45、つい揶揄いたくなるもの
中つ国の王城での建国記念の式典は、晴れ渡った青空のもと開催された。リルルはペンタトニークと一緒に会場入りして王女としての公務を果たすことになった。
大使はおらず、リルルは最前列に割り当てられた母国のスペースにひとりで優雅に座った。5人は座れるだろうかという長椅子にリルルひとりが座っているので無駄に目立ってしまい、ある意味ペンタトニークの商会のドレスの宣伝は出来た。
大使のゼノンは祝辞披露があるとかで別の場所で待機しているらしく、あとで合流しますと侍従から言伝を聞いていた。
すぐ近くの長椅子には、遠く東方の国の第三王子のシュトルクや大使の姿が見えた。どうやら本当にヴァルターは来ていない様子だった。リルルを見てにやりと笑ったシュトルクに、リルルはムスッと不機嫌な顔を作って対応した。
ペンタトニークやブルーノは別の列にいるのでひとりはつまらないわねとリルルは思い、王族席を挟んで反対側に見えるこの国の貴族席に座る人々をそれとなく観察して時間を潰した。
どこからか視線を感じて顔を向けると、ゲームで見た顔がリルルを見ていた。
あれは、シャーロットだわ。ハープシャー公爵家の令嬢のシャーロット…。金髪に青い瞳の、群を抜いて美しいシャーロットは青いドレスを着て品よく座っている。胸を強調した白いレースの飾りもいやらしさを感じさせなかった。
リルルをじっと見つめているシャーロットを見て、珍しくリルルは微笑み返していた。この人知ってる。お姉ちゃんが言ってた悪役令嬢だわ。ゲーム好きな姉リルルを思い出して、リルルは懐かしくて胸がいっぱいになった。
ファンファーレが鳴り響くと開会が国王によって宣言され、リルルにとっては退屈すぎて眠たくなるような時間が始まった。
騎士団の演武を見たり、各国の大使の祝辞を聞いたりと、恐ろしく平和な式典に、ある意味感動すら覚えていた。
やはり中つ国は平和な国だとリルルは思った。遠く東方の国や南方の大陸にリルルの国より近いのに、危機感がなさすぎる気がした。
欠伸を我慢して姿勢を正して時間が過ぎるのを待っていると、やっと閉会の挨拶となり退場の行進曲が鳴り響き始めた。手を振りながら退場していく騎士団や関係者に、誰もが歓声を上げて拍手している。リルルもお付き合いで音のない拍手を捧げた。
リルルが拍手の真似をして退場する人の波が落ち着くのを待っていると、やってきたペンタトニークに声をかけられた、
「リルル様、ハープシャー公爵が面会されたいそうです。御足労願えますか?」
リルルの国の言葉で話しかけてきたペンタトニークに、リルルは何かあるのだなと勘づいて、「いよいよ始まるのかしら?」とひそひそと尋ねた。リルルの国の言葉はこの国で分かる人間は少ないだろうとあたりを付けたのだった。
「ええ、今晩の宿泊はお願いしてありますから、その見返りを要求されました。王太子と面会して婚約の作法を行ってほしいそうです。」
「それくらいは構わないわ。でも、成功するかどうかなんてわからないわよ?」
挨拶の時、名乗ったら名乗り返すという文化は、国によってはタブーとなる。リルル様は決して本名を名乗らない国もあるということを言っているのだろうなと、ペンタトニークは気が付いた。
「構いません、この国の者は正確な婚約の作法を知りませんからね。」
「そうなのね。ブルーノも言ってないのね?」
「恐らく。ブルーノは知ってても言わないでしょう。王太子と婚約破棄させるためにリルル様が必要なのですから。」
「ふうん? 公爵も婚約破棄を希望しているのね?」
娘の婚約破棄を正攻法で行わないあたり、公爵は曲者かもしれない。
「ええ。お願い出来ますか?」
「わかりました。容易いことです。」
リルルは心の中でばんざーいと叫んでいた。
姉リルルの願った通りに王太子ミカエルと婚約できたら、少しはお姉ちゃんも喜んでくれるだろうと思う。何より、お姉ちゃんの好きな『推し』なミカエルと間近に話が出来るチャンスなのだ。
結婚するかどうかは置いておいて、子供の頃からさんざん情報を吹き込まれてきたミカエルを見てみたい。お姉ちゃんがあれほど執着していたのだから、期待を上回る逸材だと信じたい。
