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悪役令嬢の歩き方  作者: 高坂千穂
  11月
47/161

47、繊細とは思えないもの

 エリックの向かいにリルルの席は用意されていた。エリックには特に興味もないけれど、一応婚約者になったんだしと、観察することにした。

 前世の姉リルルもエリックに対してあまり興味もなく、やりがいのある攻略対象でもなかった。かっこいいけどメンドクサイ攻略対象者という印象だった。姉リルル自身に弟がいてその弟と仲が良かっただけに、エリックが徹底的にシャーロットを目の敵にして攻撃する様子が受け入れ難かったからだと今なら思う。

 おかげで、ミカエルのことは、柔らかで透けるような金髪や美しく煌めく澄んだ翡翠色の瞳、髪型や癖、話し方や声など細かいところまで覚えているけれど、エリックに対してはざっくりとしか記憶になかった。ルールに必要なアイテムについても思い入れは薄く、大まかなシナリオくらいしか思い出せないでいた。

「リルル様、余興を楽しみましょうか、」とゼノンは、エリックから視線を外してぼんやりとしているリルルににやりと笑っていた。

「そうね、」とリルルが答えると、「この国の貴族は、こちらが揶揄ってもきっと気が付きもしませんからな、」と笑った。


 リルルの隣に座るゼノンが通訳に何かを話しかけて通訳させながらの昼食会は、それなりに和気あいあいとした雰囲気で進んだ。

 リルルも大して興味はないけれど、あれこれと食事しながらエリックに質問した。周りにはリルルが一生懸命エリックを知ろうとしているように映っているらしく、和やかな雰囲気で昼食会が続けられていた。

 実際はリルルがエリックと通訳を揶揄っているだけなので、知っていて聞いているリルル様はお人が悪いとゼノンもペンタトニーク夫妻も笑いを噛み殺していた。

 シャーロットやブルーノたちは、リルルたちの様子を見ながら自分たちの会話で盛り上がっている。

 エリックはどんどん不機嫌になっていっているようで、同い年ながらもリルルは『この子、子供だわ~』と思った。いいとこのお坊ちゃんだから、自分よりも上の身分の王族や上級貴族に気を使う経験なんてしたことがないんだろうなと思った。

 ペンタトニークがしれっと3カ国語しか話せないと公爵たちに披露している声を小耳にはさんで、リルルは思わず吹き出しそうになった。ゼノンもさすがに笑いを堪えて震えている。

 ペンタトニークが海運王と呼ばれる由縁は、顔の広さと対応能力の高さからだと、リルルは一緒に旅をしていて気が付いていた。言葉が何カ国語も話せることは強みでもあり武器でもあった。それを少なめに伝え、信じさせる説得力は凄まじいとしか言いようがなかった。

 通訳はリルルたちがこの国の言葉を理解できていると薄々感づいているようで、困ったような顔をしてリルルたちを見ていた。リルルはゼノンの抱いた通訳への評価は正しいなと思った。

「リルル様は、今日はどちらに泊まられるのですか?」

 急に名を呼ばれ、リルルは戸惑った。しかも名を呼んだのはシャーロットだった。シャーロットは優しい眼差しでリルルに微笑みかけていた。心から心配しているのだろうなと伝わってきて、リルルは少し胸がきゅんとしてしまった。この子、やっぱりいい子だわ…。

 目をぱちくりしてシャーロットを見つめると、公爵夫人が口を挟んだ。

「うちでお泊り頂くことにしたわ、シャーロット。」

 シャーロットには嘘をつき通すつもりなんだろうなと、リルルは思った。もともとそういう約束だったのだから、こういう言い方はおかしい気がする。

「リルル様達には申し訳ないけれど、お父さまの別邸にお泊り頂くの。あそこなら広いし警備も厳重だし、何よりお城に近いわ。」

 ふうん、ペンタトニークのおじさまが言ってたかくれんぼって、こういう意味ね、とリルルは思った。すんなり公爵家に泊まるのではなく、(おおやけ)に存在を知られていない別邸に泊まるのなら、ヴァルターの探索も逸れるだろう。

