女子高生のただしいゾンビの殺しかた❷
過去の話に挿絵を挟みました
コーヒーの匂いがする。
ハッと気が付くと、私はあのケーキバイキングに来た喫茶店に座っていた。
(切絵、先生)
自然とカレンダーを探し、日付を確認する。4月7日の、午後だ。
守りを固めて助けを待てば、何とかなると思っていた前提が、全て打ち砕かれていた。切絵先生が死んだことも、生徒たちがあの謎の、なんと言えばいいんだろう。あの形容しがたい何かに成り果てたのを見たことも、全部が私の心を蝕んでいるようだった。
綺麗な制服を着ているのに、まるで全身に汚物をかぶったような心地がする。
(また、私は、大切な人を、殺すしかなかった……ううん。4月10日を乗り越えるだけじゃ、ダメだったんだ……!!)
コーヒーのカップを握る手が、震えた。
「悠? どうしたの?」
聞こえた声に、顔をあげる。楓が、雪ちゃんが、留美が、そこで笑っていた。
「あ……」
守れなかった。ごめんなさい。何もできなかった。何もできないままだ。
油断していた、無力だった。私は、何にもできなかった。
またあなたたちを、殺した。殺した、殺してしまった。
それどころか、最後には死ねることが嬉しくて、泣いてしまった。
「ちょ、ゆ、悠ちゃん!?」
「悠ちゃん、これ、ティッシュ使って?」
「大丈夫だよ、ね? さ、何かあったんだよね。顔が真っ青だよ」
三人の優しい言葉に、涙が落ちた。
「みんな守れなくて、ごめんなさい。何もできなくて、ごめんなさい。私がいけないの、知ってるのに、何もできなくて、何時も無力で、ごめんね、ごめんね、ごめんなさいっ……!」
喫茶店だということなんて、私は忘れていた。何が何だか分からないけれど、涙が止まらない。
「何度頑張っても、ダメなの。みんな信じてくれないし、その日になってもみんな、逃げようともしてくれない。誰も信じてくれない。どうして? どうしてなの。ごめんなさい、ごめんなさい。ごめんなさいっ……!!」
「悠ちゃん」
ぎゅっと、楓の腕が背中に回される。喫茶店にいたのは、幸い私たちと店長さんだけだったらしい。
そっと、店長さんが、ケーキを出してくれた。
「おまたせしました、チーズケーキです」
「よしっ、悠ちゃん、これは私からのおごりだっ!」
「え?」
呆然として、黙ってしまう。
もしかして私……三人と一緒に、喫茶店にケーキを食べに来ていたの?
「悠ちゃん、ごめん。正直言うと、何が言いたかったのか、私には分からなかった」
楓は真剣な目をして、私を見つめていた。ぐいっと、胸元にお手拭きの小さなタオルが渡される。鼻水が垂れていることを自覚して、私はあわててそれで、鼻の下をぬぐった。
「でもっ! 苦しい思いをしたことだけは分かったの! それを、どうしてあげることもできない。私は、悠ちゃんじゃないから。でも、紅茶とケーキを食べてゆっくりすることはできる!」
楓らしい、といえば、らしい言い方だと思った。
「んで、遊んで。そしたらまた頑張ろう! それは、出来るからさ!」
にっこりと笑う楓に合わせるかのように、留美が言う。
「そうだよ。事情は、確かに分からないけれど……とても苦しいのは伝わってきたよ。愚痴なら、いくらでも聞くからさ」
「うんうん。私も聞く! あっ、このタルト食べる? 季節のタルト! 美味しいよ」
雪ちゃんが微笑んで、私の肩から力がするりと抜けていく。ああ、そうだ。
皆ともう一度、笑いたかった。
だけど何もできなくて、それどころか切絵先生を殺すような事態になった。
何をしても、私は、もうダメなんだって、どこかで考えてしまっていたんだ。
本当にダメだったら……多分、ループさえ、起きなかったはずだ。
「ほらほらっ! チーズケーキ食べよう!」
「……うん、ありがとう」
ケーキに、フォークを入れる。しゅわっと音がして、濃厚なチーズの香りが広がった。
それから私は、久しぶりにとても穏やかな日を過ごせたのだった。
(そうだ、頑張ろう。もう一度、もう一回、あと、少しだけ……)
思ってから、4月10日まではすぐだった。でも同じように、切絵先生に信じてもらったとしても、また4月13日に切絵先生は狂ってしまったのだ。
「……また、同じだった」