「では、参りましょうか、」
リルルはペンタトニークにエスコートされて歩き出した。黒いレースの手袋越しとはいえ、婚約者でもないペンタトニークにエスコートされるのはちょっと照れてしまった。
※ ※ ※
王城の広間に到着すると、既にハープシャー公爵と夫人、エリック、リルルの国の大使のゼノンが先に来て待っていた。
うわ…、ゲームの中にいた人がいる…、これは確かエリックだわ…。
リルルは、白銀髪に翡翠色の瞳の綺麗な顔をした短髪で背の高いエリックを、眩しいものでも見るかのように見つめた。
お姉ちゃんが言ってたみたいに、本当にここはゲームという物語の世界なんだわ。私はちゃんと生きてるのに物語の登場人物だなんて、本当に不思議だわ。
「ハープシャー公爵、リルル様をお連れしました。」
「リルル様、遠路はるばるありがとうございます。」
公爵が丁寧にお辞儀してくれたので、リルルも無言で優雅に微笑んだ。話せない・聞き取れない演技を始めたのだった。
「お父さま、この方は?」
エリックはリルルのことを知らされていなかったらしく、鋭い目つきでじろじろと観察した。
同い年なだけで身分に差があるというのにこの無遠慮な態度、さすがゲームの中で家族なのにシャーロットを邪魔者扱いするエリックだわ…、とリルルは感心した。
一応リルルは第二王女とはいえ、大国の王女だった。公爵家の子息のエリックよりも上の身分にあった。本来こんな無遠慮に扱われる立場ではない。
「異国の王女のリルル・エカテリーナ様だ。言葉がわからなくても挨拶くらいは理解して下さるだろう。エリック、お前もご挨拶しないさい。」
公爵に促されてエリックがコホンと咳ばらいをして、リルルに向き合った。リルルは言葉を理解してるんだけどな~と思いながら、澄ました顔でエリックを見つめた。
「初めまして、リルル様。」
お辞儀したエリックをつい揶揄ってみたくなって、リルルは手を差し伸ばした。雑な扱いが悔しかった、というのも否めない。
「リルル・エカテリーナ・リュラー、」とにっこり笑ってみる。
エリックははっと気が付いたのか、リルルの手を握ってはっきりと言った。
「エリック・ハープシャー。よろしく、リルル様。」
何が行われたのか理解したゼノンは大きく目を見開いた。リルルはゼノンに向かって母国語で、「13人目が決まっちゃったわね、」と囁いた。ゼノンはおかしそうにくすりと笑うと「決まりましたな、」と囁き返した。
エリックも公爵も、何も気にしていない様子だった。
あとで婚約の正式な書類が届けられて初めて判るのだろうなとリルルは思うと、笑い出したい気持ちを抑えて口元だけで小さく笑った。
※ ※ ※
控えの広間で、何も説明を受けず事情がよくわからないまま待たされ続けたリルルは、大勢の中つ国の貴族の視線の中ずっと姿勢を正して優雅に佇み続けた。
やっとペンタトニーク夫妻やブルーノや大使も交えた大所帯で移動することになった頃には、退屈すぎて立ったまま眠ってしまいそうになっていた。話せるのに話せないふり、聞こえるのに聞こえないふりにも忍耐の限度というものがある。
エリックにエスコートされて隣を歩き、通された部屋には中つ国の国王と宰相、侍従たち、なぜかシャーロットの姿があった。
そうか、ここは謁見の間なんだわ。あれ? 今までシャーロットは誰といたのかしら。ああ、私はどういう訳か謁見することになっているのね、とリルルは思った。
アーサー国王と目が合うと、国王はにやりと笑った。
「ペンタトニーク公、元気だったか。」
「先日は我が息子ブルーノにこの国で学ぶ機会を与えて頂き、ありがとうございました。よき友と出会える機会を得た事、まことに感謝いたします。」
親しそうな国王とペンタトニークの会話に、リルルは今日はみんな中つ国の言葉で話すつもりなのかしら、とゼノンをちらりと見た。
「ブルーノ殿、不自由はないかな?」
「ハープシャー公爵に良くしていただいております。エリック様と、そちらのシャーロット様にお世話になっています。」
「ほぉ…、シャーロット嬢はそなたの面倒まで見ておるのか、」
ペンタトニークやゼノンたちが世間話をする横で、リルルも優雅に淑女の礼をしたあと、じっと黙って待っていた。話せないふりをすると以前国王には伝えてあったのだから、黙っていても何も問題はなかった。
