女子高生と謨吝クォ❷
家のベッドの上で、目が覚めた。
「……やっぱり、ダメか」
体を起こして、私は喉をさする。今日は、初めて白い狼に喉を噛み千切られてから、だいたい54回目の4月4日だ。
あれから私は楓と2人、雪ちゃんを入れて3人、留美と2人きりなど、様々なパターンを試した。ほかにも楓や雪ちゃんだけを先に逃してみたけど、その場合は無事に隣町へ出ることが出来た。
何故なら、みんな、無事に帰ってきたからだ。
だけど私が町を出ようとすると、やはり狼は現れた。
そのため途中からは諦め、この一回前の段階ではもう町から出ずにいたけれど、バケモノに襲われて首を引きちぎられてしまった。気が付かないうちに、町の出入り口まで近づいてしまったせいか、白い狼に看取られるように死んだのだ。
もし、私がそのまま外に出ていれば、あの狼は私を食い殺していただろう。
「……いったい、何の目的で」
狼はまるで、私をこの町から出さないようにしているみたいだった。
今回は逃げる目的じゃなくて、隣町の本屋に行こうとして殺された。あの時は久しぶりに突然殺されたので、驚きすぎて次からどうしたらいいか迷ってしまっている。
ベッドの上で、胡坐をかいた。時計を確認すると、今は4月4日の午前5時だ。学校に行く時間よりずいぶん早いから、じっくり考える時間がある。
「もしかして、たまに感じる視線はあの狼……?」
私が町から出ないように、じっと監視していた。それなら町中のいろんな場所で、偶然感じた理由も分からないでもない。ただあんなに目立つ白い狼なんて、今まで見たこともない。
もしかすると町を出る人を、無差別に殺しているのかもしれない。けれど殺していたのなら、すぐにでも誰かしら噂にするだろう。それに楓や雪ちゃんだけで外出した場合は、2人とも無事に帰ってきた。
「……ダメだ、答えが出ない」
私はとりあえず起き上がり、父の部屋に行った。
検索サイトを立ち上げて、競馬や競艇の情報サイトへアクセスする。そこで、出来るだけ賭ける人が多いレースの情報を、片っ端からチェックした。たとえば4月3日の第1レース、3連単が『4-5-9』ならそれをメモする。そして何度もレース名と番号を書き取って、覚えるようにしてきた。
「あー、このレースも結構高いな。覚えなきゃね……」
何度も死ぬ中で、私は少しずつ、バケモノへ抵抗する手段を身に着け始めていた。
まず、武器になる道具は、多い方がいい。人を助ける手段は、多い方がいい。
保坂さんが死んだ時から、武器や人がたくさんいる警察署に立てこもろうと生き残れないと実感した私は、自分の手で生き残るための場所探しを始めた。
警察署は話を信じてもらえればかなりの確率で生き延びられたけど、最終的に死ぬケースが多かった。色々、悲しいことも多かった。
それからは、立てこもる先を変えた。
たとえば公民館の使われていない倉庫や、使われていない空き家、学校の体育館とか。人と物が詰め込めて、ある程度の広さが確保できる場所に少しずつ物資を運びこんでおく。
そして4月10日になったら、そこへ案内できるだけの人を案内して、一緒に身を守りながら耐え抜く。そうすることで、4月11日を迎えられる回数が少しずつ増えていた。
(今のところは、旧校舎が一番、生存率が高いんだよね……)
学校の近くにある旧校舎は、他より少し小高い丘にある。そこに物資を運び入れて、周りにバリケードや罠を仕掛ければ、ある程度はバケモノを遠ざけることが出来た。子供だましでも、動きが緩慢なバケモノにはとてもよく効いた。
でも私のお小遣い程度じゃ、買えるものはたかが知れている。
だからすぐにお金が手に入る方法として、私は父のアカウントを利用した競馬と競艇などギャンブルを始めたのだ。
「お父さん、変なとこで間抜けだなぁ本当……」
両親からは、代わり映えのないメールが届く。楽しそうで、日常的で、だからこそ私にとってそれは心の支えになっていた。海外ではバケモノが表れていない、その証のような気もした。
「あはは、やっぱり今日もスキューバーダイビングに行くんだ」
内容の変わらないメールを見終えてから、明日以降のレースでどの組み合わせにいくら賭けるのか、次々と入力し始めた。
父は几帳面な人で、サイトのパスワードとIDなんかは全部バラバラのものにしていたけれど、同時にそれを忘れてしまった場合や自分が死んだ場合に家族が困らないように、書類にして家の金庫に保管していた。その中にはキャッシュカードの暗証番号なんかも含まれている。
私はそれを知っていたから、金庫からパスワードとIDの詰まった書類を取り出し、ネット銀行の設定を変えて父当てのメール通知を切った。そして競馬や競艇のレース結果を片っ端から調べて覚え、一番高い配当が出るレースだけを集中的にかけた。結果は全部同じだったから、面白いようにお金が増える。
