90、望んでも振り返らないもの
ラウラと父の、二人の真剣なまなざしに、リルルは慌てた。
「マックスは、私の言動からバレてしまったようです。決め手が何なのかはよくわかりません。ただ、一度、夢枕に立ったことがあります、」
夢の鍵を使ったことをそれとなく匂わせると、姉のラウラの顔色が変わった。
「リルル。あなた、それは、マクシミリアン様も、あなたの特別、ということよね?」
「ええ…、そうなります。」
「オルフェス侯爵家のティンカードだけではない、ということだね?」
「はい、あの後、増えてしまいました。」
リルルは婚約者を順調に絞ってきていると思っていたけれど、結婚が可能な者は一人から二人に増やしていたのか、と父のヨハネスは困惑した。
有力な公爵家の長男である頼もしいマクシミリアンと、結婚生活に干渉できそうで好都合な三男で見目も悪くないティンカードか…。
どっちにしても親としては理想的な相手に思えた。
「今回の件で、グロケット公爵家の方々には随分と迷惑をかけたと思います。マックスには、感謝してもしきれないです。」
「わかった。リルル、お母さまは晩餐会をしてグロケット公爵家と我が王家の、両家の絆を深くしようと思っておられるご様子だ。それは良いとして…、リルルにはまだほかにミンクス侯爵家のミハイルがいるだろう? 彼はどうするつもりなのだ?」
ミーシャに言われたことを思い出して、リルルはしょっぱい気分になった。
「婚約を維持したいと思っています。結婚したい気持ちは変わりありません。」
「彼はリルルの特別なのか?」
悔しいけれど、ミーシャは振り向いてもくれない。リルルは俯いて唇を噛んだ。
「…いいえ、特別ではありません。」
「マクシミリアンやティンカードと、同じような関係だと言えるのか?」
「いいえ。どちらかというと、嫌われているか、友人以前の辺りにいると思います。」
何しろ婚約者だからと言って婚約者ではない、と言われてしまっていた。ミーシャの真意を測れないリルルには、その言葉はそのままの言葉に聞こえていた。
「この際だから、ミハイルは婚約解消してしまってはどうだろう?」
ヨハネスはリルルの顔を見つめながら提案した。
リルルにとって特別が二人も存在する今、これ以上特別が増えるのは良いことには思えなかった。ヨハネスにはリルルがそんなに器用に3人も同時に愛せるとは思えなかった。
「それは嫌です。まだ成人するまでに時間はあります。どうか、お父さま。お時間をくださいませ。」
「何年あれば、彼はリルルに振り向いてくれそうなのだろう? リルル、目途は立つのかい?」
「…それは…、わかりません。」
悲しいけれど、このままのリルルのままでいたなら拒絶されてしまうだろう。好ましい対象として意識してもらえるように、どうにかして恋愛結婚になるように持っていかなくてはいけないけれど、すぐに大人になんてなれないもの。
「彼は何が望みなのかしら、リルル。話す機会くらいあるでしょう、何か言われたのではないの?」
「…恋愛結婚がしたいと、望まれてしまいました。」
恥ずかしい。婚約してずいぶん経つのに、心の距離が縮まっていないと言っているようなものだもの。
リルルはそっと瞳を伏せた。
「恋愛結婚?」
ラウラは目を丸くした。婚約した時点で他の普通の異性よりも一歩上の立場になっているのに、恋愛を希望するって、どういうことなのかしら。
自分から恋愛するつもりがあれば、リルルを口説いてもよさそうなのに、何もしていないのだとしたら、リルルは対象ではないと遠回しに言われているのと同じだろうと思う。
「意味がよくわからないの。もう少し詳しく話してくれないかしら。その言葉の前後は何を言われたのかしら。」
リルルは躊躇いながら、「『私は今、リルル様にそういう感情が持てません。恋愛結婚をしてみたいと子供の頃から憧れていますが、今の自分の…、婚約者という立場でリルル様を見ても、恋愛感情よりも、女王陛下の、私の上司であるヨハネス殿下の娘さんだから大切にしなくてはいけない、という感情の方が強いのです。』って言われたの、」と正直に答えた。
ラウラは目をぱちくりして、ミハイルってリルルが思っているよりいい男ではないのではないかしら、と思えてきていた。同じ学年なだけに、ミハイルがどんな生徒なのかは知っている。執務官を目指していて努力家で、ジャークリー様の弟だとも知っている…。
まさか、私とジャークリー様の婚約解消が原因で、王族との婚約自体に好印象を持っていないのかしら。あの方は良い方だったけれど何をするにも受け身で、あれこれと指図をされるのが好きな方だったもの。まさか、ミハイルも同じような性格をしているのかしら。
「私の娘だから…? そんなことを言ったのか、」
父のヨハネスは呆れたように呟いた。
日程の迫ってきている王城の登用試験の受験者に、ミハイルの名があるのを知っている。リルルの婚約者という立場なのと、元小姓出身ということで評価は高く、期待されている人材だと聞いていた。
リルルと婚約しているだけでも他の者よりも一歩立場が違うのに、リルルを相手に恋愛結婚を望むとはどういうつもりなのだろう。リルルに何を期待しているのだろう。恋愛を受け身でする気なのか?