気が付くと4月4日の教室に、私は立ち尽くしていた。時刻は午後7時を指していて、人気はない。終了時刻が遅い部活だって、学校内じゃなくて他の施設へ移動したり、ほとんどの生徒は帰宅している。今のままじゃ、何かあったかと先生たちに話しかけられてしまう。
(っ、先生に、会いたくない)
急いでカバンを掴み、私は外へこっそりと出た。中庭を通り、人気のない学校の校門から家への帰り道を急いだのだった。
駅に立ったまま、私はじっと迷っていた。
「どうしようかな……」
午後7時近くの電車はまだない。早めに帰りたいけれど、そうもいかない。
「なんだろう……この違和感」
4月14日に、この町はあの悲劇に包まれる。それは変わらない事実だとループの中で理解した。
だから今、何とか4月14日を乗り越えるための計画を建てようと思っていた。
「……ダメだ、分からない」
ため息をつく。なんだか分からないが、4月14日を乗り越えるという発想じゃ、ダメな気がしてならなかった。
「……4月14日を超えるわけじゃないってこと? ううん、だったら私がループする理由が分からない」
結局私は、いつも通りの4月10日を過ごすことを決めた。
===
もう数十回は繰り返した誘導を、切絵先生と済ませる。あちこちで安心した様子で、笑顔さえ見せる同級生たち。その中には留美や楓、雪ちゃんの姿もあった。
一息ついて、私はナイフにべっとりと残った血をタオルで拭った。バケモノを、どれだけ切り殺したか分からない。首筋、足、耳、手首、太ももの内側。切りつけて効果がある場所を知るたびに、体は血まみれになった。
そんな状況でも、私の頭の中はこれからのことでいっぱいだ。
(どうする?)
ナイフを腰に戻し、髪の毛をまとめていたヘアバンドを取った。代わりに、目を防御するためのゴーグルを直接頭にかぶる。分厚い生地の長袖に、防刃ベスト、丈夫なズボン、重いけど頭を潰すに便利な鉄板入りの安全靴を身にまとっている私は、やっぱり異様に思える。
でもみんなで生きて4月14日を乗り越えるには、その前に何か手を打つ必要がある。
と、その時。スマートフォンが、ふるり、と揺れた。
これまでのループでは無視していたが、今はどんな手掛かりでも欲しいところだ。手に取ってみると、競馬情報を知らせるサイトから送られてきた、夜のレースの最新情報を伝えるメールだと分かった。
このサイトは自動配信ではなく、最新情報を常に管理人が更新してくれている。そのせいか、文章に誤字脱字がたまに見られることさえあった。
今日のレースには目を通したことがないから、ちょっと新鮮だ。
(やっぱり、町の外では何も、変わっていない? ……)
だって、他の町も同じような状況になっていたら、こういう情報は来ないはずだ。
レースなんてやっている場合じゃないし、ネットとか通信網が打撃を受けていたっておかしくない。なのにメールは、ちゃんと来た。
いや、これだけで外は無事だと判断するのは危険だ。
ううん、だったらこのメールはなんなの。
(判断できない……もっと情報が必要だ。ここに閉じこもっているだけじゃ分からない、新しい情報。……4月14日までに、私は新しい行動をしなくちゃならない)
今までは、立てこもれば生き延びられると思っていた。
ううん、思い込んでいた。
私は立ち上がり、外を見張るふりをして考えをまとめる。
(立てこもることで、守れる人数も増えた。もしかして4月10日を生き延びたら、次は……ここにいる人たちが受ける4月14日のあの惨劇を、何とかして回避する必要がある? そうだ。もしかすると、他の場所ならあの触手が降ってこないかもしれないし……)
町を見つめる。
悪夢に陥る前は、狭いとさえ思っていたこの町が、今はとてつもなく広かった。
(どこまで探せるのかな。でも、1人きりだったら、バケモノは見逃す傾向にあるし……)
そこで、ハッとする。
旧校舎の窓からは、ここへ向かって集まってはバリケードの下にある塹壕や鉄条網に引っかかって、自動的に死んでいくバケモノの姿が見えた。バケモノたちは、人間の多い方向へ向かってくる。ここに多くの人が立てこもっていると、彼らは自然と理解しているみたいだった。
そう、多くの人が、生きている人が、ここに集まっている。
(この場所を……おとり、に、できる?)