「父上には急ぎの手紙で知らせる。まあ、それが一番良いだろう。」

 え、今から連絡するの? それは本当にかくれんぼだわ。

 エリックはずっと無表情だった。あまり表情を変えない人なのね。

 公爵は通訳に説明をし、通訳がゼノンとリルルに説明した。

「お二人にはここではなく、王都で一番安全な場所に隠れてもらいます、と公爵様は仰ってます。」

 リルルとゼノンは納得して頷き、「我が家の事情に巻き込んで申し訳ないと思っている、」と呟いたエリックを驚きを持って見つめた。

 シャーロットの王太子との婚約破棄を画策している公爵やブルーノのことをエリックは知っているのね、とリルルは気が付いた。

 意外な一面に、初めてエリックを好ましいと思った。


 昼食会が終わると、リルルたちは公爵に歓談室へと招かれた。

 お茶の用意が整えられていて公爵夫妻にゼノン、ペンタトニーク公夫妻とで後の打ち合わせが行われ、シャーロットやエリック、ブルーノは別室で待たせた。

「リルル様には早速ですが、お城の近くにある公爵家の別邸に移動してもらうことになるが、よろしいかな、」と言った公爵の言葉をそっくりそのまま通訳は伝えてくれた。

「ええ、喜んで。よろしくお願いします、」と伝えてもらうと、ゼノンはリルルを見て、「私は念のためにホテルに部屋押さえて、リルル様がいらっしゃる偽装をします。」と言った。

 ペンタトニークも「リルル様がいらっしゃるような状態で、私の別荘も護衛を付けましょう。私たちは今宵舞踏会に出席しますから、本来ならば警備は手薄になってもおかしくない状態になります。ですが、手厚く配備することで、いらっしゃる偽装は出来ると思います、」とリルルの国の言葉で言った。

「ありがとう、ペンタトニークのおじさま。そのようにお願いします。」

「リルル様。今日はありがとうございました。エリックとの婚約はびっくりでしたがね、」

 通訳はリルルに「リルル様、今日はありがとうございました、エリックとの婚約は光栄すぎて言葉になりません、と仰ってます、」と伝えてきた。リルルはやっぱりこの通訳は面白い、と思った。

「明日の昼までにはお向かいに上がりますので、ごゆるりとお過ごし下さい、」とペンタトニークは笑った。

「くれぐれも侵入者の無いように警備を手厚くしますので、ご心配なく、」と公爵はゼノンに向かって頭を下げた。

「我が国の大切な王女殿下ですからな、期待しておりますぞ、」とゼノンが言うと、通訳は「我が国の大切な王女殿下をくれぐれも大切にお世話して下さいと言っておられます、」と言った。物は言いようだな~とリルルは思った。

 リルルはトランクひとつでロックとともに、地味な馬車で裏口から公爵家の別邸にこっそりと移動することに決まった。同じ時刻に公爵家からは公爵家所有の豪華な馬車が2台、ペンタトニークの王都の別荘と王都一のホテルに向かって出発した。


 ※ ※ ※


 リルルが裏口から王都の公爵家の別邸に入ると、そのまま応接室に通され、先に到着してた前公爵と対面した。前公爵のフレデリック・ハープシャーは矍鑠とした老人で、リルルはこの人は素手で鷹を捕まえれそうなのよね、と思った。ほぼ白髪な金髪に青い瞳で細身な割には鍛えられていて、ティンクと同じ細マッチョなんだろうなとリルルは思った。