「国王陛下、ここに大使も来ております。」
公爵が大使を紹介すると、ゼノンがわざと母国語で名乗りを上げ、意図的に、「リルル王女はミカエル王太子殿下の顔が美しいと噂を聞いたからこの国に立ち寄られた。ペンタトニーク公と一緒に旅行していることに我が国としては深い意味はなくて、ここはいい気候の良い国だから快適に過ごしている、」と言わなくてもいいようなことを言ってのけた。
ゼノンは、恐らく通訳の侍従は公爵家寄りの人間で、あらかじめ公爵にリルルの訪問の意図を吹き込まれているだろう、という前提で、どう訳すのかを試して揶揄ったのだった。
「この方はリルル・エカテリーナ王女御自身で、今回は美しいと評判のミカエル王太子殿下を直々に品定めに来たと仰っておられます。王女はペンタトニーク公を頼って外遊中で、この国は良い国だから気に居ればこの国に嫁ぐ用意があるとのお言葉です。」
顔を青くしながら、侍従はしどろもどろに言葉を選びながら説明した。
この前リルルもゼノンもペンタトニークも、流暢にこの国の言葉でアーサー国王と話をしたところなので、アーサー国王は公爵の意図を知ってか、笑いを噛み殺すような表情をして黙って聞いている。
「そうか、リルル・エカテリーナ殿、長い船旅ご苦労であった、と伝えよ。ペンタトニーク公、なかなか珍しい姫をご紹介頂き感謝する。誰か、ミカエルをここに呼べ。」
リルルもペンタトニークも大使も、アーサー国王がどう出るのかを観察して楽しんで見守っていた。
国王は侍従に指示を出し、改めてリルルに向き合った。
「この国はそなたの国よりは小さいが良い国だ。ミカエルを気に入って嫁いできてくれることになるなら歓迎する、と伝えよ。」
シャーロットの顔色が蒼白になり、あれ、こんなところでゲームと違う展開なのかしら、とリルルは面白いことになっているなと思いながら冷ややかな目で眺めていた。
「もっとも、そこにおるシャーロット嬢と現在ミカエルは婚約をしておるのでな。そう簡単には婚約するなど叶わぬ。と、伝えよ。」
それが簡単に婚約しちゃうんだな、とリルルは心の中で舌を出した。
「国王陛下、我が娘シャーロットは、身を引く覚悟ができていると思います。大国との関係を重要視すれば、一貴族の娘の将来など、どうにでもなります。」
ん? 自分の娘をそこまで言っちゃうの?
シャーロットって実の親にも王太子との婚約破棄を勧められたりして、ゲームが始まったばかりだというのに結構大変なんじゃないの?
話を聞いて、目をぱちくりとさせながら、リルルは同情してしまった。実の親に言われるにしては酷すぎる気がした。ならなんで婚約なんてしてるの、と公爵に尋ねたくなる。
「のう、宰相。」
「シャーロット嬢は、本当に哀れよのう。」
「ええ、国王様。」
国王はシャーロットを哀れがっていて、リルルと婚約させたがっているようにしか見えない公爵を窘めてもいた。リルルも小さく頷いて、その意見に賛成する。
侍従に呼ばれてやってきたミカエルは、姉リルルの部屋で見たゲームの通り、綺麗な顔をしていた。
部屋の奥にある王族用の出入り口からやって来た王太子ミカエルは、髪を後ろで括ってタキシード姿で、綺麗な顔で息を切らしている。
王子様って走るの? リルルはまず、その軽いフットワークに驚いた。
ミカエルって優雅でスマートな王子様なんだと思っていたわ。
しかも…。容姿が、思っていたよりも小さい?
金髪に色素の薄い翡翠色の瞳に綺麗な顔なのは情報通りだけど、やや低めの背丈…?
あれ? 私よりも背が低い?
お姉ちゃんのゲームソフトの構図だと、私より少し背が高くなかった?
「お呼びと伺いました。なんでしょう、父上、」
「そなたに是非合わせたい女性が、遠路はるばる来てくれていてな。」
国王がリルルの紹介をしてくれたので、何かが変だな…と思いながら、リルルは重ねていたエリックの手から自分の手を離すと、ミカエルに向かって歩き出した。
ミカエルの前に立ち止まってよく観察すると、髪の長さも違う気がする。もっと長かったような…、気がする? この人で、あっているのかしら?