そもそも、婚約者という立場は恋愛の対象となる相手だと王族から宣言されているようなものなのに、自分はリルルのことを恋愛の対象だと思っていないということなのだろうか。ミハイルの学生という身分は勉強と恋愛が両立できる人間ばかりではないと判っていても、ミハイルの言っていることは自身の恋愛の対象であると宣言しているリルルに対してとても失礼に思えてきた。
それなら婚約は解消して、自分に見合った女性と恋愛すればいいのではないのか?
この質問をリルルにしている時点で、リルルに興味がないと言っているようなものだと二人は結論付けた。
当のリルルは困惑した表情を浮かべて、二人の表情に緊張して手をぎゅっと握りしめている。
「私の、ミーシャにとって好ましくないところを直すように言われてしまいました。」
「それはなあに?」
ラウラは冷静になるように丁寧に尋ねる。私の大事なリルルの何を直させる気なのかしらと、だんだんミハイルに対して怒れてきていた。
「仕事中に、ミーシャを見に行ったことがあって。それが、仕事の邪魔だと言われてしまいました。節度を持って接していただきたいとも、」
「それは、言えるかもしれないわね、」とラウラは溜め息をついた。
「ミハイル様と、いちゃいちゃしたの?」
「お仕事をしているミーシャを見ていただけです。」
「ふうん?」
その程度もダメなのね、とラウラは思った。執務室で働くお父さまを子供の頃見に来たことがあったけれど、部屋の隅で私がちょこんと丸い木の椅子に座って眺めていると、微笑んでくれたっけ。
ちらりと父を見上げると、父はあの時と変わらず、ラウラに優しく微笑んでくれる。コニール様も、きっと、子供が出来たらこんな感じだろうと思う。
ラウラには、ミハイルが自分の都合で、年下のリルルを振り回しているように思えてきた。リルルが婚約してほしいと婚約の作法をした現場に居合わせたので、ミハイルが乗り気でないのは知っていたけれど、まさかここまでひどいとは思ってもみなかった。彼の態度は、リルルを馬鹿にしているようにも思えた。
受け身な上に無理を強いるって、おかしい気がするわ。恋愛を対等にするのではなく、遜れとでもいうのかしら。そこまで相手に合わせなくてはいけないのかしら。
私、そんな面倒な男は嫌だわ。
コニール様でよかったとラウラは思った。ミハイルのようなことを言う人間には、ラウラは付き合いきれないと思った。
「他には何かしたの?」
「私はしていないです。あの…、私が憧れているというか…、して欲しいことを伝えました。それが、受け入れてもらえなかったというか…、できないと言われました。」
俯いて躊躇いがちに言うリルルに、ラウラは気の毒にとさえ思えてきた。
「何をして欲しいと願ったの?」
リルルは途端に照れ臭くなった。ラウラが真剣な表情なだけに、自分の言うことはとても、幼く思えた。頬を赤く染めて、リルルは照れながら答える。
「お城に来た時は、帰りに会いに来てくれたらいいのに、って言ってみたの。婚約者なんだし、会ってほしいな、会いたいなって。」
「そう、その答えは?」
たったそれだけの望み? ラウラは訝し気に眉を顰める。
「会いに行く用事がありません、って言われたの。お城に出勤してる時に会ったら挨拶するくらいなら考えます、って言ってたわ。」
それ、婚約者以前に、友人でもなさそうね、とラウラは思った。
リルルやラウラがお城に住んでいる以上、お城に来た時には顔を見せて欲しいと思うのはわがままなのだろうか。ラウラも、お城に用があってきたコニールが自分を無視して帰るとなると、約束がなかったとしても寂しく思うと思った。忙しくて無理というのなら諦められる。でも、会える場所にいるのなら、ほんの少しでも会いたいと思う。