これまでもネットバンクなら、父が海外旅行に行っていても異変に気付くことがあった。けれどそうじゃない口座は気づかれる心配も少ないと分かった。父の口座に入った配当金を、さらに自分の銀行口座に振り込んでいく。限度額いっぱいで引き下ろせば、最低でも30万円が手に入った。
銀行から電話がかかってくることもあったけど、学費のため、など適当に断れば後はそう詳しく聞かれない。おろした30万円は、食料など立てこもるための物資に充てる。
「これでよしっと……筋トレしよ」
時間は、1秒たりとも無駄にできない。
すぐさまパジャマから、動きやすい服装に着替える。学校に行くまであと1時間はあるから、30分ほど筋トレをする。
「今のままじゃナイフを扱えないから、頑張らないとね」
バケモノに対して1人で戦う時、今のところ一番有効なのが刃物だ。刃物で首筋を切り裂いて、大量に出血を起こす。すると動きが鈍くなり、やがて死ぬ。
警察に立てこもろうと躍起になっていた時、試しに斧とか鈍器でバケモノの頭を潰したけど、効果はなかった。誰かが『ゾンビなんだから頭撃たれたら死ねよ!』とか言っていたけど、本当にその通りだと思う。
ただ、頭を潰すと噛まれる心配がなくなる。だから倒れて動きが鈍くなった奴の頭は、積極的に足で踏み潰すことを覚えた。
「15、16、17、18……」
声に出しながら、スクワットをする。効率よく、短期間で、少しでも、筋肉をつけるための運動だ。とはいえ、効果が出てくるのは4月10日くらいだから、今のままじゃ筋肉痛が出て終わりだ。
とにかく、私は非力だ。いや、一般的な女子高生の腕力じゃ、バケモノに対抗できない。
すっぱりと切れることを期待したチェーンソーは、小さいやつでも振り回せず、それに充電不足で使えなくなってしまう。そのうえ、押し返された時が一番厄介だ。
「頭から真っ二つ、もう二度と経験したくない……」
ぶるり、と、身震いをする。
何度目かの立てこもり時、偶然、高校の庭木の手入れにきていた庭師さんがチェーンソーを置いていった。それを無理に使ったところ、最初は良かったけれど、途中で5体くらいのバケモノに襲われて、電源が入ったまま私の頭に直撃。
あとはもう、言葉にもできない。鼻の頭をチェーンソーが通過するところで、意識が途切れた。そこでループが起こり、私は4月4日の朝を自宅のベットで迎えた。
「……やっぱり、ナイフ、か」
立てこもるためには、食糧も薬も必要だ。それから、武器もあった方がいい。
先ほど決済を済ませたので、3日以内にはベストや丈夫なズボン、ジャケット、ここ157回で愛用となったナイフも手に入る。
購入相手は、ネットオークションで出品している人たちだ。本来なら鹿とか猪とかの狩猟用の道具で、厳重に扱えば警察から問われることもないそうだ。ただ……学生が持っていたら、間違いなく捕まるだろう。
「でも、一番リスクが少ない」
電気もいらず、重くもなく、使い勝手が良くて、振り回せる。それに、筋や血管を狙えば、非力な私でもバケモノを無力化できるのが一番よかった。
同じ刃物でも、日本刀は高すぎて手が出なかったし、実際使ったとしても2体目で使えなくなった。振り回すのが重いし、血糊ですぐに刃がダメになる。
「届く時間も指定して、よしっ」
それからこれが一番難しいんだけど……学校には普段通り通って、出来るだけ自然に生活しなくちゃいけない。そうじゃないと、最初の時みたいに警察に取り調べを受けて、多くのロスが生まれる。
「今日はまだお金が入るのは少しだけだから、買っても非常食程度ね……」
実を言うと、逃げるだけなら1人の方が早い。
何故なら、バケモノは人間を狙う。それも、人間が多くいる場所ほどバケモノに狙われる。だから最初にファミレスや喫茶店のような、人が多く集まるところにいると、すぐにバケモノが集まってきて死んでしまった。
反対に、私が自宅に引きこもった時のように1人で居ると、それほど狙われない。たとえば4人で行動している時と、1人で行動している時だと、4人の方に自然とバケモノが吸い寄せられる。
この法則に気が付いてからは、ゾンビに囲まれても逃げられるようになった。
「……あとは、協力者が1人でもいればなぁ」
冷凍のご飯をチンして、適当な野菜炒めと一緒に食べる。ニュースは変わらずに、同じ内容と同じ天気予報を伝えていた。
「もう1人、同じように行動してくれる人、大人が居れば……」
これは、何時目を覚ましても、何時終わりを迎えても、常々思うことだった。
留美や雪ちゃん、楓は協力してくれたが、やはり大人の言葉である必要があると常々感じていた。高校生程度の言葉じゃ、信ぴょう性が明らかに薄いのだと、何時も実感していた。
誰か、大人が動き出して初めて、誘導もうまくいくことが多いからだ。
(……はあ、でも、やるしかないな)
制服を着終えて、外に出た。いつもの道、いつもの時間、いつもの交差点。電車に乗り、学校の最寄り駅で降りる。
「楓、おはよう」
「おっ、悠ちゃんおっはよー!」
楽しそうに笑うまだ死んでいない彼女と一緒に、教室に向かうのだった。




