女子高生の螂ョ髣➊
チラシを貼る。
1枚、1枚、目の前の壁にチラシを貼る。書いてある内容は『4月10日は町から出よう!』や『死なないバケモノが襲ってくる!』とか、事実なのに笑ってしまうくらい嘘らしいことだった。
いろんな人がこちらを見てくるけど、少しでも動かないとその人たちだって死んでしまう。
声をかけられた時は必ず、赤い目をしたバケモノが4月10日から皆を襲うことを説明した。だんだん、ひそひそと話す声が聞こえてきて、場所を移すことにした。ここだけじゃだめだ、もっと他の場所。もっと、みんなが見てくれる場所に行かなくちゃ。
(学校近くだと、顔バレしそうだし……そうだ、駅裏の路地。あそこなら、夕方とか朝に人通りが増える)
そっちへさっさと移動している間も、変な顔をされる。けれどしないよりはましなはずだ。というか、他に何をしていいか、思いつかなかった。
パーカーを深くかぶって、顔を隠す。
実を言うと、チラシを貼るのはこれで3度目だ。3回、私は死んでいる。チラシを貼っているところを警察に補導されたり、学校に通報されたりして、精神疾患を疑われて病院に入れられてしまったのだ。
病院では『統合失調症』と診断され、拘束された。だから4月10日も、何もできずに迎えたばかりか、病院の中で苦しい思いをして死んでいく人を、何人も見かけた。
(まだ、捕まるわけにはいかない)
捕まること、それは4月10日の記憶を持つ私が動けなくなることを意味する。
「どうしたら、信じてもらえるんだろう……ううん。少しでも、危機感を、持ってもらえるんだろう」
それが分からなくて、私はずっと悩んでいた。
たとえばもし、バケモノがここ以外のどこかにいたとする。そうしたら、少しくらいはバケモノについて、何か知っている人が現れるかもしれない。それに私がこういう行動をしていても、今ほど奇妙な目では見られなかったと思う。
けれど4月10日以前にあたるここでは、あまりにも信じられない話だ。
それは分かる。分かるけど、本当なのに、嘘ではないのに。
思わず立ち止ると、ふと遠くから人が周囲に何かを訴えかける声がした。
「山本ひとし、山本ひとしを、どうかよろしくお願いいたします!」
「選挙カーだ……」
そう言えば、町長選があるって、ニュースで言っていたような気がする。大人たちが手を振ったり、演説の内容に足を止めたりしていた。
「……そうだ、町長に話をしてみるのは、ありなんじゃない?」
少なくとも……私のような高校生が言うより、ずっと説得力があるはずだ。
「でも町長って、ずっと町にいるのかな……」
そう言えば入学式の時、町長の代理として副町長という人が挨拶していた。その時、私は『町長って意外と忙しいんだな』とぼんやり思ったものだ。
「まずはそれから調べよう」
本当は今日は学校があるけれど、切絵先生には風邪をひいたと嘘をついてある。
自宅に戻り、すぐさま町のホームページを調べた。すると、すぐに町長がどんなイベントに出席し、今日は何をしているのか、報告が上がっているブログのようなページがあった。
「……えっ、嘘」
それを見ると、なんと全国規模の町長同士の会合が、ちょうど今日から始まっていることが分かった。しかも、4月6日である今日から、4月10日まで、別件で東京や名古屋などに出張する予定らしい。
「ひょっとして4月10日に、必ず、会いに行かなきゃってこと?」
奇妙な一致に、私はごくりとつばを飲み込む。でも……行くしかない。
爆発を起こす前に、私に向けて笑った楓の顔が、あの時の死ぬ寸前の楓の笑顔が、脳裏にくっきりと蘇る。何度死んだって、忘れられるわけがない。
「やらなくちゃ」
4月10日まで、私はチラシを貼ることをつづけた。
警察に見つからないように、夜の間に貼って、万が一補導されそうになっても上手く逃げることも覚えた。それからネットでこの町の話題を出している掲示板を探り当て、4月10日に起きたことをどんどん書き込んだ。
ネットではそれが話題になって、学校でもよくネットの掲示板を見ているらしいクラスメイトが話していたけれど、それ以上のことは起きなかった。というか、気が付いたら、消えていた。
嘘乙、みたいなことを書かれて、それきりだ。
話をしていたクラスメイトたちに聞いたところ、どうやらそう言う『いかにも在りえそうじゃないけど、本当っぽいこと』を書いて人の興味を引くことを『釣り』というらしい。そう言うものだと思われたみたいで、ただ単純に遊びだと認識されていたようだ。
(やっぱり、私の言葉じゃ、信じてもらえない……)
大人が話す言葉がどれだけ強いか、私は思い知った。町長へ直談判してみないと、これは解決できない問題なのかもしれない。
「いってみないと」
もう、私は3回死んだ。死ぬより怖い、ことなんてなかった。
翌日、4月10日の、町役場。
町長が居る確率の高い時間を狙って、私は町長室の前まで行った。高校の制服だと怪しまれそうだから、私服として丈夫なジーンズと掴まれた時に逃げやすいつるりとしたパーカーを選ぶ。偶然にも、近くにパスポートを発行する場所があったから、不審がられたりしなかったのが幸いだ。
「失礼します」
「えっ? ああはい、どうぞ」
何か予定があったのかな、という顔で脇を通してくれた職員の横をすり抜けて、そのまま町長の部屋に入った。
「こ、こんにちは。面会の約束とかは、なかったと思うけれど……」