それを面と向かって『できない』と言える神経が、ますますラウラには理解できなくなっていた。
そんな状態から、恋愛結婚にどうやって持っていけばいいのだろう。
会いたいから会う、会えないと悲しい。会えるように時間を作る。会えると、嬉しい。
恋愛ってそんなお互いの思いの積み重ねなのではないのかしら。
ラウラには二人の将来はとても無理に思えた。
「他には?」
「私が会いに行くのも、本音を言うと仕事の邪魔なんですって。『婚約者だからと言って仕事の邪魔をしていい権利はないと思います、』って言われました。『私のことを大切に思ってくださるなら、節度を持って接していただきたいですね。ここは私の職場です』…って。」
リルルの話を聞いているうちに、父のヨハネスは心が苦しくなっていた。自分は経験として、独身時代に最愛のゾフィーにそんな扱いをされたことはない。婚約者として丁寧に接してもらっていたのだと気がつく。
お城に用があって出向くと、必ずゾフィーは自分の部屋に呼んでくれて、お茶を一緒にしたものだ。お互い忙しくて、会える時間が嬉しかった。ほんの束の間でも一緒に居られて、とても幸せな時間だったと思う。
好きとか嫌いとかいった感情以前に、リルルはミハイルと相性が良くない気がしてならなかった。リルルの立場を考えても、望みのない相手に時間を割く必要などあるのだろうかとさえ思えてしまう。もっと他に相性のいい相手を探し出してやれるだろうと、親として手助けしてみたくもなる。
すれ違うばかりの二人が結婚しても、一緒にいて楽しいのだろうか。リルルばかりが尽くさなくてはいけない相手と判っていて、嫁がせる理由が見いだせなかった。
他に最適な相手を探した方がいいだろうと、ヨハネスには感じられた。
「リルル、ミハイルの件は、解消する方向で考えなさい、いいね?」
ヨハネスの暗い表情に、リルルは驚いた。思っていた以上に父も姉も重く捉えている気がする。
「どうしてですか?」
「理由は、私たちに先程教えてくれただろう? リルルが言われたようなことを言える相手と、この先一緒に結婚までして暮らしていきたいと思うのか?」
思えません、と言いかけて、リルルは黙った。
リルルが『会いに来て欲しい』と言われても行かなかったルーファスとは、縁が切れた。
会いに来てくれていたアーリャを避けているうちに、今生の別れをしてしまった。
リルルが会いに行かない婚約者は、もうとっくに、婚約を解消して来てしまっていた。
でも、ミーシャは他の人と違うもの。
「でも、それは…、私が子供だから、大人としてミーシャと同じ立場として、同じ立ち位置に立っていないだけです。もう少しだけ時間をください、お父さま、」
「リルル…、」
まるで騙されている娘を諭す親の気分だわ、とラウラは思いながら、未練がましい表情のリルルを見つめた。そんな顔をさせている時点でダメなのよ、と鏡を見せたくなってしまう。『でも』だの『だって』だのいう言い訳は、ダメな恋だと自覚しているようにしか思えなかった。
「リルル。成人までにミハイルと今の関係が変わらない場合は、私が婚約の解消を宣言します。いいわね?」
「お姉さまが、ですか?」
「私はその頃はもう大人で、もしかしたらお母さまの跡を継いで女王になっているもの。」
「そうだね、私がリルルの父親として婚約破棄も宣言できる。わかったね、リルル。」
リルルは自分を見つめる二人の顔が真顔で、冗談を言っているようには見えなくて、二人は本気なんだわと気が付いた。
「わかりました。そのようにならないように、努力してみます。」
立ち上がるとぺこりとお辞儀して、「では、先に失礼します、」と自分の部屋に戻った。
部屋を出ると、どういう訳か涙が溢れて、リルルは悔しくて泣きながら歩いた。
ミーシャが好きなのに。ミーシャは振り向いてくれないもの!
