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女子高生流 ただしいゾンビの殺しかた  作者: 原案:首狩りうさぎ 執筆者:六角 橙
正しいゾンビの殺し方
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女子高生のただしいゾンビの殺しかた

それからというもの、切絵先生に協力してもらって、旧校舎へのバリケード設置や食料品の備蓄を進めた。しかしこの時はまだ誘導もうまくいかず、4月10日のうちに死んでしまった。

 でも2回目は、私から『寓 羅 貴を知っていますか?』と尋ねることで、先生に夢の内容を信じてもらうことに成功した。切絵先生はまず人が知ることの少ない神話の神様の名前と私の話の一致率から、全部とは言わずとも、ある程度信じてくれたのだ。

 全然信じてくれていない人を4月10日に説得するより、よっぽど早く動いてもらえる。それは、とても、ありがたいことだった。

 4月10日の午後は、職員会議があるから、先生も学校内にいる。私は出来るだけ、楓や雪ちゃん、留美と行動を共にして、バケモノが生まれ始めたときからみんなで逃げられるようにした。

 それに近くにいた住民の避難も、先生がいるだけでずっとスムーズだった。学校に逃げる、という選択肢を取る人が少なからずいて、さらに学校の先生がそれを誘導するとなると、私が何かと叫ぶより信頼してもらえたのだ。


「っ、よかったぁ……!」


 切絵先生と協力し合えるようになって、15回目。

 私は、初めて、4月11日を迎えることが出来た。


「よかった。今、隣町の警察にも連絡が付いたの! 町の状況も伝わっているみたい」


 切絵先生の弾む声に、私はとにかくホッとした。


「じゃあ、あとは」


「ええ、外からの救援が来るまで、ここで何とかしのぐだけね……」


「ありがとう、先生。私を、信じてくださって……ありがとうございます……」


 私の頬を、ボロボロと、涙がこぼれる。

 なんといっていいか、全然分からなかった。でもそれは、悪い意味じゃない。あふれる喜びやホッとした感情に、頭の中がぐちゃぐちゃになっていく。心地よいまでの、解放感に体が包まれていた。

 きっと、これでもう、悪夢も終わる。

 そう思えば、あともう少し耐えることなんて、全然辛くない。


「食料品は、どのくらいあるの?」


 学校に逃げてきた年老いた女性が、私に尋ねた。


「1カ月はこもれると思います。無駄遣いしなければ、悪くなるような食べ物でもないですし……」


「そう、良かった。どうか、あなたたち、若い子から食べてね。大丈夫だから」


 にっこりと笑いかけられて、私は言葉を失った。こんな環境になっても、まだ、人は誰かを思いやれるんだ。


「ありがとうございます……」


 やっとの思いで、そう呟くことしかできなかった。

 それから4月12日、4月13日と、日は過ぎていく。でも、その間も警察や自衛隊からの通信が入っていて、現地の状況からヘリでの救助を優先するという連絡があった。これは全部、学校にある非常用の無線機によるものだった。