動揺した様子の、今日になるまで名前も顔も良く把握していなかった町長に、私は言う。
「今すぐ、国や警察に要請を出してください。4月10日に、みんな死ぬんです。今日の午後、みんな死にます」
「はい?」
「これから、頭を切っても、心臓を貫いても死なないバケモノが、たくさんこの町に溢れます! それが始まってからじゃ、絶対に遅いんです!」
「落ち着きなさい、どうしたんだい?」
優し気な笑みを浮かべる町長に、私はぐっと迫る。
「私はそのバケモノたちに何度も殺されてきました。殺された記憶を持っています。友人たちも死にました。でもそんなのは、もうたくさんなんです!」
必死にどれほど大変なことか話をしている、つもりだった。でも、あからさまに信じていない目で、町長は私を見ている。
途端、背後の廊下が騒がしくなった。
「ええそうなんです、突然入っていったので……てっきり何か約束があるのかと」
そんな言葉の後に、数名の警察官とさっきすれ違った職員が部屋に入ってきた。通報されたんだな、と、頭のどこかでぼんやりと考えた。
どれほど叫んでも……やっぱり私の言葉は、何の説得力も持たない。分かっているけど、分かっていたけれど、どうしようもなくて、やるせなさで胸が軋む。
「話を聞くから、ね?」
そして私はそのまま、警察に連れていかれることになった。たぶん、頭がおかしいとでも思われているのかもしれない。分かっている。分かっているけど、こうしないと生き残れない。
楓も、雪ちゃんも、留美も、みんな死ぬ。
パトカーの中では、優しそうな女性の警察官が話しかけてくる。私より小柄で、何となく落ち着く雰囲気をまとっていた。
「私は長谷川と言います。あなた、親御さんは?」
「今、海外旅行中で、家では1人です」
「そう……4月10日にバケモノが現れ、人々を食い殺すってお話、どうして思いついたの?」
「思いついたんじゃありません。現実、そうなるんです」
もう午後2時だ、いつ、バケモノが現れるか分からない。
「私はずっと、何度も、4月10日に人々がそれで死んでいき、町が崩壊する様子を見てきました。できることなら……皆さんに逃げてほしい、町から離れてほしいんです」
「何故4月10日なの?」
初めての質問だった。私の脳裏に、これまでの4月10日の記憶と、思いが溢れかえる。
「私が繰り返し、4月10日に死んだからです。1回目は何もできず、食い殺されました。2回目は友人とともに逃げ、しかし最後にはバケモノになったその友人ともども死にました。3回目は何もできず、部屋に閉じこもろうとして、でも友人たちと協力して逃げようとして、結局……町から出る寸前に、死にました」
息を吸う暇もなく語り終えた私に、その長谷川と名乗った警察官はじっと黙り込んだ。もしかしたらこの人は、、信じてくれるかもしれない。そんな思いが、不意に込みあがる。
「なら何故、あなたは1人で逃げようとは思わなかったのかしら?」
「友人たちを見捨てられません」
即答する私に、彼女は『それはそうだけど』という顔をした。
「友達を助けに来て、そして結局死んでしまうほど強い関係性なら……そうかもしれない。でも、その友人たちも話を信じなかったら、4月10日に自分だけで逃げるという選択肢もあったんじゃない?」
警察署の敷地内に入り、パトカーが停車する。
「そんなことないです。楓も、雪も、留美も、そんな風にできない友達……!」
停車していたはずなのに、まるで急ブレーキでもかかったかのような衝撃が、全身を貫いた。視界がぐるんっと回って、体が重力に巻き込まれるようだ。
「いやぁあああっ!?」
運転席の警察官と長谷川さんが叫ぶ声を聴きながら、私は自分の舌を噛まないように耐えた。車の動きが止まって、衝撃が収まる。幸い、というか、偶然、私側のドアが開くようになっていた。
「急いでっ! バケモノがくるっ!」
警察官に叫ぶ。混乱しながらも、何とか外へ出てくれた彼らを待つ間にも、眼から血を流した女性がこちらへ向かってきた!
「ちっ!」
カバンを振り回して、彼女の胴を叩いた。少し動きが遅くなったので、急いで中へ走る。少なくとも、あの喫茶店のキッチンのように、立てこもれる場所に移動しなくてはならない。
警察署の中なら、銃とか、武器もあるだろう。
「ちょっと待ちなさいっ!」
ぐいっ、と腕を引かれた。長谷川さんの顔を振り返り、叫ぶ。
「急いでっ! いいからっ!」
「待って、何が、おきてるの!? ……」
呆然とする彼らの目に映るのは、血の涙を流す彼らの同僚が、お互いを食い殺すさまだ。銃声と思われる音が響いているから、どこかで戦っている人が居るはずだ。
「どこか立てこもれる場所はありませんか!?」
「ちょっと待ってよ、どうして本当にあなたの言ったとおりのバケモノが……」
「今は詳しく話せません、逃げないと! 死にたいんですか!?」
「あなたのせいなのね!?」
突然話が通じなくなった彼女に、困惑する。
「待ってください! そういうわけじゃ」
「ぁあああああ!!」
発砲音。ああ、銃って、こんな威力があるんだ。
胸にぷつんと空いた赤い穴をしばらく見つめた後、倒れる。またこれで死ぬ、多くの人に情報は伝わっただろうか。楓や、雪ちゃんや、留美は、逃げられただろうか。
それだけが、気がかりだった。
4月10日、私は死んだ。