心の中で叫んで、はっと気がつく。
私、ティンクにいつもバーカって言われてるのって、無神経だと思われているのだと思っていたけれど、もしかして、『それぐらい察しろよ、』ってこと?
私が思っているのよりも、ティンクって私のことが好きだったりするのかな。
涙が止まり、リルルは今度は顔が赤くなり、小走りに自分の部屋に向かった。
どうしよう、私、ちっともティンクの気持ちに気がついていなかったんだわ。
学校で、ティンクに会ったらどんな顔すればいいんだろう。
リルルはこのまま明日にならなければいいのに、と思った。明日になれば、また時間が減ってしまう。
ミーシャと恋愛をどうやってしていけばいいのかもわからない。ティンクのことも、気が付いてしまった以上、今まで通りには扱えない。
リルルは、恋愛って難しい、と思った。
※ ※ ※
新学期が始まり、リルルはおとなしく自分の教室で、放課後の迎えの時間になるのを待っていた。教室は閑散としていて、やっぱり試験勉強は自分の家で、という人ばかりなのだろうなと思った。
1月にはお城では登用試験があり、2月には初等学校は自由登校になり、下旬に高等学校の入学試験がある。どちらの試験も縁がないリルルは、誰の邪魔にもならないようにするには、自分の席でおとなしくしているのが一番安全だと思った。
「昨日、何をしていたんだ?」
照れ臭くてティンクの顔が見れないリルルは、頰を染めたまま、視線を逸らした。この人の言うバーカ、は馬鹿って意味じゃないんだわ、と思うと、うっかりしたことが言えない気がした。
「何も? 普通に自分の部屋でおとなしくしていたわよ?」
リルルの隣の席にちゃっかり座ってリルルの横顔を見ているティンクには、リルルが昨日出歩いたりすることなくお城の自分の部屋におとなしくしていたことが不思議に思えてならなかった。
「いつもならふらふらと、誰かしらに構ってもらいに歩いているだろう?」
そこまで寂しがり屋じゃないはずよ、とリルルは思ったけれど、思い返せば執務の小姓部屋にミーシャに会いに行き父の執務室にコニールに会いに行き、図書室にティンクに会いに行くのが冬の長期休暇は普通だった気がする。
ミーシャに言われたから止めた、なんて言えるわけないじゃない、とリルルは口を尖らせた。
「ティンクは会いに来てくれなかったじゃない?」
「昨日は…、リルルが来なかったから、調子が悪いのかと思っていた。旅行の疲れが出たのかと思った。」
「あら、優しいのね。」
学校に来れない方が嫌だなと思ったとは、ティンクは言えなかった。グロケット公爵の領地で起こったことは、ある程度聞いている。街の噂は半分本当で、半分嘘だろうとは思っていた。
「リルル、…グロケット公爵様の新年のありがたい国歌の独唱をしゃしゃり出た王女が台無しにして、領民全員が公爵の代わりに国歌を歌ったっていうのは本当なのか?」
「ん? どういうこと?」
リルルはあまりの風評に面食らってしまった。
「街の噂ではそう聞いているよ? 今年のグロケット領の新年の祝祭は貴族の立場がなかったって、あちこちで言いふらしている貴族がいるみたいだね。」
「そんな…!」
リルルは説明のしようがなくて口をパクパクとさせた。そんなつもりはなかったけれど、あの盛り上がりを知っているだけにあれは台無しにしてしまった、と言えるのだろうか。
「まあ、噂の出処はフォイラート公らしいから、あんまり度が過ぎるとラウラ様に叱られるよと忠告する者もいるみたいだけれど…、実際のところ、どうだったんだ?」
ティンクはリルルの顔を覗き込んだ。相変わらずの綺麗な顔ね、とリルルは胸をときめかす。きらきら光る金髪も、賢そうな緑色の瞳も、整った顔も。やっぱりティンクが一番の美少年だわ。
ふるふると頭を振って現実逃避を終了したリルルは、欝々とした気持ちで、ティンクを見つめた。
「ティンクは誰から聞いたの?」