この人、本当にあのミカエルなの?
リルルは手を指し伸ばして、婚約の作法をやってみることにした。ゲームだとラストに登場するリルルは婚約者という立場だった。ならば、婚約は成立するはずだった。
「リルル・エカテリーナ・リュラー、」
目を見つめたまま、ミカエルは黙って首を振って、手を後ろで組んで隠した。
あれ? おかしくない?
リルルはきょとんとしてしまった。どうしてゲーム通りに婚約が成立しないの?
国王と宰相が頷きあって、通訳に「戻ってくれと伝えよ、」と言った。通訳の言葉を待って、リルルは戸惑いながらも感情が顔に出ないように歩いて戻り、エリックの手に再び自分の手を重ねた。
さっき、エリックと婚約しちゃったから?
私が展開を変えちゃったのかな?
でも、ブルーノもシャーロットと婚約したがってるし、ミカエルもどこか違和感がする。
本当に今、ゲームの最中なの?
「公爵、今の意味が分かるか?」
国王が公爵に尋ねると、怪訝そうな顔でエリックと顔を見合わせていた。
「いいえ、どういうことなのでしょう。存じ上げません。」
そうだよね、知ってたらエリックは婚約してないよね? リルルは他人事のように聞き流す。考えることがいっぱいで、小さなことに思えていた。
「だろうな、予も、ミカエルに教えられて最近知ったのだ。彼女の国の婚約は、沢山いる婚約者の中から将来有望な者を一人に絞る。その婚約者の選び方が特殊で、王族が名を名乗り握手をして、相手が自分の名を名乗れば、候補になると了承したとみなされるのだ。それは親が代理であったとしても、お互いが名乗って握手をしないと成立はしないのだ。」
隣に立つエリックが息を呑んだのがわかった。やっと気が付いたのだろう。
「今ミカエルは黙って手を引っ込めただろう。あれが断るという意味なのだ。」
エリックは目を見開いて、隣に立つリルルの顔を見つめた。
まあ、いっか。公爵家に頼る理由が一つ増えただけだわ、とリルルはにこっと微笑んだ。
「ああ、もしかしてそなたは知らずに契約をしてしまったのか?」
国王は面白そうに言った。
「王族が自分の名前を明かすということが滅多にない。身を危険に晒すことになるからな。」
公爵は驚いてエリックを見つめていた。
この国の人は、エリックがした反応みたいに、名乗って挨拶するだと勘違いしちゃうんだろうな、とリルルは思う。だって平和な国だもの。
いい気味、とリルルはちょっぴり思った。勝手に『婚約したくて来た』なんて紹介するからややこしくなるのよ、とも思う。リルルは一度だって公爵にそんな話をしていない。
「自分の名を名乗って握手を求められると、知らない者は自分も名乗って握手してしまうだろうなあ。だからあの国は王族の婚約者が多いのだ。そこから一番いい条件の者を選べばいいのだから、上手く考えたものよのう。」
国王は説明し終わると、通訳に言った。
「この国に、ハープシャー公爵の次期当主の妻として嫁いで来られる日を楽しみに待っている、と伝えよ。はるばるの旅路、良い思い出を作って帰っていただけると素晴らしい限り、とも、伝えるのだぞ。」
通訳の言葉に、リルルはそんな風には絶対ならないから安心してね、とばかりに微笑んだ。エリックを再び見て優しく微笑んだその顔は、とても美しかった。
ちらりと視線を走らせれば、ブルーノはじっとシャーロットを見ていた。こりゃますますゲーム通りじゃないわ、とリルルは思った。
「シャーロット嬢、いかがした?」
「弟に素敵なお姫様とご縁ができてなにより、と思いました。」
わ、この子、ほんとにゲーム通りじゃないのね、すごくいい子じゃないの、とリルルは驚いた。嫌味のひとつでも言うのかと思って身構えたのに、本心みたいだわ。
微笑んだシャーロットに感謝を伝えたくなって、リルルは「ねえ、今の言葉って本心だと思う? 」とひそひそと母国語で通訳の侍従に尋ねた。通訳はシャーロットをちらりと見た後、「そうでしょうね、」と少し驚いた顔になってリルルに言葉を小声で返してきた。リルルは小さな声で、「あ、私がこの国の言葉を理解できるっていうのは内緒ね、」と口止めもする。
リルルは、ありがとう、とシャーロットにウインクをした。
ありがとうございました