自分のことが、嫌になるような発見だった。
(でも、ここにバケモノたちが自動的に集まるなら、その間。町の中を探し回りやすい……!)
心臓が跳ねる。痛いほど、熱い。耳の周りが、どくどくと言っている。
「いかなくちゃ」
自然と私は、そう呟いていた。
===
4月9日。バリケードを含めた準備が完了する。
4月10日。恐慌状態になった生徒を落ち着かせ、避難完了。
4月11日。周辺の探索、やはりこの辺りはバケモノの数が多い。
4月12日。生存率が高かった場所を、優先的にピックアップした。
4月13日。切絵先生が発狂、殺した。
4月14日。あの触手のバケモノがやはり降ってきて、私を含め死亡。
そして、何度目か分からない4月4日の午前10時を教室で迎えた私は、やはり4月10日まで、これまでと同様にバリケードや物資の搬入、切絵先生との協力を進めた。
「奥へ進んで! バリケード近くの人は、噛まれないように注意!」
着慣れた防刃ベストに、使い慣れたナイフを取りまわす。今は、切絵先生と協力して、みんなを旧校舎へ避難させてすぐだ。
「悠さん、そろそろ中へ!」
そう話しかけてきた切絵先生に、私は頷いた。周りには、私たち以外に、バケモノしかいない。
私は情報を集めなくてはならない。知らなくてはならない。ループする意味を、突き止めなくてはいけない。でもその間に、楓たちが死ぬのは、嫌だ。
だから。
「切絵先生」
話しかけた瞬間、こちらを向いた切絵先生の喉笛を、切り裂く。悲鳴を上げる隙さえ与えず、崩れ落ちる彼女の体をバケモノの波へ投げ込んだ。ここまでの流れは、もう手慣れたものだ。
「……ふぅ」
がりがり、ごつごつ。先生の体が、食べられていく。意思のない切絵先生の目が、遠いところを見始めたのを確認して、私は踵を返した。誰かにとがめられたら、切絵先生がバケモノに噛まれた、と言い訳することにした。
ここまでどんなに世話になっていても、この後で確実に狂う人間より、この後確実に生きている人間を私は選んだ。
みんなが生きてくれるだろう状況を、私は選んだんだ。そう、言い聞かせた。
(これで、13日の惨劇は避けられる……他の人が変わる可能性もゼロじゃないけど、その時はその時だ)
旧校舎の倉庫へ向かい、押し込んだ道具をとっぱらう。
それから私は、今まで防刃ベストの上に着ていたパーカーを脱ぎ捨てた。なるべく血まみれにして、ナイフで切り裂いておく。あたかも、私が、バケモノに食べられてしまったかのような状態にした。私が居ないことに気が付いて、楓や雪ちゃん、留美が探しに来ないようにするためだ。
旧校舎へ逃げ込んだ人たちは、まだ落ち着いていない。今が探索に出かける、最大のチャンスだ。
(バイクは……無事だ。良かった)
今回は費用の一部を、新品のバイクに当てた。切絵先生に依頼して、ガソリンもしっかり詰めてもらい、ナイフの予備や食料などもすでに載せてある。4月14日まで、あと丸3日はあるから、その間の最低限の飲み水なども載せた。
(彼らは確かに町中に突然現れた。でも、反対に、あの黒い触手4月14日になるまで見ていない。それが、どこから始まっているか探せば、触手がどこから来たかわかるかも)
エンジンをかけ、バイクを走らせる。4月4日から6日間、しっかり練習した甲斐あって、問題なく運転できた。エンジンの振動を感じながら、外へと走らせる。
(まずは、湖の方へ行ってみよう。人が多い地域だし、もしかすると誰か生き残っている人もいるかもしれない)
旧校舎の次に人が生き残りやすかったのは、湖の近くの公民館だ。そこまでなら近いし、万が一襲われても戻ってこれる距離だ。
何を探せばいいのかも、何を見つければよいのかも分からない。
だけど、私が生きて、ループすることに、意味があるはずだ。
切絵先生を殺し、それでもなお、私がループするのであれば……。もしかすると、先生を殺さなくても良い未来が、あるのかもしれない。それを探さなくてはならない。
皆が生きていられる、明日を、見つけなくちゃいけない。
4月10日。私は、生きている。
完結ではありませんが、しばらく間が空きます!