「父がこの前の土曜に乗馬クラブで聞いたらしい。王都ではグロケット公爵領の新年の祝祭の素晴らしさを褒め称える者と、リルルの行動を揶揄するものとで分かれている印象だったらしいね。」
「…ティンクはどう思うの? オルフェス侯爵は?」
「私の父は、『そういう時代がやってきただけのことでしょう、』と笑っただけらしい。『出来ることならその場にいて一緒に歌いたかったですな、』と笑い飛ばしたそうだよ? 実際、リルルと歌えるなら自分も、と思う貴族は大勢いると思う。新年の祝祭に王族と一緒に並ぶことがそもそも珍しいな。」
王族が新年の祝祭に参加するなどということ自体が前代未聞だろうと父は言っていたな、とティンクは思い出す。先代の女王も今代の女王も王城から離れない。ラウラ様も同じだ。
可能ならティンカードが婚約者でいるうちに一度でもうちの領地の新年の祝祭に出席いただけたらなあ、と鉄の指輪を手渡されながらニヤニヤ顔の父に言われて、不可能だと思ったことも思い出した。
クリスマスプディングでリルルが引き当てた鉄の指輪は、この家と縁ができるというまじないでもあった。本来ついになっていたもう一つの鉄の指輪はティンクに手渡された。父はリルルかカーラが引き当てればいいと思っていた様子だった。サイズの合わない指輪を捨てるわけにも使うわけにもいかず、ティンクは仕方なく乳母に貰ったお守り袋に入れて机の引き出しにしまった。
今年、父は領地に帰らず王都で新年を迎えていた。長兄夫婦が領地の新年の祝祭を行っていた。
少しずつ、親たちは代替わりを意識して生活していた。ティンクは父のお供で貴族の屋敷に新年の挨拶回りをして過ごした。懐かしい人に会ったり新しい人脈を得たりと、ティンク自身も成人を意識して生活し始めていた。
ティンクの屋敷に行った時のオルフェス侯爵を思い出して、リルルはあの優しそうなおじさまなら、そう言って庇って下さるのも納得だわ、と思った。
困ったわね。お父さまやお姉さまは何も仰らなかったけれど、もしかして大事になっているのかしら。
「私は、リルルは何か人には言えないことを抱えていたのだろうなと思った。例えば夢を見て、公表できないような事態を回避するために、自分で行動したのだろうな、と。」
当たり、と言いかけて、リルルは自分を射抜くように鋭い瞳で見つめるティンクに、言葉を失った。
「夢を見たのだろう、リルル。遠く離れたグロケット領だったから、言えなかったのだろう?」
ティンクはぎゅっとリルルの手を握った。
教室の中にはリルルとティンクしかいなかった、でも、リルルは小さい声で、「手紙を書いて、王都へは知らせたわ。援軍にいろんな人が来てくれたもの、」と答えた。
「私は馬に乗れるが呼ばれなかった。お城にいた元小姓で、遠くの領地まで遠駆けをする任務を受けた者がいたと聞いたけれど、夢のお告げが絡んでいたのだな。」
リルルはティンクがその役目に選ばれなくて良かったと、勝手なことを思った。いくら馬に乗れたってティンクはまだ学生だわ。背負う任務が重すぎるもの。
「…何があったんだ?」
「終わったことだから、もう気にしなくていいよね?」
リルルは答えをはぐらかす。
「よくない。リルルは終わったことと言えても、こういった、王女の悪評という形で、夢の結果の残り香が巷に広がるのは…、正直に言って悔しい。」
ティンクはリルルをまっすぐに見た。
「私はこの話を聞いて、リルルがグロケット公爵を庇って立ったのだと思った。グロケット公爵が狙われたのだろう?」
「…違うわ、」
リルルは俯いて唇を噛んだ。遠く東方の国の王子が的だったなんて噂にならなくて良かったと思った。まだ私の悪評で終わる方がましだと思う。
「広場の真ん中の舞台で一人で立つなんて、的になりに行くようなものだ。あの日、遠く東方の国の王子も、グロケット領にいたのだろう?」
ティンクの言葉に、リルルは血の気が引いた。
ありがとうございました




