、大丈夫よ! オリさんがね、何かあった時に連絡をして欲しい人のリストアップをしてくれていたからね。ほら、見て? 名前と連絡先を書いていてくれてるの」


 見せてもらった用紙には美しい字が几帳面に並んでいた。一文字一文字が流れるように丁寧で、綺麗なオリさんの字だ。懐かしく、でも涙で滲み、歪んで見えてきた。

 ボロボロと泣いて立ち尽くす私に、


「……絲」


 悲しげな声を掛けられて、私は慌てた。

 

「ごめッ……ごめん……アネやん。涙が……涙が止まらないんだ……」


「……うん、そうよね。……でもね、そんなに泣いてちゃ、またオリさんが心配しちゃうわよ? 『こりゃー!』って起きてきそうだわ。フフッ……」


「……そうだね……そうだね。……うっ……うぅー……」


 そう言って泣く私の頭をアネやんはポンポンしてくれたのだった。


 そうして時間までに準備を終え、お通夜となった。

 お通夜には沢山の方が来られた。オリさんが働いていた病院関係者の方々をはじめ、オリさんのお友だちや元バレー部員の方々。そして多田高のクラスメイトに担任の先生と学年主任の先生。それに奏介の家族、おタケ先生やみーちゃんさんまで……。

 

 受付はジィジと私、そして眞知子さんが手伝いに来てくれたのだけど、あまりの人の多さにアタフタしていると、元バレー部員の数名が泣きながら手伝いを買って出てくれて、お陰で何とか対処できたのだった。

 その姿を見て、眞知子さんは静かに泣いていた。


 お通夜は滞りなく進み、アネやんは悲しみを堪え、弔問客の方々に丁寧に応え、最後にはしっかりとした挨拶をしていた。


 お通夜の閉式後、通夜振る舞いの場には元バレー部員の方々三十名程と眞知子さん、そしてアネやん、ジィジと私が共にした。

 静かに食事をするだけのものと思っていたのだけれど、大人たちのオリさん武勇伝や懐かしい思い出話が始まり、思いのほか会話は弾んだのだった。

 そんな中、元バレー部員の一人が、

 

「あー懐かしいなぁー……。うぅ……クッ……うっ……うっ……。歳取ると……涙腺が緩くなるから悪ぃわ」


 その姿を見た別の方が、


「コタ、泣くなや……。オリさんはよ……。みんながしんみりしてたらさ、喝を入れてくれてたじゃねーか。泣くのはもうやめて、楽しい思い出話をしながら送り出してやろーや」


「タケの言う通りやな……。あれは……県の新人戦の帰りだったか? これ以上ないくらいにシゴかれて、自信満々で臨んだ試合だったのに、決勝で負けてしまって。みんな落ち込んだもんな」


「そうだったな。そしたら、すかさずオリさんがよ、『今の実力が知れて良かったじゃない! まだ伸び代があるって事なのよ。落ち込む暇なんてないの! これからよ!!』って声掛けてくれてさぁ……」


「俺、その時さ! まだこれ以上シゴかれるんか!? ってヒヤッとしてよ」

「俺もや!」

「俺も思ったなー!!」


 口々に思いの言葉が出て盛り上がり始めた。


「だよな。そしたらよ……話を聞いていくと、決勝の試合を事細かに分析しててよ。あの時はこうすればよかったかもしれないから、次の練習で試してみようとか、全体的にジャンプ力をもう少し上げた方がいいからこのトレーニングを取り入れてみないかとか……。みんなの落ち込んでた気持ちがオリさんの話で、一気に早く練習したい気持ちに切り替わったよなぁ……。あれは不思議だった」


「確かにな。よく俺たちを見てくれてたよな、オリさんは。顧問の先生よりもずっと」


「いえとる! 懐かしいな。確か渾名は……竹刀ゴリラだったよな」


「そうそう! 普段は使う訳でもない竹刀を持ち歩いとって、ゴリラのような巨体をウロウロさせてよ。練習中はただ見てるだけだったしな」


「そうだった、そうだった! ハハハ」


「オリさんが卒業した後、竹刀ゴリラは不安やったんやろうなぁ。インターハイ出場がかかった決勝で落ち着かなくなって、試合中にウロウロしだしたもんで、観客席にいたオリさんから怒られてたもんなぁ。『大人しく座っとけッ!!』ってさ」


「あったなー! そんな事も」


「今の時代じゃアウトやろうがな。周りも驚いてたけど、アレで一気に緊張感がなくなったわ、俺」


「確かに、俺も! ……プッ、思い出してしまったよ。あの時の先生の縮こまる姿! 今でも覚えとるわ。巨体がブルブルとさ。クッ……ククッ」


「オリさんを怒らすと恐ろしいからな! 別嬪さんが怒ると凄みが違うし、何度ッ……恐ろしい目に遭ったことかッ……」


 ジィジを含め、皆さんがウンウンと頷いていた。皆さん、同じようにシゴかれたんだなと少し吹き出しそうになった。


「でも、他校の選手たちは憧れとったなー」


「試合後に写真をお願いされてた事が何度もあったもんなー。しかもオリさんの周りはすぐ人だかりが出来るもんだから、移動とかも大変やったしな」


「だな。それに諦めの悪いしつこい奴もいて、オリさんにいきなり交際を迫ったヤツもおったよな!?」


「おったわ! ハッキリ断っても諦めが悪くて、終いにゃ手首を掴んで『この俺が言ってやってるのに断るのかッ!』って凄んできやがってな! 慌てて俺らが間に入って……アレは大変だったよなぁー」


「オリさんもホッとしたんだろうな。『あんたたち、本っっ当にありがとうッ。どうしたらいいか分からなくて助かった。無理ッ! 絶対、無理ッッ!!』って涙目でさ。今にも泣きそうなのに必死に……フフッ。相当、嫌だったんだなって。あんなオリさんは珍しかったよな」


「あー、あったなー! 無理無理オリさんな! 『無理ッ! アレは無理ッッ!』って帰る間中もブツブツ言ってて、みんな肩をプルプルさせててさ。俺も吹き出さないように我慢するので必死だったわ」


 ドッと笑いが起きて、次々にオリさんの思い出話に花が咲いたのだった。

 暗く落ち込んだ雰囲気が打って変わり、明るくみんなが楽しそうな顔に。そしてジィジも眞知子さんも思い出話に笑っていた。黙ってアネやんも聞いていたけど、少し微笑んでいるようだった。

 オリさんの人柄なんだろうな。たくさんの人に愛された証なんだと、私は悲しさが少し和らいだ気がした。

 

 その日の夜はスタッフの方が長時間燃え続けるお線香を用意してくれて、寝ずの番をせずにアネやんはオリさんの横で、ジィジと私は襖を隔てて、楽しい思い出話を胸にゆっくり休んだのだった。

お読み頂き、ありがとうございます┏○))ペコリ

以前から決めていた事とはいえ、この回を

書くのが辛かった…_(┐「﹃゜。)_

また暫しお時間を頂き、不定期更新とさせて

頂きます。申し訳ありません<(_ _)>

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