女子高生は隕壽ぁ繧呈アコ繧√∪縺励◆❷
必死に進む私たちをあざ笑うかのように、あと少しで街を出る道に繋がる大通りの途中には、車が波のように積み重なってそのままでは通れなくなっていた。いや、頑張れば、乗り越えられるかもしれない。私は思わず、立ち尽くす。
「いこう!」
楓が走って、飛びつく。車の上へ上ると、私へ手を差し出した。
戸惑いながら掴み、体を引き上げようとする。でも、何日も寝ていた体はなまっていて、筋力も思っていたより落ちていた。なかなか、上がれない。
「ぐううっ!」
聞こえた悲鳴に、思わず振り返る。
「留美!?」
ぶつかってくるバケモノたちが、留美を取り囲む。彼女は先に上ったとばかり思っていた。
「うううっ!」
腕を噛みつかれながら、留美が私を押し上げた。楓のそばにへたり込むが、無理やり視線を反転させる。
「留美!」
返事は、ない。
謝ることも、ありがとうと言うことも、何もできなかった。留美はもう、いない。いなかった。私を生かして、それで。留美の体は、バケモノたちの濁流に呑まれ、消えていた。血しぶき、ごりごりという音。
「いこう、悠ちゃん!」
楓の腕が、私を強く引っ張った。
どうしてそんなに、楓は前を向いていられるんだろう。
響くすべてから逃げるように、私は楓と共に再び走り出す。なんとか車の波を超えた私たちは、そのまま街の外へ出る大通りを駆けだした。
あたりには、同じように逃げている、まだ生きた人がたくさんいる。でもその人たちも、次々とバケモノに襲われていた。
「っ、悠ちゃん! これ!」
楓が、必死に何かを引きずり起こす。
「原付っ!?」
「誰かが乗ってたんだと思う、ちゃんと走れる!」
「でも、私、運転したことなんて……」
「私が運転する! ほら、後ろに乗って!」
後押しをされて、なんとかまたがる。楓はあちこちをひねり、そしてぎゅっと右の取っ手を回転させた。振動音がして、原付が走り出す。驚いて両手を離しそうになり、慌てて、
「きゃっ!!」
という、悲鳴を上げながら、楓のパーカーの裾を掴んだ。
「悠ちゃん、それじゃだめ! 私の腰にしっかり捕まってて! 腕を巻き付けるの!」
「う、うん!!」
慌てて、言われた通り、腰に腕を巻き付ける。
楓が原付を運転できるなんて、思いもよらなかった。まっすぐ前を見つめる彼女は、いつもの雰囲気が消えている。ただ前を向いて、生きようとしている。
前回も、前々回も、思えばそうだった。楓は……生きていた。生きようとした。そして何より、私を逃がそうとしてくれた。
(どうして? ……)
ふと私の中に、そんな疑問が浮かんだ。
だってもう、生きていられる保証なんてない。街の外だって、同じかもしれない。
「楓、どうして」
「どうしてもこうしてもないよ! 生きるんだ、生きなくちゃ!」
「だから」
「悔しいじゃん!」
楓は、いつもと全然違う、強い口調で私に言う。
「生きていたいもん! 皆でまた、喫茶店でケーキバイキングして、学校でだべって、スマホゲーして、大学も行って、家族旅行して、バイトもして、いろいろやりたいこと、たっくさんあるんだもの!」
馬鹿みたいだ、そう思った。本気でそう思っていることが、抱き着いた楓の体から、鼓動となって伝わってくる。崇高な目的も、確固たる意志も、何もない。
次々とバケモノの間をすり抜けて、スピードを上げる原付は森の中の道路を疾走する。
風が顔に当たって、血の匂いが遠ざかる。森の空気は、いつもと変わらないような気がした。
「死にたくないっ! 嫌だよ、こんなの!!」
生きていたい。生きて、また、昨日の続きをしたい。何の変哲もない、ごく普通の日常や未来を、思い描きたい。楓はただ、そう思っている。そのためには、生きていないと何も始まらない。
「そうだね、そう、だね……!」
なんて軽くて、浅はかな絶望だったんだろう。
なんてちっぽけな、死への満足感だったんだろう。
「そうだよ! 悠ちゃん!」
楓はきっと、私が確信していることを知らない。いや、知らないまま、ひょっとすると、同じように『繰り返している』のかもしれない。
「この道を真っすぐ行けば、隣の町まで出られるは……!」
突然の衝撃が、体を貫く。街頭さえ消えた暗闇に、呻き声が響いた。
まるでニュースの交通事故現場のように、積み重なったバケモノたちと、ガソリンをまき散らして倒れた原付が月明かりにぼんやりと浮かんだ。楓の足が変な方へねじれていて、彼女の呻く声がする。
見れば、道路には『工事中』という看板があった。おそらくここは、道路整備か何かの工事現場だったんだ。工事中ならきっと、作業員もたくさんいたはず。
(その人たちも、バケモノになっちゃったんだ……! よりにもよって、バケモノにぶつかるなんて!)