 ロックに荷物を預けたまま、リルルは前公爵と握手をした。

「お久しぶりですな、リルル様。前回植樹に来ていただいたとき以来になりますかな。」

「ええ、10年位前ですわね。お久しぶりです。奥さまもお元気でしょうか。」

 リルルの祖母のエレナとは海外遊学中に面識がある前公爵は、夫婦揃ってリルルとも親交があった。当然、リルルがこの国の言葉を話せるのを知っている。

「あれは領地の自分の家に引っ込んでおるのです。王都は人に気を遣うのが面倒と、滅多に出ても来ません。まあ、おかげで私は自由の身ですがな。」

「突然のお願い、申し訳ありません。今晩一晩だけでもお世話になりたいのですが、よろしいですか?」

「歓迎いたしますぞ。うちの若い者たちが面倒事をお願いしてご迷惑をおかけしましたな。私の屋敷でよろしければ何泊でもご利用ください。私は今宵は舞踏会に出る予定なので少々屋敷を離れますが、ご安心を。ここはあっちの屋敷よりも警備も厳重ですからな。」

「ありがとうございます。明日の午前中にはここを出てペンタトニーク公と合流する予定なのですが、それまでだけでも匿ってほしいのです。」

「ほう…、具体的には誰からですかな?」

 フレデリックの目が鋭く光った。

「遠く東方の国の王子のヴァルター様とシュトルク様です。」

「ラウラ・クリスティーナ王女に関係がありますかな?」

「ええ、代わりに嫁いで来るように迫られているのです。私にはそういうつもりは一切ありません。」

「ふたりの、どちらに?」

 面白そうにリルルを見つめて、フレデリックは尋ねた。

「ヴァルター様ですね。婚約すらしていないので、宿泊先に押しかけてこられるのは困るのです。」

「ペンタトニーク公の屋敷ではいかがですかな?」

「昨日、早速押しかけてきました。」

 はっはっはと、前公爵は高笑いをして、「そういえば、うちのエリックが婚約をさせて貰いましたな、」とにやりと笑った。

「ええ、あれはお守りの婚約です。私と婚約している限り、多少なりと効果はあると思います。婚約者同士の決闘は禁止されていますから、婚約を意識するなら、遠く東方の国はこの公爵家には手は出してはこないでしょう。」

 リルルは言い訳をしているうちにそう言えばそうだったと気が付いて、口からでまかせを言った筈が真実を語っているわと自分の言葉に驚いた。

「ほほう、ということは、今度ラウラ様と婚約が解消になったブルーノ殿は?」

 知っていて確認するかのような質問に、リルルはちょっと考えて、どこまで言っていいのかと一瞬躊躇ったけれど、可能性の話をすることにした。

「恐らく、取り込まれるでしょうね。遠く東方の国には王女が沢山いますから。」

 リルルは、ブルーノが宛がわれるだろう王女は正当な血族ではないだろう、ということは黙っておいた。

「…私の娘婿は、お守りの婚約と気が付いているのでしょうか?」

 リルルは微笑んだ。

「あの方は、そんなに重大に考えておられないでしょう。ご子息が婚約解消を願われたら、そのように私の国にも打診してくるでしょうね。私としてはもったいないと思いますが、解消の申し入れがあった場合はそれで構わない、と申し上げておきましょうか。中つ国と遠く東方の国の問題ですから。」

「リルル様は、エリックと結婚されるおつもりがないのですな?」

「ええ、私は国に婚約者が沢山いますから。」

 リルルはミーシャや、ティンク、マックスにアーリャの顔を思い浮かべた。

「この国では婚約者は一人と決まっておりますからな。リルル様と同時にもう一人婚約できるのならお守りに使わせていただきたいところだが…、」

「ふふ。その時は新しい何かを考えましょう。」

「そうですな、」

 フレデリックはにこりと笑うと、手を叩いて執事や侍女を呼んだ。

「では、リルル様、この者たちがお守りいたしますので何なりとお申し付けください。食事も丹精込めて作らせましょう。わが公爵家は貿易で成り立つ家です。食材は他の家に負けませんからご期待ください。」

