女子高生の螂ョ髣❷
目を開けると、自宅のベットの上だった。パジャマを思わず見下ろして、打ち抜かれた胸を確かめる。いつもの、赤いチェックのパジャマは、何も変わらない。
当然と言えば、当然だ。今の私は、まだ、何も行動を起こしていない。
「……今日は、4月4日か」
スマートフォンで日付と時刻を確認して、私は考え込む。また同じようにポスターを作って、みんなに噂を広めるべきだろうか。
「でも……銃って、魅力的だな」
普通の人間なら、急所を打ち抜かれたら死ぬ。それこそ、私より身長が低い女性であっても銃さえ使えれば、相手を殺せるって身をもって知った。警察なら車もあるし、逃げられる可能性も高い。外部と連絡も取れる。
立てこもる場所としてはいいことづくめに思えるけど、その分だけ警察官に話を信じてもらうのはとても難しいように思えた。あの女性のように、パニックになってしまうだけでなく、怪しいことを言う人を簡単に警察署へ入れてくれるとは思えない。
「……でも、やるしかない」
またループするだろう。でも、動くしかない。
もしかすると、今度は生き残れるかもしれないんだから、逃げている場合じゃない。
それから『警察に行って話を聞いてもらう』ことを目標に、私は20回の失敗を繰り返し、ようやく私は4月10日に行けばいいと気が付いた。
最初の5回は、警察署内に留め置かれた結果、両親にも事情がバレてしまった。そうこうしていると4月10日を迎え、気が付けばみんな死んでいたんだ。
さらに10回、話を聞いてもらえたとしても、結局は銃が役に立たなかったことが何度か起きた。当たり前だけど、銃の弾は有限だし、日本だと管理が厳重過ぎてそう簡単に持ち出せるものじゃなかった。
正直、気づくのが遅すぎたと思う。
やっと、4月10日に行くことを思いついたときには、もう20回も死んでいた。
「危険思想でもなんでもありません! 本当にそうなるんですっ!」
必死に窓口のお姉さんに訴えた結果、そのまま私は取り調べを受けることになってしまった。銃とか武器がないと危険だとか、そういうことを言い続けたせいもある。何か1つでもしないといけない、
4月10日になっている。取り調べが始まってから1時間、私は同じことを訴え続けた。でもハナから、精神異常と考えられていることが伝わってくる。
悔しい。
苦しい。
どうしたらいいか、分からない。
解決策が出てこないうちに、遠くで銃声が聞こえた。一回聞けば、それと分かる、あの音だ。
「っ、逃げてください!!」
私が叫ぶ。取り調べ室にいた人たちがざわついて、次の瞬間。
「おい、木下。どうしたんだ?」
急にドアを開けて、中に男性の警察官が入ってきた。目が、赤い。血の涙が、見える。
「っ、離れてっ!」
迷わず、私は席から立ち上がり、折り畳みのパイプ椅子を投げつけた。それは木下と呼ばれた警察官に直撃して、彼を吹き飛ばす。その腕が折れて、頭からは血が流れたが、彼は何も言わずに無言でまた、こちらへ向かってきた。
異様な光景に、遅れて、血まみれの男性が駆けこんできた。
「全員逃げろっ! 異常事態だっ!!」
「保坂先輩!? どうしました」
「そこの女の子の言う通りのことが起きてるっ! 外はバケモノだらけ、事故まみれだ!! 噛まれると、ゾンビみたいに同じ存在になっちまうっ!」
どうやら、この……保坂という人は、立場が上みたいだ。周りの警察官が、みんな敬語で話している。
「っ、木下、すまんっ!」
そう言うと、保坂さんはあっという間に、バケモノになってしまった木下さんの両足を打ち抜いた。倒れた彼は、地面を這いながら私たちの方へ向かってくる。急いで、私は彼を飛び越えてドアの外へ出た。
「立てこもれる場所はありますか!? 彼らは動きが遅くて! 足や頭をつぶせば、逃げきれますっ!」
私が叫ぶと、保坂さんが頷いた。
「よし、食堂へ行こう! おいっ、お前たち、ぼさっとするな! 取り調べ中とはいえ民間人を優先しろ! 免許更新に来ている人たちだっているんだぞ!!」
「しかし、保坂さん!」
「本当にバケモノがそこら中にいるんだ! 町中、そのせいで事故だらけ、死体まみれだ! 急げっ、死にたいのか!!」
保坂さんの声に、ようやく周りの警察官が動き出した。何がトリガーになっているかは分からないが、この現象……悪夢が始まってから、バケモノになってしまう人もいれば、そうではない人もいるみたいだ。
彼の後に続いて走っていくが、すでにそこら中でバケモノになった人が、そうでない人を襲っていた。
「ひぎやぁあああ!?」
「やめて! やめてぇえ!」
泣き叫ぶ声が、響く。だけどそれに構っていたら死ぬことを、私は学んでいたし、割り切っているところがあった。
襲われている人を見て足を止める警察官を見て、私は叫ぶ。