 切絵先生がいざという時のために学んでおいてくれたおかげで、何とか信頼できる外部との連絡が取れたのだ。


「もうじき助かるのね」


「良かった……」


 皆、その希望があるから、じっと耐えることが出来た。眠れないような夜があっても、明日には助けてくれるかもしれないと、みんなが希望を抱けたからだ。

 私は外を見回りながらも、ホッとする日々を過ごしていた。何しろ、バケモノが寄ってきても、バリケードで阻まれているうちに、対処できるからだ。

 一通り周囲を警戒してから、私が旧校舎に入った、その時だった。


「ぎゃぁああああ──っ!」


「何!?」


 どこからか、バケモノが侵入したのかもしれない。

 十分に武器はそろえたつもりだけど、咄嗟に対処するのは難しい。声のした方へ走っていって、私は立ち尽くした。


「……留美?」


 倒れて、血を流していたのは、留美だった。ただ違うのは、バケモノとなって死んだわけではないということだ。


「大いなる御方に、祝福をっ!!」


 血まみれのナイフを掲げ、恍惚とした表情で叫んでいるのは、切絵先生だった。にちゃり、と笑う顔は、見ていられないほど歪んでいる。


「先生、どうしてっ!」


「いやっ! 助けてっ、殺されるうう!」


 騒動に揺れる部屋の中、私は真っ先に切絵先生へ向かおうとして、

「うそっ!?」

 と、愕然とした。先生は、垂直に2メートルは跳ねると、旧校舎の教室の天井にある蛍光灯を掴んだ。そしてさかさまにぶら下がった状態から、体をひねるようにして、教室内にいた生徒の一人に切りかかる!


「ひぃいいいっ!?」


 そのまま切りつけた生徒の体に両足をつけ、反動で体を翻すと、今度はもう一人の両肩へ足をのせて、そのまま首を深くえぐった。倒れる体から、さらに次の体へ向かう。


「御方のすべてをっ! 今ここに、取り戻さんっ、取り戻さんっ! あははははは!!」


 椅子の背もたれを足掛かりに、切絵先生が私のナイフを避ける。


「っ、みんな、教室から逃げてっ!」


 私も、一歩間違えれば、先生に刺される。そんな状況では、そう叫ぶことしかできない。


「先生っ、どうしてっ!!」


「御方のためっ! 御方の再誕のためっ! すべてを御方に! すべてをあの方に! すべて!!」


 話が通じないと、直感した。

 その瞬間、私の横を人影がすり抜ける。

「楓!?」


「悠ちゃん、お願いッ!」


 楓が切絵先生の背後から、抱き着いていた。私に注意を向けていたせいか、先生がそのまま動きを止めた。今しか、ない。


「っ、らぁああっ!」


 先生の首筋に、ナイフを強く押し当てる。振り下ろされるナイフより早く、手前に引き切った。そのまま、後ろへ強く地面を蹴って離れる。先生の首から、盛大に血が噴き出した。


「ひ、ひひひひっ、ひっひひっひぃいいーーー!」


「せん、せい……」


「御方のため、御方のためぇええ!」


「っ、楓、離れて!!」


 瞬間だった。抱き着いて押さえていた楓の頭のてっぺんに、先生のナイフが振り下ろされる。緊張から、離れることさえ難しかっただろう楓は、そのままガクガクと痙攣した。

 彼女の口から、文字通り泡が噴き出て、ごぼごぼごぼと音を立てる。


「あぁああぁあ、あぁあ……」


 ばたん。

 大きな音を立てて、先生が倒れた。楓もまた、ゆっくりと倒れ、そして痙攣が止まった。


「嘘でしょ……」


「だめだ、もうおしまいだぁあっ!」


「別のところに逃げるんだっ!」


 生き残った人々が、口々に叫ぶ。でも、今の私には、何もできない。みんなが次々と、備蓄した武器や食料をもって、外へ駆け出していく。


「悠ちゃん……」


 唯一、教室の中で生き残っていた雪ちゃんが、声をかけてきた。雪ちゃんも、何といっていいか分からないのだろう。呆然としたまま、私の顔を見つめている。


「どうして……先生……」


 にんまりと笑ったまま、奇妙に歪んだ体のままの先生が……答えてくれることなど、なかった。でも、そうもしていられない。死体が動き出す可能性は、十分にある。私は先生の手からナイフを取り上げ布にくるむと、腰のベルトに刺した。