「あら素敵。私の領地の産地はトリュフですの。ぜひとも試してみてほしいですわ。」

 リルルは荷物を持たせていたロックを振り返り、「この者は、ペンタトニーク公のもとで私の領地のトリュフを扱ってくれておりますのよ?」と紹介した。

「ほう、トリュフをですか、ぜひ今度前向きにお話を勧めさせていただきたいですね。この国では希少ですからな。」

 ロックはフレデリックにお辞儀すると、リルルに小さく頷いて話し始めた。

「この国まで運ぶのに5日はかかりますから、鮮度の良いうちにトリュフバターに加工して輸出しています。乾燥させたものもありますから、どちらでもご案内できます。我が商会で扱うものは、最高級品と言っても過言ではありません。」

 ううむ、と唸って、フレデリックは腕を組んで眉を顰めた。

「どちらも試してみたいですな。リルル様、このお話の続きは無事にご帰国された後に、改めてペンタトニーク公に依頼させてください。」

「まあ、嬉しい。では、無事に帰国できるようにいたしますわ。」

「では、滞在いただく部屋にご案内しましょう。」

 リルルは優雅にお辞儀して、「お世話になります」と笑った。


 ※ ※ ※


 リルルの荷物を案内された部屋まで運んでくれたロックは、何故かそのまま部屋に居座って、リルルがソファアに腰かけると向かいのソファアに座った。気を効かせたのか公爵家の執事たちが部屋から出ていっても、そのまま座っている。

 じっとロックの様子を観察していたリルルをにこにこと見つめるロックに、リルルはうざいなとちょっとだけ思ったけれど、クグロワの将来の旦那さんなんだしと我慢することにした。

 そのまま無言で見つめ会ううちに、リルルはだんだん状況に飽きてきて欠伸を噛み殺して、このまま寝てしまおうかと思い始めていた。

 公爵家の昼食会はエリックと通訳とのやり取りが面白くて食べた気がしなくて、午後のお茶の時間には何か甘いものが食べたいなと思っていたけれど、そんな風な雰囲気にもならない。

「…リルル様は退屈ではないのですか?」

 ロックがやっと口を開いた。リルルを観察するのに飽きたのだった。

「あなたがいる理由が知りたくて、ずっと待っていたのだけれど?」

「私は護衛ですから。部屋の外でお待ちしていいのならそうしますが?」

「そうすればいいのではないのかしら。私も、あなたと何を話せばいいのか見当もつかなくて、クグロワのこと以外に話すこともないなと思って黙っているだけだし。」

 リルルは眠くなってきて、不機嫌になっていた。

「クグロワの話は私の秘密なので、リルル様と分かち合いたいと思いませんから、それは困りましたね。」


 ロックはクグロワの背中の右の肩甲骨の下のあたりにある、小さな金魚のような痣を思い浮かべた。クグロワの体の隅々まで把握している。癖も仕草も、そのすべてが愛おしいと思う。

 旅行の間に、何度クグロワに触れただろう。そんな日々ももうじき終わってしまう。クグロワ自身も知らない秘密を分かち合うなんて、したいとも思わない。

 王都へリルルを送り届けたら、ロックは自分だけのクグロワでいてほしいと、結婚を改めて申し込むつもりだった。


「では、廊下で本でも読んでいましょうか? お着替えもままならない様子ですからね。」

 クグロワの名前を口にしただけで機嫌よく微笑んだロックを見て、リルルはしめしめと思った。

「着替えは多分、クグロワがトランクに詰めてくれているわ。着替えくらい自分で出来るもの、大丈夫よ?」

 リルルは姉リルルと混じってから、少しだけ自立した王女様になっていた。

「では、夕食までそうしますか? リルル様、お昼寝するなら、念のために鍵をかけて眠って下さいね。私も廊下で居眠りしてしまうかもしれませんから。」

 こんな異国で誰かに襲われたいとも思わない。

「笑えない冗談ね、」とリルルは呟いて、ロックを廊下へ送り出し、鍵をかけた。

 これでやっとひとりっきりだわ、と、この旅行でもしかして初めて自分一人になる時間をリルルは手に入れたのだった。

 トランクに入っていたレースだらけの白いワンピースに着替えると、リルルはソファアに座ったまま眠ってしまった。


 しかも期待していた雑夢ではなく、夢の扉を開けてしまった。

ありがとうございました

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