「急がないと死にますよ!!」
「見捨てろって言うのか!?」
「噛まれたらもう、その人はバケモノになるんです! 少しでも、すこしでも、生きることだけ考えてくださいっ!!」
叫んだ私に、ぎょっとした顔をする警察官の男性。でも、彼が足を止めている間にも、どんどん室内にバケモノが増えていく。
「っ、足を撃って、止めてください!」
でも、誰も動こうとしない。みんな、目の前の現実が信じられないような顔をしている。
私は急いで、近くにあった三角コーンをぶん投げた。あれは意外と重くて、当たると衝撃でバケモノが転ぶことは、良く知っていたからだ。狙い通り、バケモノが倒れた。
「こっちだ、お前ら!!」
保坂さんが、怒鳴る。
「あっ、ほ、ほさか、さん……」
「いい加減にしろ! お前たちが立ち止ったところで、誰も得しねぇんだよ!!」
「ですが、あれは」
「お前らは、殺人犯が暴れてるのを見過ごせるのか!? せめて、逃げて、他の人を守る時間を稼ごうとは思わねぇのか!!」
ようやく、その叫びで、皆さんが動き始めてくれた。まだ生きている人を誘導し、奥へ奥へと、進んでいく。出来るだけ足を攻撃してバケモノを転ばせ、その転んだ体をそのままバリケードとして、出入りをふさいだ。
途中、誰かが落としたらしい拳銃が、私の足へ触れる。
「これが、使えれば……」
「素人が持つな! 死ぬぞ」
「死にたくないから、持ちたいんです」
保坂さんの目を見上げる。もし銃が使えれば、私があの日殺されたのと同じように、私がバケモノを倒すことで、誰かを守れるかもしれない。
「っくそ。絶対に守ってほしいことが3つある、1つ、銃口は絶対に覗き込むな、2つ、引き金に指をかけるな。3つ、安全装置は打つ前にはずせ、こうやってな!」
手元のトリガーのようなところを、向こうへ倒して、保坂さんは拳銃を構えた。そのすべてを、私は食い入るように見つめる。
発砲音、それが気にならないほど、私は集中していた。
これがあれば……生きていられるかもしれない。そう思えるほど、銃の威力はすさまじかったのだ。バケモノが2体、膝を撃ち抜かれて倒れた。
(反動、肩が跳ねてた……鈍器みたいに振り回すだけじゃ、いけない)
いくら動きがゆっくりとしていても、動いているものを撃つのは至難の業だと分かる。本当に近づかれた時に、最後の抵抗として使おう。
「ありがとうございます」
「すぐ使えるとは思うなよ。よし、奥の資料室へ急ぐぞ! あそこなら、資料と一緒に非常用品もそろっているし、通信もできる!」
「はいっ!」
途中、事務員の方や、免許更新に来ていたらしい人を助けつつ、私たちは保坂さんの指揮のもと、さらに奥へ向かった。少しでも生きていられそうだと思えたのは、最初にゴミ捨て場の中にうずくまっていた時以来かもしれない。
「あそこが資料室だ!」
保坂さんが言う。誰かが先に走って、資料室のドアを開けた。我先に、と、人々が流れ込む。
「っ、この子を、先に!」
お子さん連れのお母さんらしき女性が、叫んだ。そんなこと、誰も気にしていられないかもしれない。だとしても、叫ばずにはいられなかったのだろう。私はすぐさまそっちへ行って、子供を抱き上げる。
「一緒に!」
「は、はい!」
資料室に駆け込み、私はすぐお母さんにその子を渡して、それから外を見た。バケモノたちが、こちらへ波のように押し寄せる。
保坂さんが、何かを決意したように言う。
「あそこの、防災ボタンを押してくる。そしたらシャッターが下りるから、それで少しでも、防げるはずだ」
「でも、あの位置は」
「任せろって」
すぐさま走り出した彼は、防災ボタンらしい赤い箱をあけた。けたたましいサイレント共に、頭上から分厚い扉のようなものが下りてくる。迫りくるバケモノをその向こうへ押し込むようにして、保坂さんも扉から離れた。
これで倒す相手も、限られる。安心しかけた、その時だった。
「待って!! 待ってください!!」
下りていく扉の向こうから、声が聞こえる。
「いやだぁああ! 助けて、たすけてぇえ!」
「死にたくないっ、いやあああっ!」
男性なのか、女性なのか、分からない悲鳴。私はそれを、見捨てるしかないのだろうかと、一瞬考える。でも見捨てた方が良いことは、百も承知だ。私はそれほど、強いわけじゃない。
それより、今、周りの人たちを動かしている保坂さんの方が気になった。
「っ、保坂さん、戻ってください!」
「ゆみ……」
すがるようにつぶやいた声に、私は硬直する。ああ、そうか保坂さんにだって大切な人が居るんだって。だったら最後まで、あがいて、生きていかないと。
そう思ったときには、もう遅かった。
「ぐううっ!?」
扉の下へしゃがみ込んだ誰かへ、保坂さんの手が伸びていた。だけど。引き出したその人は、すでにバケモノになっていた!!