投げ出された衝撃をこらえながら、私は起ち上がった。その時だ。視界の向こうに、彼女へ殺到するバケモノが見えた。足が折れた彼女の側には、鉄の棒や工事道具が散らばっていた。それで抵抗できれば、少しは違うかもしれない。
「っ! 楓ぇえええええ!!」
思わず叫ぶ。足がもつれる、体を引き起こす、悲鳴を膝があげる。倒れない、倒れちゃいけない、行かなくちゃ、行って、行かなくちゃ。楓がまた、死んでしまう。
だけど楓は、笑った。笑って、しまった。
「悠ちゃん」
やけにはっきりと、彼女の声が聞こえる。
「……絶対に諦めないで、生きて」
そう呟いた楓の手に、マッチがある。
「マッチ……? うそ、あれ、喫茶店でもらった……」
それは、前の記憶。
喫茶店で、雪ちゃんと楓と、ケーキバイキングを楽しんだ記憶と、彼女たちを殺した時の腕の重さが蘇る。
いったいどこで拾ったのか分からないけれど、最初から持っていたのかもしれないけれど、震える指で彼女はそれを弾いた。森の中で、生きるために持っていくつもりだったのかもしれない。
ぼっ、と火がともったマッチに、彼女の顔が照らし出される。理科の実験でしか、使ったことのないマッチ。
「だめ、だめぇええええ!!!」
楓は笑っていた。笑って、そのまま、マッチを手から落とした。
火が付いたそれは、タンクから漏れたガソリンの上に落ちて、爆発する。
「ぁああぁああぁああああっ!」
不明瞭な言葉が、私の口から洩れた。
爆発。赤く、赤く、視界が燃え上がる。ガソリンに引火した小指の先ほどの小さな炎は、強烈な勢いで周囲に広がり、そして原付のタンク内に残ったガソリンを一気に燃やす。
爆発。爆風。轟音。
感じたこともない熱風に体が晒され、そして、胸から痛みが広がる。
痛み、いや、これは怒りだ。
爆発の衝撃で工事現場から吹き飛んできた鉄の棒が、私の心臓をちょうど貫いていた。ちょうど、そう、とても不自然なほど自然に、私の命を奪いに来た。
「……じょうとう、よ」
音を立てながら、心臓から空気が抜ける。血が落ちる、落ちていく、落ちていく。意識が消えていく、ほどけて、綺麗に砂粒のように消えていく。
もし、もう一度目を覚ましたら。
もし、もう一度、目を、覚ましたら。
「もう、にげない」
4月10日、私は、死んだ。
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目をふっと開ける。確信をもって、私は右上を見つめた。そこには、電車の通過を知らせる伝黒板がある。
4月4日7時15分
これは、確か、快速電車だ。
(それなら、速度も十分なはず)
私は何のためらいもなく、気の抜けた音を立てる電車の前に身を投げ出した。あたりで人が叫ぶ声が、ゆっくりと聞こえてくる。運転手さんに顔を見せるのは悪いので、下を向いたままだ。
衝撃が右肩、腰、足、つま先へと順番に襲い掛かる。ブレーキの悲鳴、肉体が粉々になっていく感覚。ああこれは、2回目の『夢』でも感じたものだ。
だけどあの時より、ずっと柔らかくて、優しい。
(だってあれは、楓の歯だったもの)
体が線路に叩きつけられ、鉄の車輪の間に絡まっていく。骨が折れ、内臓が飛び出し、軋んで、軋んで、そして。
4月4日。私は、死んだ。
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カリカリと、ノートをシャープペンシルの芯がひっかく音が響く。黒板にぶつかる、チョークのカツカツという音。
ふっと目を開くと、そこは授業中の教室だった。あの黒板の文字には、見覚えがあった。そっとスマートフォンの画面を盗み見る。
4月3日10時15分
ああ、やっぱりそうだ。ここは、4月3日の2限目、世界史の授業だ。
(やっぱり、そうだ)
自分は、繰り返している。死ぬことで、同じ時間をループしているんだ。4月4日に死んだから、今回は4月3日に戻ってきた。今日死ねば、もう1日先かもしれない。
(ひとまず、それは分かった)
授業用のノートに目を向けて、ふと思った。
(待って? もしかして、あのノート……)
家に置きっぱなしになっている、ノートのことを思い出す。2回目までの内容を、細かく記したものだ。果たしてループしているのは私だけなのか、分からなかった。
授業は、あともう少しで終わる。いろいろ考えて、すぐにその後の授業は休むことにした。いてもたってもいられなくて、急いで家に帰りたかったからだ。
切絵先生にはまた迷惑をかけてしまうけれど、何度も死に続けるのだって、もうごめんだ。少しでも、生きていられる時間を長くしたい。
「切絵先生、次の授業、休みます」
「あらっ? 体調が悪いの? 大丈夫?」
「はい。すみません」
適当な返事になりながら、私は学校から抜け出した。
駅にきた電車に飛び乗り、さらに最寄り駅から自宅まで必死に走る。足がガクガクになりながらも、私は自宅の机からあのノートを取り出した。
ページは、真っ白だった。
「……じゃあ、頼りになるのは、私の記憶だけ?」
でも、これで分かった。繰り返されているのは、世界と時間だ。その中で唯一変わらないのは、私の記憶だけだ。何故私だけがループしはじめたのかは、分からない。
次も死ぬ、かもしれない。
ただ言えることは、たった一つだ。楓が言った、言っていた。
生きてって、絶対に諦めないでって、言っていた。
「今度こそ……ううん、今度も、次も、死んでも、死んだとしても!!」
私は振り返る。
振り返り、ずっと感じていた視線に目を合わせる。誰もいないはずの虚空、だけど私は確信をもって、真正面をにらみつけた。
「私は、みんなを守る。守るために、死んで、死んで、生き続けてみせる!!」
叫び声が、たった一人の家に響いた。
ノートを開き、私は大きくそこへ、文字を書いた。
『4月3日。私は、生きている』




