女子高生と謨吝クォ➊
ハッと気が付くと、お弁当の香りがいっぱいする教室に私はいた。ご飯、ノリ、お醤油の香り。楽し気な笑い声、楓がこちらを見ている。
「ねぇ今日、どこか遊びに行かない?」
黒板を見ると『4月4日』の文字、そして時計はお昼休みの最中であることを示している。
バケモノに襲われて死んで、すぐのことだったから、かなり動揺した。ああまたループしたんだ、そう分かっているのに、体が動かない。
「……悠ちゃん?」
不思議そうに、雪ちゃんが声をかけてきて、ようやく体が動いた。
「っ、あー、そうだ! 隣町にいかない?」
咄嗟に、そう声が出た。周りの大人は信じてくれない、なら。
それなら、逃げるしかない。
「えー、隣町? 何かあったっけ」
「いいじゃん。この前、楓の映画に付き合ったでしょー」
「それを言われると痛いなぁ、でも放課後行くには遠すぎない?」
隣町に行くには、学校から電車で30分もかかる。楓が言うとおりだけど、譲れなかった。
「いいじゃん行こうよー。あっ、電車じゃなくて、駅前からのバスは? あれ、ちょっと歩くけど、隣町のショッピングモールの近くにつくじゃん」
「あー、それはアリだねぇ」
話を聞いていた留美が頷いた。
「ショッピングモールにさ、新しくクレープ屋できたらしいんだよね。しかもほら、あの、なんだっけ。歌手のMICHIがプロデュースしたっていう、あの」
「ポッテンモーってクレープ屋!? あそこだったのね! それ行きたい!」
興奮気味な雪ちゃんが、きらりと目を光らせる。これは、いけるかもしれない。
「あー、それ気になってたんだよね! いきたーい!」
私が珍しく乗り気になったのもあって、すぐにショッピングモールへ行くことが決まった。町の外に出て、上手く逃げれば、そもそも被害に遭わない可能性だってある。
午後の授業を受け終わってから、私は楓たちと一緒に駅前のバスに乗った。隣町へ行くバスの中は、何事もなく平穏だ。
当たり前と言えば当たり前で、あんなバケモノがたくさん出てくる状況が在りえない。
「で! あの湖がやっぱりキーだと思うんだよね!」
留美の歴史談議が、ヒートアップしている。
「留美ちゃん、流石に湖が人工物って説はどうかと思うよ……池とか、ダムならともかく、湖規模なんて」
「そうそう。工事で作られたのなら、留美が言う、何だっけ? 郷土史? それにも残りそうじゃん」
「そうなんだよねぇ」
腕組みをして悩む留美は、とにかく楽しそうだ。私たち3人も、留美から話を聞くうちに、自然と湖の話は気になっていた。
「神話からしても、やっぱりあの湖がポイントなんだよね」
「神話?」
そんなものがこの町にあるとは知らず、話を聞こうとした時だ。
『お待たせいたしました、篠田町前、篠田町前。お降りの方は前のドアよりお願いいたします』
到着を知らせるアナウンスに、それぞれ手に握り締めた運賃をもって前へ行く。支払いを済ませて降りると、隣町との境のバス停がすぐに目に入る。車通りも多い通りで色々お店もあり、ここから歩いた方が今日の行先であるショッピングモールに近いのだ。
「んで、何話してたっけ?」
「留美ちゃん、ほら、神話だよ」
「あー、そうそう! 寓 羅 貴って神様のお話なんだけどね」
聞いたことのない、神様の名前だった。
(でも、なんだろう。背中が、ぞくっとする)
思わず足を止めた私の方を、留美が振り返る。
「悠!!」
留美が私に向って、凄い顔で叫ぶのが見えた。なんだろう、と、私は考える。バスは通り過ぎていくし、車も変な動きはしていない。
すると彼女は、思いもよらぬ言葉を叫んだ。
「逃げてっ!」
視界の端から、白くて大きなものが迫ってくる。
「え?」
振り返った瞬間、私の視界の上下がくるんっとさかさまになった。同時に体から力抜けて、大勢のバケモノたちにぶつかられた時のように、体が吹き飛んでしまう。
どさり、と地面に落ちる。
なんで、どうして。そう言ったはずなのに、声が出ない。こひっ、こひっ、音がする。
「いや、いや、やめてっ!」
「きゃあああっ!」
誰かの悲鳴。真っ白い。姿。あれは。
「狼!? どうして!」
口を真っ赤に染めた、白い毛並みの狼が見えた。意識がどんどん遠のいていく。楓が泣いている、雪ちゃんが怒っている、留美が叫ぶ。
4月4日、私は、死んだ。