噛まれた保坂さんの目に、絶望が広がっていく。楓が、そうだったように。
彼にも、自分の自我が消えていく感覚が、伝わっているのかもしれない。
「保坂さんっ! ゆみさんは私が見つけますっ! 絶対に! そして保坂さんのこと、伝えますっ!」
言い切った私は、教えられた通り安全装置を外した。その音に、彼が救われたように笑う。彼の意志があるうちに、私は彼の額を打ち抜いた。噛まれているから、彼もきっとバケモノになる。
でもそれを、感じさせたくなかった。
保坂さんがバケモノの波に飲み込まれるのを見て、私は後ろで発砲音に固まっている人たちに叫ぶ。
「いいから奥へ!」
ゆっくりと締まるドアに巻き込まれて、バケモノたちが潰されていった。幸いだったのは、人を感知したら止まるようなドアじゃなかったことだ。
「数は減ったって言っても……!」
さっき2発、今1発。残り4発の銃に、もう一度安全装置をかけた。ドアを閉めて、鍵をかける。1か所だけ窓があるそこは、資料室らしかった。何やら操作が必要な本棚がたくさん並んでいて、空調も聞いている。
事務員さんたちが、パネルのスイッチを押した。1カ所だけ列を残して、本棚が全部手前に移動した。
「ここなら……!」
「はやく、この奥に」
皆が少しずつ奥へ移動するのをたまに確認しつつ、私はドアの方を警戒し続けた。すると、その時だ。
「開けてーっ! お願い、あけてぇえっ!」
ドアの向こうから、悲鳴が聞こえてきた。ゴンゴンと、勢いよくドアを殴るような音も聞こえてくる。
「和江!?」
誰かが叫ぶ。おそらく、ここの職員さんだろう。
でも保坂さんが私たちの盾となってくれたのを見る限り、外の状態は決して良いわけじゃない。ここは……見捨てるしか、ないだろう。
「っ、和江!」
私の横を、男性が通り過ぎた。白髪交じりの、頭髪が、私の真横をかすめるように通っていく。
そして私が状況を理解する間もなく、彼は防壁となっていたドアにある、重そうな出入り口をこじ開けた。そこにいたのは、大量のバケモノとその中央で今食われていく人たちだった。
「おとぉ、さ、ん」
彼女は消えそうな声でいう。その瞬間、男性は私の手から銃をひったくった。でも、私はたった今、安全装置をかけたばかりだ。引き金を引く、カチンカチンという音がこだまする。
「くそぉおおおっ、和江ぇえええ!!」
男性が銃を捨て、バケモノの波に飛び込んだ。その間にも、バケモノがこちらに向かってくる!
「っ、ドアをっ、閉めるのを、手伝ってくださいっ!!」
私は叫びながら、男性が投げ捨てた銃を拾い上げ、安全装置を外した。バケモノの両足を撃ち、胴を撃ち、頭を撃つ。
「弾切れっ……なら!」
近くにあったYの字みたいな2メートルくらいある棒で、バケモノごと外へ押し込んだ、その時だ。
ドンッ、と、背中を押される。
もう弾の出ない銃が、手の中からすっ飛んだ。つんのめりながら倒れるさなか、何とか首をひねって背後を見ると、私のことを、バケモノを見るような目で見ている人たちが見えた。
そしてドアが、閉められる。
「うああああああっ!!」
さっきバケモノの海に飛び込んだ男性が、抱きしめた女性に首筋を噛みつかれている。私なんかじゃ、なんの力にもならないことの、証明のような気がした。
さっきまで一緒に戦っていた警察官さんたちが、私に一斉に群がり、噛みついてくる。
私の血の涙が、頬を伝った。
(銃って、意外とダメなんだね……)
意識が遠のく。まるで、痛みに脳が耐え切れないような感覚。
4月10日。私は、死んだ。