「雪ちゃん、手伝って。死体を、外に、出さなくちゃ」


「悠ちゃん、ゆうちゃんっ、どうして、どうしてこんなことに……!」


「分からないよ……」


 私の知らない、光景だった。数少ない、だとしても、10回近く繰り返した記憶のどこにもない、切絵先生の姿だった。

 ぷつん、と、頭の奥で何かが弾ける。


「わかんないよぉ!!」


 私と雪ちゃんは、教室の真ん中で泣きじゃくった。バケモノにならない死体たちの真ん中で、泣き続けた。どうして先生が狂ったのか、その理由も分からない。

 どれほどの時間がたっただろうか。

 ふと顔をあげると、辺りは真っ暗だった。時間の感覚さえ、おぼつかない。死んだ人たちの体から、鈍い臭いが立ち上る。鮮血が、乾き、やがて鉄臭さが増した、そんな……なんとも形容しがたい臭いだった。

 家族がいるならともかく、他に逃げる場所もなかった同じ学校の生徒が、ちらほらと室内で固まっている。死体がいくらあろうとも、ここが安全だと、みんな思っていた。そう、願っていた。


「……雪ちゃん」


「……どうしてこうなったんだろうね」


「ね、どうしてだろう……」


 分からない問いかけを、私たちは二人で呟きあう。

 4月14日、と、スマートフォンはそれだけを知らせていた。もう、次の日になってしまったらしい。時間までは見ていられなくて、それよりも、周囲の不気味なほどの静けさが気になった。

 立ち上がった、その時だ。


ぎぃぇんぇえぇええええええ


 何か、声が響いた。叫びとも、泣き声とも、悲鳴とも、何ともいえない声だ。そして、外にまるで雷のような強い閃光がほとばしる。でも、音は聞こえなかった。


「……何、今の」


 雪ちゃんが呟いた、その時だった。天井にミシミシとひびが入り、まるで地震のような揺れが体を襲う。


「雪ちゃんっ!」


 咄嗟に、そばにいた雪ちゃんを庇うように抱きしめた。崩落した天井から、何か黒いビニール袋の塊のようなものが落ちてくる。最初はゴミか何かかと思ったが、違う。


 ずぉりゅぉりゅりゅりゅっ

 ぞおぉりゅりゅりゅっ


 形容しがたい、音。それを響かせ、黒く、湿った、長く、何かが。

 もち上がる。


「あ。あぁ、ぁああ……」


 私は何も、言えなくなった。見ているだけで、体がすくんでいく。指先がしびれ、頭の中が鮮明になるのに、何も考えられない。いや、考えてはいけないと思い知らされる。

 その、黒く湿った何かが、鋭く動いた。

 まるで、動物系のテレビ番組で見た、タコの捕食風景のようだ。獲物を触手で突き刺し、からめとり、真っ黒な中に引きずり込む。


「うそ」


 雪ちゃんが、呟いた。残っていた人に、次々と触手が飛び掛かる。そして突き刺された人たちはみな、あの赤い目のバケモノになっていた。


「ああして、ばけものに、なってたんだっ……!」


 私は初めて、そう理解した。

 だけど、倒せない。倒せない、あれは、倒すようなものじゃない。人間が立ち向かうような存在じゃない。


「いゃあああっ──!!」


 雪ちゃんの体に、触手が飛び掛かる。私も同時に突き刺されたが、焼けるような痛みが続くばかりで、体があのバケモノになる気配はない。しかし、雪ちゃんは腹から背中まで黒い触手にうねうねと飲み込まれていく。


「ぁああ……」


 見てはいけない、在りえてはいけない。

 いてはいけない。

 邪神。邪なるもの。いびつなもの。まつろわぬ神。言葉が、単語が、頭にはじける。


「まさか、寓 羅 貴……?」


 か細く呟く。血にまみれ、どろりと重くなった防刃ベストを、バケモノになった人たちに掴まれた。痛みなどどうでも良い、人などどうでもいい、雪ちゃん、先生、楓、留美。


「たすけて」


 全身を食いちぎられる衝動など、どうでも良くなっていた。

 私は死ぬ。死にたい、死ねる。

 ああ、死ぬんだ。良かった。


 4月14日。私は、死んだ。


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